第9話 王国戦士団の到来 SIDE:サーラ
彼らは言ったとおりに三日後に食料を届けてくれた。それまでもナインスさんがずっと村に居てくれて、相談にのってくれた。
ただ、私が話すのでますます村の代表者のようになってしまい村長の立場から降りれなくなってしまったのだが……まあ、そこは仕方ないとして諦めよう。
あと、あの子はこの三日間来ていない。ナインスさんが野盗の残党を討伐してくれていたと言っていたけれど。
ルナ。目を疑うほどに美しい女の子。同じく人でないほどに美しい女の人と小さな女の子を侍らせた、たぶん人間じゃないヒト。
――何を、考えているのか。
襲撃のあったその日、元村長さんの提案で村の蓄えを放出してごちそうを作った。宴と言うには鬱屈としていたけど、それは助けてくれた方々へのお礼ということでもあった。
……あの幼女も、それと他の人も食べてくれなかった。
ただ、ナインスさんだけは食べてくれた。お世辞にもおいしそうな表情ではなかったけれど、気を遣ってくれたのは分かる。
だからナインスさんは皆から信頼されている。
ナインスさんなら信頼できるから、任せていればよいと……能天気に。あの子が村に来る前になにをしていたのか、皆知らない。
――ただ、やっぱりあの子の言うことは冷たいけど正しいのだと痛感した。今の状況で村長になりたがる人間など居なくて、その外れくじに責任を感じるなんて馬鹿馬鹿しいと。
あれから5日だ。5日間もあれば、皆を埋葬して、心の整理もつけるのに十分な時間だった。代表者としての立場に追いやられて、それどころじゃなかったというのもあるけど。
だって、村長になったからには一番働かなきゃ。お墓を掘るのは重労働だったけど、働いていれば気が紛れた。
お母さんとお父さんの血で汚れた家もきちんと掃除した。妹は夜に泣いていることがあるけど、食べるものと、寝る場所があれば生きていける。
そう、それが5日間で起きたことで、それが全て。食べるものと寝る場所があれば生きていける。……から、やる気を出さない人がいる。
家族を、友を、仲間を失ってただうなだれる人が居る。墓を作るのを手伝ってくれたのだって両の手にも満たない人数。村長さんは来なかったけど、色々走り回って……調整とかしてくれたのかな? きっと、彼は別のところで働いてくれていた。その人たちとは違って。
元気のなくなってしまった作物だって立派な食糧なはず。人数が少なくなってしまったけど、貴重な食糧を無駄にするわけには行かないのは当然のことなのに。
何もしないままでは居られない……のに、何も手を付けられていない。このままでは虫や獣に食われてしまう。
早く何とかしないといけないのに。生き残った人ではなくて、働く人が少ないから何もできていない。
――ショックを受けたのは、分かるけど。
「ヨアヒムさん。ヨアヒムさん、聞こえてます?」
蹴破られて壊されたドアを立てかけただけの、ドアの残骸を叩く。ヨアヒムさんは嫁と息子を亡くしてしまった人。
そして、5日間何もしていないヒト達の一人。ごはんを持っていけば食べるけど、それ以外には何も働かない。
「今日こそ出てきてください、ヨアヒムさん。ヨアヒムさん!?」
ドンドンと叩く。だんだんドアが傾いてきて壊れそうになっている。まあ、そもそも直してもいないのだから壊れるというのも変だけど。
「サーラ、やめたら? ヨアヒムさんは出てこないよ。皆の埋葬は終わったんだ。作物の収穫について考えないと」
「フェリラ。でも、ただでさえ人数が減っちゃったのに家の中でただ寝てるなんて……」
私より2歳下の彼女。彼女も私と同じように両親を失っているのに気丈に振舞ってくれる。あんたが村長なんてやってるのに、私がうだうだしてるわけにはいかないでしょ。なんて、言ってくれた。
……私の大切な友達。
「仕方ないよ。それに、ナインスさんのところが食料をくれるんだろ? 当面は何とかなるさ」
「……それは、そうかもしれないけど。――でも」
あの、ルナという幼女がそれをどう思うか。あの子は、人から引きちぎった手を躊躇いもなく弄んでいた。
みんな、あの幼女の本性が分かっていない。ナインスさんだってきっと、あの子から命令が下れば最後……
「行こう。ニコラエさんとイゴーリさんが使える農具を整理してくれてる。穀物庫は焼かれちゃったけど、バスティさんとこの蔵が使えるらしいから」
「そっか。バスティさんの家は……全員が亡くなってしまったものね」
「まあね。でも、失った人のことを考えるのはやめときな。今は生きてる人のことだけ考えよう」
「うん……そうね、フェリラ」
二人で畑に行こうと向き直った。その時に。幼い少女特有の高い声が聞こえてきた。
「ふふ。良い友人が居るようだね? そういうのは凡人にとっては大切だ、大事にするといい。まあ、真に突き抜けた者――例えばアルトリア・ルーナ・シャインやシャルロット・ギネヴィアには、並び立てる者のただ一人でさえ存在しえないのだが」
ガシャン、という機械音が聞こえた。鋼の化け物が鳴らす特有の音。今日の化け物はずいぶんと人らしい形をしていた。
だが、後ろに浮遊する武器がそれがただの人間ではないことを示す。まあ、2mの巨人もそうは居ないだろうけど。
その肩に座っているものだから、随分と高い場所に彼女は座っている。長くて何重ものフリルがついたスカートは、めくりあがりもしないから中身が見える心配はないのだろうけど。
「――あなた」
フェリラが反抗的な目で見る。ナインスさんのご主人様、だがあの日のご馳走を「僕は食べない」と言ってどこかへ行ってしまった人。
あれ以降、一度も姿を見せなかったのに――今日に限って。
「ふむ。何事か気になるかな? まあ、僕も大概が興味本位で動くのでね……状況が変わるから見物しに来たんだ」
「ナインスさんはどうしたんですか?」
「ナインス? 彼はもう少ししたら呼ぶよ。少し前に来て君とお話しておこうかと思っただけなんだ、サーラ」
問いかけたフェリラを無視して私に話しかける。その紫紺の瞳は相変わらず神秘的で、背筋が寒くなるほどに美しい。
「私に何か用ですか?」
「用はないよ。ただ、どうしているかと思ってさ。……くっく」
わざとらしく壊れたドアを見て、こらえられないみたいに笑う。アンがやれば微笑ましいのに、彼女がやるとどうしようもなく蠱惑的で――怖気が走る。
「皆、ちゃんとやってくれてますよ」
「皆? みんな、ねえ――。ただ寝て食べてを繰り返すごく潰しは仲間じゃないのかな?」
「……ッ!」
睨みつける。働かない人に不満はあるけど、こんな風に言われて良いわけじゃない。
「ふふ。そう怒らないでよ。人間ってやつは確かに素晴らしい存在だが、中にはどうしようもない怠け者も紛れていてね。苦労したかといえば、そこも織り込み済で計画を立てるから支障にはならなかったけど……ウザイだろ、あいつら?」
だが、幼女はそんな視線などものともせずにけらけらと笑う。まるで私たちを虫けらのように……いや、この子は本当に虫けらみたいに殺してしまえるんだ。少なくとも、それだけの暴力を持っている。
「ヨアヒムさんも、他の人も。心の傷が大きすぎて、少しだけ休憩時間が必要なだけです。すぐに立ち直ってくれると、私は信じています」
「ふふん、それは君の願望だね。甘えを知った怠け者はどこまでも堕落することを僕は統計として知っているが……まあ、個人単位ならば違うかもしれないね。僕はそれをどうにかすることを諦めているが、どうにかしてみるといいさ」
「――すぐに、どうにかします」
「ふふ。まあ急ぎ過ぎても良くないよ。焦って壊れても面白くないし、冬を越せる程度には食料を渡してあげる。面白いテストケースが見れれば良いなあ」
「……ありがとうございます」
そのお礼は絞り出すような声だった。
「ええと……それで、ルナ様? は、なんで来たんですか?」
フェリラが助け船を出してくれた。
そうだ、話をするために少し前に来たと言っていた。精神がやすりみたいに削られた問答だったけど、本当の要件は別のはず。
「僕の名前はルナだよ。ルナ・アーカイブス。アーカイブスの血族の主にして、【鋼鉄の夜明け団】が首魁である。そして、今日僕が来た用件はこの村に武装集団が迫ってきているからなのだよね」
「――武装集団?」
冷や汗が流れる。フェリラも顔を真っ青にしている。あの野盗たちがトラウマになっていないはずがないのだ。
今の村で、対抗できるわけがない。……ナインスさんに頼らなければ。
「ああ、勘違いしてるね? まあ、状況次第では勘違いではなくなるけど。焼き畑式に村々を喰らいながら進軍する形式も、中世の軍では珍しくないがね」
「また、襲われる? ――皆、死ぬ? 殺される?」
震える。恐怖で歯の根が合わない。剣劇の音、下品な笑い声、家が壊される音の幻聴が襲い掛かってくる。
「ああ、今回に限っては逆だよ。彼らはとてもお行儀よくしていたからね。おそらくは国政に邪魔な野盗を潰しに来たんだろう。農民に恩を売るのも悪くないしね」
「――へ? 助けに来てくれたってこと……ですか」
「断言はできないけど、その可能性の方が高いかな。かなり食料を持ち込んでいた。まあ、配るほどの余裕はなさそうだけどそれでも略奪前提ではなさそうだ。そうだったとしても、ナインス君が蹴散らすからどちらにせよ心配しなくていいよ」
「……ナインスさんが、助けてくれる。でも、あなたはあの人たちにやったようなことをしないんですか?」
白魚のような、水仕事など一つもしたことのなさそうな綺麗な指が自らのあごを撫でる。子供なのに、どこか娼婦のように煽情的だった。
くす、と夢幻のように笑った。
「んー。彼らはちゃんとした武器と鎧を持っている。ちゃんと自分の居場所があるから、救う必要はないね。対して野盗達は社会から爪弾きにされて二進も三進もいかなくなった、いわば”余分”だ。幸福の最大許容量から溢れてしまったかわいそうな爪弾き者だったんだよ。これから来る者とは違う」
「――」
どうせ殺したのに何言っているんだろう、と思ったが口にはしない。よくわからないこだわりがあって、それで殺したり殺さなかったりしているのだろう。
私には、”それ”が村に牙を剝かないことを祈るしかない。
「さて、来てもらおうか。村長様? 共に出迎えに行こうじゃないか」
「……はい」
断る選択肢などない。騒動の予感がする。良くないことが起きるという確信がある。絶対にこの子が来るとこじれる。
来るとしたらナインスさんだけにしてもらいたい、などと言えはしないまま幼女についていく。