第21話 アダマントに降す神判
そして、挑発するかのように気配を垂れ流しにしていた最後の一人……否、一組。彼女たちだけは二人で待っていた。
対峙するのはコロナ・アーカイブスとプレイアデス・アーカイブス。好きに試せ、と言われた。ゆえに難易度は桁違い。なにせ加減と言うものを知っているのは、ルナを除けばアルカナくらいだ。
「――見つけた。が、こいつらはあいつらか? プレイアデス、記録と大きな誤差があるぞ。ルビィ・アダマントとサファイア・アダマントでは、ないのではないか」
燃えるような赤色の髪の少女。ウルフカットの髪がさらさらと風に流れる。勝ち気な顔には好戦的な笑みを浮かべている。
その瞳の前に立っているのは白髪の髪と赤目。ルナの腹心、宰相とすら呼べる地位を得ていたアダマント姉妹と同じ外見の少女。ただし、見知った人物であれば本人と見間違えるはずもない程度の差はある。
「いいや、よく似ているよ、コロナ。他人の空似ではない、微妙な誤差は本人ではないのだから当然のことだな。しかし――よもや、紫色とはな」
かつん、と錫杖を鳴らす。ゆるやかな巻き毛がかわいらしい赤ピンク色の髪の少女は幼げな顔に似合わない難解な言葉を小さな口から吐き出す。
微妙な誤差などと言っているのは、本質的に親子関係を理解していないからだ。彼女達は外見からしてアダマント姉妹の子供なのは間違いがない。大きな違いと言えば一点、その片目の色だけが違う。
「片目とは言えど、それはルナ様の色である。偽飾にてあの方の神威を汚そうというのであれば、見定める必要も感じない。ただ無為に砕け散るがいい」
もう一度錫杖を地に打ち付ける。しゃらん、と音が鳴った――その瞬間、隕石が落ちてきた。
例えば辛くも勝利を収めた第五星将あたりがこれを喰らえば、一撃で消し炭になる一撃である。
「ルビィ!」
「分かってる、後をお願い。サファイア!」
音もなく飛んでいたそれをルビィが撃ち抜き、砕けた欠片からサファイアが蛇骨刀を伸ばして防御する。
そうまでしなければ地面に沈められる。地下に叩き込まれたら生き延びようと反撃の手段などない。そもそも、地に埋められて涼しい顔をしていた根源星将がおかしいのだ。
「見えてるようだぞ、プレイアデス」
「そうだな。魔力量も星将どもに伍するだけのことはある。……ならば、後はお前が好きに遊べ。あの二人と同じなのは姿だけか、試してみるとよい」
プレイアデスはその辺の岩に腰を下ろしてしまう。とりあえず、ルナと同じ紫色の目が生来のものであればそれで良いと。
少なくとも、機能になにがしかの障害を残すような形だけのものではないと理解した。そのために音を消した攻撃を放った。
「……では、こうするか。ああ、どうやら名前も同じようだな? それに、連携の際に名前を呼ぶのもまた同じ。姉妹ならではの連携、要は気合を入れてるんだろうさ。タイミングを図るのであれば、声では不足だ」
コロナから感じる圧力が増していく。とりあえず、目の前の二人のレベルまで下げていた魔力が、目に見えるほどに上昇する。
「コロナ様と、プレイアデス様。……データと同じ。やはり、あの時の戦いは相応に手加減されていた。”これ”でさえ、真の実力ではないのでしょうね」
「記録では単なる人形に見えた。……それとも、アーカイブスの名前を手に入れた? どちらにしても、油断できる相手じゃない。まずはとにかく生き残ることを考えよう」
少女と少女二人が向かい合う。
「名乗るぞ、私はコロナ・アーカイブス。終焉を司る神の御元、龍をモデルにした存在である。貴様らも名乗るがいい。彼女たちが乗り超えた焔征龍ボルケーノドラゴン、その炎を前に何秒持つか見てやろう」
コロナがぼう、と火を吹いた。龍なのだ、火くらい吹くさ。そして、燃え上がるのはそれだけではない。コロナ自身から発される熱量で全てが燃えていく。
「――なるほど、領域を展開するのか。良いぞ、それならルナ様も認めるだろう。だが、いつものことながらお前は考えなしだな。炎の属性だけを現出させようと『領域』は領域、この世界を滅ぼす気か?」
プレイアデスの座る地面すらもマグマ化して沸き立つが、彼女の座る岩だけが泡立つ溶岩の上に浮いている。
そして、手を振ると離れた場所にストーンサークルのごとく大岩が並ぶ。大地のマグマ化はそこで止まる。
「ああ、これはマズかったか。助かるぞ、プレイアデス。私がこの世界を火に沈めるところだった」
「お前……まあ、良いさ。私が世話を焼くのもいつものことだ。それに、いや……何でもない」
呼吸するように辺りを炎熱地獄に変えたコロナ。ボルケーノドラゴンとてやっていたことで、しかも根源星将も似たことをやっている。
実際には領域の属性調整という面倒なことまでやっているが、それで距離の制限をかけ忘れる少し抜けた具合はコロナらしい。
「ん? どうし――」
そして、言い淀んだプレイアデスの方を向こうとして。
「熱いね、苦しいね。けれど、この程度の私たちは止まらない。……ルビィ!」
「うん、やろう! 母様達が成し遂げた栄誉を、私たちも。サファイア!」
その瞬間にルビィの放った矢が飛んでくる。そして、隙間を縫うようにサファイアの蛇骨刀が滑り込む。
紫色が神の色と言ったのと同じように、シンボルや系譜も組織の中では大きな意味を持つのだ。名前を継いだ彼女たちは同じ武器を使う。無論プロジェクト『ヘヴンズゲート』で貸し与えた武器はルナが回収したから、同じものではないが。
それでも、残された翡翠の夜明け団が総力を結集して作った技術の粋だ。
「――ッヌ! 不意を突いたつもりか、こざかしい!」
圧倒的な腕力さえあれば関係ないとでも言うかのように思い切り振り被った爪で全てを薙いだ。そう、翡翠の夜明け団の全力をもってしても、ルナが居なければ災厄どころかエレメントロードにも敵わなかった。
それが今日のコロナの戦闘スタイル。何も考えず効率も度外視してただただ爪と炎を振るうから、この邪龍に勝って見せよと試練を与えるのだ。
「名乗るよ、私はサファイア・アダマント。偉大なる母の名を継ぎ、この目に神の奇跡を宿す者」
「私はルビィ・アダマント。母の名と、この紫色の瞳にかけて――敗北は許されない」
領域の中にあっても彼女たちは生きている。それだけでも星将に伍すると証明するには十分だが、そこと比べても彼女たちは上位である。
「なるほど。……来い!」
ニヤリと笑みを浮かべるコロナ。楽しい戦いになりそうだと、くいくいと指をまげて敵を誘う。
「うん、不意を突くよ。これから」
「蛇骨刀、考えなしに砕かれたとでも思った?」
「……何? ぐおっ!」
砕いた蛇骨刀の刃が爆発した。そもそも見本もないのに、映像データだけでは同じように作れはしない。
絶対に砕けない刃など作れないから、無限に刃を再生する蛇骨刀を作った。そして、爆発するようにもした。元の機能にはないオリジナルだ。付け焼刃かもしれないけど。
「チ……だが脆いぞ。その蛇骨刀ごと全身を砕いてくれよう!」
そも、コロナはダメージを受けてもいない。事前にネタ晴らしをされて、やられたと思ってしまったから動きを止めてしまっただけ。本来なら支障にもならない程度の攻撃だ。
牽制など無視して敵を狙おうと、無造作に踏み込もうとして。
「やりやすいね。目の前のことに気を取られて、言葉でも翻弄されて。撃ち貫け【アロー・オブ・ガングニル】……!」
少女の身には似合わない大弓を掲げている。今にも放たれようとしているそれはまさに槍とでも呼ぶべきすさまじい代物だ。
神殺しの名を冠するそれが唸りを上げて飛ぶ。まさに攻撃しようとした瞬間、隙を突かれて――当たる。
「っが! ぐう――」
槍に貫かれて飛んでいく。いや、刺さってはいない。龍と彼女の大きな違いは体重、ゆえに簡単に飛ばされる。
なお、翻弄されるコロナを見ていたプレイアデスはため息を吐いていた。我関せずで戦闘に参加する気もない。
されても困るから、姉妹もプレイアデスを攻撃対象には入れない。
「……は! その程度でどうにかなるとでも!?」
強引に空中で矢を掴み潰して着地、矢を射かけてきたルビィに向かって走る。エレメントロードと彼女たちの身体能力では格が違う。
あまりの速さに迎撃のために矢を射かけることすらもできずに、自分を引き裂こうとする爪を見つめ――
「やっぱりルビィを狙う。……そこ!」
横合いからサファイアが切りかかる。見てから反応するのでは遅い、注意が逸れた瞬間にルビィの前を狙って斬撃を出していた。コロナが必ずそうすると読んでいたから。
「甘い!」
その攻撃ごとコロナの爪が引き裂いて――
「……火葬術式は既に起動してる。そこはもう地雷原だよ」
「む? 下か?」
コロナが下を向いた。その瞬間に全ての術式が起爆した。ビリビリと空気を震わせる爆発音……衝撃。マグマ化した地面が吹き飛んで、ただの地面が顔を覗かせる。
「ふふ、ルナ様がご覧になるのはその者の気概、魂の輝き――だが、遺伝情報にも煌きは残るや否や……? だが、自己成就的予言だとしてもおかしくはない……か。で、あればそれは本人に帰するものかな」
プレイアデスがふむふむと頷いている。
「どうした? お前も参加するか」
煙の中からコロナが姿を表す。塵一つついていない綺麗な服。つまり、あの程度ではそよ風くらいにしか効いていない。
「否。彼女たちが焔征龍ボルケーノドラゴンを超えられるか、それを判定の基準としたのはお前だろう。ゆえに、そのまま続けるがいい。その火で溶け崩れるとしても、それは運命であろうから」
「……よく分からんが、とにかく続けようか。くく、楽しくなってきたぞ。さあ、あがけあがけ。我が逆鱗に牙を突き立ててみるがいい」
コロナの姿が変貌していく。爪はより凶悪に尖り、腕は鱗に覆われる。瞳孔は菱形に変わり、放射される魔力が更に強くなる。鱗の変異は止まらず、喉元にまで達して。
「――逆鱗」
「本気になったってこと?」
二人の少女が見るのはコロナの喉元。一枚だけ逆さになった鱗だ。疑うべくはない……というよりも、あれを急所ということに”した”のだろう。
ブラフでもない、試練だ。言動から見て、それを囮にすることなど考えつきもしないだろうから。
「クハハハハ! 龍の息吹を受けてみるか?」
コロナががぱりと口を開く。そう、ドラゴンらしく火を吹くのだ。貯めを作るということであれば、それは想像に難くない威力を誇る。
「ルビィ!」
「分かってる、サファイア!」
当然、二人は撃たせない方を選ぶ。この魔力の高まり、防御しようが骨すら残らない。
だが、足元のマグマは更に炎熱の勢いを増していた。それでダメージを受けるわけでもないが、どろどろとしたマグマは非常に粘り気が強くて歩きづらかった。熱が上がって中途半端に粘性を増した結果、今や沼だ。
「急所を狙う! 【鋼牙一閃】」
蛇骨刀が閃光のごとく一直線に伸びる。狙い澄ました一撃でコロナの逆鱗を狙う。ブレスを吐く前に決着を付けてしまおうと。
「甘い。しかも、それは変幻自在の軌道が売りであろうにな」
コロナはそれを両手で掴む。爪で砕きかけるが、そこは手加減しておく。爆発の煙で見失ったくらいでブレスは外れはしないが爆発しても面倒だ。
とにかくブレスを吐くまで逆鱗を守っておけばいい。弓矢を飛ばそうと逆鱗さえ両手で防御しておけば敵の攻撃は自分を貫けないのだから。
「起爆も捨てるも、もう遅い。【ブレス・ザ・ヴォルケー……」
「――そこ。【アロー・ザ・ミョルニル】」
雷のように走った矢がコロナの脳天を貫く。さらには麻痺効果まで乗っており――
「上を向くな。下も駄目だ。【フォールインパクト】」
「が……は!」
上を向き、そのままブレスを射出しそうだったコロナを隕石の衝撃が蹂躙する。上だとプレイアデスの結界が壊れるし、下に向けたらそれこそ大地が死ぬ。
「チ……イ! どこだ!?」
コロナはとにかく見失った敵を探す。プレイアデスが自分に攻撃を加えたことはどうとも思わない。
自分が考えなしで失敗しやすいのは知っている。ならば止めてくれたのだろう。後は考えない。恨まないのは良いことだが、反省もしないというアレさ加減だ。上も下も駄目だという言葉にも特に何も思わなかった。
――こんなだから、何度もプレイアデスからお仕置きもかねて攻撃を喰らうのだが。
「【鋼牙……一閃】!」
背後からの強襲。だが、位置さえ分かれば恐れることはなく――
「は! 遅いぞ!」
その攻撃を爪で引き裂いて壊す。砕いた刃が爆発しようと関係はない。とにかく音のしたあたりを引き裂いてやる。
「でも、横からならどう!? 【アロー・ザ・ガングニル】!」
真横から走った攻撃、しかも爆炎で視界が効かない。だが――
「残念だったな? 音を聞けば攻撃を合わせるくらいはできる」
走った爪が、槍のような矢をあっけなく引き裂いた。
「う……ああああああ!」
「なんだ? 狂したか。所詮は偽物か」
半狂乱になって突っ込んできたサファイアの腹を、爪が引き裂いた。背中まで貫通し、赤く染まる。
「がふっ……げほっ!」
サファイアは血を吐いて真っ青になった。この炎熱地獄の環境はあまりにも絶望的だ。人類を滅ぼすエレメントロードドラゴン、その力に対して彼女たちはあくまで人間。母らと違って、ルナにもらった武器もない。
耐えず動き回らねばマグマに足を取られて終わる。とはいえ、動きづらい上に動いただけでも負荷がかかるこの状況で、しかも敵の攻撃は一度でも喰らったら致命傷だ。
これでは、諦めない理由を探す方が難しいだろう。
「――捕まえた」
だが、彼女たちは諦めない。絶望的な環境? それがどうした。ただの前提、長期戦も時間切れも狙えないというだけのことだろうが。
そして、喉元の逆鱗……それを守るように立ち回られたら突破の手段はない。耐えて一瞬の隙を狙う? 馬鹿か、ルナの眷属を相手にそれは悪手だ。情報生命体に近い、”なんとなく手を下ろす”なんてことをするわけがない。
ならば強引にでも隙を作ればいいだけの話。普通に突破できないのなら、特攻で突破すれば良いだけなのだ。
「まさか、隙を作るために自ら殺されに来たか!?」
コロナが嬉しそうに驚愕した。そう、この一瞬、殺すために使った左手は使えない。命を捨てて腕を封じる、なんという戦法だ。素晴らしい。
「三度目の正直……【アロー・ザ・ガングニル】!」
そして、姉妹が殺されるのにも耐えてその瞬間を狙った一撃が走る。
「だが、一手足りん。私の腕は、二本あるぞ?」
だが、コロナのもう片手が起死回生の一撃をあっけなく打ち砕いた。
「だから、これが三手……だよ! 『アクセサリ・フェンリル』、起爆なさい!」
真っ青になったサファイアが動く。コロナの喉元に手を伸ばし、何かを握りしめる。使用者の魔力を汚し暴走させる消滅兵器、フェンリル。小規模な代わりに反応が速い亜種だ。
ルナの知らないそれを、コロナも知るはずがない。ただの『フェンリル』であれば火を吹いて燃やし尽くせたが、これは反応が速すぎる。間に合わない。
「自爆か!? これを通すために、あえて!」
コロナがルビィを振り向く。……泣きそうな顔をしていた。それはフェンリルに違いない、使えばサファイアは助からない。
それを知っていてなお、実行に移した。二人が協力しなければこの作戦は成り立たない。
「良かろう、合格だ! あのお方の元へ参じる資格は有ると認めてやろうではないか!」
黒い穢れがコロナとサファイアを飲み込んだ。