第17話 二つの夜明け団の”最強”
そして、真っ先に戦場を移した二人は向かい合う。
「では、見せてやろう。我が真の力を……我に勝利を『ミストルテイン・エクスカリバー』」
魔導人形、階位『黄金』の力を開放する。それは紅と金の機械鎧だ。それこそが世界を砕くに足るほどの魔力を秘めし【重力遣い】アルトリア・ルーナ・シャインが全力の姿である。
「へえ。鎧……かあ。魔術式刻印の物質化技術はそっちの方がよほど優れてるみたい。けどね、結局――強さなんて魔力で決まる。この【夜明け卿】の戦い方を見せてあげる」
轟、と炎が舞い踊る。根源星将……ウツロは窮極の魔人となるために災厄の魔石を丸ごと一体分取り込んでいる。
ゆえにこそ、魔人となる前の人間であったときとは戦い方が違う。そもそも【光明】として戦っていた時にはサポート兼火力担当で前に出ることはなかった。チーム前提の戦い方が、今やただ一人で全てを制圧する真なる魔人だ。
「ならば、まずは貴様の力を試させてもらおうか。この程度で砕けてくれるなよ、【ブラックホール・クラスター】!」
アルトリアが幾つもの黒い球体を生み出し、投げつける。それは重力を圧縮した横次元の方向にねじ切るワームホール。
ただの防御力では防ぐことはできない、まさに”異界”の力。
「その程度で私の防壁を貫けるとでも?」
けれど、ウツロはそれを炎のカーテンで防ぐ。
戦術など関係ない、ただ全力を出した結果として舞い踊る炎のカーテンが勝手に敵の攻撃を焼き尽くした。防御ですらないその防壁を――貫けない。
「ふむ。不得手とはいえ、こうも容易くしのがれるとはな。だが、私の本領は……ッ!?」
バ、とルナの方向を振りむく。おぞましいものを感じた。その波動は【殺戮者】の殺意、ルナですら理解不能な”人間の極地”である。
「これは、この殺気は……! このような殺意を人間が出すか。いくら何でも異常だぞ。マズイ、早く駆け付けなければ!」
「あっちも始めたんだ。でも、あなたは通さないよ」
「すまんが、一瞬で終わらせる。……私は、お姉ちゃんだからな!」
「……お姉ちゃん?」
ウツロもルナのことは知っている。お姉ちゃん、というのならアルカナのことが思い浮かぶが目の前の女性はどう見ても自分のことを言っている。
何がどうなってそうなるのか全く予想もつかないが、その一瞬の隙を突いてアルトリアは高空にまで舞い上がる。
「一撃で沈める。……この一撃は貴様には見切れまい!」
米粒にすら見えない高度まで上昇し、そこから一直線に降下して踵落としで敵を文字通りに叩き潰す――アルトリアおなじみの必殺技。
必殺技というのは決められないような状況で出すようなものではないが、これはあまりの速度がゆえに回避不可能。ゆえに完全なる必殺技と言える。
「よくわからないけど、向こうには行かせるわけにはいかないかな。それに、その程度じゃ私の命には届かない」
ウツロが虚ろな目を天に向ける。あるいは九竺であれば、とは思うが純粋な魔法使いの身ではカウンターを決めるどころか防御するタイミングすらも分からない。
結界を張るタイミングは逃した。詠唱の隙を突かれるくらいなら、このまま受け止めようと目を凝らして攻撃を待つ。
「皇月流【天堕刻印】」
「――」
すさまじい衝撃が地を揺るがし、大地を割った。
気づいた時には地に埋められていた。叩き落とされ地面にめり込み――大地の奥底にまで蹴り込まれた。
「地面が脆いな。少し加減すべきだったか……いや」
肩に当たった、確実に内臓までひしゃげた感覚はあったのに。最大の一撃を、ただの耐久力で耐えられてしまった。
「行かせない、って言ったよね。子供の遊びを邪魔しちゃだめだよ。【エンチャント・ファイア】――私の領域を広げましょう」
崩れた大地の中で両者は睨み合う。魔人である、中身を修復することなど訳はない。さらに魔法を使い、自らの領土を拡大する。それは侵略、世界を己が魔力に染め上げることは災厄とてやっていた。
「だが、足止めで良いなら私にも考えがあるぞ、【グラビティ・ホイール】! そのまま重力の底で沈んでいろ!」
領域がアルトリアを掴む前に、攻撃を放つ。回転する重力の輪がウツロを大地の更に奥へ押し込んでいく。
「あは。沈み込むこの感覚、懐かしいなあ。でも、駄目。あなたは逃がさないよ。もう私の魔法は発動している。ここは既に私の『領域』だから」
耐えるように、否。何かを掴み、潰すかのように両手を握りしめる。その瞬間、大地が溶け堕ちた。一瞬にして大地は灼熱のマグマへと様変わり、それは脈動し生物のように蠢いていて――
「……っなに!? これ、は!」
「私の属性は炎。昔は避けていたけど、やっぱりこれが一番相性が良いのよね」
竜の首のように動く溶岩が檻を作り上げる。それはヤマタノオロチ、8つの首が内部を異界に変貌させる。
その本質は熱ではなく”隔離”。脱出不可能の異界、災厄が支配する暗黒島を模した空間だ。
「強力な”魔”が世界を己が属性に染め上げることは知っていた。まさか、境界を区切り位相空間を作り上げるとはな……!」
「そう、ここは炎の世界。生きていくことさえ出来ないなら、ただ炎に巻かれて消し炭となる滅びの世界よ」
「――あまり、舐めてくれるなよ。『領域』ならば、当然私とて持っている。貴様がわざわざ空間を区切ってくれたのだ、躊躇う理由はないぞ」
そこは既に赤に染まった空間、だがアルトリアとて負けてはいない。己の身体から無限の漆黒が湧き出し全てを染めんと猛り狂う。
そう、それは災厄の特性であり、遊星主の特性でもあった。奴らを前に同じ領域で争っては不利なだけだったから使わなかっただけの話。同じ位階である以上、当然アルトリアだって使える。
「あは。まあ、出来ないとは思ってないよ。でも、これで――脱出するには私を倒さないと行けなくなったね」
「……ふん。多少は厄介な相手だと認めよう。だが、私は妹のところに行かなくてはならんのでな!」
領域の奪い合いはアルトリアが不利だ。全てを飲み込む漆黒だが、その領土は途中で拡大を止められていた。
空間を染め上げる赤と黒、赤の方が専有面積が広い。軍配が上がっているのはウツロの方である。
「あは! よくわからないけど、そのまま蓋してあげる。不審者は小さな子に見せないように隠しておかないと、ね?」
ウツロはそのまま敵をこの空間に封じ込めようと魔力を迸らせ――
「……ふ。だが、私はルナを守ると決めた! 決して引かん! そして、貴様……戦いに慣れていないな?」
アルトリアが消える。相手の意識の切り替え、その一瞬を突いた歩法の一種……武の一形態とも言える技だ。
「――そっちか!」
「炎が揺らいだぞ? 背中を取られて動揺したな。皇月流……【輪廻】」
後ろの気配に反応して炎を撒く……そこにカウンターを当てられた。いや、カウンターなんて上等なものではない。ただ相手の攻撃の勢いまで上乗せして正拳をぶち込んだ。自身のダメージはわずかたりとも減っていない。
が、それだけに威力は一線級。ウツロの腹に強かに叩き込まれた一撃は内臓まで砕き、盛大に吐血した。が、そんなことは構わぬとばかりに魔法を使う。
「かはっ! けれど、まだ私は戦える! 【フレイムカーテン】ッ!」
「ちィ――」
強力な炎の幕が行く手を遮った。遮二無二に繰り出した魔法、しかし強力な攻撃には違いない。アルトリアもダメージを負うより後退を選んだ。
距離を取ったところで両者が一息つくが。
「突っ込んできてくれたら、もう一つ魔法を使ってたんだけど」
「見えている誘いに乗る馬鹿は居ない。……が、厄介だな。早く片づけて駆け付けねばならんのだがな」
二人で苦笑する。互いに強力すぎる力を持つだけに決め手がない。そもそも、領域で区切ったとしても力を出しすぎて世界を沈める訳にも行かない。
ゆえに狙うべきは、本命の一撃を不意打ちで当てること。普通に当ててもどうにもならないのは、初撃の天墜刻印で証明されている。だからこそ……必殺を、意識の外から。
「それと、別に私は時間切れを狙っているわけではないよ? どちらにしても勝ちだけど、やっぱり狙うのは文句ない勝利だもん。だよね、皆――【バレットレイン・オブ・フレイム】」
炎の雨が降る。それは1万度を軽く超える致死の矢じりが無数に降る殺戮の雨。そして、すでにここも1000℃を超えている。
ウツロが領域のせめぎ合いに勝った以上無限に温度は上昇していく。
「ふん。それがどうした? 妹の危機に間に合わずして姉を名乗れるものかよ。すぐに貴様を倒してやろう! 【ブラックホール・ツインバースト】!」
アルトリアが二つの球体を生み出す。勢いよく投げると、炎の雨を抜け8つの竜を構成する身体に喰らいつく。
炎の雨は彼女を貫くが。
「……まさか!?」
「喰らっても大したことがないのは互いに同じだとも」
竜の身体が黒に引きちぎられた。領域の支配権争いではウツロに軍配が上がっているが、何のことはない。
アルトリアはこの領域から脱出できればいいだけなのだ。そして、内臓を壊してもウツロはすぐに回復した。ならば、アルトリアだって穴だらけになることに支障があるものか。
「多少驚いたけど……でも、無駄。あなたは、あまり領域の性質については詳しくないみたいね」
黒の球体は領域から逃れて別の場所へ着弾した。だが、それに意味はない。竜の身体を食い破ったところで支配領域は歪んでいない。
目に見えないほどの乱れでもあれば、そこから脱出できたのに――肝心のその乱れがない。一度破れ、修復されるところにタイムラグはない。
「……チ、これほどまでに厄介かよ。だが、戦術に武の極み……総合値では私の方が上だ。気を取られさえしなければ、私はお前には負けん」
とはいえ、相手の思惑を崩せたのも事実。脱出を優先しただけでこの時も、そして前にも何度もダメージを与えることはできている。
ただゲージを削り切るには遠いと、ただそれだけだ。時間をかければ、繰り返すだけで殺れる確信がある。
「やっぱり私は皆と一緒に戦う方が性に合ってるのかな。でも、早く駆け付けないといけないんでしょ? 戦術家としても戦士としても敵わずとも、焦っていない私の方が有利」
「……不利だとは認めよう。だが、それがどうした? 加えて魔力は貴様が上だがそれだけだ。腕と戦術、貴様自ら上と認めたそれを頼りに突破するまでだ。なぜなら、私はお姉ちゃんだからな!」
両者、状況は均衡している。次の瞬間にはどちらに転んでもおかしくない。だからこそ、自分が勝つ理を強調する。
有利を通せば勝てる、ゆえにこそ――意地でも有利を通さねば。
「あは! じゃあ、私も言ってあげる。私は冒険者チーム光明の空皿虚! あの子の――最初の友達だ!」
「なるほどな。だが負けん、友情より姉情の方が強いのだと見せてやろう!」
そして、意地があるのは互いに同じ。負けられぬ戦いがここにあるから、戦争は更に加速する。
「――燃え堕ちる世界を見なさい、【ワールド・オブ・エンパイア】!」
「炎の世界か。ならば世界ごと打ち抜くまで、皇月流……【神威】!」
火球が竜の身体で作られた小さな世界を焼き尽くす。だが、アルトリアの拳の一振りが世界すら砕きかねない鋭さの突きでもって敵手の目論見を打ち崩す。
隔離空間と化した”ここ”で、余波だけで世界を砕きかねないほどの戦争が現出した。――更に加速する。