第10話 王国戦士長との模擬戦 SIDE:戦士長
馬に乗り、かっぽかっぽと歩を進める。全46名の戦闘集団だ。前方には私を含めて5名の騎馬が、後方には荷馬車3両を歩兵が囲んでいる。
道行は順調――とは少し言えないかもしれない。キツい道のりだった。元は56名で出発したのに今は46名に減っている。
誰一人として失うつもりがなかったのに、中でも3名は死なせてしまった。この王国の中でも実力派きっての精鋭と呼ばれていたのに、犠牲者を出した。
突如どこかから空に突き刺さった塔が現れておよそ一月ほど。大地は枯れ始め、その影響は目に見えた。作物の収穫量が減少、冬を越せない現実が見えたことで国内の治安は悪化した。
元々貧しかった村は丸ごと野盗に変じることも珍しくない。状況は、とても悪い。
――ゆえの討伐が、この苦しい道程のあらましだ。悪は滅さねば国にさらなる不運を呼び込むから。
それに相手は野盗と言ってもプロではない。元狩人が弓を使うことがあるため気を付ける必要があるが、撃滅した野盗団は三つを数えた。のべ100名を超える戦果だ。
対して我が方の脱落者を振り返れば、ただの10名である。
我らが精鋭であったか、彼らが弱かったのか。いや、犠牲者が出ている以上はあえて弱兵とも言うまい。彼らも生きるために必死だったのだろう。
さらに辺境に踏み込むにあたり、負傷者7名は帰らせた。3名は、どうしようもなかったが。
突然の事態――いつのまにか巨大な鉄の建造物が出現していたのだ。それを国に知らせるために部隊を分けた。
上空の塔を考えれば不吉にしか思えないこの事象。どこかの国が建てたとも考えづらいが、しかし心当たりがあるわけでもない。決死を覚悟してでも調査する必要があった。
が……秘境に踏み込むにあたって、獣が増え始めてきた。
ここで怖気付くような軟弱な精神をしている者は我が隊にはいないが、どこかで村を見つけて休ませてやりたいのも事実。退く選択肢はないが、焦って部隊を全滅させる訳にもいかない。
……次に向かう予定の村が野盗と化していなかったら良いのだが、とため息を吐く。
「戦士長?」
おっと、いけない。ため息を見られたようだ。誤魔化すように咳払いをしてから答える。
「なんだ、モルゴス? なにか見つけたか」
「ええ、何か見えたような」
声をかけた彼が再び単眼鏡を覗き込む。モルゴスは副長、ゆえに彼に装備を渡して警戒してもらっていた。
俺はリーダーだから別の役目があるし、彼は中々に目敏い人間だし手先も器用だ。手の中の単眼鏡をいくらか弄り……焦った声で叫ぶ。
「全員、戦闘用意! 待ち構えられているぞ!」
全員が弾かれたように反応する。即座に戦闘態勢に移らねば。……だが、どうする? 行くか、止まるか。
……いや、モルゴスは待ち構えられていたと言った。ならば。
「全員、止まれ! 敵の数は!?」
矢の雨が降り注ぐようなら既に射られているはずだ。ならば射程外か弓を持っていないのか、どちらにせよ即座に攻撃されることはないと判断。
ならば一旦落ち着いてからの方が良い。遮二無二でどうにかするほど状況は悪くないはずだ。
「敵――て、き?」
「モルゴス? モルゴス、どうした!?」
「は、すみません! 敵、13! あれは、何だ! 異形の、化け物が居る!」
「化け物、だと!?」
目をこらす。単眼鏡でしか確認できない距離だ。ぼんやりとしか見えず、輪郭だけでは何とも言えない。指し示す方角には確かに”何か”が居るのだが。
「人間じゃない……! なんだ、あいつら? 何を手に付けている?」
「どういうことだ!? 我々は『マルルーシャ』村の調査に来たはずだぞ! 何がどうなって、化け物が居るなんてことに……」
「説明できません。戦士長、これを!」
「む……仕方ない。弓を用意! 馬車は下げろ!」
指示を飛ばし、渡して来た単眼鏡を受け取る。……覗き込む。
「うぐっ……!」
背の高い鉄の化け物。……鎧なのか? だが、人にして大きすぎる。そして、それの肩に座る二人の幼女。
儚げな紫の髪を夢のように揺らす美しい幼女が手を振って来た。
――明らかに、この距離でこちらのことを認識している!
「ぐぐぐ……!」
一瞬目を奪われたものの、他を見渡すとまさに異形。ベースは人間にしても、鉄の腕だったり仮面を付けていたり。
まともな人間は幼女を除けば優男、それと安心できそうないかにもな垢ぬけない村娘の二人だけだった。
風のように、幼女特有の鈴を鳴らすような高音が鼓膜を揺らす。
「こっちにおいで、心配しなくていいよ。何もしない」
決して聞こえないはずの距離。叫ぶでもなく囁くように――それが聞こえた。
「……戦士長」
モルゴスは、しっかりと手綱を握りいつでも突撃できる態勢を取っている。何かの罠でも喉元を食い破ってやろうと意気を吠えるように。
「――」
他の仲間も緊張した面持ちで指示を待っている。先ほどの声は全員が聞いていたらしい。怖気づくことなく、やるならやってやると――実に頼もしい部下たちだ。
「待て」
だが、先に向こうからの反応があった。村娘が歩いてくる。……というか、走ってくる。
「全員、武器を下ろせ」
あの言葉を完全に信用なんてできるわけがない。だが、敵意がないのなら、戦わなくて良いのかもしれない。
――ただ。
「いつでも上げられるようにしておけよ」
滅して来た野盗団では女子供が粗末なナイフを持って突き刺して来ようとするのは珍しい事ではなかった。
あの凡庸な少女も、もしかしたらそうかもしれない。
ちらりと幼女の方を見ると……飽きたのか反対の肩に乗ったもう一人の幼女と手遊びをしていた。
「……あの。私はマルルーシャ村のサーラと言います。あなたたちは……?」
大声で話せば話の出来る距離まで近づいてきた村娘はぜえぜえと息を荒げつつ、手を膝について苦しそうに話し始めた。
少しかわいそうになってきた。
「私は王国戦士長のハインリッヒ・ダークニス。王命により乱れた治安の正常化のため、兵を率い野盗の殲滅を行っている」
「……王国……の戦士長……様?」
やはりぜえぜえと息を荒げつつ、しかしきょとんとした顔は分かっていないようだ。それも仕方ない。王都より遠く離れた辺境ではこのような認識だろう。
この言葉はどうかと思いつつ、しかし他に言いようもないので言葉にのせる。
「何か困っていることはないかな? 我々は野盗の討伐のために村々を回っている。そのほかにも何かがあれば言ってほしい。凶悪な獣が出るようなら駆除も承ろう」
あそこに居る化け物どもは野盗などにおさまらないだろうが。場合によっては敵対宣言とも取られかねないが、まあ――来るなら来てみろ。
ちなみに獣の駆除は自分らの食い扶持を稼ぐためでもある。さすがに鉄の化け物相手を想定してはいないが。
「……は。……はあ」
分かっていない様子。まあ、野盗が居ないのならそれでいいのだが。少し考える。
ここまで辺境に来たのなら、ここで引き返しても問題なかった。
とりあえず3つの野盗団を潰したことを喧伝して国内に睨みを効かせられれば、元々の目的としては上出来だろう。
余計な戦闘など行う必要もない。更に東進しても人の住んでいない海に出るだけ。先に進む理由も留まる理由もなかった。
……問題は、あの化け物達と鉄の建造物なのだが。
「大丈夫ですか? 水でもどうぞ」
モルゴスが歩いて彼女に水を持ってきた。勝手なことを、とは思うがこういうのは自分の役目だと思っているのだろう。彼女に見えないようにハンドサインを後ろ手に見せてくる。馬を降りるな、と。
危険な場所に一早く足を踏み入れるから後を付いてきてくれ、と言うわけか。まあ――言われたところで俺が真っ先に敵に切り込むのが常の戦場だが。
ここはいつもの戦場ではないと言うことか。一層、気を引き締める。
「あ、ありがとうございます」
彼女は普通に差し出された水を飲んでいる。化け物になって襲い掛かってくる様子もない。
「落ち着きました?」
「え、ええ。あの……何しにここまで? 治安の正常化って……? 野盗を駆除してくれるんですか?」
「ええ、そうですよ。村々を荒らしまわる極悪非道の輩を退治することが我々が仰せつかった役目ですから」
「あ、さっき言ってましたね。でも……野盗はもう居ませんよ」
「もう居ない? では――あの……えっと、方々が?」
「あ、はい。あの人たちは【鋼鉄の夜明け団】と言うそうです。あの、突然現れた山の方から来ました」
「山……?」
指し示す方向は鉄の建造物。仕掛けと思わしき大機械。この世にありえざる巨大建造物。ここまで足を運ぶことになった原因そのものだ。
あの摩訶不思議な建造物。”あれ”の主が、あの化け物達と言うことか?
「そうさ。我々は【鋼鉄の夜明け団】、かつて世界を救いし残骸に過ぎない。この滅び行く世界で、君たちはどのような物語を作り上げて行くのかを見せてもらおう」
子供の高い声が、真横から聞こえた。モルゴスは腰に下げておいた剣を抜こうとして……
「……ッ!?」
掴む手が空を切った。驚いて手元を見る。けれどそこには何もなかった。
「モルゴス!」
馬を駆る。奴との間に入る。巨人、鉄の化け物が音もなくすぐ近くまで来ていた。しかも、肩の幼女の手にはモルゴスの剣が握られていた。
いつの間に!? 妖術か何かか? 幸い、俺の剣は盗まれていない。構える。
「ふぅん。……まあ、精錬技術としてはそれなりかな? もちろん機関もない古代の技術ではだけど。しかし、曲がりなりにも鋼を作れる程度の技術は持っているらしい」
子供の手には似つかわしくない剣が、その小さな手で弄ばれている。
「はがね? ”術式”すら刻まれてないおもちゃ……ルナ様の興味を引くにあたいしない」
もう一人の幼女が、その手から剣を奪う。無造作に、刃を掴もうとして。
「危な……!」
止めようと思って声を出しかけるが。
「ほら、もろい。おもちゃですらない、鉄屑」
その幼女は刃を握って……そして”握り潰した”。
「馬鹿な……!」
野盗が使うような腐った剣ではない。きちんと手入れもしてある王国謹製の剣が、あの小さな手でへし折られた!?
「あ……ちょっと。ええと、ルナ様! やめさせてください! ああ、壊れちゃってる」
村娘が驚いた様子もなく、折れた剣を拾ってなんとも言えない顔をしている。剣をへし折るなど不可能を疑うこともなく。
「ふふ、アリス。言われちゃってるよ」
「しらない。はやく帰ろ」
「あああ――もう、どうしよう」
三者三葉の様子だが。
「……!? 戦士長、彼らも来ます」
「ぐっ。まあ、そうなるか」
残りの者どもが駆け足でやってきた。奴らは……速い。真っ先に着いたのは、村娘に次いでもっとも人間らしい優男だった。
腰には剣が差してあるのを目敏く見つける。他の異形は武器の一つも持っていない。
「副長、すまんな。後は頼む」
「戦士長?」
馬から降りる。剣を持つ彼と目線を合わせる。
「あなたがリーダーであるとお見受けする。どうか一騎打ちを受けていただきたい」
化け物たちの中心に居たのは二名の幼女。危険なおもちゃを取り上げたからには、紫髪の方がご主人様なのだろう。
そして、真っ先に駆け付けてきたのは彼で、剣を持っているのも彼だ。武器を持たされるほどの実力者であることは想像に難くない。主と護衛団――ならば、その護衛団のリーダーであることは間違いない。
ゆえに彼と戦ってその真意を詳らかにする。武人なれば、剣にて語り合うことこそ本領。彼を下せば王国戦士団としての威を示し、制圧することだってできる。
なにより俺の血が疼いてたまらないのだ。彼の立ち居振る舞いから見て――相当の、否。見たこともないほどの高レベルな武を修めている。
剣聖などとチープな言葉で表される代物ではない。どこまでも高密度な、力の結晶と見間違うような黄金にも代えられぬ至宝。
「は? いや、私は――」
やはり紫髪の幼女に視線を送る。やはり彼女が主だと思ったのは正しかった。
そして村娘を見ても、彼に頼っているように見える。どのように考えても彼こそがリーダーだ。ならばこそ、彼を倒そう。
異形など、我々戦士団はものともしないのだと見せつけてやる。
「いいじゃない。やってあげれば?」
けらけらと楽しそうな声。自由奔放、尊い身分の子女などそんなものか。だが、そんな彼女であっても、従う彼だけは凄まじく強い。
「え。でも、私は……ああ。まあ私には皆様が何をどう納得しているのか分かりませんが。しかし、ルナ様の意向には逆らえませんね。ならば、お相手願いましょう」
諦めたようにため息を吐いて剣を抜く。既に剣を抜いている私からすれば一歩踏み込めば斬れる距離。だが、その動作の一切に隙が見当たらない。
王国戦士団は魔法ではなく武を重きに置く。見たこともない流派に違いないが、しかし……相手として申し分なし。
「じゃ、これがスタートだ」
幼女がコインを投げた。……地に着く、一瞬前に。
「王国戦士団【キュマイラ】が戦士長、ハインリッヒ・ダークニス。……参る」
「【鋼鉄の夜明け団】……ナインス。参ります」
澄んだ音がした。その一瞬の後に超速の踏み込みが聞こえる。迅い、これが武の完成形と見間違うがのごとき踏み込みだ。
だが、速度では敵わずともその踏み込みごとかき消せば良い!
「我らが『テンペスト王国』は強力な戦士を抱えることで有名だが、試練を超えし戦士は『アースシェイカー』の称号を得る。地をも揺るがす一撃を受けるがいい!」
「なるほど、凄まじいな! だが、夜明け団に弱兵など存在しない。鋼の理は我らの内にあり!」
その試練とは、ただの一撃で固定された盾を両断するというもの。無論ただの盾ではない、王国謹製の鋼の盾を断ち切るのだ。
剣劇が激突する。
「……ッ!」
「――む」
息を吞んだのは私の方。優男の身にもかかわらず何という剛力! そして、完成したと見間違う武も合わされば。
一撃の強さで言えば敵う者などないと己惚れていた。だが、この威力は相手の方が上!
「ちぃぃ!」
「シィ!」
切り返しは同時に。判断は向こうの方が早く、剣劇の速さも向こうが上。しかし、敵の狙いを見抜く目は俺の方が上だ!
わずかに身を後に下げれば、斬撃の芯はずれて纏う鎧で弾き飛ばせる。だが、予想よりも強い衝撃にこちらの剣もずれて彼の服を浅く切り裂くに留まる。
「おおお!」
「すぅ――。……斬!」
雄たけびととも斬りかかるが、敵は冷静。
至近距離の斬撃の応酬が続く。目線から狙いを読み、身体をずらすことで有効打を避ける。だが、あまりにも流麗な斬撃によってこちらも有効打を入れられない。
無理をすれば、その前に鎧ごと断ち切られてしまうのだ。
「ぬぅぅぅ!」
「おおお!」
応酬の結果、つばぜり合いへと移行する。1秒、2秒――衝撃を腕で受け流し、そして後ろに飛ぶ。
「一歩間違えば、この魔法剣にヒビを入れられていたところだ。恐ろしいな。……その力、どこで得たものだ?」
「あなたこそ、強い。その剣ごと切り伏せられたと思ったのに逃げられてしまった。だが、次はない。鋼の理は過たず敵手を討つ」
この一連の攻防で分かったことは、武のレベルだけでなく身体能力に武器まで相手の方が上だということだ。
状況は絶望的だが……しかし、戦いとはそれだけで決まるものではないと見せてやろう。
「さて、その剣。さぞ名高い業物だとお見受けするが……銘はあるのかな?」
「え……銘って。いや、これは端材で……」
「なるほど、ハ・ザイか。だが、この魔法剣『ストームブリンガー』も負けてはいないぞ!」
「……いや、だからこれは。……ッく!」
剣を大上段に掲げ、足りない威力は振り下ろしの分の重力を載せる型。いわば必殺技に全てを賭ける。
などと見せかけて――汚いが踏み込みの一瞬、足元の石ころを蹴って相手の視界をふさぐ。
敵手は剣の道に生きる者にはありがちな綺麗な道場剣術と見て取った。だが、戦場では騙し合いが常なのだ。
「この一撃でその剣ごと切り伏せてくれる!」
上に持って来た剣を更に天高く掲げる……ように見せかけて身体の内に引き込む。そう、視界を奪った後で、上から来ると見せかけて実は胴から抜く一撃。
「なるほど邪道。……だが、鋼の意思は曲がらない!」
ナインス、彼は石をその額に受ける。その目は開かれたまま。……ならば騙しにもかかることもなく、私の姿をしっかりと見据えている。
「見破られたか、見事なり! しかし次の一撃に我が全霊を込める! 勝負だ、【伏竜一閃】!」
「受けて立とう! 【坠落】!」
ナインスが剣を振り下ろす。対してこちらは横薙ぎの一撃。攻撃は交錯し――
「私の……負けだ」
剣は手から弾き飛ばされた。そのまま、剣先を喉元に突き付けられた。どうしようもない敗北だ。
――戦士長の私が、敗北するなど。
「……はぁ! はあ――勝った」
ナインスが緊張の面持ちで呟いた。そこにパチパチと拍手する音がする。
「うん、よくやったねえ。ナインス。ただまあ、残心が良くなかったね。反省なさい」
「は。ありがとうございます、ルナ様」
彼は頭を下げる。……だが、あの刺すような殺気。仮に俺が組打ち術でも仕掛けていればこちらの首が飛んだ。彼に手抜かりはなかった。
まあ、子女には分かったようなことを言いたいときもあるかと納得する。
「まあ、君もやることはやったよ。剣は飛ばされたんじゃなくて、弾いたんだろう? 折られたくないから」
「ええ。素晴らしい見識です」
とりあえず、頭を下げておく。そっちは間違っていなかった。あれは半分自分から離した。持っていても折られるだけだ。
ただ、腕は痺れて使い物にならないから壊れなくて良かったとそれだけでしかないのだが。
「……ふぅ」
彼を見ると、昂った気を一息で放出して自然体に戻っていた。あれほどの切り替え、やはり見事である。