第11話 終わりの始まり SIDE:ナインス
現地人との初めての戦闘が終わる。……いや、これを戦闘などと言っていいものか。ルナ様は救えないクズどもを救っていらっしゃったが、レベルが低いと言う意味ではこの戦士たちも同じこと。
そうだ、この戦士団も弱すぎた。魔導人形を出さなくても、趣味で鍛えた程度の私に負けるとは開いた口が塞がらない。結局私は一介のオペレーターに過ぎないのに。
これで、こんな程度の実力で何と戦うつもりなのだろうか? 疑問に思ってしまう。
「ありがとうございました。ダークニス殿」
「ええ、こちらこそ。素晴らしい腕前でした」
がしりと握手を交わす。必要とも思えないが、まあ差し出された手を突き返す理由があるわけでもない。
何やら彼はやり遂げたと言ったみたいな良い笑みを浮かべていた。彼みたいなのが実力者で大丈夫なのだろうか、この国は?
「――申し訳ない。少し、時間を頂きたい」
その戦士長殿は動揺する仲間のところへ戻っていった。まあ、隊のリーダーであるのだから他の者より強いのだろう。それが倒されれば統制の要もあるか。
ただのオペレーターにも負ける腕前だが、それもルナ様の言う文明レベルの違いだったのだろう。進んだ時代が勝つのは当たり前のことだ。彼とて、遊びで戦士団をやっているわけではないのだし。
「ふふん、言われたな。ナインス」
「ああ、ヘイローか。疑うわけではないが、私のどこが悪かったんだ? 残心……敗北を宣言されるまで、気は抜いていなかったはずなんだが」
ヘイロー。鋼の義足を付けた”本当の”戦闘員。オペレーターの私とは違い、ルナ様の護衛としてやってきた。つまり、私よりずっと強い。魔導人形を纏わずとも、纏おうとも。
当然の話だ。私では彼含め戦闘員には生身であろうと手も足も出ない。所詮は趣味の一環で、その程度の強さが……認められると、向こうの頭が心配になってくる。
「ああ、それか。ずっとだぞ」
「ずっと……?」
「奴のお仲間が弓を射かければ、お前は脳天を貫かれていただろう?」
「――なるほど!」
目から鱗が落ちたようだった。
基本的に1対1など御伽噺――周到に準備を重ねた決戦以外ではなかった例だ。相手にしていた奇械は地を埋め尽くすほどの数を誇っていた。上下左右が敵だらけなのが当然の戦いだった。
私は見ていただけだったから、実感が沸かなかった。そういうことかと納得した。やはりルナ様が間違ったことなど言うわけがなかったのだ。
「しかし、お前。そんなんじゃなくちゃんとした剣を使えばいいのに。売店に売ってるぞ?」
「いえ。……実はこれ、ルナ様の刀を形だけ真似したもので」
「クハハ! ま、魔導人形の手に合わせたサイズは素手にはでかすぎるわな! ああ、【坠落】も中々サマになっていたぞ」
「おや、それは嬉しいですね。自費で購入した『銅』で練習した甲斐がありました」
「まあ、そのためにルナ様が作ってくださったモーションデータだからな。アルトリア様の必殺技【天墜刻印】、その劣化である【月影】――それを剣で使えるようにした【坠落】。もっとも、我々ではその【月影】すらも使えんがね」
「精進あるのみ、ですね」
そこにルナ様が声をかけてくださる。
「ナインス。君も戦闘訓練に参加すれば? 魔導人形は型の矯正もしてくれるが、それだけだと限界があることも分かったろう」
「い……いえ、そんな。私なんかがお邪魔するわけには」
「僕の処理能力なら問題ない。それに、その刀モドキも彼に上げちゃったら? サブウェポンとしてもそれほど有効な武器ではないけど、まあ威嚇になるしカタチも大事だ。後で設計して売店に並べておこう。君にも一本上げるよ」
「おお。ルナ様の神器を形だけとはいえ同じものが入手できるとは」
嫉妬の視線が来る。話していた彼が、俺は? と自分を指差している。
「ヘイロー、君が刀を持っても邪魔だろう。足の動きを邪魔するだけだ」
「……まあ、それもそうですね」
がっくりと肩を落とした。その様子に目もくれずにルナ様が目線を横に流す。彼らの話し合いも終わったようだ。
「――ナインス殿。よろしいだろうか」
声を、かけられる。……なぜ? まあ、なし崩し的に村の復興プロジェクトのリーダー的役割を押し付けられているのは確かだが――まさか、この集団のリーダーと思われているのだろうか?
「ええ。まあ大丈夫ですが……」
彼が「この方ならば」みたいな顔をしているが、やめてほしい。私はオペレーターでも工兵出身で文系でもないのだ。
まあ、今の夜明け団の中ではインテリな方を自認しているから政治の話はできるだろうが。それでも交渉みたいなことを期待されても困るのだ。
「素晴らしい実力だった。是非とも我が国に招きたいのだが、いかがだろうか」
「――は?」
「天地が腐敗し、人民が乱れる今……あなたのような強力な力が必要だ。王には私から推薦する。どうかあなた方の力を貸してほしい」
「そ、そうですか。評価されることは嬉しいのですが、全てはルナ様がお決めになること。……ルナ様?」
視線を主へ向ける。……アリス様と手遊びを始めていた。
「……ナインス殿!」
彼も一瞬そちらに目を向けていたのだが、その様子にすぐに目を背けてこちらに熱い視線を向ける。とはいえ、私もそんな判断は出来ないが。
できないが、しかし実のところルナ様は判断を下されている。頷かないというのはつまり保留で――あの態度は消極的な否定に他ならない。
私がここで頷けば、そのようにしてくださるのだろうけど。……私だけではない。仲間のうちの一人でもこの国を助けようと言えば、その道筋を示してくださる。襲われている人々を、ではなく一つの国家を。20人、30人ならまだしも国に対して責任を持って決断をすることなど私にはできないのだ。
「今日のところは帰ってほしい。私達の中でも判断するための時間が欲しい」
実際、こう言うしかないだろう。さすがに一発で断るのもどうかと思う。いや、ルナ様はそれも含めて判断を任せてくれたのだろうけど。
ただ、彼らの情報を何も得ていない。国名ですら知らない、何も分かっていないのだから軽率な判断は慎むべきだ。
……いや、よく考えれば彼らとて急いでいるのに違いない。事態は急転直下、戦国時代到来を肌で感じている。なぜならば、食べ物が無くなっていくのだ。是が非でも戦力が欲しい、はず。
「そうか。残念だ」
言葉通りに残念そうにしている。きっと、これは一部の者がやる戦いの中で分かり合うとかいうアレだろう。
こいつが私を相手に何を分かった気になっているのかわからないが、おそらく何かが通じ合っていると思っているのだろう。ここで潰すという愚かな手段を取らないのは、戦力差を理解したわけではなくただの勘違いに違いない。
「ところで、村で少しばかり休ませてもらえないだろうか? 対価はきちんと払う」
こんなことも、やはり私に向かって言う。だが、それこそ私に言うべきではない。サーラに視線を向ける。
「……え、私?」
いきなり水を向けられて戸惑っている。
「君が村長だろう? まあ、アドバイザーとして危険がないだろうことは保障しておこう。なに、万が一が起これば手助けするとも」
「ふわ!? え。そんな。まあ、食料も頂いたものがあるし――」
おろおろと、余計なことまで言おうとして。
「それで良いだろうね」
ルナ様が口を挟む。
「人数が減った分、言い方は悪いが余りが出た。場所も屋根さえあれば十分だろう。何日でも泊っていくといい。ただ、君たちにもあまり時間はないだろうがね。……これで話は終わったね、僕は帰る」
【ブラッド】が背を向ける。モンスター・トループの力であれば目に見えない速度で飛ぶこともできるが、散歩の方を選んだようだ。
ヘイローを含めた8名も帰って行く。
「……」
サーラが不安げに私を見つめていることだし。まあ、ここらで帰ることも珍しくはない。ここで帰ってもいいはずだが……手助けすると言った手前、彼女のためにも残るとしようか。
そして、時間をかけて村まで戻る。ほぼ徒歩だ、到着するころには夕食時になっていた。
「――どうぞ、ナインスさん」
「ああ、ありがとう」
渡された椀に入ったものはシチューなのかそれとも別の煮込み料理か。野菜と芋、それに豆をぶちこんで香草と塩で味付けしたものだ。
……正直、味はマズイとしか言いようがないし妙な香りもする。
「……うまいよ」
お世辞である。まあ、実際のところは食べれないほどのものではない。切って水と一緒に鬼のように煮込んだだけの一品だ。きちんと料理すればちゃんとした料理になると思うのだが。まあ食べ物の味はする。
そもそも俺も料理できるわけではないから偉そうなことは言えない。実際、レーションも無心で口に運べるだけマシなだけで、どっちがマシかを他人に聞けば意見は分かれるだろう。
「ははは。これはウマイですなあ。野外では温かいだけで味がグッと上がるようです。しかし、ナインス殿。王都に来ていただければ、これを上回る様々な絶品達をご馳走できますよ」
「ダークニス殿。この村の料理が口に合ったようで良かったですね」
誘いは無視して差し出された酒を口にする。あまり口には合わなかった。ただ、酔うほどの度数でもなかったのが幸いか。
そもそも、夜明け団に酒を好む者は少ない。
「おや、酒は口に合いませんでしたか? まあ、持ち込んだこれは保存優先であまり味も良くないですしな」
「ええ……」
表情が歪んだのを見られたらしい。ぐ、と飲み干すともう一杯注がれたので、今度はちびちび舐めるようにやる。
二人でしばし盃を交わした。彼は何か満足しているようだったが、私としては特に何かを思うことはなかった。そして、しばらく経ったころ。
「あ、お二方も何か食べますか? どうぞ」
村人の一人が差し出して来たものは夜明け団から提供したレーション。”レンガ”よりはマシだが、腹が膨れればそれでいいという硬パンだ。
酒のアテにはいい、と言うことだろうが。
「……これは?」
ダークニス殿の目の色が変わる。それもそうだ、銀色の紙に包まれた硬パンはそれこそ彼らにとっては革命だろう。
既に保存技術を持っていたとしても、こんな田舎にその技術があるわけがない。王都産ではないのは、王都から来たから分かる。この不作の中で欲しいのは戦力よりもこれだろう。
「はい。ナインスさんのところが援助してくれました」
彼女は屈託もなく答える。だが、それは……
「全てはルナ様の御威光によるものです」
”それ”はあの方が話に乱入してまで隠した真実だ。そのあとに口止めをしなかったのは、言うなら好きにしろということなのだろうが。
愚かな真似をするものだ、と思うがフォローはしないし余計なことを言うこともしない。
「ふむ。そういうことですか。……うむ」
彼はそこで話を終わらせた。聞いてもこれ以上が出てこないことは分かり切っているのだ。
あまり大事にしすぎても都合が悪いのは彼も分かっている。
「はい。皆、ナインスさんにはすごく感謝しています!」
村娘はにこやかに笑っている。彼女、名前はフィーエストだと知っている。おそらく彼女は想像すらしていないだろう。
今、この瞬間にマルルーシャ村が戦争の中心地点になる運命が決定された。
政治は本領ではないが、ニュースを聞ける程度の知識はある。そして、ルナ様が説明したこの世界の現状を考えれば未来を予想できる。
大地の恵みは今この瞬間にも減少し続けているのは事実。彼らが”天地が乱れる”と言った事象、土地の生産力が落ちているのだ。
あの硬パンを大量に生産できる”もの”があるとすれば、それは現状においては黄金よりも貴重で、その価値は時間とともに大きくなる金のガチョウだ。余分に食べ物を作れる、それは元の世界では魔石の供給源を握るのと同じ。――つまり、ルナ様が世界を掌握した手法と同じことができる。
「ええ。誰かを救うということは素晴らしい事ですから」
本心をこぼす。……相手が”何”であれ、救うという行為が素晴らしいのは間違いない。それこそが夜明けの意思である。
ただ、”硬パン”を……正確には”硬パン”生産施設を巡って血みどろの戦争が始まるのを止める気はない。なにせ、人は減らずとも食べ物はどんどん減っていく。
どれだけの命を費やそうとも奪う価値はあるのだろうが、鋼鉄の夜明け団は奪わせてやるつもりなどない。敵として来るならば、滅ぼすのみ。
「そうですな。私も、人を救うという志を抱いて軍の門戸を叩いたものでした」
韜晦するようにしみじみと言う彼。
彼の言うことも正しい。だからこそ戦争は避けられない。誰かを守るため、他の誰かを殺して奪うのだ。そうでなければ、その大切な誰かは飢えてしまうから。
悪いのは何かと言われれば、全人類を養うに足りない世界なのだろう。足りないから、争い奪うのだ。