第23話 他の二人
ルナに攻撃してきた二人のうち一人、カレン・レヴェナンス。【月光の戦斧姫】の異名を持つルナ・チルドレンであった彼女は、第三星将【無明卿】の冠を与えられている。
殺戮者のような例外ではなく、黎明卿のような錬金術師でもなく、アハトのようにただただ強い人外でもない。正統な完成形、魔人としての頂点の姿である。
「さあ、見せてもらいましょうか。あなたも特別な地位を頂く者であれば、その力を証明なさい」
対するはファーファレル・オーガスト。元々幼かった彼女だが、年を経ても幼いまま。童顔で小柄、それでもルナより大きいけれど表情と言動からより幼く見える。
それでも、【キャメロット】の一人だ。今はただの二人しか残っていない騎士である。その幼い顔は魔導人形に覆い隠されて見えやしない。身体のサイズに合わせて多少小さくなっているが、それでも大人よりでかい機械の鎧が圧倒的な存在感を放っている。
「特別な地位っていうのは分からないけど、ファーファだって強いんだよ。あまり舐めないでよね!」
「ならば、その真価を見せてみなさい!」
魔人が斧を掲げる。ニタリと笑みを浮かべ、切りかかろうと足を踏み出す。
「いいよ、相手してあげる。ロード……ブラスターライフル、『メギンギョルド』!」
「……銃!?」
ファーファが両手に巨大なライフルを召喚した。ファーファが纏うのは量産型最上位機種『鋼』でしかないが、特別製だ。例外なくルナの手は入っているが、その入り用、改造量が違う。増設した炉心が『宝玉』よりも上の出力を叩き出す最上級を越えたオリジナルモデルだ。
異能を使えない分のパワーを十全に使える指揮官機を越えた最強の機体なのだ。『黄金』用の武器ですら使用可能という、ある種『宝玉』よりも上位の機体である。
「『鋼』をも貫く弾丸、受けてみる?」
魔導機械の手にも大きすぎる銃だが、サポートがあれば狙うのに支障はない。撃ち放つ。
「けれど、狙いは分かる! かわせばいいだけの話ですね」
だが、カレンはそのすべてをかわす。
「……ッ!? 当たらない……!」
何発も撃っているのに一発も当たらない。奇械との戦いではありえなかったことだ。当たるか、かわせるなら反撃が来る。
この敵はかわすばかりで……
「凄まじい威力ですね。斧で受ければ折れてしまう。……けれど必然、連射はできない。そして」
「――ッあ!」
装弾数は36発……であるのだが、その性質はレーザーに近い。エネルギーが貯まるから、弾丸のような優しい計算ではない。時間経過で弾は回復するし、そもそも簡単に弾切れを起こすものでもない。
「とはいえ、残弾を切らさないように撃っているなら――逆残は簡単ですね。残しているのは後二発!」
カレンの魔人化、強化は脳にまで及んでいる。常人をはるかに凌駕する計算機能を持っているのだ。ゆえに教本通りの撃ち方……魔導人形はそれが強いのだが、カレンを相手にしては弱点に変わる。
「でも、近ければかわせない!」
ファーファが更に一発を撃つ。左に動いてかわした瞬間を狙い定めて、最後の一発を撃ち放つ。
それも教本通りで、それゆえに強い。いつだって正攻法が一番強いのだ。
「――【レイザーエッジ】!」
「弾を……切った!?」
とどめのはずの一発は斧で叩き切られた。そのままカレンは飛ぶように接近。ファーファはすかさず接近戦へと持ち込まれてしまう。
「さあ、近づきました!」
「でも、ファーファは射撃も剣も成績が良いもん!」
ファーファは即座にメギンギョルドを投げ捨て、大剣を召喚。無手のカレンも二つ目の斧を召喚、遠距離で一方的に撃つ展開が終わって嵐のように斬り合う接近戦へと切り替わった。
「……あは!」
「――ッ!」
数十の剣戟が交わされる。ファーファの剣技は良くも悪くも素直だ、『鋼』の強力な出力を乗せた機械ならではの強力な一撃。
対して、カレンは剛柔併せ持つ攻撃でスペックに劣る中で上手く裁いている。裁いているが……
「なるほど、スペックはそちらが上ですか。けれど、操縦者には付け入る隙がある!」
裁くだけではカレンは負ける。遠距離でダメージを与えられるほどの火力はない。近距離でもスペックに圧倒されて倒すどころではない。
ゆえに小細工を弄する。
「……え? きゃあっ!」
一枚の紙がするりと目の前に飛び出てきて、光と衝撃をまき散らした。だが最上位量産型の機能、機械が許容量を越える音と光を感知して操縦者に届く前に視界をシャットダウンする。
そして、その隙に――
「――」
「……わっ! ととっ!」
首元を狙い澄ました一撃は反射的に差し出された大剣に止められた。一度飛びのいて、仕切りなおす。
「ふむ。先の攻撃、止められなかったはず。いえ、そもそもあの動きは……なるほど。見たことがあります」
「……? ファーファが使ってるのは教国の剣術だよ。月読流じゃない」
「ええ、月読流ではありませんでした。ルナ様ではない、そして……アルカナ様でもないですね。あの方の動きは見たことがありますから。誰ですか? あなたを操っているのは」
「……ファーファはファーファだよ。でも、アリスちゃんが手伝ってくれるけど」
「……ッ! あの方が? まあ、見たことがないのも当然でしたね。さてさて、2対1でどう立ちまわりましょうかね……!」
「えへへ。2対1をすぐに見抜くのはすごいね! でも、手加減はしてあげない!」
「上等!」
両者、思い切り踏み込み激突する。様子見はもう済んだ、ならば後は死を覚悟して更に一歩踏み込むまで。やはり死線を越えねば、戦争である甲斐がないだろう。
凄まじい斬撃の応酬がやり取りされる。
「あはは! 本当に強いんだねえ、お姉さん! おっと!」
「はは……! 本当にやりづらいですね。隙が隙じゃないとは、これはこれで疑似的に人間を越えたと言うわけですか!」
カレンは自らが傷つくにもかかわらず強引に攻撃を当てに行っている……にもかかわらず、一撃も当たっていない。
意識の外から攻撃を叩き込んだように思えて、しかし寸でのところで防御される。そこから気付いて反撃してくる。それは他人が身体を操っている、アリスが危ないところで身体の操作を奪うから。
どちらが身体を操作するか、その繋ぎ目があるからこそ戦いにはなっているが……
「ファーファはとっても強いんだよ。アリスちゃんにも手伝ってもらって……ね!」
「それが本当の強さかどうかには議論がありそうですが。しかし、強ければ強いと中々に単純、実に子供らしい! が、その思い込みの強さが厄介!」
まだまだ剣舞を演じる二人。ファーファも強力な兵器ならあと二つや三つ持っているが、大剣から持ち変えることはしない。アリスも、そこに口出しはしない。
楽しそうに技を競う膠着状態。だが、一歩間違えば血の華が咲く。
「ふふふっ! いつまで耐えられるかな?」
「いいえ、勝つのは私です……!」
甲高い鍔迫り合いの音が鳴った。
そして一方、最後のネームドを見て行こう。
鋼のベディヴィア・ルージア。元キャメロットで、最終決戦で秘密兵器である『フェイク・スカーレッド』を使ったために汚染された彼。今の彼は、はたから見ても重病人といった有様だ。まだ30を越えていないというのに、90歳と言っても通じるだろう。
足を引きずり、右腕は萎縮しきって動かない。通常の剣術など、振るえもしない有様だ。なのに、魔導人形も着ていない。離籍の理由はむしろそれが原因だ。ルナは弱くなったからと言っていたずらに地位を剥奪しない。
「さて、最後の戦争か。お前たちも別の世界から来たのだろう? そして、元の世界で人類の敵との最終決戦に打ち勝ったのだろうさ」
「……」
無言で受けるのは翡翠のアハト。第一星将【鉄血卿】アハト、その鉄拳で何者をも打ち砕く最終兵器。一番偉いはずが、ただ一振りの兵器としてそこにいる。
「ああ、あれこそ人生の絶頂期であったさ。だろう? 人間とは愚かしい、せっかくの勝利も時が経てば地に堕ちる。とはいえ、人を殺すのが楽しいともならんさ」
「……そうだな」
翡翠の夜明け団、鋼鉄の夜明け団。二つとも、人類存続を願い人類の敵に打ち勝ったが……だが、しかし人類の方から救ってくれと頼まれた訳ではなかった。敵に勝って得たものは、次の敵はお前たちだと言わんばかりに地位の簒奪を狙われる日々だった。
報われた、とは言えないだろう。人類に栄華をもたらすために戦った、その時こそが一番良い思い出だったというのだから。
「ああ、下らん。民草など知ったことか。血沸き肉躍るあの闘争こそが我が全て、私が駆け抜けた青春なのだ。――あの時の興奮をもう一度。せめてもう一度味わいたくて、お前もここに来たのだろう。願わくは、その熱狂の坩堝の中で果てることを祈って」
「……言葉は不要」
ここまでアハトが話したのを見れば翡翠の夜明け団の人間は驚くだろう。彼の口を動かす理由は共感だ。
強力な力を手にして人類の敵を倒した。素晴らしい瞬間だった。では、次は? 愚かな人間が、バカみたいなことをするから殺す? そんなものはツマラナイ。
――戦いたいのだ。己の命を燃やすに足る敵と。
「逝くか」
「逝こう」
ベディヴィアが枯れ木のような足で踏み込む。動く左腕でフックを放つ。至る所の筋肉が壊死した身体では、格闘技も満足に扱えない。
対して、アハトはお手本のような正拳突きを合わせた。
「「……ふ」」
かちあった拳は空気を揺らす。衝撃がびりびりと伝わり、足元は抉れた。
アハトの拳は、実のところ夜明け団最強だ。ただ殺戮者は威力が低いはずなのになぜか相手を倒しているから例外だが。それでも、翡翠の夜明け団にとって最強の矛とは彼の拳に他ならない。
「――」
アハトが次の拳を放つ。それは当たってすらいないのに風圧だけでそばの木を抉り飛ばした。
「やるな、お前も」
かわしたベディヴィアは蹴りを放つ。コマのような不格好な蹴りだが、風圧だけで斬撃のように木を抉り倒した。
「……」
「ギアを上げて行こう」
戦いは更に加速する。最も、そこで恐ろしいのは二人とも格闘術は修めているということだった。
風圧による攻撃など、威力が足りない。そんなものに頼るくらいなら拳に全ての威力を乗せた方がいいのは分かり切っている。
だが、何事にも程度というものがある。
ただのそよ風を抑えるため、威力をも抑えるという本末転倒は意味がない。つまり、木々を抉り飛ばしているのは副次効果でも何でもない。最大限まで抑えてなお、これだった。
「「――ッ!」」
二人は無言で、嬉しそうに、懐かしむように拳を交わしあっていた。ただの一振りで砕けぬものなど何もない、そんな馬鹿げた威力が何の呵責もなく連続する。
その暴威に巻き込まれれば、魔導人形『鋼』ですらスクラップに変わるだろう。そんな中で、二人は笑みを浮かべていた。