第1話 旅立ちの宣言
ルナは未だに修復の終わらぬアームズフォートの中、豪奢な椅子に座るアルカナの上に座り頬杖をついている。
これはアームズフォートを修理するだけの財がないという訳ではなく、環境を考慮してのことだ。人間は魔力をエネルギー源として使用することで文明を発展させてきたが、それでは魔力を使用した後のゴミ――瘴気が世界を蝕んでいく。
せっかく世界を救ったのに滅ぼしては意味がないということで、意図的に修理を途中で止めている。動く程度まで修理すれば、後は環境破壊してまで元の形にするほどのことではないと、ルナは思っている。
「――さて、決戦の時から3年。長いようで短い日々だった。……ちょくちょく修理はしていたけれど、結局このSOFの足も8本中4本しかつけなかったねえ」
ふう、とため息をつく。紫紺の髪が淡く揺れた。鉄がむき出しになった簡素な会議室の中、目の前には夜明け団の精鋭たちが呼び集められていた。その数にして、52名。
3年もの間、ルナはアームズフォートの中でほとんど動かなかった。それはアルトリアも同じこと、辺境で畑を耕す生活を送っていた。
鋼鉄の夜明け団が戦争の芽を潰し回っていたが、それもただ追認しているのみであった。本人が動いたことなど一度もない。
――団員が自ら参じない限り、誰かを呼ぶこともなかったルナが突然主戦力を呼び集めたのだ。それも、呼ばれたのは人類の未来を決める最終決戦にも参戦した生え抜きの団員のみとくれば。
生き残りの数よりも多いが、それは単に前線で戦うメンバーだけではなかったということ。その他メンバーも決戦には力を尽くしていた。
「君たちに集まってもらったのは理由がある。お姉ちゃん、そして52名の【鋼鉄の夜明け団】の団員達よ。あの戦いから多くの者を受け入れてきたが――しかし、僕にとっては君たちこそが真の団員だ。だから、これは君たちだけの権利となる」
思い思いの位置に立つ団員達に向かって嫣然と笑いかけるルナ。そこに声がかかる。
「いきなり呼び出されたと思ったらご高説かしら? 私は仕事が忙しいのだけど。戦闘部隊の皆さんとは違ってね」
刺々しい声だが、半面面白がるようなあくどい顔をした美しい少女。傾国の美女と言っても良いが、そもそも本物の王族である。まさに悪友という表現が似合う美しい横顔に凶悪な笑みを浮かべている。
……もっとも、今世界を動かしているのはルナなどではなく彼女なのだ。超合衆国の国王、シャルロット。今は亡き国の系譜にして、アルトリアの信奉者。
「はは。君のことも忘れていないよ、シャルロット。ただ、君はファーファと同じくお姉ちゃん側の人間かと思ってね。お姉ちゃんが共にと望むのなら、是非はない。僕から誘いをかける筋ではないんじゃないかってね」
「……なら」
「ただ、お姉ちゃんに従う者として話を聞く権利はあると思って招待しておいた。まあ、それでなくともこの超合衆国カンタベリーを統治する国王様だ。話は通しておかないとね」
とん、と軽い音を立ててアルトリアが一歩を踏み出す。五体満足、決戦の傷は既に回復した。今は万全のアルトリアだ。
「前置きが長いな。話してくれ、ルナ。大丈夫だ、ここに居るものは皆お前の味方だよ」
ルナはかなわないな、と嘆息する。
「前置きが長くなるのは悪い癖だね。それと君が慌てていることにも関係があるよ、シャルロット。決戦より3年――そう、3年が経った。今の戦いは人類の生存競争から、”誰が”人類圏の覇権を握るかにシフトした。当然、我々こそがゆるぎなき人類代表者であるからこそ――国家残存勢力どもは主導権奪取のために激しい抗争を演じてきた」
立ち上がり、一人一人の顔を見る。皆の表情は喜悦、狂信……鋼鉄の夜明け団として敵対勢力を駆逐してきた自信に満ち溢れている。ルナにのみ従うルナの私兵、鋼の誓いは揺らがない。
「……そして、続いていた抗争は我々の敗北に終わるのだ」
空気が重くなった。
「「「――――」」」
誰も、何も言えない。ルナを相手に「それは違う」とは言い出せない。なぜ負けなくてはならないのか? あなたの一言さえあれば……村も、都市も、国家でさえも死山血河に変えて勝利を奉じて見せると言うのに。皆が言葉の続きを待った。
「奇械との最終決戦にてキャメロット、そして鋼鉄の夜明け団の戦力の殆どが潰えた。我々に残された『黄金』はお姉ちゃんが持つただ一つ。それも、ファーファのそれをニコイチにして修復する形だった」
決戦による消耗。しかし、遊星主の魔石は島ごと追放したために得るものはなかった。否、人類の平穏を掴む、ただそれだけの戦いだった。
残ったものは数少なく、だが平和という大いなる成果を手に入れた。だが、団と敵対している者達にとっては見ているだけで手に入った平和だ。
「だが、まあ――全てを更地に変えるならばお姉ちゃんがただ一人居れば済む話。そう、灰燼の上で喝采を叫ぶならば我ら【鋼鉄の夜明け団】は消して負けない」
方々で力強い頷きが返される。当然だ、アルトリア一人に頼りきりではなく己とて一角の戦力だと自負しているからこそ夜明け団なのだから。
しかも、決戦の前に敵対国家から強力な魔導人形は全て奪っておいた。決戦前の戦力補充という理由の他に、決戦後の抗争も考慮に入れた上での”処置”だ。
「ゆえに……敗北するのだよ。全てを滅ぼす力を持とうとも、廃墟の上にただ一人立つ王では意味がない。あれだけ勢力を潰し、権力者どもの首級を上げても――彼らは諦めなかった。どこまでも挫けず、どこまでも我々に立ち向かった。その果てに、完成を迎えようとしているものがある。……シャルロット?」
アルトリアの横で面白くなさそうな顔をしているシャルロットに話を振る。忙しい、というのはそれが問題だったから。そう、シャルロットはここ1か月は”それ”の対策のために奔走していた。
「権力の亡霊どもが開発している『フェンリル・ラグナロク』……それは最悪の兵器の正統発展形。その威力は街すら丸ごと消し飛ばすのは間違いない。しかし、私の勇者様ならば負けません」
「……いや、さすがにそろそろ勇者様は勘弁してほしいのだが」
アルトリアの愚痴は聞かない。何度言われてもシャルロットはその呼び方をやめなかったので、アルトリアとしては半ば諦めているが時々反論はする。
「威力じゃないさ。そんなものはいくらでも対策ができる。『フェンリル』の正統発展形と、君は言った。その汚染も、規模にふさわしく強大化しているのさ。ひとたび解き放たれる毎に一つの遊星主が誕生するだろう。そして、この世界は沈む」
ルナはやれやれ、と面白くなさそうに手を振る。
「奴らは我々と心中するほどに愚かだと? いや、悪かった。そうだな、愚かだったな彼らは」
アルトリアも口が重くなる。朱色の瞳を忌々し気にゆがめた。
「そういうわけだ。もしかしたら、心中ということにも気付いていないかもね。ただ敵を倒せるだけの強力な兵器を追い求めて――その結果が自分ごと殺す兵器になったのかもしれない」
ルナは皮肉気な笑みを浮かべ、椅子から降りる。その小さな身体にふさわしい軽い音が鳴った。
「己が子々孫々の未来すらも殺し尽くし、自らこそが王たらんとする彼らの気概を認めよう。荒野の果てに一人立つ王になろうとも、王になるためにまい進する彼らを認めよう。そして、彼らの勝利を称えよう。果てなき”悪意”が、鋼鉄の夜明けを超えたのだ」
そのまま団員達の元まで歩いていく。薄紫の髪が夢のように舞った。
「――ゆえにアーカイブスは外の世界へ旅立つ。我々の敵である魔物も、元は外から来たものだった。そして、アーカイブスは滅んだ世界ごと奴らを噛み砕く終末機構。……それが、自ら滅びを招いては意味がないからね」
アルトリアが叫ぶ。
「駄目だ! 約束したじゃないか、お前は私の妹だぞ! 私と、共に……居ると……!」
涙ながらに、押し殺すように叫んだ。
「いや、妹になった覚えは実のところないのだけど。……うん、だからこの話を君たちにしている」
タン、とステップを踏み、招くように両手を広げた。ルナの身長は低い、皆の視線が下に向く。
「君たちが望むのなら、この僕と共に来るがいい。この終末少女たるルナ・アーカイブスが、ヴァルハラへと迎えよう。僕に仕え、死を迎えるまで――夜明けを謡うがいい」
紫紺の瞳を愉快そうに歪め、手を差し伸べた。
「「「「――我ら、【モンスター・トループ】は命尽き果てるまでルナ様の御元に」」」」
先は譲らぬとばかりに進み出たのは4体の異形。人型からも逸脱した体躯を器用に湾曲させて跪いた。
「そうだね。君らはそうだ。だからこそのモンスター・トループ。僕が居なくては生きては行けない脆弱な生命は、この僕にどこまでも忠誠をくれるから与えたものだ」
小さな手で機械の身体を撫でていく。
「……ふ」
アルトリアはファーファと目を合わせると小さく笑った。姉妹となってから4年、ファーファの考えは大体分かっている。お姉ちゃんに任せるよ、と頷いてくれた。
ならば、悩むことなど何もない。
――いや、脅威度としてはルナと同じく天元突破だから、アルトリアが居ても『フェンリル・ラグナロク』の引き金は引かれるだろうから選択肢はなかったけれど。
「私も、お前とともに行くぞ。姉妹が生き別れるなど――許さん」
「……あはは。そのお姉ちゃんの姉妹観はどこから来たものやら不思議なんだけど」
ルナは苦笑し、頷いた。
「我らも」
そして残りの52名、ぽつぽつと決意を固めて話を切り出そうとして。
「――」
ルナは手で遮った。
「皆はよく考えなさい。この僕ですら、この世界に再び戻ることはできないんだ。【鋼鉄の夜明け団】は解体し、超合衆国へ編入する。準備は進めてきた、超合衆国は僕やお姉ちゃんが居なくとも新たな3大国の一つとして人類史を紡いでいける」
「僕と共に行くと、そう自ら決めたのなら――1週間後にまたおいで。その時こそ、我々は新たな世界へと旅立とう」
締めくくり、最後に一つだけ漏らす。
「そう、時間は必要だ。無知を言い訳に誰かの命を盾に勝つ……そんな奴らを認めてやるほど僕は大人ではないのだから」
ぞっとするような声で呟いた。
そして、それを聞いた団員達の溜飲を下げた。元々ルナは自由裁量を大きく認めていた。それこそ、1週間暴れまわり人類を破滅させてから合流しようと――そんな考えをする者も居た。
だが、そんな考えは……今、消し飛んだ。
ルナが動くというのなら、それを邪魔することなど出来るはずがない。それこそが夜明け団が持つ信仰なのだから。
「さて、ファーファ。私達は旅の準備と持ち出す種を用意するとしようか」
「うん、行こう!」
一方でもう一人の化け物のアルトリアはと言うと呑気なものだった。
第3部をスタートします。
アンケートで取った二つを混ぜて行く方針で。(2)はまた別の物語も書けそうですが。
(1)『翡翠の夜明け団』と『鋼鉄の夜明け団』が合流して世界征服
(2)中世レベルの世界(銃すらない)で神様ごっこ