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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
翡翠と鋼鉄の激突編
273/361

第13話 王国の町


 鋼鉄の夜明け団が乗ってきた方舟、アームズフォートの落ちた場所は大陸の東の果てだった。ルナの一行はゆっくりと西進を開始する。

 この王国も大陸中央から離れた田舎国家だ、中央で激しく覇権を競っている国々とは格が一段落ちる。土地もそれほど豊かではなく、各所に転々と存在する農耕を営む村と遊牧民の混成民族だから有体に言えば貧乏ですらある。


 サーラはもちろん農耕民族で、マルルーシャ村も何の変哲もないただ田舎……その中でもその外れにあるだけの村だ。別に閉鎖的ではなかったから、他の農耕民族との交流もあった。

 だからサーラも何回か外に連れて行ってもらったことがあるのだ。獣は居るが、魔物が居ないから村の仲間と旅すればそこまで危険ではないから。気軽に、とは言えなくてもそれだけの余裕はある。


 そう、危険では”なかった”のだ。それは過去形に過ぎない。あの空中に突き刺さる塔が現れるまでの、平和だった世界の遠い過去。

 村を襲われて壊滅まで追い込まれようとも……”現状”を理解できていなかった。世界が例外なく不作に追い込まれていく中で、想像力を働かせることができなかった。過去は過去だと理解できなかった。

 国という単位で未来を考えることが出来ない視野狭窄。なんてものは、この世界の技術レベルから考えれば当然かもしれない。ネットもない中で国政など分かるほど頭の良い奴はレアだ。


「――なんで。こんな。オーサさん、メバロエちゃんも……誰も、居ない……!」


 ”完全に破壊された”村を見て立ち尽くすサーシャ。そこは、外に連れて行ってもらったときに訪ねた村だった。知っている村だった。

 あまり親交はなかったかもしれないけど、何人かの名前はあげられる。顔も、覚えている……のに。

 ――今は、もう居ない。


「あはは。考えれば分かったことだろ? 運の良い悪いはあるにしても、十分予想は付いたはずだ。君だってあの野盗どもに襲われた。ならば他に犠牲者が居るかもしれないことなど、殊更考えを巡らせる必要もないと思うがね。あの元村長君は何か言ってたかな?」

「……よろしく言っておいてくれ、としか。元村長も、こんなこと予想していなかったんです。誰が、こんなことを予想できますか?」


「確立の算出はできないが、しかし中央に近い方が襲われやすいのなんて子供でも分かる単純な方程式だろう。中央に近い方が人は多いんだよ」

「でも……」


 馬車から飛び降りようとしたサーシャを団員の一人が首根っこを掴んで引き留めている。情けも容赦もなく、馬車はそのまま走り抜ける。


「まあ、サーシャの気分転換も必要かな。早いところ抜けてしまおう」

「待って。駄目、待ってください!」


 ダン、と馬車の壁を叩く。

 首根っこを掴んでいた男が、おやと驚いた顔をする。


「せめて、皆を埋葬させてください。……このままにするなんて、酷い」


 ふむ、とルナは一瞬考える。ひょい、と指を一本立てた。馬車が止まる。


「1時間」

「……ッ!」


 サーシャが息を呑む。1時間なんて……遺体を探す暇もない。


「皆、手伝うなら手伝ってやるがいい。1時間で済ませよ」


 ルナが傲岸に宣言した。


「……は!」


 首ねっこを掴んで居た男が頭を下げ、馬車から降りる。一瞬理解できなくて、その人の顔をまじまじと見る。

 頬に走った大きな傷、睨みつけるように細められた目はにこりともしていない。


「どうした? 顔見知りなのだろう。まだ遺体が残っているなら埋葬してやりたいと、お前はルナ様に具申したのだろう。――その願いは認められた。そこで寝ていては貴様の覚悟に意味がないぞ」


 そう言って村に行って捜索を開始する。


「そうだな。魂なき遺体とは言え、放置して犬の餌にさせるのも哀れだな」

「ああ、ルナ様の仰せだ。1時間で済ませてしまおう」


 他の7名もそれぞれ村の方へ足を向けた。……そして、ルナと化け物は馬車から動かない。

 興味を無くしたみたいにアルカナの胸へ顔をうずめている。


「――」


 何か言おうとするけど、出てこなくて。


「何をしている、サーシャ」

「え? ひ……っ!」


 死体を抱えて持ってきた。首根っこを掴んでいたその人。まるで俵でも担ぐみたいに肩に乗せられた死体は、剣の傷跡がどろりと腐っていて酷い匂いだった。


「お前たちのやり方で弔ってやるがいい。穴を掘って埋めるか? それとも焼くか? 我々では焼いて灰にしてやるのが習わしだが、それも戦場の掟だしな」

「……へ? ……はい、埋めていただければいいと思います。マルルーシャ村では、そうしていました」


「そうか。向こうの高台が良いか?」

「いえ、墓地が向こうにあったはずです」


「案内してくれ。後は彼らを送る用意をするがいい。運ぶのと埋めるのは我々が行おう」

「はい、ありがとうございます」


 そうして壊された村を巡り、墓所に全ての村人を埋葬する。これで40分。彼らは手早く全てを完了した。

 家々を荒らすこともしない。すでに盗り尽くされた後で、そもそも欲しい物などないのだろう。腕を組んで並んで佇んでいる。

 何を考えているのか分からないが、これでも悼んでくれているのだろうか。


 この村の村長さんの家に残されていた線香を上げる。……悲しい煙がたなびいて、空へと消えていく。物寂しい雰囲気の中、サーシャは黙とうを捧げる。


「……これで、全員ですか?」

「村の捜索は完了した。だが、当然だが連れ去られた者も居るだろう。まあ、既に死んでいるのだろうな。あそこには野盗しか居なかった」


「野盗しか居なかった? 何を言っているのですか」

「……? ここの村を襲ったのと、我々が殲滅した野盗。同一だろう、普通に考えれば」


「――ッ!」

「復讐は既に完了しているということだな」


 サーシャは何も言えなかった。呆然として居るが、終わったと判断した彼らがそれぞれ馬車へ帰り始める。

 ……慌てて後を追った。


「――61分、30秒」


 帰って来るなり、ルナはそんなことを言う。


「申し訳ございません、ルナ様」


 むっとしたが、しかし時間に遅れたのは事実なので深々と頭を下げる。


「ああ、別にいいよ。細かいことを気にするのは悪い習性だね。君を責めている訳じゃない。むしろ、もう少し時間を上げてもいいよ」

「大丈夫です。皆は弔いました。もう、できることはありませんから」


 そう言うなり俯いた。


「じゃあ、舌を嚙まないように食いしばっておいて?」

「……は?」


 変なことを言われて呆然として――馬車がすごい勢いで走り始めた。


「……っな!? きゃあ……っづ。なあ」


 舌を噛んでしまって悲鳴が出た。


「いや、辛気臭い空気が嫌だったから。そもそも僕らにとってあれは牛歩どころじゃないんだぜ? まあ、こんな速度で爆走してあれらを追い抜くのも悪いから、加速は次の村が見えるまでにしておこうか」

「……?」


 何を言っているのか分からないと言う顔をするが、ルナは話を続けている。そもそもサーラは耐えるのに必死で耳に入る音が意味をなさない。


「ああ、あれらって誰かって? ほら、ナインスと遊んでた戦士くんさ。彼らにも検討の時間が必要だからね。まあ、のんびりと行こうじゃないか」


 けらけらと笑うルナは何も堪えていない。周りを見渡せば毅然と立ったままの兵士たち。……いや、ナインスさんは膝をついて振動から自分の身を守っているけれど。

 それでも、この程度の速さなどなんてことないというのは本当らしい。


「……うぐっ!」


 サーシャが口元を押さえる。吐き気がしてきた。それほどの凄まじい振動だった。こんなものは体験したこともない。


「――」


 必死で口元を押さえていたかいがあって、彼女は乙女の尊厳を守ることができた。もっとも、守りたかったものは尊厳よりも”村のみんな”だろう。

 吐いて馬車を汚して放り出されるわけにはいかないのだ。……もっとも、ルナはこの世界の人間に期待していないから失望しないし放り出しもしない。が、そう思っているのを見透かしているから放り出さないという事情もあるわけで。つまり耐えようとした時点でセーフではある。


「……つ、着いた?」


 ゆえに、彼女はあらゆる意味で守り切ったと言える。息も絶え絶えで見るからに死にかけているが、それも名誉の負傷だろう。


「この速度で行くと着くと怪しまれるからゆっくり行ってる。少し休むといい。次は、町と呼べるだけの規模はある。多少は遊べるだろう。お小遣いも上げる、はい」

「え? ありがとうございます? ……これって」


 サーシャは苦い顔をする。


「おや、思いついちゃった? そうだよ、これは野盗どもが貯めていた金だ。財産と呼べるだけの量はなかったがね」

「……」


 胡乱な目をしているサーシャに、馬車の上から声がかかった。聞いたことのない女の人の声だ。


「楽しめる時に楽しんでおけ。全てが崩れる時は一瞬なのだから」

「町に行けば、おいしいデザートはあるかなあ?」


 妙に迫力がある女の声が聞こえてきた。と思ったら、幼い女の子の声だ。とはいっても、ルナと比べればまったく違うことが分かる。

 あれは子供のような高い声で話すが、中身はどこも子供らしくない。この子の声はそれほど高くないが、ハシャぎ具合が幼い印象を与えてくる。


「――誰?」


 女が居たのか? いや、主と取り囲む2人は女だが。呆気に取られて天井を見つめるが、そこは馬車の天井で何も見えなかった。


「おや、お姉ちゃん来たんだ」


 ルナはやれやれと呆れた顔をしている。サーラはそんな顔を初めて見た。


「……お姉さん?」

「うむ、私はルナの姉だ」


 間発入れずに響いてきた天井からの声。妙に自信に満ち溢れていて一瞬信じかけるが……いやいや待てよ、この化け物に親類縁者など居るわけがない。


「血は繋がっていないよ。ファーファともね。……お姉ちゃんは何か気になることがあった?」


 ぎょっとルナを見ると、呆れた顔は継続中だ。この幼女も相当変だが……上に乗っている女も相当の変わり者らしい。


「いや、特にはないぞ。碌に目的もない現状、動くべき理由も見当たらんしな」

「ルナちゃん! ね、ルナちゃん、遊ぼう? アリスちゃんも!」


 きゃっきゃと笑い声が聞こえてきた。サーラは癒された。


「まあ、こういうわけだ。まあ、見るべきこともないだろうが遊ぶなら十分だろう」

「そうだね。まあ遊びに行くのも悪くない。しょせん、時間潰しだ」


 ルナがくすりと笑う。そして馬車が足を止める。


「――さあ、行こう」


 上から降りてきた黒髪の女の人が、ルナの手を取って連れ出していく。アルカナがすぐに反対側の手を取る。

 空中で視線の火花を散らしながら町の方へ行く。


「アリスちゃん、行こ!」


 そして、幼い子――身長的にはアリスとルナの方が低いが、表情や仕草でそれらより幼く見える。その子がアリスの手を引いていく。


 ……サーラは置いて行かれた。


「さて、中心の方へ向かったはいいものの……」

「りんご! ファーファ、りんご大好き……あれ?」


 りんご売りを見かけて嬉しそうに走り寄って行ったファーファだが、笑顔が固まる。売っていたのはしなびたりんごだった。

 ……瑞々しさなどどこにもない、本来なら売り物にならなそうな品質だが。


「――ふむ。状態が悪いものしかないが……店主、やはりどこもそうかね?」


 アルトリアがファーファの頭を撫でる。苦笑しながら禿の店主に聞いた。世界の情報は殆ど入ってこないが、適当に話を合わせる話術くらいはある。

 こんなんでも、元は王国の姫君――正統なロイヤルブラッドである。その手で己が国を滅ぼしたが。そんな彼女は政治も腹芸も習得済だ。


「ああ、そうだよ。あの塔が空中に突き刺さったからというもの、どこでもこんなんだ。どこ産のも悪いものばかりでね。これでも売らなきゃ売りもんが無くなっちまうんだよ。瓶詰の方が品質は良いくらいだ」

「ああ、あの塔出現以来どこも悪い話しか聞かんからな。……銅貨5枚か。去年はどんなものだったかな?」


「銅貨3枚だよ。言い訳のようで悪いが、ここより安く売ってるところなんてないぜ」

「……そうだな。ファーファ、食べるか?」


「うう……いらない」


 ぷるぷると悲しそうに顔を振った。本当に悲しそうな顔を前に、店主も気まずそうに頬をかいた。それしかないから売っているだけで、本当はおいしいりんごを食べてもらいたいと思っている。


「そうか。悪いな、店主」

「いや……まあ仕方ねえな」


 ままならないなと、アルトリアと店主で二人そろって苦笑する。ファーファの悲しそうな顔が一転、明るくなってハシャギ出す。ここら辺の切り替えはまさに子供そのものだ。


「あ! あっちの方に喫茶店がある。甘い匂いがするよ」

「……ふむ、良く見つけたな。ならば入ってみるとしよう。材料が悪くても、そこは料理人の腕の見せ所だしな」


 そして、入ったのだが。


「はい、ルナちゃん」

「……むぐ」


 上機嫌なのはルナにスイーツを食べさせているアルカナだけだった。出てきたスイーツは甘みの足りない材料に砂糖で無理やり足しているだけ。にも関わらず砂糖すら足りていないという有様だった。

 まあ、ルナとしては味は無視できるのだが頼んだプリンはどうにも野暮ったくてかわいくないからテンションが上がらない。上に乗った果物も萎びてるし。


「ああうう……」


 ファーファも涙目でプリンを食べている。大人買いは、するほど良くない。こんなものを馬鹿喰いするほど奇特でもない。

 だが、おそらくそれはどの店でも同じことだろう。


「支払いはお姉ちゃんに任せておけ」


 アルトリアはふんすと財布を握った。


「お姉ちゃん、どうやって稼いだの?」

「以前に少し外に出て宝石を換金した。それなりの金にはなったぞ」


 悪びれもしないアルトリアに、ルナがジト目で睨みつける。


「……まあ、宝石類の価値は文化レベルに比例するけど、たかが飲食店の代金分くらいは誤差か。取引情報は後でサーバに上げておいてね、お姉ちゃん」


「むぅ。……勝手にやったのはマズかったか。驚かせようと思ったのだが」

「それは別にいいけど、それも貴重な情報だからね。変な考えで隠されると困るよ」


「気を付けよう。他に行くところはあるか?」

「見るべきところはないけど、このまま5人でお散歩しようか」


「おさんぽ、おさんぼ。アリスちゃん、また手を繋ごう?」

「ファーファは放っておくと迷子になるから、手をにぎっていてあげる」


 小さな子が、子供のようなお姉さんの手を繋いであげている。癒される光景だ。アルトリアは尊いものを見るように目を細めていた。


「ルナちゃんは足が疲れておらぬか? 妾が抱き上げようかの」

「ルナは疲れていない。貴様は引っ込んでいろ」


「なんじゃと? 貴様こそファーファの世話でも焼いておれ。ルナちゃんは妾が世話をする」

「もちろんファーファの世話もするが、私はルナの姉でもある」


 やっぱりアルトリアとアルカナは喧嘩していた。


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