第22話 ありえない再会
戦いが始まった場所に残ったのは、全ての元凶であるルナ・アーカイブス。対するは、今や翡翠の夜明け団の全てを担うに至った始末屋の二人である。
昔々の話、ルナと夜明け団との出会いと隆盛はこの三人の邂逅から始まった。
ルナと出会った当初、彼らは指揮系統からも離れ内外の敵を処断するという特殊任務についていた。それが今や組織は瓦解寸前の末、指導者に祭り上げられて二進も三進もいかなくなって死に場所を求める有様だった。
そう、それが彼らが元は首魁であったルナに挑む理由。袂を分かったにしろ、その信仰は失われてはいなかった。だからこそ、培ってきた力を彼女に証明するのだ。……命を捨てて。
「さあ、小手調べなど悠長なことは言いません。武器も、命も! 全てを使い尽くしましょう、この場で!」
ぶん、と試験管を投げる。お得意の爆薬だ。無論、そんなものがルナに通じるとも思っていない。
だが、”弱点”があれば話は別。――後ろの馬車に守るものがあるのなら、爆発物を背後に通すわけにはいかないから。
「錬金術による爆薬か。変わらないね、だけど通じないのは覚えているだろう?」
ルナが虚空から出現させた刀で切り捨てた。爆発し、轟音が響くがなんのその。塵一つ付かず、幼い美貌はそのままだ。
「だが、わざわざ爆発させたな。あれを置いたのはわざとか?」
「……あは! それは少し違うかな。いつもどおり、僕は状況に合わせた判断をするだけだよ。あれが居るなら、その分の力を多く開放するだけ」
殺戮者の銃剣とルナの刀がつばぜり合う。
ここでもののように扱われたのはサーラだ。連れてくる判断を下したのはアルトリアだが、まあここに居る以上は守ってやろうと思っている。
殺戮者の方もわざと彼女を殺そうとまでは思わないが、隙があるなら突くまで。命を奪うことなど、もう慣れている。
「……ふ。変わっていないのは、お前の方だよ。俺も、老いた」
「くす。カッコいい老け方だよ、そもそも君の芯は何も変わっていないじゃないか。力も衰えていない――が、君は元から身体能力でゴリ押しできるタイプじゃなかっただろう?」
くすりとルナが笑った瞬間、銃剣は真っ二つに割れ殺戮者の身体に傷が走る。少し本気を出せばこの有様だ。ステータスを比べた瞬間、傷が増える。
「……ふ。お前は本当にあの時のままなのだな」
「ええ、最初から何一つ変わらない。データを蓄積してものごとをうまく対処できるようになっても、いつまでも子供のまま」
「あは。そうだよ、この身は永遠に少女のままだ。飽きることなく焉わりを繰り返す。……ゆえに終末少女であるのだから」
ルナが嬉しそうにけらけらと笑う。これはルナにとっても予想外の再会だった。彼らと別れた時、また会える可能性など0に等しいと分かっていた。0ではないからと諦め切れないほど感情に寄っているわけではない。デジタルとして誤差を切り捨てた。
だが、再会は今。ルナは今、このありえない再会をとても面白がっている。年月による変化は終末少女にはないものだ。いや、レーベの方は若返るどころか幼くなっているが。
「ですが、人は成長するものです。さあ、次へ行きましょう」
「我ら翡翠の夜明け団は未だ健在。証明したぞ、だが――古きを越えねば意味はない」
「ふふ。あはははは! いいよ、見せてくれ。僕の知らない力を!」
ルナは再び投げられた試験管を見る。
――先の火薬は威力は前と劣らず。だが、世界の時が進んだということは上質な材料を手に入れたということでもある。上級魔物を昔と脱出前で比べたら差は歴然だろう。”これ”も同じのはず。
「だが、僕のアーティファクトを突破できるだけの威力では……ッ!」
「ならば俺が隙をこじ開けよう」
刀を構えた瞬間、殺戮者が神速で襲ってきた。先んじて響いた爆発音は試験管ではない。彼の足裏からだ。
「そうか。あいつの能力をアーティファクトで再現したか!」
「ただ、一念を通す。そのために利用できるものであれば、何でも」
ヘヴンズゲートでドラゴンと戦った魔人の一人は足裏を爆発させて高速移動する異能を持っていた。星将でもない、あの戦いで散った一人だ。
その異能を錬金術で再現したというわけだ。高速軌道を可能とするために。
「だが遅い。月読流……【鎌鼬】」
一直線に向かう動きは、しかしルナの対応範囲内でしかない。届く前に斬撃を飛ばして彼の身体を両断した。
「さて、わざわざ喰らってあげるほどのものでもないかな」
刀を裏返して両断した殺戮者の上半分を叩いて飛ばし、宙の試験管に当てて起爆させようとした瞬間、それを見た。
「……まさか、読んで!?」
「以前のままではないと言ったでしょう? 実のところ、あなたと会った時は私たちも若かった。敵を倒すために味方を無視することは連携などと呼べはしないのに」
大きく上を飛ぶ試験管は囮。本命は殺戮者の背中に向かって投げつけられていた。……真っ二つにされることを読んでいた。
それは弾き飛ばされた殺戮者の背後から飛んでくる。
「く……!」
ぱ、と顔を隠す。その瞬間、ルナを衝撃が襲った。二つ、三つとバウンドして地に落ちる。
「さて、様子見の間に一撃ぶちかますことはできたわけですが」
「あの癖は無くなっているな。まあ、良い事なのだろうさ。では、次に行こう。……また会えることなど無いと思いつつ奴を倒す術を議論した夜は覚えている。ああ、楽しかったからな」
この合間に殺戮者は己の身体を再生させる。
弱いのに強いという矛盾を孕んだ彼ならではの持ち味だ。ルナが言っていたように、ステータスという意味では魔人の中では最底辺だ。だから簡単に全身を再生できる。
とはいえ、コストが安ければ弱いのは当然なのに――なぜだか彼だけはその原則が当てはまらない。彼ではルナに傷の一つも付けられないはずなのに、血を流させた実績がある。
「癖とやら、私は聞いていませんが? ただ、まあいいでしょう。私も話していないことがあります。明けない夜、手慰みに話したあの夢を実現しましょう」
「ああ、朽ちるばかりと思っていた老体には過分の夢だ。だからこそ、決して逃さない。必ずや勝利をこの手に掴むのだ」
示し合わせたように笑ってルナを見る。立ち上がったルナには土埃の一つも付いていない。呆れるほどに頑健な防御力である。
「ふふ。あの爆薬の威力、なるほど変わらないどころか進んでいると。ああ、君たちならやってのけるさ。テクノロジー、その時計の針を進めることが。そもそも僕の知っている時点では、方舟の建造などできなかったからね」
「ええ、たくさん研究しましたから」
「そして、多くの命を奪った。お前の知らない歴史がある」
上機嫌なルナ。そして、子供に語りかけるような雰囲気の二人。まるで孫に自慢話をするかのような光景だが、今まさに彼らは殺し合っているのだ。
「ならば、越えて見せろ。月読流……【桜花・満開】!」
呵々と大笑したルナが無数の斬撃を繰り出す。
殺戮者は再生できるから切り裂かれたところで問題ない? そんなわけがない。彼の手品の種は、コストが安いだけ。20回、30回と殺せば命に届く。
輪をかけてマズいのが黎明卿だ。彼女は強いから、2回3回とそれだけで魔力が底をつく。さらには、手傷を最小限に抑える戦闘スタイルでもなく。
「やはり、以前と同じだな」
「ええ、ならばやりようはあるのですよ」
二人は後ろに下がって、攻撃を受け流す。技を知っているからこそだ。いくら完璧でも、研究されていれば対処法はある。
対応されたから更に対応を重ねるのは月読流の考え方ではない。その場の最適解を機械的にはじき出すだけだから、敵として知っているなら対策できる。月読流は”初見殺し”と詰られても仕方ない。
「……おや?」
「完全だからこそ、距離が離れるほど攻撃の密度が薄くなります。あなたは隙ができるほど攻撃を集中させるなんて、できないでしょう?」
「あは! 確かに桜花はそういう性質だ。ゆえに手詰まり――なら、技を変えるだけだよ。月読流……【桜花・死悔裂き】」
瞬間、4つの斬撃が飛んだ。
「ぐ……! があああ! だが、隙は作ったぞ」
弾け飛ぶように切り裂かれた殺戮者。その傷口が黒く染まってぐずぐずと侵食を広げる。狂月流でなくても、ルナはその異能を乗せることができる。
「あは! これは再生阻害用に作った技だよ。僕の月読流は剣技だけじゃない、異能が再生を阻害する。いくら君とて数秒で再生はできない。彼女を守ったのは流石だけど、予想済だよ。どうせ君は二人で行動不能になる道は選ばないだろ?」
嘲笑うように刀を振るうルナ。すぐに次の一撃を繰り出せる。連撃に隙はない、全てが殺し技であり通常技であるのが月読流であるのだから。それで黎明卿を殺せば終わりだと……
「――ええ、全てはこの一撃を届かせるために。あなたが去った後、夜明け団が総力を挙げて作り上げた刀。その銘を『虚月』。そして、この技を送りましょう」
黎明卿が刀を取り出す。ルナの刀とそっくりなそれは、夜明け団がO5とルナを一気に失ったとき、信仰のありかを求めて死に物狂いで作り上げたものだった。
血と狂信、そして歴史が詰まったそれを”使える”のは黎明卿以外にはありえない。
「……ッ!」
それを見たルナは、思わず解析しようと手を止めて――ゆえに、その一撃は無防備なルナに届く。
そう、一言で言えば見とれてしまったのだ。それが別のものであれば特に気にも止めなかったのに。
「これが終わりに至る一撃、黎明戯曲……【風迅閃】」
そよかぜのような一閃がルナの首元に届いた。
「「――ッ!」」
だが、響くのは甲高い音。――『虚月』が折れた、ルナのあまりの強度を前に刀が耐え切れなかった。これがルナの性能。全てをかけてもなお届かない頂き、終末少女の力である。
「みごと」
ルナがくすりと笑う。首元から一筋の血がこぼれた。お前の攻撃は届いたぞと褒め称えるように、これみよがしに傷を見せる。
「であれば、満足です」
「ああ、これが終わりならば上等だとも」
黎明卿がふ、とかすかに笑みを浮かべる。
そのまま再生できないでいる殺戮者の元までゆっくりと歩いて行き、その身体を抱え上げる。彼も彼女も、やり切ったような笑みを浮かべていた。
「君たちの歴史、そして終着点を見せてもらった。では、本家の業にて送ってやろう」
ルナが厳かに構えを取る。この戦いで構えなど取らなかった、わざわざ構えを必要としないのが月読流。ゆえにこれは奥義を出すためだ。気配が濃くなる。
この一撃で完全に殺し尽くす気と、目を見る必要も無く”分かる”。
「月読流奥義……【風――」
その荘厳なる処刑劇に異物が入り込む。
「そこまでです! もうやめてください! なんで戦わなきゃいけないんですか!? なんで、殺し合うんですか!? ……誰だって、死にたいわけがないのに!」
ただの村娘が、機械兵の囲いを抜けて足を踏み出した。ルナは領域を展開していない、そこは人が足を踏み入れた瞬間に死ぬような魔境ではない。
と、しても……狂った戦場、死山血河の地獄であることは変わらないのに。彼女は何も力を持たずに、そこに足を踏み入れた。
「――命がもったいない!」
ただの村娘が足を踏み入れた場所は戦場である。自分を守ってくれる機械兵も、今は己からその守護の囲いを抜けた。
命を捨てる覚悟も持たず、ただ純粋に憂いて――
「……」
ルナはちらりと二人を見る。
「「――」」
黎明卿と殺戮者、そちらも二人ぽかんと口を開けて……呆気に取られて。
「くく。あはははははは! 命がもったいない、ですか。そんな戯言を吐くとは、さすがは大した文明を持たない猿ですね。なんともはや……幼稚な幻想を」
「だが、我らが失った純真な心そのものだ。殺し合いが醜いものと、言われずとも自戒していたはずであったのにな」
堰を切ったように笑い出した。ただ、言葉とは裏腹に悪感情は何一つなく――かわいい子供でも見るかのような表情で。
「……ふん。興がそがれた。全員に通達」
ルナは刀を消し、馬車の方へ歩き出す。
〈総員、戦いを止めよ〉
通信、一つ。これだけで全ての争いが止まった。
「アルカナ」
ぽつりとアルカナの名前を呼んで、二人で馬車に姿を消す。
ちなみにルナが戦いをやめた理由はサーラの言葉に感動したからではなく、敵の二人から殺気が消えたからです。
もちろんその二人が殺気を消したのは感化されたからですが、ルナ本人は蠅が煩いくらいの感想でした。