第35話 壊れ行く王国
数々のスラムに死をばらまく翠鉄の夜明け団に戦いを挑んだ『オド』と『ケエル』の戦士団。総勢100名を超える精鋭にて挑んだが、結果として二人の戦士長は討ち死に、忠誠心の低かった30余名こそ逃げ出したが他は全て地面の染みになった。
そして、その30余名も王のもとに逃げ帰るほど馬鹿ではない。前に逃げ帰った『マレクト』内の有力者でも一族郎党ごと取り潰しになったのは見ていたのだ。よって、王にその情報は伝わらない。
「――遅い」
王は相変わらず草原の中で怒りをまき散らしてる。夜明け団の動向からして、知らせが来ないはずはないのだ。
それほどまでに距離が離れているわけではない。早馬だの何だの手段はあるのだ。情報が届かないということがおかしい。
……独裁者の怒りを恐れて報告できないなどということは考えつかないのだ、この王は。
「もしや……戦うこともなく逃げ出したか。【翠鉄の夜明け団】、それほどの相手だったとはな。しかし、歴史ある王国の戦士団としては情けないばかりだ。奴ら、何の役にも立たぬな」
「「「……」」」
王の怒りの前に、配下はひれ伏すことしかできない。何かを話せばその怒りに触れるかもしれない。
触らぬ神に何とやら、だが……しかし偉い人が間違えば自分にも災禍が降り注ぐのは確定であり何とかしなければならないはずなのだが。
「マレンティン・オド、そしてレバシュ・ケエル。口ほどにもない奴らだった。まったく国の威信を背負うには不足であったということだ」
今、ここに王に口出しできる者など誰も居ない。
「――もう良い。役にも立たぬ者どもに何を言ったところでしょうがない。よって、新たな三つの戦士軍を組織する。はるか昔より、我らはそうしてきたのだ。カルネ・レド、メレム・マレキト、エテシュ・ケエカ……貴様らに戦士軍の長を命じる」
「「「っは!」」」
緊迫した空気の中、王の言葉を聞き逃す間抜けなど居ようはずもない。即座に進み出て王の前に跪く。
まあ、もっとも……親類縁者の中の強者でしかない。名が似ているのは血の繋がりがあるからということ。そして、実のところその実力は本家に劣る。というより、宝剣が帰って来ないのだ。上位の剣は既に持っていかれた後で、彼らの持っている剣では明確に格落ちなのだ。
「良いか? 翠鉄の夜明け団は王国の無辜の民を殺しまわっている。そして何よりも、『マレクト』の戦士軍を虐殺したのだ。決して許してはおけぬ」
王はそんな事情など考えたこともないと言った様子で、静かに怒りを煮え滾らせている。必ずや奴の首級を上げるのだと気炎を燃やしているのだ。
もはや、適当なところで手打ちにするなど許されない。翠鉄の夜明け団を皆殺しにするまで止まらぬと、その烈火の憤怒に染まる瞳が告げている。
「立ち上がれ、鐙を持て。こうなれば、儂自ら打って出る! 王国の真なる秘宝を奴らに見せてやるのだ!」
腰を上げ、戦を告げる。四体の鉄竜の真実など知りもせずに。
死を望む者に優しい最期を。全てが枯れていくこの世界で、諦めてしまった人間に麻薬を与える趣味に目覚めたルナを止められる者は誰も居ない。
残虐無比と言えるかもしれない。彼女は弱者を虐殺しているとも言える。しかし偉い人から見れば選んでいるのがいただけないが、社会インフラの負担になる者の息の根を止めてくれるのは大歓迎なのは間違いがない。
為政者としてその選択は選べない、クーデターが起きるから。けれど誰かがやってくれと願わずを得ないその最終手段。弱者など所詮は無駄に税金を喰らうばかりか、治安の悪化まで招く厄病神だ。始末して綺麗にしたいが、しかし間違っても自分の口からは言えない現状……内心ではルナを救い神のように思っており。足手まといにしかならない人間を殺してくれるのであれば何でもよい。
それに、勢力を伸ばしているのかと言えばそんなことはなかった。何せ、ルナの言葉に頷けば死に、否定すれば生きる。
それに、連れが死を望んだとしても無理やり引っ張って行けば助かるのだ。ルナとてさすがに止める者が居るのに殺そうとするほど無慈悲ではない。そこを押しとどめても死のうとするならまた別の話になるが。
麻薬をバラまく行為に対して思われるところもあるかもしれない。盗めば暗殺し放題などと思われるかもしれないが……”それ”はひとえにルナの奇蹟=錬金術である。
広場から出れば朽ちる。ルナの許した方法以外の使用は許されないから、拾って私利私欲に利用することはできない。
そのやり方。弱者を切り捨て、強者の利になるような行動で勢力範囲を広げる。ルナがいつもやってきたことだった。
無論、目立てば横やりは入る。だが、その横やりすらも殴って壊せば天下は自分のものである。農民であれば土地の境界を超えれば死罪でも、いくらでもおめこぼしされる立ち位置を確保した。
王は、そのことを把握できていない。所詮はネットどころか遠距離通信すら確立できていない文明では仕方のないことかもしれない。だが、国を好き勝手されていることは分かる。ゆえに排除しなければならないと本能で気付いている。
「見つけたぞ、夜明け団……!」
そして、救うべき人間は数限りない。ゆえにルナはずっと”趣味”を続けていて……今日、敵を探し求める王に会った。
いや、実は会っていないが。神輿の中は空だ。そうやって移動しているのは文明レベルに合わせてのことだ。その飾り立てられた神輿の中はがらんどうだ。
興味があれば空間転移でも何でもして神輿の中から出てくるのだが。
「おや? 何かと思えば……誰でしょうね。戦士軍とやらの後釜ですか」
「私たちから見れば特に変わらない雑魚ですね……しかし随分と自信があるようで。ならば、これらをどうにかできますか?」
この集団の主はルビィとサファイア、翠鉄の夜明け団の威を示す隊列だ。主は空席とはいえ、大事なお役目と誇りに思っている。
ゆえに、この場で受け応えるのは彼女たちだ。他は数十名からなる翡翠と鋼の団員達。上級は、二人と神輿を引くモンスター・トループのみ。
姉妹は団員を使うまでもないと4体の竜を呼び出した。
「……馬鹿な、4体……だと……!?」
「マレクト様でも敵わなかった竜が……」
「だが、背中を見せるわけにはいくまい」
3人の男と、更に付き従う数十名ばかりが進み出た。
「彼らは王国の新たな戦士長である。あの不甲斐なき3人、そしてハインリッヒなどと同じとは見ないことだ」
「……ほお? 格上――とでも。それにしては気炎を燃やすどころか恐怖に震えているようですが」
「どんぐりの背比べとは言えど、隠しきれないほどに格下ですね」
姉妹は軽蔑のまなざしを隠さない。鉄竜がその四肢を振るえば呆気なく粉砕されるような木っ端であると見下している。
「その程度の相手、一体居れば十分でしょう」
「薙ぎ払いなさい」
鉄の竜が動いた。
「勝つ。勝たねばならぬのだ、この戦い……!」
3人のうちの最年長、白髪が混じり始めた年かさの男が先陣を切る。凄まじい重量をもって突き進む鉄竜に、冷や汗を垂らしつつ剣を向ける。
「殴ってみましょうか」
「戦うというのなら、この程度は対処して見せなさい」
サファイアが腕を上げる。そうすると鉄竜はぎしぎしと身を軋ませて貯めを作る。その重量を凄まじいパワーとともに振り下ろす気だ。
それでも、各戦士長の4人はそれだけでは倒せなかった。技の連携もないテレフォンパンチで致命傷を貰うほど下手ではない。
「この速度、かわせぬな。……ならば、真っ向から打ち返すまで! 【アースレイジ】!」
王国に連なる戦士の基本技、最大限の威力を込めた打ち下ろし。盾をも斬りおおせるその一撃こそ王国の戦士であるその証、その技を繰り出した。
戦士長、王国の中でも頂点の位置を頂いたこともあったその男の一撃は。
「馬鹿ですか? 一兵卒と同じ選択をするとは」
「我々に挑んだ戦士長に、それを真っ向から叩き返した人間は居ませんよ。いえ、仲間を救うために馬鹿力を出したのは二番目の男でしたか」
「――」
彼は、断末魔すら上げることすら許されずに圧倒的な重量の竜の拳により潰された。潰れた肉と骨が散弾銃のように敵兵のただなかに叩き込まれる。
「……ヒ。ヒゥッ……!」
「恐れるな! 剣を握れ、マレクト様も、オド様も、ケエル様も引かなかったはず! 我らは王国の戦士! 民への脅威を前に、一歩も引くことなどまかりならん!」
今度は少し若い男が叫ぶ。まあ、様付けあたりからして格落ちなのは隠せていない。地位も実力も上だった彼らが居なくなったからこそ、戦士長と言う地位に彼は居る。所詮は正しい意味での後釜だ。
1番に飛び出した壮年の男の場合は、緊急事態にロートルを引っ張り出したということだったのだが。身体能力が落ちたせいで、対抗すらできなかった。
「メレム様ですら防ぎきれない一撃……ならば、回り込んで――」
若い男は、剣を横に構えて左へ跳ぶ。正面からでは不可能と思った。だから、せめて側面から行って拳の圧力を減らそうと……逃げようと。
だが、目の前の惨劇を前に戦いの理を忘れている。竜の武器は拳だけではないのだ。
「回り込む?」
「その位置は羽根のいい餌食よ。目が付いているのかしらね」
「あはは、機能しない目で大変な事よね。でも、サファイア……私たちの眼は」
「ええ、ルビィ。しっかりと、プレイアデス様にご確認いただいたもの。私たちは、この紫色の瞳で現実をきちんと見れる」
殴ったその次は羽根の打ち下ろしだ。弾け飛ぶまではいかずとも、まともに受けた二番君は全身を複雑骨折のうえに内臓をやられて即死した。
血と肉にまみれたぼこぼこの鎧が宙を飛ぶ。新たな戦士長、だが結局は上が居なくなったから選ばれたに過ぎない格落ちだ。
「うあ……あああ……あああああ!」
3人目は目の前が理解できない様子で……ただがむしゃらに叫び、剣でもって殴りつけに来た。
「狂うとは。下らない、そんなものは戦士ではない」
「一撃で殺してあげましょう。二人と同じく」
どおん、と鉄竜が手を振り下ろした。ただぺしゃんこになって……ひしゃげた兜が転がっていった。
「――うわ。ああああ」
「あのお三方が、一瞬で?」
突撃していたのに足を止めて呆然とするお付きたち。そも、本当に優秀なら『オド』と『ケエル』の襲撃に参加できた。彼らより格下だからこそ残り、そして残った中で上位だからこの戦争に参加させられただけの……弱者。
「呆けるな。命を諦めるというのなら」
「あなた方も一息に葬って差し上げましょう」
間発入れぬ次の攻撃を放つ。尻尾を振り回して死山血河を築く。そして後ろに居る戦士軍に着弾する。
不運な何名かは飛んできた骨や鎧に貫かれて死んでしまう。
仲間の血肉が降り注いで平然としていられるはずがない。そもそも王国の戦略が精鋭による強襲であれば、次に出てきたのは格下に決まっているのだ。
有能だからという理由で冷や飯を食わせるような馬鹿げた文化がないことが、逆に順当に自分の首が締まっていく生々しさだ。
相対的には無能な彼らは、ただ逃げ惑う。逃げ惑い、近くの仲間を殴り倒しても逃げようとする阿鼻叫喚になっていた。
「静まれい!」
王が喝破する。不運にも飛んできた鎧の破片は切り捨てた。情けない部下どもの地獄絵図が、王の一喝によって停止する。
「……もう良い。全て、役には立たなかった。三つの戦士団、その全ては私さえ居れば事足りる。竜ごときが、我が王国を侵すことなどまかりならぬ」
王が足を踏み出す。
「儂こそテンペスト王国を支配する絶対の王、ドミネイ・ウラージヘル――祖先よりこの地を守り続けてきた一族である。我が神剣の力を見せてやろう。この王国の地を荒らす不遜な逆賊どもめ」
剣を抜く。それは異形の武器であった。
あくまで戦士団の持っている剣は鋼の強靭さをベースに魔法による魔導処理を加えたスタンダードな大剣だ。それは初歩的な錬金術とも言えるが、見た目に限れば無骨な大剣だった。
だが、王の抜いた剣は雰囲気が違う。彼の持つ剣は【鋼鉄の夜明け団】と同系統、いくつもの機構が連結され、歯車が軋む機械剣――
「なるほど。それが『機関刀』ですか。あれが『塔』の前に漂着してきたものらしいですよ。ねえ、ルナ」
「――」
神輿の方を見れば、その神輿の上に立つレーベとモンスター・トループの上に座るルナ。いつのまにか出現していた。
それは、まるで悪魔のように。
「……黎明卿! それに、ルナ様まで!?」
「なぜ、このような場所に。……あれの持つ物に興味があるというのならば、すぐにお持ちします」
双子は驚き、ルナのためならば自ら攻めようかと歩を進める。
「かまいませんよ。もう少し遊んでいるのを見ていましょう」
レーベが鷹揚に止める。
「承知しました、黎明卿」
「走りなさい、トイ・リザード! 王を名乗る愚か者をその爪で引き裂きなさい」
鉄竜が走る。でっちあげられた3人の戦士長を瞬殺したそいつは血と肉をこびりつかせたまま、その強大な爪を振るう。
人一人などよりよほど重いその爪は。
「愚かな。確かに鉄は硬く、強い。だが、操る者がその有様ではたやすく斬りおおせると知るがいい! 起動せよ、『炎天烈覇』! 万物をその焔で燃やし尽くせ!」
マシンブレイドから吐き出された焔に受け止められ、溶かされて地に落ちる。とてつもない熱量だ。確かにそれは玩具……だが、あれほどの質量を瞬時に溶解させる力は、戦士長たちとは比較にならない。
「……なに?」
「並外れた魔力反応。……これは、本当に?」
姉妹がたじろぐ。先ほどの3人は当然、最初の4人の戦士長とは比べ物にならないほどの魔力量である。これはもはや、どんぐりの背比べなどではない。
……明らかに格上と分かる。これこそ、王国の主の力である。
「その駄竜も、しょせんは作り物。作成者の程度がよく知れる。脆く、弱い不出来な化け物に過ぎん。……殺すには、首を刈れば良かったか?」
マシンブレイドを一閃する。それだけで竜の首が落ちた。竜を構成する黒鎧がバラバラに零れ落ちて地に転がった。
「……く! 再生なさい、トイ・リザード!」
「あんなものにやられるなど許しません!」
各部が発光して、紐が繋がっていく――だが、必要な数秒と言う時間は見るには長く。悠長に見ているほど王は甘くない。
「ふん、しぶとい……が心臓を潰せば良いだけだ。せっかくの不死身もこれでは役に立たん。作った奴は、よほどの間抜けだな。形だけ誤魔化せば良いというものではないのだぞ」
火柱の一撃が繋がりつつあった紐ごと胴体を焼きつぶした。