第20話 モンスター・トループの脅威
次なるはモンスター・トループの【ギア】。それは人型すらも逸脱した脅威の魔導人形。身体のすべてを鉄と歯車に変え、人間の枠に囚われない動きを可能とした殺戮兵器。
異なる型である【ブラッド】、【ジェリーフィッシュ】の両名と比べて優れた点は、寿命だった。試作型とも魔人版とも呼べるレン・ザ・ジェリーフィッシュは半日の命だったが、こちらのアダマント姉妹はそうではない。どちらもヘヴンズゲートにて死亡したが、姉妹の方は生き残れば後はあった。その特性は後継にもしっかりと引き継がれていた。
何の話をしているかと言うと、彼は死に急ぐ理由のない十全のモンスター・トループであるということだ。その脅威を万全に振るうことができる。
「クハハハハハ! 我はモンスター・トループの【ギア】! ルナ様のお近くに侍る親衛隊である。この鋼の異形を恐れぬならば、かかってくるがいい!」
凄まじい勢いで突進する。これが村で会った戦士長程度であれば、何百人居てもその侵攻は止められず、そもそも攻撃すら当てられずに血の染みになるのが落ちである。
「……すさまじい力だな。つまるところ、そちらが後期型か。元となる技術力も相応に強力と来れば、なるほど恐ろしい。よくよくあの方も凄まじいな」
相手をするのは鉄の顎とナイフとを鎖で繋ぎ合わせた一風変わった武器を使う優男。ぴしりとしたスーツを着こみ、紳士帽で表情を隠している。
横方向に飛び優雅にかわすが……かわし切れずにスーツの端が千切れとんだ。
「ふふ、嬉しいぞ。我が力を振るうに足るだけの力はある。やはり敵は倒す価値のある者に限る。そう、力なき者など相手にする価値もない」
「――キヒ。ああ、確かにこの世界の人間どもなど相手をするだけの価値すらないさ。戦うという土俵に上がるに足る力を持たないものを殺すなら、それは虐殺だろう。粗末な剣を持っていたところで、兵士とは認められるか」
両者、向き合う。妙な武器を持ったスーツと異形の機械。見ているだけでおかしくなってきそうな光景ではあるが、目撃者はだれも居ない。
いや、ルナは方舟の機能を使って録画しているが。
「お前の名は?」
「第七星将のクーゲル・イェーガーだ。……いや、こう言った方が良いか。ルナ・チルドレンのクーゲル・イェーガー。推して参る」
それを聞き、異形はぎちぎちと嬉し気に身を歪ませる。チルドレン、同名違いなど考える必要はない。
あの人に決まっている。ならばこそ、証明して見せよう。殺し合いの中でのみ証明できる価値があるのだから。
「さあ、戦争を始めよう。待ちに待った戦争だ」
「ああ、戦争だ。やはり魔人の居場所は戦場にしかない……!」
魔人がナイフを投げる。ギアはやはり人間離れした挙動で横に飛ぶ。さらに前にジャンプ、歯車とバネがもたらす驚異的な機動力が魔人を襲う。
「……ッ速い!」
「さあ、我が一撃を防げるかな?」
ハンマーのような腕が振り下ろされる。それはただの鋼の一撃ではない、機械が生み出す馬鹿げた腕力をそのまま乗せている。文字通りに鋼すら握りつぶす圧力だ。
鉄の顎でその一撃を防ぐ。が――
「っがは!」
耐えられない。世界が砕かれたと見間違うかのような衝撃が脳髄を揺らす。凄まじい一撃が地割れすら引き起こし、魔人は弾き飛ばされる。
「ほう……受けきれずに飛びのいたか。なるほど、確かにそれなりの力は持っている。――が、我には及ばない。第七星将。あのお方に教えを受けておいて、その程度か?」
ただの一撃で満身創痍になった魔人を機械の眼が見つめる。黒いスーツは至る所が破れ、赤黒く染まっていた。
回復剤を嚙み砕いて修復するが、それについても時間稼ぎでしかない。
「モンスター・トループ。文字通りの化け物か、よく言ったものだ。こちらは星将、星の行方を決める7名の将軍。だが、まあその実態としては組織の長の地位で、それも末席であればな」
スーツは苦笑する。自嘲の笑みだ。
思えば、あの時から負け癖がついたのだろう。ヘヴンズゲートの発動直前を狙って攻めてきた人類軍、統率などなく群れの大将が配下を引き連れて襲ってきて――そして負けた。
あいつだけは格が違ったとルナ様はおっしゃられたが、最後は諸々のお情けで星将の末席にひっかかっただけ。栄光を掴めなかった自覚はある。
「……ふむ。では、死をくれてやろう。負け続けて生きるのも辛いだろうさ」
モンスター・トループの傲慢とも取れる発言。
前者二人とは随分と様相が異なるが、それも当たり前だ。単純に彼はまだ寿命が来ていない、焦る理由がない。
死に場所よりも勝利を求めているのだ。
「ふざけるなよ、それで諦めるものかよ。お前の方が格上なのだろうさ。たとえ隙を突いても殺せなくても、それでも戦うのが”夜明け団”の戦士だろうが……!」
「くく、応とも。そうだったな、団員であれば皆同じか。翡翠であろうと、鋼であろうと」
「精々加減してろ。その傲慢をへし折ってやる」
「油断も加減もせんよ。我が全力をもって――貴様を倒す。素晴らしき戦士、クーゲル・イェーガーよ」
ギアがそのバネ仕掛けの動きで突進をかける。直進速度はそれほどでもないのだ、だが異形の四肢と機械のバネがありえない変則軌道を実現する。
「ならば、こちらから踏み込むまで!」
「敵の利点を潰す、良い選択だ。地力で劣っていなければな!」
真正面から鉄の顎と鋼の足が嚙み合った。結果はクーゲルの惨敗、手が砕け腕があらぬ方向に曲がっている。顎こそ破壊を免れたが、真正面からやっても敵わないことは証明された。
「勝つ! 今度……こそ!」
だが、それを予測していたのなら身体は動く。もう片手に握ったナイフをその装甲に隙間に突き刺して――
「大した執念だ! だが、ひっかけたのは失敗だったかもしれんぞ?」
関節が通常ありえない方向へ動き、装甲の継ぎ目がナイフを噛む。歯車の身体は関節を外側へ曲げることも可能なのだ。
噛んだナイフをへし折ってやろうと力を込めると、凄まじい音が発生する。
「舐めるな! これとてただ頂いたものではない! 50年、黎明卿とともに鍛え上げた武器だ。そう簡単に砕けると思うな! 【クレセントライズ】!」
そして、鉄の顎と再生しかけの腕で思い切りギアの頭を殴った。全力の一撃は彼の頭部はわずかに変形させ、機械の瞳が一瞬砂嵐を映す。
「ぬぐ……ッ! 慢心していたか。だが、選択のミスは互いに同じ。ならばこそ、私が勝つ!」
挟んだナイフは折れないが、引き抜けないように掴んでいる。機械にのみ許された剛腕でナイフそのものに投げ技を仕掛ける。いや、それは技などではない。ナイフの先に付いた重りごと投げ飛ばす、それだけの単純な力技。
「な――あッ!」
魔人はナイフを手放すことすらできずに宙へ放り投げられた。
「空中ならば小細工を弄することもできまい!?」
ギアがうなりを上げて空中を飛ぶ。ただ空中で思い切り殴るだけで敵は四散する。魔人では空を自由に飛ぶことなど出来ず、そして防御も迎撃も無意味。
「舐めるなと言ったはず!」
だが、クーゲルは宙から消える。地面を噛んでいた鉄の顎、鎖で自身を引っ張り着地した。足が地面を離れる前から顎を投げる戦術を思い浮かべていた。
「馬鹿な!?」
「そして喰らうがいい! これが【翡翠の夜明け団】にて作られし最上級火砲術式の力だ!」
無数の巻物をバラまき、その全てから火球が放たれる。最初に部隊全体に向けられた火砲はただの挨拶代わり、と同時にこの程度の威力と誤解させるためのものだった。
こちらこそが、本命。凄まじい熱量がモンスター・トループの鉄を焼き、赤熱化する。
「……ぐ。ぬおお――」
炎に包まれ、衝撃に飛ばされ墜落するギア。
「やったか。……などと慢心はするまいさ。この程度で殺し切れるとは思っちゃいない」
そして目をやれば、炎に包まれながらもゆっくりと歩き出すギア。ぎしぎしと伝わる振動音、ダメージなしとは行かないが未だに健在。
「そうとも、まだ終わらん。まだ戦争は終わっていないぞ。続きをしよう」
また一つ回復剤を噛み砕き、前へ歩き出すクーゲル。
「「征くぞ!」」
戦火がまた一つ上がった。
そして、もう一つの戦場は――戦火が全てを燃やし尽くしていた。
「我らはルナ様の手足。このルナ様より与えられし機械の身体を見るがいい。モンスター・トループは、あのお方の命のもと全てを蹂躙する戦略兵器である」
空に浮かぶ【スティール】。宙を自在に駆けるのは魔導人形の特権である。無論ルナもできるが、魔人にはできない。根源星将だけは例外だが。
「第六星将の サファス。……私とてルナ様の御威光によりこの地位に得た。易々と負けるなど、できるものかよ」
相手をするのは第六、クーゲルよりは上の地位だが異名をもらっていないという点では彼と同じ。卿の名称を貰った第五とは違う――ゆえに、窮地という点ではどっこいだ。
「ならば精々あがくがいい。貴様は空に手をかけることはできん。地に足を着けたまま、虫けらのように死ぬがよい」
「……クソが!」
口汚く罵るが、それも道理。上に居座られたらどうしようもない。実はそれは前者3人も同じだったが、スティールだけは強力な武器を持っている。ツインブラスターライフルの装備はこそあれど、そちらでは当たらないから使わない。
スティールは違う。その翼に二つの火砲を持っている。攻撃力と範囲攻撃を両立した唯一のモンスター・トループ。
「さあ――嵐に浚われた木の葉のごとく、無様に舞うがいい」
「だとしても、勝てずとも……せめてここの地に敵を縫い付けろとの任務でな。貴様をここから逃すわけにはいかんよ」
二つの火砲が火を吹く。それは爆発を伴う強力なレーザーだ。もっとも魔力照射と呼ぶのが正しいのだろうが、目にも止まらぬスピ-ドで爆発するそれを完全に避けるなど不可能である。
「ふむ、すばしっこいな。そして、しぶとい」
「そうとも、お前は俺を殺すまで他には行けない。そういう命令なのだろう? ならば、どこまでも耐えて見せるさ。それも一つの戦いだ」
ルナの度重なる改造によって大砲とそれを支える姿勢制御・放熱モジュールである羽根こそが本体のようになっている。もはや人型よりもそちらが主、接近戦などできはしない。それを捨て、砲撃のみに特化したその機体。
「ならば、こうしよう。モードチェンジ、拡散モード。撃ち放て――【オーバード・ブラスター/ディスパーション】」
「……っな!? あ――」
そして、一息開けて撃ち放たれた砲撃は地上を舐め尽くすようなスプレー型。そもそも回避しようと思う方が間違っている。それができれば追いかけっこでもした方が時間が稼げる。
着弾、爆炎が上がる。地上が燃え上がる。逃れるような隙間など、どこにもない。
「――ふむ。終わりか? 翡翠の夜明け団……魔力の変質作用により魔人と化した者。身体の全てをルナ様の手により作り変えられた我々は、完成度が違うのだよ」
スティールが炎上する焼野原を見つめる。何よりも貴重なはずの、汚染されていない証明である草花が無残に燃えて消えていく。そこに何の感情も抱かずに。
そして、出し抜けにそれが来た。
「なに!?」
投げられたのは書物。弾丸のように飛んできたそれはかわせない。
「よそ見をするなよ。俺はまだ死んでいない」
爆発、そして轟音――スティールは揺るぎはしないが、その装甲に煤が着いた。
「認めよう。私は慢心していた。……だが、貴様の敗北は変わらない。貴様が勝つ可能性など、どこにもない」
また、砲を向ける。
「勝てないだと? それはどうかな。俺はただ、時間を稼げばいいだけだ……!」
焼け焦げてボロボロになった姿で回復剤を噛む。まだ身体は動く、任務を最後まで果たすのだ。
ちなみに【鋼】の方は【翡翠】の名前だけは知っています。英雄の名前を刻んだゴールデン・レコード、鋼の世界で作ったそれには翡翠の名前も刻まれているので。
ゴールデン・レコードはキャメロットも超合衆国カンタベリーも関係なく、純粋に【夜明け団】のものなので、これに関してルナに意見できる人間は居ません。