第24話 終幕、【翠鉄の夜明け団】発足
そして、ルナが戦争の終わりを宣言してから5分後――そこには全てが集合していた。翡翠の夜明け団の全戦力、そして鋼鉄の夜明け団の全戦力。アームズフォートの中で待っていた者までそこに来ていた。
馬車の前には翡翠、鋼の関係なく死者が丁寧に並べられている。さらにその後方に200名ほどが跪いているのだ。
中間地点で跪くことなく、腕を組んで待っている者も居る。彼らこそが幹部と呼ぶに足る強者。ただモンスター・トループとアダマント姉妹だけは残りの者を引きつれるようにして少し前の場所で跪いている。
「……」
それは凄まじく異様な光景だろう。ただの村娘でしかないサーラも、おろおろと周囲を見渡しては下を向くことを繰り返している。
しかも、彼女が立っているのはアルトリアの周囲で”立っている”者達のグループだ。明らかに偉い人のグループに巻き込まれている。その辺で土下座でもしておいた方が気楽だが、今更ここから離れるのも気が引けるという二律背反。
アルトリアに視線を向けても、なぜだか親指を立てるだけ。ため息を吐きたくなったが、怖いのでそれもできない。
何十分経ったのか、いや――実は集合から10分も経っていなかったけど。
救いを求めるように見る馬車、そこで動きが起きる。
「やあ、久しぶりの子も、初めましての子も居るね。僕が、ルナ・アーカイブスだ」
神輿の主……ルナが馬車から姿を表した。柔和な笑みを浮かべている。おめかししたのか、服が足元が隠れるほどのフリルで溢れたゴスロリに変わっている。
それは夢のように揺れる素敵な衣装、光に反射してきらきらと輝いている。あれこそが神なのだと信じてしまいそうになる。けれど、サーラは彼女の本性を知っている。
「ルビィ・アダマント、そしてサファイア・アダマント。……こちらへおいで」
サーラにはわからないが、この二人も大幹部である。ただ、跪くグループの一番前で跪いていた。立ち上がり、よろよろと歩き出す。
はた目から見てもボロボロだが、立つとさらにみすぼらしい有様なのが分かる。服は焦げと破れが大半を占めていて、大事なところが見えていないのか焦げているのかも分からない。……痛々しいと思った。
ふらふらと、今にも倒れそうな歩き方でやっとのことでルナの面前まで進み、膝をついた。
「ふむ、サファイアは腕がないね? ふふ、極小規模に抑えて反応速度を上げた『フェンリル』か。そもそも僕らにはフェンリルの改良発展という発想はないからね。うん、面白い。コロナも、助けてあげてたね」
「ああ、資格ありと認めたのだ。死なせては面白くなかろう? 彼女たちの系譜に相違はないのだろうさ」
助けた種は簡単。汚染が腕から心臓に伝わる前に切り飛ばし、爆発の威力に巻き込まれぬよう殴り飛ばしただけのこと。
だが爪を腹にまともに喰らっていたのに加えてそれだ。サファイアが死にかけであるのは変わらない。そこまでのダメージを受けているからこそボロボロで、立つのもやっとの有様なのだ。
「くすくす……懐かしい話だね。アダマント姉妹……僕も彼女たちには随分とお世話になったものだ。だからヘヴンズゲートで一番の大舞台をくれてやった。見事に期待を果たしてくれたわけだが」
ルナがくすりと笑う。
「遺伝子技術。それと、人工子宮かな。……プロジェクトの前に、あの子たちの卵子を保存していたのかな? レ-ベ」
「ええ、当然と言えば当然の話でしょう? 幾多作られたうち、その姉妹だけが生き残って力を得ました。ゆえに、彼女たちは我々とも対等ですよ。少し、若すぎますがね」
「うん、良い子に育ったものだ。親の功績は子供に引き継がれる、社会的な慣習に過ぎないがそれも人の世の理であるね。プレイアデスとコロナの試練も突破したし」
ルナが二人の元へ進み出る。手を伸ばせば届くほどに近く。す、と刀を抜き――戻す。
「我が血を飲み、更なる果てへと進むがいい」
二人に向かって、その小さく華奢な手を伸ばす。幼く細っこい指であろうと、それは全てを滅ぼす『ワールドブレイカー』、終焉の導き手。その手に、わずかばかり血が滴っている。
「ありがたき幸せでございます、ヘルメス興。……サファイア」
「……ありが……たく……」
二人が震える舌を伸ばす。血を舐めとる。
少女が幼女の指に舌を伸ばす。まあ犯罪的な光景だが……血をもっての盟約、強化は古典だろう。厳粛な雰囲気の元、儀式は進行する。
「……これは」
「凄い」
回復した。その効果は回復剤と同じ。魔石を加工して魔力を補給するものであれば、ルナの血は極上品だとも。
さらに、体内への調整も、体外に流れ出た血への魔術付加もルナの十八番であれば。それはもはや様々な効果を付加した神の血だ。
「君たちには僕自ら新しいアーティファクトを作ってあげよう。そして、我が巫女として傍に侍るがいい。……サファイア・L・アダマント、そしてルビィ・L・アダマント」
「「――は! ありがたき幸せにございます、ヘルメス卿!!」」
そっと頭を撫でてやり、その他の立っている面々を見る。彼女たちへの話はこれで終わり。
戦争が終わったのなら、論功行賞を行わねばならないだろう。ルナは功をないがしろにするなど許さない。
「ルートはよくやったね。勝ち星であればクインスもそうだ、彼はそこかな?」
一人分空いている場所、よく見れば灰が置いてあるのが分かる場所をルナは目で指し示した。
レーベがこくりと頷いた。
「勝利という意味では、クーゲルとサファスもそうかな。僕のモンスター・トループを相手にして、よく時間まで持ったね?」
「ファーファも勝った! 倒せなかったけど、ここに近づけさせなかったもん!」
元気な声に、ルナは苦笑する。
「そうだね。よくやったね、後でプリンを上げる」
「わあい!」
「他も、決着こそ着かなかったがよく戦った。君たちが積み上げてきた努力、力を見せてもらった。……そして」
そこでやっと死者達へと目を向ける。
「戦って、戦って戦って戦って戦って――戦い抜けた者。満足のいく戦争が出来たかな? 君たちはそれを求めてここに来たのだろうから。力を求め、戦場に身を置いた果てにある終焉。……戦死こそを自らの果てと定めた戦士たちよ」
死者たちの前で足を止める。
他の者も、悼むように目を伏せる。だが、悲惨な雰囲気など一切ない。まったくおまえはよくやったものだよと呆れるような、懐かしむような――誇るような。
おかしいはずなのに、誰もルナを責めない。それこそが、この世の唯一の真理であるかのような顔をしている。誰もが、だ。
「お別れを告げよう。さようなら、――。君は良い戦士だった」
ルナが死体の前で膝をついて、そっと頭に触れる。
「……ッ!」
その瞬間、死体が灰になった。それどころか、舞った灰が更に砕けて……何も残らない。ただの空想であったかのように、一切合切が無に消えた。
「――」
ルナが並んでいる死者の一人一人に名前を呼び、そして触れると消失する。一人終わったらまた一人と。
周りを見るけれど、厳かな雰囲気でまるでそれが正しいのだと言わんばかりの目だ。これで良かったのだと、そう主張するかのようで。
ああ、それは間違いではないのだろう。だからこの戦争に参加して命を散らした。死んでいない、生きている人たちはただの結果論。むしろ、ここを死に場所にしたいと思っている人だって居るはずだ。なにせ、あんな羨ましそうな顔をしていれば。
だからこそ、これは駄目なのだとサーラは強く思う。自分には何もできることもないけれど、思いだけは変わらない。
長い時間をかけて、その儀式が終わる。
「さあ、帰ろうか。我々の拠点へ。我が【翠鉄の夜明け団】よ」
全てを終え、数秒ほど目を閉じていたルナが宣言する。
「「「――は!」」」
承諾の声が唱和する。それは戦いの終わりを意味するだけでなく、翡翠と鋼が分け隔てなく一つになるということ。
でなければ、我々などという言葉をルナは使わない。
「では、乗るがいい。神らしく、ヴァルハラへと導こうではないか」
くっくっくと笑うアルカナが指を鳴らすと、円盤がやってくる。村一つを押しつぶせそうなほどに巨大な円盤が飛来した。
無数の文様が走る、とんでもない代物だ。実のところ、これが一つあれば国の一つを滅ぼすのは容易いのだがサーラにはそこまでは分からない。
「――うわ……」
サーラは何も言えなくなった。
「さて、行くぞ。私に捕まってろ、柵もないようだから危ないぞ。ファーファも、手を離さぬようにな」
「うん!」
そしてアルトリアに連れられて、そこに乗る。
空中をそれに乗って移動するというとんでもない恐怖体験を経験し、やっぱり吐くことだけはないように我慢して青い顔をしながら。
わずかな時間で元の村へと着いた。いや、もう少し向こう側、巨大な機械蜘蛛の上へ降り立った。遠目では実感がわかなかったが、200人が居ても狭いなんてことはない巨大な場所である。
他では、ルナがレーベの横に並んで話をしていた。今の二人はどちらもロリで、さらに二人ともふりふりのゴスロリを着ているとなれば、おとぎ話のような光景だった。
「しかし、レーベ。さっきも言ったけど、ずいぶんと様変わりしたものだね?」
「ええ。あなたのせいですよ」
「――?」
「首を傾げたところでかわいくも思いませんが。あなたは自分のこととなると妙に鈍い。……変わらないですね」
「なんで、僕のせい?」
「王国と袂を分かち、さらに残存勢力達とも戦いました。しかし退けたはずの滅びは10年も経たないうちにまたやってきた。そんな状況では、あなたの姿を借りるしかなかったということ」
「……ああ。像ではないけれど、それっぽければ同じものとして扱われるのは宗教ぽいね。けれど整形でもなんでももっと方法はあるんじゃない?」
「偽物は偽物ですよ。甘く見てはいけません、簡単に見抜かれます。それくらいならば、真似くらいがちょうどいいのですよ」
「ふぅん。そういうものかね……」
到着したルナは、天を指し示す。そこに空間から染み出るように黒色の箱が現れ出でる。
「……方舟? いえ、これでは」
「はは。ま、そうだろうさ。これはアームズフォート、方舟じゃない。自分で方舟を建造した君からすれば、これは失敗作以前の別物に見えるだろうさ」
レーベの呟きへと返し、ルナが全員の前に進み出てバッと手を広げる。ゴスロリのフリルが風にたなびいた。
「さあ、選ばれし者達よ――見るがいい。これこそ真なる方舟。終末少女を運ぶ不要世界の廃棄機構『エッダの方舟』である」
上を指し示した。その先にあるのは白い立方体。……そんなもの、どこにもなかったはずなのに。
「あれは常に僕の上にあった。あらゆる手段で観測できないようステルスを施してあったから、誰も”見た”ことはなかったがね」
くつくつと笑う。実は翡翠の方の世界では初めにステルスをかけてなかったから見た者が居るし、なんなら攻撃までされているのだが。
そんなどうでもいいことはルナは気にかけない。忘れるような機能はないが、思い出さなければ意味はなかった。
「ただ、君たちには内部を見せたね。レーベ、ウツロ」
ここに住まないかと誘いをかけた時のことだ。災厄を倒し世界を救って……後はこの楽園で暮らさないかと誘った。まあ見事に断られてしまったのだが。
「うん。私は、九竺と一緒に生きたかったから……ごめんね」
「ええ、まだ責務が残っておりましたので」
申し訳なさそうにするウツロ。
そしてレーベの方は事実を淡々と告げるように何の感情も籠っていない。というか、むしろ状況判断は間違っていないと反抗するかのような態度だ。
「ふふ、君たちの選択が間違っているかを決める権利は僕にはないさ。だが、やはり我が居城へ招待するのなら、認めた人物にしたいんだよ」
もう一度、アルカナが指を鳴らす。小型の円盤が――13個、降ってくる。そこから先は幹部のみが行ける場所。
ルナに力を認められた英雄のみが招かれる天上の方舟である。
「ああ、そうだ。君も来るかい? シャルロット」
「いいえ、遠慮します。私は戦士ではありませんから」
「あは、遠慮しなくてもいいのに。乗らないんだね、ヴァイス」
殺戮者へ話しかける声は、少し寂しそうだった。
「不要だ。そういう気質でもない」
にべもなく、翡翠の夜明け団達からも離れて一人佇んでいた彼は目の前に降りてきたそれに乗ろうともしていなかった。
「……では、行こうか。天上の場所へ」
選ばれた彼ら、彼女らが上がって行く。人外すらも超越した神の領域、方舟へと。