第7話 運命に翻弄されし村 SIDE:少女
鉄の化け物がゆっくりと歩き出した。上には二人の幼女が乗っている。金と紫紺の髪がゆらりと舞う。仲睦まじく、二人で手をつないで座っている。
「さて、皆。作戦行動開始、あまり殺してあげないでね?」
紫紺の髪の幼女がけらけらと笑いながら指示を下す。御伽噺に出てきそうな可憐で華美な衣装をまとう幼女だが、そんな顔をしてさっきは人間の腕を弄っていた。
頭が痛くなるほどの非現実感。けれど、私の村が襲われたのはどうしようもないほど現実だった。
「「「了解。作戦行動を開始します!」」」
8人の兵が駆け出して行った。早い、村一番の狩人でさえ追いつけないほどにその足は速く、軍靴の音を高々と響かせる。
いつのまにか姿を表した美女が、私の横に来て囁く。
「では戻ろうではないか。それとも、お前に逃げる当てでもあったか? まあ、二人くらい受け入れる余裕のある村などは探せばあるだろうが、それは元の場所がどうなったか確かめてからでも遅くはあるまいよ」
ぽん、と肩に手を載せてから、次は彼に声をかける。
「ナインス、お前は妾らと来ればよい。やる気のある奴らが制圧しておいてくれるじゃろうからな」
彼女はわずかに溜め息を漏らして二人とは反対側の肩に載る。
彼女は彼女で長く綺麗な髪をしている。白銀の髪は息をのむほど美しく、そして豊満な双丘は男でなくても目を引き付ける。
「はい。ご一緒させてもらいます」
ゆっくり進む鉄の化け物は異彩かまわず歩を進め、普通の男は早足でその後ろに突き従う。
彼の息は整ったようだがまだ荒い。もしかしたら、彼はルナと呼ばれた少女と同じく戦闘要員ではない……?
「……」
どうしよう、と周囲を見渡す。こんな平原に特に何か危険なことがあるはずない。野盗たちは村に居て、こんなところまで来ない。けれど。
「――お姉ちゃん?」
アンが不安そうに見ている。うん、ここで座り込んでいてもしょうがない。決意を決めようと、頬を平手で叩く。
「アン、立てる? 付いて行こう」
膝を擦りむいた妹は立ち上がると痛かったのか、目に涙をためる。でも、我慢して行こうと言ってくれた。
手をしっかり握って、彼の後ろに付いて行く。
鉄の化け物と、上に座る3人の美少女。そして後ろに付き従う男の人。少し離れて私達。おとぎ話でも聞かないよくわからない光景になった。
「――」
誰も口を聞かずに行進する。村までは離れていない短い時間。けれど沈黙が痛くて、普通に見える男の人に声をかける。
「あの……あなたたちは誰ですか?」
口を開いても、こんなことしか言えないけれど。
「私たちは【鋼鉄の夜明け団】。ルナ様を頂点に頂く、人類に夜明けをもたらした人類の敵の敵――その残響。あなたたちとは関係のない世界でのことです」
「……そうですか」
予想以上に凄い答えが来たが、まあよくわからない。私たちを助けてくれたし、良い人なのかな?
「まあ、悪いことにはなりませんよ。もっとも、我々みたいなものが出てくる段階で状況は最悪なのでしょうがね」
「え? それは……」
「すぐに見えるでしょう。この分ではあいつらはもう着いた頃でしょうか」
「村……村の皆は!?」
「全員殺された、なんてことはないでしょうね。剣戟の音、弓矢の音が聞こえます。抵抗する人間が残っているようなので、まあこの瞬間まで生き残れたのなら問題ないでしょう」
「――」
よく見れば黒煙が上がっている。何か燃えているんだ。私には祈ることしかできない。……祈ったところで、両親はもう殺されてしまったのだけど。
そして、短い行程はすぐに終わり家々が壊された悲惨な村の惨状を目にする。
「……そんな」
平凡な幸せ、その全てが瓦解した現実が両肩に重くのしかかる。もうお父さんもお母さんも居ないのは分かっていたつもりだった。
でも、理解なんてできてなかった。家々にこびりついた血、転がる死体……未来が閉ざされた。これでは、どうすればいいのか。
「ルナ様」
先に行っていた一人の男がルナの前に跪いて報告する。
「村人23名の生存を確認。野盗12名を確保しました」
「うんうん。よくやってくれたねえ」
少女が満足げに頷く。そして、また桃色の煙を手のひらから生み出す。気絶させられ並べられていた野盗たちの表情が変わる。
苦し気なそれから恍惚としたそれへと。何を、したのだろう?
「まあ、ここに置いておくのも良くないだろう。レドー、テーチャ。村の外れの方に安置しておいてくれ」
「「は、承知致しました!」」
二人が6名ずつを一気に持ち上げてどこかに持っていく。異形の兵はやはり普通の人間じゃない。まるで綿か何かのように6人の男を持ち上げるなんて。
「――」
私は声も出せずに、その光景を見守っていた。
「サーラ! サーラ、生きていたのか!?」
男の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるこの老けた声は。
「村長? 村長、生きていたのですか?」
間違えるはずもない。小さな村、見知らぬ人間が居るはずがないのだから。それほどかかわりがあったわけでもないけど。
「良かった。生きていたのか。……だが、リーシーとヘンローは……」
彼は日によく焼けて、頭が少しハゲている。腹も少し出ていて、カッコ良いとは言えないけど。それでも、見知った人だ。声を聞くと、安心できる。
もう、声を聞けない人も居るから。父と母の名前。喪失は予想以上に心を大きく抉る。もう、会えないのだ。
「はい……」
「……そうか、知っていたか」
二人、顔を伏せる。耳に痛い沈黙が流れた。
「ところで」
彼は言いにくそうに声をひそめる。内緒話のように顔を近づける。
「あいつらは……何なのだ?」
呆気に取られて訳が分からないと言った顔をしている。ただ――訳が分からないのは私も同じことだった。
きっと、今の私は突き放した表情をしているに違いない。
「いきなり現れて野盗の奴らを討伐してくれた。弓矢をかわして、軽々とあいつらを気絶させていったぞ。とんでもなく強いな。……国の騎士団か何かかだったりするのか?」
「それは……分からないです。でも、鋼鉄の夜明け団って言ってました」
「鋼鉄の夜明け団。……聞いたことがないが?」
「村長が知らないなら、私が知ってるはずないじゃないですか」
「まあ、そうだなあ。そうだよなあ。で、なんで助けてくれたんだ? そもそも彼らは本当に人間なのか?」
「だから……村長が知らないのなら、私も知らないですよ……」
「もしや……我々の身体を狙ってきたのでは? あの鉄の手足の代わりに我々の手足を奪おうと……!?」
「……でも、助けてくれましたよ。それに、そんなものに興味もないみたいですけど。あの、お姫様は」
村長はどんどん想像を悪い方向に働かせて顔色を悪くしている。異形の軍隊――普通の人間とは違うそれに恐怖を覚えても仕方ない。
私も、人間の彼にしか話しかけられなかったから気持ちは分かる。
「お前、何かあいつらを従えているらしい鉄の化け物と一緒に来たじゃないか。助けてもらったんだろう?」
「え? いえ……多分来た方向か何かだと思います。それに、従えてるのは化け物じゃなくてあのお姫様の方……」
「詳しそうだな、サーラ。よし、お前に任せる」
「ええ!? 待ってください、何を……! 村長!?」
「だってお前、何か詳しそうだし。任せたからな。次の村長の座はお前のものだ」
「ええええええ!?」
悲鳴を聞かずに村長は別のところへ行ってしまう。まあ、私のところへずっと居るわけにもいかないだろうけど。
「なんでえ!?」
残されたのは頭を抱える私だけだった。
「あっはっは」
軽くて高い声。鈴を鳴らすかのような美声が上から降ってきた。鉄の化け物に乗った幼い少女が皮肉気な笑みを浮かべている。
「お姫様?」
様を付けたのは、まあ付けないと怒られるような気がしたから。彼ら異形の様子も、村民と村長みたいな感じではなく崇めているようなそれだ。
きっと、とてつもなく偉いんだろう。
「ふふん、お姫様とはね。そんな呼ばれ方をしたことはかつてなかったと思うけど、まあいいか。――しかし、君も大変なことになったね。こんなときに村長なんて立場を押し付けられるなんてさあ」
からかいを含んだ声。少し、ムッとしてしまう。
「でも、あの村長さんだって大変なんです。畑も、近頃元気がなくなってしまって。そこで、これです。これから、どうしたら良いか誰にもわからないですよ……」
睨みつけてみたが、気付いてさえもらえない。どころか。
「ふむ、収穫量の減少ね。予想を裏付ける結果だな」
ふんふんと、空に突き刺さった塔を見上げていた。
「さてさて。どうすべきかな……ナインス?」
試すような笑みを浮かべている。この少女に、悲嘆にくれる村人たちを心配するような優しさはないのだ。
「そうですね。この襲撃で最悪なのは穀倉蔵が燃えてしまったことでしょう。残念なことですが、村人の数が減少したことで住居は足りるようになりました。……ですので、急場をしのげるだけの食料だけでも彼らに与えることはできませんか?」
「そいつらに食わせる食べ物はないね」
にべもなかった。少女はまるで水を火にくべれば沸騰すると言うような、当たり前のことを言う顔だ。
「――それは聞き方が悪いぞ、ナインス。ルナ、なぜ食べ物を与えられない?」
増えていた、いつの間にかやってきた老人の男が口を挟む。この人も、ヒトの姿をしている。だから、さっきまでは居なかった人で間違いない。
いくらなんでも、杖をついていたら覚える。でも、今……音もなく現れたような。
「おや、君がお出ましとは珍しいね。ベディヴィア。来るとしたらお姉ちゃんかと思っていたけど」
「方舟を空けるのもどうかと思うからお前が行ってこい、と言われた。まあ、あの方も民衆というものについては繊細で複雑怪奇な想いでもあるのだろうさ」
「おや、来たくないんだ。そういうこともあるか。逆に僕はそこら辺を何とも思っていないけどね。さて、どうでもいい話は置いておこう。君の身体は大丈夫かい? 君も四肢を入れ替えればよいのに。その症状でよく動いているものだけど、機械は便利だよ」
「私の物語はもう終わった。蛇足だよ、全ては。ただ、あのお方の従者として残りの生を費やすのみだ。……それに、半端では逆に恥だぞ。こういうものは」
「ううん。どう改造を重ねたところで今や宝玉位階にすら届かない。ゆえに不要――であれば、理解は出来るかな。力が必要になる事態もそうはないか」
「久しぶりに会ったからといって勧誘はやめてくれ。私は静かに余生を過ごすと決めたんだ。……無駄話はやめて、講義の方を頼む」
「戦姫の従者が静かな余生とは笑い種だね」と、ルナは愉快げに皮肉な笑みを漏らす。鉄の化け物の上で立ち上がり、どこからか棒切れを手に取った。
「さて、食べ物を与えられない理由について話そうか。結論から言うと、うちに積んであるのが毒になるからだよ。より魔力の多い奴が強いというのは僕らにとっては当然の理だが、それは瘴気の汚染と表裏一体でね」
「瘴気に侵された僕らの世界で作った食べ物には瘴気が溜まっている訳だ。ああ、逆は問題ないよ? 寄生虫の卵が潜んでいようが、身体内部に浸透した魔力に当てられて死ぬし。毒でも、まあ効くような道理はないね? こと弱り果てたベディヴィア君だけは注意しないといけないけど」
ふんふんと棒を振り回しつつ機嫌よさげに解説する。こう見ていると幼い子供みたいでかわいらしい。相変わらず、何を言ってるかは分からないけど。
「では、作ることは可能か?」
「うん、可能だよ。……ああ、では生産設備の一部を転用しようか。植物も基本的に魔力を前提に生きるように進化しているけど、まあ成長速度と収量が落ちる程度に調整すればよいか。問題なく量産が可能だろう。三日後から1日で100食分あたりを目途としておけばよいかな。それでいい? ナインス」
「――は! 私などの願いを聞いてくださり、ありがとうございます!」
顔を地面にこすりつけ、まさに拝むと言った有様が良く似合う。
「良かったな」
「……え」
ベディヴィアと言う方に声をかけられた。改めて顔を見てみると、痩せ細って顔色が悪い。まるで病人のような。
「三日で食べ物を用意してやれる。三日くらいは燃え残りでも食べればよいだろう。水さえあれば何も食わずとも生き延びられるしな。襲撃から生き残り、そして直近くらいはなんとかなったんだ。仲間に教えてやれば喜ぶと思うぞ」
やつれ果てた顔に優しい笑顔を浮かべている。このベディヴィアという人は、すごく優しい人なのではなかろうか?
「しかし、お笑い草だねえ」
ルナが、嘲笑を隠さずに私を見る。
「……何ですか?」
「まあ、悪いのはベディヴィア君だと思うけど。これでますます君は村長の座に近くなったんだぜ。誰も反対する人は居ないと思うよ。なにせ、食料を手に入れてくれたんだ。まあ三日後だけど、その日にちゃんと手に入ったなら……ねえ」
幼い顔に似合わぬ嫌らしい顔をしている。
「もらえないんですか? それは困るけど……でも」
「いや、あげるけど。それで村人たちが舞い上がるのは悪いことじゃない。だが――僕は今、君の話をしているんだぜ。なあ、サーラ?」
「あう……! 名前、覚えられた……。それが、どうしたんですか? お姫様」
「君は村長になることを真面目に考えているようだ。お前さ、自分に務まるのかどうか不安だって思ってるだろ?」
「それは……当然、そうです。だって、昨日まで何の変哲もない村娘だったのに。……お父さんとお母さんも、死んでしまって」
「務まるか、じゃない。ここで村長なんかをやるのは罰ゲームだ。とてつもない仕事量と心労が付きまとう……そして、勤め上げたとしても手柄は持ってかれるぜ。大変なところだけ終わったらポイ捨てだ」
「ポイ捨て……って、そんなこと村長はしません!」
「しかし、彼にも息子は居るんじゃないか? もしくは腹心でもね。彼のお気に入りが居るはずだ。だから、大変なところが終われば村長の座を取り返しに来るぞ。もう村は立ち直ったから、君は一人の村娘に戻ってくれ……って、さ」
「それは……でも、戻れるならその方が」
「それは今日の時点でだろう。大変なこと、諸々全てを君に押し付ける気じゃないか。今僕が君と話しているところに割り込んでくる気配さえない。なあ、あの男は誰もが慕うような、そんな素晴らしく良い人かな? これから君が苦労して積み上げていく全てを、横でサポートするような男かね」
「う……」
思い出すのは親の愚痴。村長とは少し話しただけだったけど、お父さんは色々言っていた。そんなに悪い人ではないと思う。でも、すごく良い人だと自信を持てるかというと……そんなことはなかった。
「それにたとえ小さくても派閥の主というものは味を占める。君はただの村娘で、しかし彼は村長だ。見下していた者に上に居られると、ああいう人間は親の仇以上に憎んでくるものだ」
「あ……う……」
何も口から出てこない。反論できるほど頭が良くない。それは……前に色々言っていたことを引用すれば”知恵がない”と言うことになるのだろうけど。
「食料が届き、状況が落ち着いてきたら自分か彼かを村人に選ばせるといい。でなければ、村人たちに奴隷のごとく使い捨てられるだけだ」
「く……!」
この子は皆のことを悪く言っている。何も言い返せないけど、せめて睨み返す。
「ふふ、村人達を選ぶ? それも選択だ。僕は何も考えず上に従う者を多く見てきた。そいつらは切り捨てられた時には例外なく恨み言を吐いていたが……未来がどう転ぶかは分からない。切り捨てられなかった場合とて、あるだろう」
幼い少女はからかうような笑みを浮かべている。だが、幼い姿かたちとは違って、この化け物たちの主なのだ。
「――ルナ様」
声をかけるのはまた別の異形。
「うん。どうしたのかな?」
「ルナ様がお着きになる前に少し尋問しました。彼らの根城は北にあり、そこにも仲間が居るそうです」
「何人かは聞いた?」
「4,5人ほどと浚った労働力が少しとか。ただ大きな戦力は残っていないでしょう。まあ、村を襲っていた奴らも戦力などとはとても呼べないお粗末なものでしたがね」
「――ふむ。特に警戒する意味もないね。なら、早く救っててあげた方が良いね。行こうか。ああ、いや。君以外にも活躍の場を上げないとスネてしまうね。ギア、君は戻れ。そして、おいでスティール」
四つ足の化け物はどこかへ消え、巨大な羽根の生えた全身甲冑が飛んできた。その羽根に今度は少女が三人で座る。
異形たちを引き連れて、山の方へ向かっていく。