exアフター 遊園地に行ってみよう(後)
遊園地前に瞬間移動したルナが周りを見渡す。
「さて……」
開園前だ、人っ子一人居ない。ただ初めてのお客様ということだから、遊具に支障があることなどないだろう。
見ると入り口からクマの着ぐるみが走ってきた。メイティが誇るように手を掲げる。
「ようこそ、我が『デイライトパーク』へ」
自信があるのだろう。不敵な笑みを浮かべながら慇懃におじぎをした。
入口の方から走ってきた着ぐるみがそれぞれに腕章を配った。そこには結構凝ったイラストが描かれている。
「うん、これはチケット? ふふ、かわいいね。楽しそうなところだね。1日じゃ遊び尽くせないかな? まあ、今は待ってる人が居ないからそうでもないかもしれないけれど」
それぞれ着けて。
「では、我がパークご自慢のジェットコースターから解説を!」
メイティが張りきったところで。
「ファーファ、メリーゴーランドやりたい!」
「あ。待て、ファーファ。走っては危ないぞ」
「ちょちょちょ……勇者様、そんなお子様は自由にさせてあげれば――」
さっそく三人組が別行動になった。着ぐるみが慌てて付いて行く。
「あの……メリーゴーランドでしたら入って右に行った方でして……そっちじゃないです……」
「だそうだ、ファーファ。遊園地に来れて嬉しいのは分かるから少し落ち着け」
アルトリアがファーファを抱き上げ、シャルロットがそんなアルトリアの気を引こうと何か言っている。
「うん、じゃあ僕らの方は何から行こうか? アリス」
「……アリスは、コーヒーカップ行きたい」
「じゃ、案内よろしくね。メイティ」
「はい。では、こちらへ」
アリスとアルカナ、二人の手を繋いで歩く。先導するメイティは色々とこだわりを語っている。
「――ここには、鋼鉄の意匠をあしらってありまして。そして、この真っすぐ一本道の通路が表現しているのは――」
いくらでも蘊蓄が出てくるが、ルナは聞いちゃいない。アリスとアルカナだって人間の言葉など耳に入れる訳もなく。
ゆっくり歩いてコーヒーカップに着いた。
「これは普通のコーヒーカップだね。……何か、見覚えがある気がするのだけど気のせいかな」
「右から2番目、それと4番目と真ん中近くのカップはルナ様が使っていらっしゃったカップをモデルに作りました」
ルナはものにこだわりがある性質ではない。色々と使い潰したり忘れたままになっていたり、必然カップなんてものはいくつも買うことになる。適当にあったものを使っても、実質ルナ専用になる。……洗っていてもアルカナが間接キスなんて許すはずもない。
「……ああ、そうなんだ」
ちょっとアレなものを感じたけれど、考えてみればアルカナの方がよほどアレだ。ルナは気にしないことにした。
「アリス、あっちの金色のにしようか」
「うん」
アリスと正面で向き合って座って笑い合う。
「……小さいな」
アルカナはルナを膝の上に座らせられずに不満そうだが。こっちは寄り添ってふとももに手を這わせている。今更なのでルナも特に反応しない。
「では、開始を」
そこに居た係員がスタートを知らせる。なぜかメイティも、一人で右から4番目のコーヒーカップに座っているが。
「……! 回り出した!」
アリスがびっくりした顔をする。
「それで、ハンドルを回せば更に回転するよ」
「……ほんと!」
実のところ、アリスが何が楽しいのかと言えばルナの反応を見ることで、はじめにびっくりしてみせたのもそうすると反応が返ってくるからなのだが。
天地がひっくり返ったところで、アリスに興味などないから。
「ふふん、その程度かアリス? もう少し早く回せるぞ、ほれ」
アリスがそこそこに回転させるのを、アルカナが更に回して最高速で回転させる。アルカナならば壊すような不手際もない。もちろん、そこには遠心力でルナの身体が寄りかかってくるから以外の理由はなかった。
アルカナはルナとの密着を思う存分楽しんで、アリスの方はルナと笑いながら見つめ合って、そんな素敵な時間が流れた。
「さて、次はどこに行こうか。……僕は遊園地の全景を見ておきたいな」
「うん、じゃあ飛ぶ?」
小首をかしげるアリス。人間とは比類にならない力を持つ終末少女、生身で飛ぶくらいは訳はないが。
「おいおい、アリスよ。それでは風情がなかろう」
「アルカナ。じゃあ、どうするの?」
「ほれ、あそこなら高いじゃろ?」
「たかい……たかい? てっぺんでも、別に……」
人間との感覚の違いだ。
まあ、人間とは根本的に生態が異なるから、楽しみ方が全く違ってくるのかもしれない。もしくは、実のところ恋人同士で来たのならむしろ正しいやり方であるのか。
どちらにせよ、そこにツッコミを入れる人間はいない。
「余計なものまで見えてしまわないように、あの高さでいいのさ。リアルと切り離すためには、もう少し境界を区切った方が良いと思うけど。ただ、そう簡単に森は作れない。壁で覆うのが精一杯ならあんなものさ。高すぎると今後は逆に閉塞感が出てしまう」
「……」
居たら嫌な感じの客だが、オーナーは静かにしている。
「うむ、では今度こそルナちゃんを膝の上に乗せられるな」
「いつも乗ってあげてるじゃない」
「――足りん」
「清々しいほどの即答だね。まあ、次はゆっくり楽しもうか」
10分かけて一周する中、アリスは隣に寄り添い、アルカナは己の膝の上に乗せるいつものスタイル。
「えい」
「ひゃ……!」
膝の上に座ったルナは隣のアリスに抱き着く。膝の上に座ったまま、下の方にあるアリスの頭めがけてとびつくとそのまま転びそうだが、アルカナがルナのお腹を支えてバランスを取った。
ルナはそのままアリス越しに景色を見る。
「ふふ。本当に立派な遊園地。でも、これは武器じゃない。無駄に素材を使って、無為に電力を消費し続ける。意味の分からない浪費、そう思う?」
「人間が無駄なことをするのはいつものこと。アリスは、ルナ様がそれでいいならいい」
「ま、その通りじゃ。人間どもの感情には共感も類推もできんが、統計で測れるならそう振舞ってやればやればいいだけのこと。経済上のデータを見て、結果的に投資以上に生産性が上がればそれで良いだけのことじゃろう」
「くすくす。じゃあ、二人は僕と遊園地は楽しくない?」
からかうようにそう聞いてやると。
「そんなことないよ! アリスはルナ様と遊べるの、とっても嬉しいもん」
「そうじゃ。ルナ様と一緒に居られるだけで妾は幸せじゃよ」
二人してぎゅう、と抱きしめてくれた。
「……さて、と次はどこかな」
観覧車を降りた。
「では、次はジェットコースターなどどうでしょう? 我がパークで1番の目玉ですよ」
うずうずとした様子のメイティが話しかけてきた。どうやら自慢したくてたまらなかったらしい。
「ん。んん……まあ、いいか。じゃあ次はそこに行こうか」
メイティがしゃしゃり出て来たのでそれに従う。身長制限は無視して席に座る。別に最高速でコースターそのものをぶつけられたところで怪我もしないなら怖いこともない。
「アリスはルナ様の隣」
「ぐ……では、仕方ない。ルナちゃんは妾の膝の上に……」
「危ないからダメ。アルカナは後ろね」
「そんなあ……」
ぶかぶかのバーを握り、出発した。
「……アリス」
「うん、ルナ様」
暴風が吹雪く最中、アリスと手遊びをしていた。やはり、この程度の速度では何も感じない。
というか、戦場ではこれ以上の速度で、かつ銃弾が飛び交う中で飛んでいる。
「ぐぬぬぬぬ……」
一方で構ってもらえないアルカナはアリスに嫉妬の視線を向けていた。
降りて一言。
「あは。流石に僕らを楽しませるならこの程度の加速度じゃ足りないよ。ヒトの頭の中身をプリンみたいに崩せるくらいの加速はないとねえ。ま、人間なら大人も楽しめると思うよ。レールが外れたりと危ない様子もなかったしね」
「……はい。ありがとうございます」
メイティは少し意気消沈してしまった。
「じゃあ、シューティングライドに行ってみようか。ちょっとした趣向は凝らしてあるんだろうね?」
「ええ、お楽しみ頂けると思いますよ」
「よし、じゃあ次はそこだ」
コースターの席に座る。係員から説明を受ける。
「ふぅん。これ、戦闘ヘリを模してあるね。レールの上なのがアレだけど。ここから銃を撃てってことかな。随分と軽い」
「本物だって『銅』の筋力補助でもあれば羽根のようなものですよ。まあ、レーザー式なので反動がないのが玉に傷ですが……いつかどうにかしますよ」
「ふふ。開園前でも不満点があるなんて、これは経営者の鑑だね。で、この銃はこいつで襲い来る敵を撃破すればいいんだ?」
「ええ、ですが少し毛色の異なる敵も居ますよ。退屈はさせないかと」
「くすくす、いいね。じゃあ、アリス。アルカナ。銃を片手にドライブだ」
出発した。すぐにわらわらと蜘蛛型の敵は這いずってくる。
「ふふ、相手はスパイダー型か。いくらでも湧いてくるあたり、実戦を意識してるのかな?」
「でも、物量が違う。こんなに少なくないよ、実際は」
アリスが軽快に敵を撃ち落としていく。ルナは銃の調子を確かめつつ、適当に。
「ま、クリアが到底不可能なムリゲーでは遊園地じゃ人気も出ぬじゃろ。それに、初心者に割り当てられたと考えれば、戦場などこんなものじゃて」
アルカナは、適当に撃ちまくるルナとアリスをサポートして撃ち漏らしを的確に処理していく。
「けれど、メイティの奴が言っていた敵は……」
これは実戦に近いシミュレーションじみたアトラクション。それについて色々と考えるのも楽しいが、彼が言っていたのは別だろう。
なにか、面白い敵が出てくるはず。
前を注視していると、音楽がおどろおどろしい不気味な曲調に変化していく。さらに、投げかけられた光が紅く変化する。
「敵が増えて来たけど、特に変わらない」
「いや、目につく残骸が増えておるよ。魔導人形の骸も転がっておるな」
もちろん、形を似せただけの色付きプラスチックだが……こうしてみると中々に恐ろしげな風景だ。このようにして数多くの人々が死んでいった。
「オオオオオ!」
不気味な唸り声が聞こえた。低級奇械はしゃべらない。つまり、これから現れるのは異形の敵だ。この――唸り、歪み、重なり合って悼ましく捻じれ狂った声は。
「声、あっちから」
アリスが声の方向へ銃を向ける。
「ふむ、これは……」
アルカナが顎に手をやった瞬間、それが来る。
「コロス。コロシテヤル。キサマラ、ナゼ、イキテイル? ワレワレハ、ココデ、シンデイルノニ――」
怨霊。人面祖で出来上がった煙の女、そう現わすしかない化け物だった。そんなもの、戦場には存在していなかった。
目から血の涙を流す女が、生者に向かって手を伸ばした。
「ボーナス点?」
「……いや、これはむしろ――」
「きゃああ!」
出し抜けに悲鳴を上げたルナがアルカナに抱き着いた。
「おほっ。……ルナちゃん?」
「こわいよ、お姉ちゃん!」
ぐりぐりと顔を押し付けていく。そもそもお姉ちゃんと呼ぶ時点で本気じゃない。
「ぐふふ。うむ、妾がついておるから大丈夫じゃよ。抱きしめてあげるから安心しておくれ、ルナちゃん」
人には見せられない顔でルナの頭を撫でる。
「む……!」
少しむくれたアリスは、しかしルナのお楽しみを邪魔できずに撃ち続ける。
そして、アトラクションが終了する。
「お疲れさまでした。もちろんルナ様が最高点、と言いたいところですが」
「ああ、アルトリアお姉ちゃんが先に来てたんだ。まあ、別の遊び方してたしシカタナイネ。最後のアレ、どう対処してた? どうせ倒せないんでしょ?」
「その通りです。牽制しつつ他を対処するのが高得点の取り方ですが……アルトリア様が相手していたようですね」
「なるほど。まあ、アルトリアお姉ちゃんなら支援なんて逆に邪魔だね。むしろよく蹴らなかったと褒めてあげたい」
「……ファーファレル様が必死に止めてくれたようで」
「あは。それも”らしい”ね」
時間も遅くなったので、合流して夕食を食べた。アルトリアやファーファとは久しぶりに食事を共にする。
権力の象徴としてただそこに在るだけのルナ、政治の中枢として暗闘を続けるシャルロット。そして、政治などもうこりごりだと言わんばかりに距離を取ったアルトリア。
けれど、話題に上がるのは美味しかった食べ物、後は共通の知り合いがどうしているかと言ったことばかり。
しばらくの間、旧交を温めた。
「では、時間的に最後のアトラクションとなります」
「集まったのが昼後だし、夕食も時間を取ってしまったから仕方ないね。トリを飾るわけだから、君の一番の自信作かな?」
「その通りです。こちらへどうぞ」
案内されたのはシューティングと同じ造りのハウス。コースターに乗ってストーリーを追っていくものだ。だが、こちらの方がでかい。
「今度はゲーム形式ではなく、観覧のみとなります。どうぞ、ごゆるりとお楽しみください」
8人乗りのコースターに全員が座り、出発する。
それは壮大な劇場だった。人類が生き残るための最終決戦を描いた絵物語。人類の夜明けを目指した13人が、世界を覆う13遊星主と戦った。
1戦目:冥界喰狼ケルベロス・レゾンVSプレイアデス・アーカイブス
2戦目:殺塵亡剣ダインスレイフVSコロナ・アーカイブス
3戦目:真理哲学アウゴエイデス ミラ・アーカイブス
――夜明け団総帥、ルナ・アーカイブスの縁者である彼女たちは厄災の力などものともせずに絶望を挫いた。
4戦目:嵐源竜テンペスト・ドラゴンVSランスロット・クリジェス
――夜明け団総帥に戦いを挑み、その心を認められ技量が足りないまでも命を使って炎の竜を打ち倒した英傑の物語。
5戦目:雷源竜オヴィオニア・ドラゴンVSトリスタン・ブロード
――恋する男のため、彼に付き添い夜明け団総帥に戦いを挑んだ。彼の望みのため、命と引き換えに雷の竜を打ち倒した恋する女の物語。
6戦目:冥界煙鏡テスカトリポカVSファーファレル・オーガスト
――運命に見捨てられた孤児がアルトリアに選ばれた。その出身は悲惨なものであれど、己を悲観することもなく明るく笑顔を絶やさなかった少女。そして、アリス・アーカイブスとの絆を結び、その絆で敵を打ち倒した。
7戦目:星源竜スターダスト・ドラゴンVS『王国の白金』アインス
――今は亡き王国を、その始まりより守護してきた守り神も戦った。王国がその愚かさにより自滅してもなお人類のために戦い続け、ついには星の竜さえも降した慈悲深き神。
8戦目:樹源竜ネイチャー・ドラゴンVSイヴァン・サーシェス
――彼は仲間を殺され奇械に復讐を誓った世捨て人。一つ余人と異なる点があるとすれば、黄金を引き継いだことだけだった。けれど、その怨嗟はヒトを越えていた。人のカタチと言葉を捨て自らを逆襲の化身と化したその男は樹木の竜を倒してしまった。
9戦目:炎源竜プロミネンス・ドラゴンVSアルトリア・ルーナ・シャイン
――平和な王国にて奇械との対決を叫んだ彼女は国に捨てられた。しかし教国にて再起した。騎士団を組織、キャメロットが双首領の片割れとして12人の戦士を集め、厄災の源へ挑んだ。夜明けを目指す物語は彼女から始まった。その果てに、炎の竜すら打ち砕いた英雄はその身を炎に焼かれつつも立ち止まることを知らない。
10戦目:屍聖弦祖エルドリッジ・クイーン ベディヴィア・ルージア&アルトリア
――彼は、ただの人だった。だが、仕えた主がアルトリアだったことが彼の命運を分けた。只人だった彼は、運命に玩弄された挙句に最終決戦にまで付き従った。そして、アルトリアが冥府の女主人を打つ一助となったのだ。
第11戦目:堕天竪琴オルフェウス・マキナVSアースト&ベディヴィア
――アーストは騎士に選ばれなかった。『黄金』を操るには不足の身であれど、ルナより秘策を授けられたベディヴィアが敵を倒す一助となった。時間を稼がねば他の戦いに加勢を許していたのだ、必要な存在だった。
第12戦目:冥府門番ヘカトンケイルVSレスキオ&アルトリア
――レスキオも騎士に選ばれなかった。やはり『黄金』を操るには不足の身であれど、アルトリアが敵を倒すまで持ちこたえた。彼が居なければ、アルトリアに後を託すこともできなかった。
第13戦目:神源竜ハイ・ドラゴンVSガレス・レイス
――彼だけはスカウトされた人間だった。純粋な夜明け団の団員とはとても呼べない”教国軍人”だ。教国で戦い続けた彼は、人類生存のために最終決戦に臨んだ。夜明け団総帥より力は受け取った。けれど、それだけで勝てる甘い敵ではない。真に人を守ってきた者としての誇りを胸に、不可能であるはずの神を破ることさえ達成した。
最終章:最終秘奥『絶対錬成』の完成
――鋼鉄の夜明け団総帥にして、キャメロット双首領が片割れルナ・アーカイブス。人を越えた錬金術師が人知を超えた奇跡を起こす。
全ての厄災の源。人類を滅ぼさんと怨嗟の声を上げる13遊星主は何度でも復活する。ゆえにその力の根源である機械都市もろとも封印した。人類の生存を脅かす上級奇械は姿を消したのだ。
これは最期の物語だった。鋼鉄の夜明け団とキャメロットはこのためにこそあり、この流れていく今は蛇足に過ぎない。そのストーリーは、まあ見やすいところに事実と異なるところもあったけれど。
「素晴らしかった」
まばたきすらせず、その物語を見つめたルナがそれだけを語った。
「ありがたき幸せ」