第16話 死闘の開幕 SIDE:サーラ
そして、一行は人気がない場所まで移動してきた。草木がわずかに散らばる荒れ野だ。町から外れればよくある光景の一つ。豊かな場所に人は町を作るから、逆説的に人が居なければ寂れた場所だ。
被害を気にして、ということだろう。たくさん人が居たら邪魔。犠牲を避ける術があるのなら、そうしない理由はないと。
それでも理由があれば、巻き込むことに躊躇もないのだろうけど。
ルナがぽつりと呟く。
「……緑溢れた土地だね。でも、じきに朽ちる」
韜晦するように呟いた。その言には疑問を持ったが、すぐに忘れてしまう。まさか、彼女たちが特別な処理をしなければ草木の一本も生えない場所から来たなど想像できるはずがない。
「ふふ。向こうも隠れる気はないようだね」
一転して穏やかな笑みを浮かべる。何が何だかわからない。というか、私は逃げたいのだとアルトリア様に向かって視線を送る。
彼女はファーファにあれこれと世話を焼いていた。私の視線に気付く。
「……」
無言で、ぐ、と親指を立てられた。たぶん、何も理解していないのだと思う。お前なら大丈夫だろうと言わんばかりの笑みだった。
なぜ私がここに居るのかと、意味のない自問自答を繰り返した。
馬車が止まる。
「――あの?」
なぜ止めたのかと疑問に思って、声を出そうとすると。
「黙っていろ」
カティエクと、そう呼ばれた人が私にそう言った。他の3人も私のことを囲んでいる。どことなく緊張した空気が流れているが、しかしどことなく弛緩した雰囲気で――張り詰めている、というほどではなかった。
とはいえ、お邪魔だったかなとしゅんとして黙ろうかなと、そう思った瞬間。
「来るか」
アルトリアが、ぼそりと呟き――消えた。
「……え?」
ぽかんと、口を開けたその瞬間に轟音が響いて床が揺れた。必死に踏ん張って頭を床に叩きつけられないように守る。
悲鳴が漏れたが、おしゃべりなどしていたら舌を噛んでいただろう。
「な……えっ? きゃあっ……!」
幸い、床に顔を叩きつけるようなことはなかった。でも、状況がまったく把握できない。まるで激流に浚われた藁くずがごとく翻弄されるだけ。
――何が、起きた?
「ふむ。中々の威力ではあるが『鋼』を貫きうるレベルではないな。とはいえ凡百であれば行動不能に追い込める、でなくとも我々には守るべき者が約一名居るしな」
声が聞こえた方向を見ると、アルトリアが腕を組んで空中に立っている。その足からは白煙がたなびいている。そして、その下には何かが爆発した形跡が。
砲弾でも蹴り落した? ただ、アルトリアも怪我をしているようにも見えない。サーラでは誰が偉いかはなんとなくわかるが、では誰が強いかというと見当もつかないのだ。
「――身震いするほどに強大な魔力を内包してる。あなたが切り札だね?」
「空間転移か!? 先の砲とは比べ物にならないレベルの魔力だぞ……! 貴様、何者だ!?」
空中から突然現れた炎を纏う女の人がアルトリアを掴み、そのまま押し出そうとする。不死鳥のように炎が広がり、敵を消し炭にしようとする中、アルトリアは威力を受け止めきれずに押されていく。
「根源星将【夜明け卿】ウツロ・L・カラサラ。さあ、”英雄”の力を見せなさい。恐ろしい災厄の力がお相手するわ」
「なるほど。だが、私とて遊星主を倒している。本気を出さざるをえないようだな……!」
アルトリアはニヤリと笑うと力を抜く。敵は戦場を変えようとしているがそれは好都合。受け流し、そしてその間隙に魔導人形を纏うまで。
炎とともにたなびいていく流れ星を横目に、ルナはくすくすと笑いつつ指令を下す。
「さて。では、ラマーナ。装填用意だ。次が来るぞ、撃ち落とせ。あと5秒――」
「は……! 消し飛ばせ、【ツインスパイラルブラスター】!」
いつのまにか隣の人が巨大な砲台を持っていた。その凶悪なまでの砲塔から絡み合う二条の光が射出される。
その圧倒的な光輝が空から来る砲弾を焼いた。
「……」
酷い、とそう思った。あんなものが村に落ちれば誰一人逃げられない。そんな威力の爆弾だった。そんなものを使って殺し合って……とても”楽しそう”に。
ルナはにこやかに次の指示を飛ばす。馬車の上に腰かけたまま。
「全隊、射撃用意。質の次は量が来るぞ」
兵士の全員が、空に向かって黒光りする棒を構えた。一糸乱れぬ動き。それは上位者に従うことを何よりも喜んでいて。
そう、死すら厭わず効率的なまでに殺し合いに邁進するのだ。
「――ッ!?」
爆発するかのような凄まじい音が連続した。何かが、たくさん降ってきて――それを棒から打ち出した火花で迎撃している……のか。
頭がぐわんぐわんする。何も分からない。耳が、痛い。
「ケルベロス分隊、ヴェアヴォルフ分隊。行け」
あいかわらず馬車の上に腰かけているルナの指示。避難しようなんて気配は微塵もない。指示を受けた4人かける2チームが空を飛び、どこかへ消えていく。敵を求めて。
出し抜けにがしゃり、と音が鳴った。4体の異形、鉄の化け物が身をきしませたのだ。
「ふふ。我が【モンスター・トループ】よ。君たちも戦列に加わりたいかい? 良いとも。ちょうど誘っているのが4つ。……いや、5つか」
そこで初めてルナが表情を歪ませる。侮蔑? それとも、憐憫? えも言われぬ感情だが、良いものでもあるまい。
「ただの偽物であれば踏み潰すまでだが……いや、そうだね。コロナ、プレイアデス。行ってくれるかな? 好きなように試して来なさい」
「承知」
「――くはは。面白そうだ。”あれ”と同じ顔をしているのなら、多少は楽しめるかな」
不穏な言葉を残し、二人は目にも止まらぬスピードで疾走する。
「そして君たちも行きなさい、モンスター・トループ。戦いの悦楽を楽しむがいいさ。ギアは11時、スティールは9時、ブラッドは7時、ジェリーフィッシュは4時の方角の敵に向かえ。それぞれ、その存在意義を果たして来い」
「「「「――は! 承知いたしました、ルナ様!」」」」
地響きを上げて走りゆく鉄の化け物たち。おそらく、その方向に敵が居るのだろう。この人たちはなぜこうも戦うことばかり考えるのかと怒りを貯めるが、くらくらする頭では言葉の一つもしゃべれない。
「……ふむ。後ろの部隊は後詰めかな? しかし、まだ見ない顔が居るぞ。各個撃破はこちらとしても狙うところだが、何か策でもあるのかな」
あごを撫でつけ、何かを考えているルナ。
「ま、いいか」
す、と立ち上がる。
「ハティ分隊、敵後方の部隊に攻撃を仕掛けろ。距離を取ってあぶりだしてやれ」
「ルナちゃんや、あれはそれが狙いであろ?」
アルカナが機嫌よさげに声をかける。ルナが楽しんでいるから機嫌も良くなる。アルカナが考えているのはルナのことだけだから。
「ならば乗ってやるさ。『鋼』の分隊は、特に惜しくない手札だよ。とはいえ、サーラが邪魔だな。スコル分隊はその場で待機。馬車は壊れてもいいが、それの損傷は防げ」
「――ふむん。狙いはルナちゃんだろうが、しかしどう攻略してくるか。まだ盾は二枚残っておるが、向こうの手札は残り4枚。攪乱されておるが、盤上の駒の数までは誤魔化せん。さて、どう切ってくる?」
「うん、ただただ各個撃破をやってくるのではなさそうだ。ファーファ、ベディヴィア。準備を――む?」
「来るぞ」
ガラスがひび割れるような音がして――空間が割れた。そこから伸びるは斧、そして鉄拳。大地すらも砕くそれが、ルナに迫り。
「それで意表を突いたつもりかな? まさかスペルヴィアの魔法を使うとは思わなかったが、結局はヘヴンズゲートで取った戦法の一つを焼き直しただけじゃないか」
いつの間にか手にしていた刀と鞘が、両側から来た武器と鍔迫り合いを演じていた。
やっぱり、この子も強いんだと腑に落ちた。村に来た戦士団の人はルナのことをどこかの貴族の子供だと思っていた。無力で、傅かれるだけの存在。この子さえどうにかすれば、夜明け団などどうでもできると、馬鹿げた夢を。
けれど――化け物の主は、一番の化け物に決まっているのだ。度重なる攻撃に怯えるそぶりさえ見せないのは、怯える必要がないというだけ。
幼く美しい化け物が、微笑と共に攻撃に移る。
「進歩もないなら、ここで終われ」
凄まじい鉄と鉄がぶつかる音がした。あの、大将首を狙いに来た二人を凄まじい力で弾いた。人だったらぺしゃんこになっているほどの力、轟音。
「龍の爪の一撃で引き裂かれよ、月読流……【竜爪】」
だが、この化け物はそれだけでは済まさない。次の瞬間、ルナは両手に4本ずつの刀を構えて投げた。
地面を抉りつつかろうじて着地した二人に竜の爪が襲い掛かる。
「ぐぅっ! さすがにこれはキツい! けれど!」
「……!」
だが二人は襲い来る4つの爪をさばいた。一人は斧の柄で、一人は鉄拳で4つの爪を叩き落とした。
馬鹿げたレベルの戦いだ。マルルーシャ村に来た戦士長様とナインス様の戦い、あれは児戯だった。確かに、ナインスさんは戦う人ではないのだろう。
だって、こんな……化け物同士の戦いに、人間が手を出せるものか。
「あなたの相手はファーファがするよ!」
「小娘。……いえ、いいでしょう。それだけの口を利く力はありそうですわね!」
斧の女は『鋼』を纏うファーファを引き付けながら後ろに下がっていく。奇襲に失敗すれば、即座に敵の一人を分断する。恐ろしいまでの思い切りの良さだった。
「さて、貴様の相手は私が努めよう。こんな死にかけだが気を付けたまえ。わずかにでも気を抜けば、勝ち星は墓場にまで持っていく」
「その覚悟、力――我が最期の相手には相応しい……!」
そして、拳で戦う男の人も同じく。アルトリア様と一緒に居た男の人が追いかけて行く。鉄のように冷たい重戦車の拳、そして重病の老人のようにしか見えない執事の杖が攻撃を交わしながらここから離れていく。
そして、遠くの場所から爆音が響く。ここまで響く鉄と鉄がぶつかり合う音、爆弾の音。別の場所で、さらに激しい戦闘が幕明けた。
「……何で!」
私は慟哭する。なぜ、こんなことが行わればならない? みんな、狂っているのだ。
狂っているのでなければ、なぜあんなにも嬉しそうに戦うのか。人が死ぬのはただの悲劇であるというのに。
「なんで、あなたたちは自分の命を捨てたがるんですか!?」
狂喜と共に進軍する彼らの全てが分からない。私を守ってくれる人も、まるで羨ましいかのように見つめていた。
私など放って戦場へ駆け付けたいが命令があるから自重しようと、惜しいとでも言いたげな目だ。
そして、悠然と歩く二人が現れる。少女と老人、戦うとは思えない組み合わせだが。
「ずいぶんと変わったものを拾いましたね。それは、あなたの美学ではないでしょう? 今更宗旨替えなど許されることではありませんよ。『ゴールデンレコード』を、まさか捨てたわけではないでしょうに」
「だが真理だ。人を救うためなどと嘯いても、やはり我々は生きるべき存在ではなかろうよ。ただ、生きていることに感謝して何気ない日々を過ごす。……それこそが本来の人のあるべき姿だろう」
その二人から声が放たれる。まるでルナに古い友人であるかのように話している。けれど、この二人は……ううん、ルナを含めて三人は殺し合う気だ。
知っている人なら、争う必要なんてないはずなのに。
「あはははは! 君たちがそれを言うかい? 【黎明卿】、そして【殺戮者】! 人類の敵に背を向ける裏切り者を誅して来た君たちが! そんなまでに様変わりして、しかし何も変わっていないのだろうがよ」
ルナは、今一番楽しそうにしている。耐えられないと言うように狂笑を漏らす。今にも刀を振るいそうだ。
そう、相手は様変わりしている。別人だと勘違いしても当然なまでに。男は年老いて痩せさらばえ、女は若返りゴスロリを身に纏っている。ただその強烈な鬼気だけが本人だと証明する。
「ゆえにこそ、ですよ。今更生き方を変えられないのは互いに同じ。ですが、それを唾棄してしまえば待つのは破滅のみでしょう」
「駆け抜けた果てがこれならば、ただそのままに生き様を貫くのみ。我々の力、我々の生き様を貴様の身に刻みつけて――逝こう」
対する彼と彼女は決死の覚悟が見て取れる。風車に挑むドンキホーテでも構わぬと、どころかそのドンキホーテの業を見せてやるから覚悟しろと。
「ならば良し! 来るがいい。このルナ・アーカイブスにその生き様を魅せて見よ。僕は、それを永遠たるこの身に刻もう……!」
刀を持ち、地に降り立った。
「さあ、翡翠の最期の輝きをご覧に入れましょう」
「負けて死ぬなど御免被る。ゆえに、今一度……貴様の身体に傷をくれてやる」
相手をするのは少女と老人。だが、その目には並々ならぬ殺意でギラギラと輝いていて……まさに今が人生で一番充実する瞬間だとでも言わんばかりに。
目にも止まらぬ速度で三者が踏み込む。幼女は刀を、少女は試験管を、老人は銃剣を構えてまっしぐらに。
狂笑がぶつかった。
ちなみに『翡翠の夜明け団』側でここまで覚悟が決まっているのは、幹部連中と親衛隊以外のすべてが虚空に消えたからです。非戦闘員が残っていれば、とりあえずルナに頭下げて何とかしてもらおうという発想も出てきました。