第8話 野盗団の壊滅 SIDE:野盗A
「はー」
空を眺めてぼーっとする。食い詰め者が寄せ集まって、できることもないから野盗になった。村々を襲わなくては明日の飯さえ食えないありさまだ。
実際、近くの村に行った奴らが何も盗ってこれないなら明日の飯も食えない。将来に不安を覚えるほど何かを考えているわけじゃない。偉そうな”先輩”への文句くらいだ、頭をしめるものは。
「サーガドさん、何で俺らが留守番なんです? 俺もあっち行って女どもを犯してやりてえよ。あいつら、いい思いしてんだろうなあ」
好色な笑みを浮かべる薄汚れた男が話しかけてくる。まあ、野盗なんて身体を清めることもできないから俺も似たり寄ったりのすえた臭いがするのだろうけど。
ここじゃ皆が似たり寄ったりだもんで鼻が慣れちまった。
「うるせえな。お頭も上玉をすぐに殺したりしねえよ。後でヤれるから黙っとけ。てか、お前ら逆らうつもりか? お頭にぶっ殺されるぞ」
じろりと睨みつける。煙草に火を付けて煙をくゆらせる。その辺の葉っぱをそれっぽくしただけの偽ものですらない真似事だ。
ただ、一度見たそれがかっこよかったんでやっている。
「はぁ。どうせ周りに獣くらいしか居ないんだから警戒することもないと思うんですけどね」
「黙ってやれ、ボケ」
頭の軽いこの男に何かを説明しても無駄だ。実際はもし大型の獣に入り込んでこられたりしたら大ごとだし、しかもここには浚ってきた女やガキが居る。逃げ出さないように見張っておかなければならない。
そして何かあったときの予備というのも重要だ。だから、親分の右腕である自分が音頭を取っている。
「そろそろ親分もお楽しみの時間かね」
ふー、と煙を吐く。
「サーガドさん、いつも煙吸ってますけど何です? ケムいだけじゃないっすか?」
「うるせえ。これはこれでいいもんなんだよ。本物なんて滅多に吸えたもんじゃねえがな。あの村の村長が何本か隠し持ってたりしないもんかね」
睨みつける。ちょっとばかし試してなんとかそれなりに煙が出る葉は見つけたが、やはり本物とは雲泥の差だ。
実を言うと、この偽物は本当にカッコ付けてるだけだったりする。普通に苦い煙が口の中に入ってくるだけのシロモノだ。
「……そう言えば、レンカドの奴はどこ行ってる?」
「ああ、いつものごとく腹減ったとか言ってそこらへんをうろついてますよ。食える草でも探してんじゃないすか?」
「本当はここに居なきゃいけねえんだけどな」
「叫べば聞こえるっしょ。そんな遠くまでは行ってないと思いますよ。ただ、最近は食える草とかも減ってきたっつってたんで、けっこう行ってるかもしれないっすね」
「おい。馬鹿を呼び戻して……いや、探しに行くのも手間か」
「そっすよ。あいつなんて放っておけばいいんすよ」
「ったく。お頭にどやされても知らねえぞ。……おい、リッカー! なんかあったか!?」
物見やぐら――のように誂えた積み木細工の上に乗ってあたふたしている馬鹿に問いかける。この馬鹿どもは報告すらできやしねえから、こっちで様子がおかしいかとか見ておかねえとなんねえ。
「――いやあ、誰か近づいてくる……っぽい?」
まごまごしている。こいつはこんなだから置いて行かれたウスノロだ。身体も小さくておどおどしてばっかで、ムカついて怒鳴り散らすこともある。
「なんだと!? おい、数は何人だ?」
「ええと……あまり見えない……5人? 10人?」
「もういい! 俺が行く! ベッシ、お前はレンカドの奴を探してこい!」
積み木細工をがしがしと揺らすとあいつは悲鳴を上げて落ちてくる。こんなもんに二人も乗ったら折れちまうからだ。
とんとんと階段もどきを登り、手で円を作って覗き込む。こうすれば見えやすい。
「――8人か。隠れる気もねえのか。何でこっちに来た? 旅人……なんかがこんな野山に何の用があるってんだ?」
目的は俺たちか? だが、国の戦士って風でもない。……意味が、分からない。なんで、こんなところによくわからねえ奴らが?
「……ッ!?」
一人が大きく手を上げた。この距離で見られていることに気付いたのか? その手を振り下ろすと2人づつ2組が分かれて走り出した。
そして、残りの4人がまっすぐ走り出した。こちらを狙う気であることを隠そうともしていない。
そして聞こえるはずのないことだが、手を振った彼はこう言っていたのだ。
「ゲームスタート。精々逃げ惑うがいい、ネズミども」
俺は飛び降りてねぐらに武器を取りに行く。
「敵だ、お前も起きろイオハ! 武器を取れ、すぐに来るぞ」
「あ? なんだって、サーガドさ……」
そいつの尻を蹴り飛ばす。
「ベッシ! レンカドの奴を連れてきたか!?」
「あ、はい! こいつ、近くで草食ってたんで……」
「どうでもいい! おい、レンカド! 弓使えたっけか?」
「え? 引くだけなら……」
「ならお前は弓を持て! 引けるだけマシだ。イオハ、レンカド、剣を持て。リッカーは大きめの木の棒でも持っとけ!」
戸惑うこいつらを怒鳴りつけ、迎撃の準備をする。
「ええと……剣ってこいつか? 腐りかけてね?」
「は。棒きれよかマシだろ。それで殴れば人間なら死ぬって」
手入れもできていな朽ちかけの剣を引っ張り出してきた。もっとも、剣術のけの字も知らないものには豚に真珠だろうけど。
「棒って……えと……棒……」
そして、やぐらから落とされたリッカーは大きめの棒を探してうろうろしている。
「リッカー! そっちに大きいのが落ちてるだろうが! レンカド、あっちだ。一直線に走ってくるぞ!」
べきべきと草木を膂力で踏み潰しながら走りくる音。噂に聞く王国の騎士? 服装はどこかの軍服なのか? 王国のそれはない。しかし、とんでもない体力だ。走る速度がまったく落ちない。
「見えた! サーガドさん、こいつら本当に人間か!?」
「知るか! 射れ!」
叫んだ。弾かれるようにレンカドが弓を弾く。撃った。
それはあらぬ方向へ飛んでいく。弓を弾けるだけ、対象物に当てるなどとんでもない。そんな腕があったら狩人としてやっていけた。
ああ、知っているさ。そもそも矢だってボロだろうが。だが、牽制になれば!
「レンカド、矢がある限り放ち続けろ!」
「馬鹿め! どこの方向に撃っている、原始人ども! 武の道すら知らぬ未開人が、我らが鋼に傷を与えようとは笑止千万!」
凛とした声が響く。殺気の籠った戦士の声。
「……ひぃ」
リッカーが腰を抜かしてへたり込んだ。俺も、足が一歩引けてしまったが。
「逃げればお頭に殺されるぞ! 立ち上がれ!」
敵はまったくひるむことがない。いや――
「当たった!?」
レンカドが快哉を叫ぶ。何の偶然か、何本も放った矢の一本が先の一言を発した戦士に届く。
「――おもちゃの矢が鋼に通ると思ったか?」
手を振った。それだけで矢が壊れ、破片が散らばった。見れば――その手は異形だ。あまりにも長く、そしてでかい。
「そんな……!」
レンカドの絶望した声。矢が通用しない相手など、どうすれば良いのか。
「抵抗は終わりか? 所詮は原始人、その程度の代物か。とはいえ、確かに弓矢は野生動物から外れた遠距離攻撃手段の確率――ヒトであることは認めてやろう」
地震のような踏み込み。長い腕を伸ばして――
「チィィ!」
反射的に剣を目の前の異形に叩きつける。これはあいつらが持っているものとは違う、ちゃんとした剣だ。
「……が、ルナ様より頂いたこの鋼の腕にそのナマクラが傷をつけられるなどと思われては――不快だな」
剣が、折れた。
「そんな……」
「しかし、ナマクラとはいえ折るほどの一撃であったのは認めてやろう。いくら硬かろうと、ただ叩きつけるだけでは手からすっぽ抜けるだけだからな」
腕が、伸びる。
「が……ッ!」
首元をつかまれて吊り上げられた。息が苦しい。目の前が真っ暗になる。
「――」
他の奴らを見ると、既に落とされていた。敵はあと3人いたのだ。初めに8人見たのは完全に忘れ去っていた。そして、残りの四人は討ち漏らしを警戒して周囲を探していたのだが、そこは意味がなかった。
「……う」
重い身体を起こす。縛られたりはしていない。無理やり瞳を開けて、周囲を確認する。あの化け物どもは何だったのか。
縛られたりも身体の異常も感じないと言うことはあいつらはどこかに行ったのか。
「おや、起きてきた」
子供の声がした。場違いな声だった。
「え? 誰……?」
声のした方向を見る。
「ひ……! 化け物……!」
居たのは巨人だった。いや、巨人という訳じゃない。”中央”は漆黒のフルプレートメイル。そんな金属の鎧ほどの豪華な装備は見たこともなかったが、それはそういうこともあるのだろう。
だが、正常なのはそこだけだ。
羽根? 二対目の腕? 肩に巨大なナニカが付いている。左右対称の大きな肩のそれには大きな筒が二つ下がっている。なんのためのものかは分からないが、俺なんて簡単に殺せる凶器なのだろう。
そして、肩の上に乗ってくつくつと笑う幼女。そんな幼女に抱きついて嬉しそうな顔をしている幼女。そして、もう片方で真ん中の幼女の腕を抱きしめているイイ女。
どちらも現実感がなくて、ギャップにくらくらしてくる。
「社会からの爪弾き。社会を形成するための余剰にして予備、使う機会がなかったから捨てられた人間。原始人の時代、すぐ死ぬからたくさん生むけど、生き残れば生き残ったで必要とされる場所などない」
それが、語りかけてくる。
「ふふふ。安心しなよ、君が経験したこともない満たされた幸福というものを上げよう。絶望しかない者、幸せに手を伸ばすことも知らずにただ不幸を再生産するだけの居場所のない歯車――せめて最後は幸福であっても良いだろう」
「ま、起きなければ語る気もなかったけどね」
くすりと笑って、そいつが手を差し伸べた。桃の香りが漂って――
気づけば俺は、鍬を握っていた。
「……え? ここは……」
意味の分からない事態に戸惑って、あたりを見渡すと――
「エマ? エマがなぜ、ここに……? サーレオ兄さんは?」
出身の村に居た少女。そばかすだらけの顔、垢ぬけない服装な土で薄汚れていたが……あの三人のような非現実的な美ではない。本当の、人間の美しさ。
初恋だった。だが、初恋だった彼女は、俺の兄に嫁いだはずだが……
「サーレオ? 兄さん? どうしたの、サーガド。あなたに兄は居なかったでしょ。ご飯の時間だから呼びに来たのよ。シーハも待ってるわ」
「……シーハ?」
「本当にどうしちゃったの、あなた!? 変な人の名前を出すし、娘の名前まで忘れちゃったの!? もしかして、暑さにやられた? 長老様に少し見てもらいましょうか?」
シーハ……そう、”思い出した”。俺と、エマの娘……そうだ、野盗なんてやってたのは白昼の夢で、兄さんなんてものも居ない。
そう、ここがエマと一緒になれたここが俺の現実のはずだ。そう、そうでなければならない。だって、ここは、こんなにも居心地が良い。
「いや、大丈夫だ。エマ。早く帰ろう。エマの飯はうまいからな」
「……もう! 褒めたって何も出ないわよ。さ、早く行きましょ!」
横に来て腕をからめて歩き出す。
「ああ、腹一杯飯を食えること。それ以上の幸せなんかないからな」
鍬をその辺に刺して家に帰る。
そう、やっぱり理解しているさ。これは”夢”なのだと。けれど、これが夢なら――俺は帰れなくて良い。
ここの外は、辛い事が多すぎるから――




