第10話 いたずらの代償
闇が晴れた。と、同時に莫大な気配が生まれた。こちらに向けられているわけでもないのに心臓が止まりそうだ。
そして、震える女の子が”二人”。
目の前の彼女たちは大体が幼い姿を持っているが、その中でも幼い二人。新城との年齢差など、倍ではとても足りないように見える。見た目通りの年齢であれば、の話だが。
そして少しだけお姉さんの……ルナの隣にいたそいつが口を開く。そいつも、まだ子供にしか見えないが。
「ティターニア、ディラック。どういうつもり?」
たどたどしい口調。けれど、怒りが含まれている。彼女たち同士のいがみ合い。こんなことで彼女たちの力を一端を感じるような羽目になろうとは。そして、2人は。
「……あうう」
おびえている。といっても、彼女たちはその怒っている奴を見ていない。
視線の先、すがるように見つめているのはルナだ。闇が晴れる一瞬、とても機嫌が悪そうな顔をしていた。そのあとは彼女たちのスタンダードである無表情に戻っていたが。
「こたえなさい。なにをかんがえて、あんなことしたの? まさか、ルナ様にさからうつもりでもあるの」
全員がその二人に向かって臨戦態勢を取っている。
もちろん新城に理解できるような構えはとっていない。それでも、余波で僕たちの命は尽きるだろうことはわかる。抵抗など、何の役にも立たない。
ふと、気配を感じて外を見るとおぞましいまでの力を宿した何かがいた。
そいつの皮膚は一見布のように柔らかそうに見える。けれど、魔法の武器とて簡単にへし折ってしまうだろう。
光を宿さないガラス玉のような、取れかけたボタンのような目がこちらを覗く。それは何も映していなかった。
「あぅぅ。ルナ様ぁ」
馬鹿げた力の気配は震えている二人からも感じる。単に消し忘れた、ということだろう。
「やめなさい」
たったの一言。それだけで空気が凍った。絶対的支配者の挙動。いや、そんなふさわしい雰囲気はないがあれだけの力を持つ者達が完全に服従している。あの幼いルナの一言で。
「あまり他人に見せる姿ではないな――はしたない」
一瞬で、気配がどこかに行った。全員がルナの機嫌をうかがっている様子に見える。
「ティターニア、ディラック。下がりなさい」
冷たい声で宣言した。ショックを受けた二人は立ち上がってとぼとぼと歩き始めて。ルナはあとで少し話をしようね、と優しげな声をかけた。こんな声も出せたのか。
許しを得た2人は手をつないではしゃぎながら走って姿を消す。
「さて、アリス。この空気はどうするべきかな」
驚くべきことを言った。こいつ、空気なんてわかるのか。
「まあいいや」
と、二言目には却下する。自分から聞いたくせに。
「ああ、のどが渇いたろう。用意しよう」
……? 少し、疑問に思って。きりり、と何か音がしたとおもったら扉が開く。
「遠慮なく飲んでくれ。まあ、2人のいたずらの詫びの意味もある」
5体の人形が大量のコップを運んできた。コップにはなみなみと水が注がれている。水滴がついて、よく冷えていそうだ。……しかし、いたずらとは。
人間の命などそんなものか、と苦笑する。
「もらっても?」
「かまわないとも」
やはり、僕が先に飲むべきだろう。
毒の心配などする必要はない。飲ませたければ無理やり飲ませればいいだけの話だから。そんな考えで飲み物を口にする。
力を入れれば壊れてしまいそうなほど繊細な意匠な施されたコップだ。だが、持ってみると意外に硬い感触が返ってくる。
「……うまい」
ただの水だ。飲んだことのないほどに透明な味だが、水は水だ。どんなものが出てくるのかと戦々恐々としていたが、普通に冷やされただけの水だ。
別に、王都なら珍しいことはない。これだけのコップを平民に触らせる貴族などいるはずがないが。
飲んだ僕の姿を見て安心したのか、皆が飲みだす。お代わりしている奴もいる。
「……しかし、魔導人形とは」
見たことはない。だが、聞いたことはある。魔力式を刻み、自動に動く人形。たしか、とんでもなく高価だとか。
高度なマジックアイテムはそれだけで価値があるものだ。これだけの価値であれば――そう、貴族にだってなれるだろう。
「気に入ってもらえたようで何よりだ。――で、アレは君の知り合いかな?」
ルナがつい、と手を動かした。そして、指し示す先に映像が映し出される。クリスタルから映像を投射することは一般的に、あくまでも王都などに住む裕福な一般人にという意味だが、なじみが深い。
軍での作戦の説明にも、珍しいことではあるが使用されることもある。だから、そう驚かずにいられる。それができるということ自体は。そう、映像投射の技術自体には。
映った”もの”が視界に入る。理解したくない光景が。
「な、なんだ。これは――」
命の危機をはっきりと感じた。気持ち悪い。ああ、そうだ。これは慣れ親しんだ死の感触。戦場で突貫するときにも感じた。
喉の奥がツーンとして、目の奥が暗くなる。頭の中がかき回される心地がする。
「……爆撃装備の高速巡行鳥!」
それも我が国の。いや、当たり前だが。
そんな技術を保有する国は海の向こうを除けば我が国一つ。つまるところ目の前の彼女たちへの明白な敵対行動に他ならない。
そして、古今東西敵に対する対処など一つだろう。……皆殺し。それ以外にあり得ない。なにかの事情があって殲滅できないということはある。西にはまだ亜人どもが生息している。
だが、敵地にいる兵を逃がす理由など何一つとしてありえない。
「――あ。……ぐぅ」
気づいた。白を切りとおせばよかった。いや、無理か。他の木っ端兵どもに腹芸ができるとは思えない。
この僕ですら、動揺して無様を晒したのだ。何人か、すでに逃げ出した。どこに逃げようというのだろうか。この落ちれば死ぬ高空の城で。
「……防御を」
これはよく使われる戦法だ。
開幕爆撃にて敵の数を減らし、残りを突撃して叩くのは戦の常道。いや、これは歩兵の後詰めがないからには都市への殲滅戦に使われる空襲か。隊列は組んでいないが。
頑健な砦はともかく、組み立て式の家屋などは衝撃にてバラバラにされ、そのあとに来る熱により燃やされる。対城装備と呼ばれるものだ。
「ぼーぎょ?」
しかし、ルナは首をかしげる。一人と一羽はいまだ上で旋回しているが、まだ爆撃は開始されていない。風向きや地形を見ているのだろう。
立方体を見て何を判断するかは新城の知ったことではないが。
一冊の本が投下される。
「汎用の時間式対地爆撃用通常弾頭!」
普通、としか言いようのない。爆撃には大抵こいつが使われる。もしくは振動感知式のそれが。
以前の撤退戦の時に後方から爆撃部隊が送られてきたことがある。近くに弾頭が落ちてきたら間違いなくお陀仏のため、普段信じていない神様に祈りながらケツをまくって逃げたのを覚えている。
「ふぅ……ん?」
彼女は首をかしげている。
まったくもって脅威になど感じていないようで――あれ、脅威? あの通路にある防御魔導がこんなもので貫けるはずがない。
砦程度に防げるものをこの化け物どもが一顧だにするわけがなかった。……そんなことも忘れていたのか、僕は。どれだけ冷静さを失っているのかと歯噛みした。
「まあ、確かに燃えるんだろうね。木造家屋なら」
なにやら哀れなものを見る目で見ている。落ちてきたのは運よく……僕たちにとっては不運なことにここの真上。炸裂はしたが、煤すらついていない。
あ、死んだな。こんなことなら王都に行ったときに路地裏にでも行って、危ない遊びに全財産をつぎ込んでおけばよかった。などと思う。
そう、思ってしまったのだ。これが最悪だ――などと。
人生は理不尽の連続であり、神に愛されたものは何不自由なく生きて、嫌われたらもどうしようもないほどに嫌なことばかりが起きる。
逆かもしれないが、まあ僕は試練を喜ぶような性質はしていないのでこれで通させてもらおう。
これを超える最悪は確かにあった。
――そう、上官殿が起きてきた。
「……お? おお。なんだ、ここは」
きょろきょろと落ち着きなくあたりを見渡す。そして、僕を見つけると。
「説明したまえ」
偉そうに言った。
「とりあえず、水でも飲んだらどうかな」
どうでもよさそうにルナが言う。その言葉からは怒りが感じられない。もしや命拾いした、などと一瞬安堵して。
「この私にそんな口を利くとはどういうつもりかね。無礼であろう。貴様の顔なんぞ知らん。どうせどこぞの冒険者か何かだろう。額を地面にこすりつければ、寛大なる私は金貨の一枚で許してやろう」
こいつがいた。そう、こいつが起きている限りここは死地。
どこまでも調子に乗って、見るものすべてを不快にさせる。ルナという幼女が見た目のままの精神をしているなら、うざったいハエは叩き潰すだろう。
そして、残虐な性格であるならば――考えたくもない。
「……へぇ」
かつん、指で机をたたいた。残った7人はこちらを憎悪の目で見ている。対等な敵として認識したなどとはあり得ない。邪魔なら殺せばいい。だけど、気に障れば?
いら立ちのまま握りこぶしを振り下ろすのではない。じっくりと拷問するのではなかろうか。それも、周りに似たようなのがいれば諸共に。
だが、彼女たちは誰一人として動かないままじっとしている。もっとも小さく、そして恐ろしい幼女でさえルナを見たままじっとしている。許可を求めているのだろう。
ルナは彼女に返事を返さず、憮然とした表情で口をとがらせる。
「面白いことを言うね?」
馬鹿は鼻を鳴らし、そばにいた魔道人形からコップを奪うように取り、飲み干す。そして、驚いたように人形を見直す。あれが高価な魔導人形だと即座には気づかなかったのか? どうしてあれほど周りを見ずにいられるのか。
「ほう。ほうほうほう。これは――これだけでも相当な価値が。これなれば、私が跡継ぎになることも夢ではない。いいや、あんな木っ端貴族ではない。中央の貴族として、新しい家名を作ることですら王は認めてくださるだろう。くっくっく。誉めてやろう、ここは今日から私のものだ。この私に貢献できるなど、貴族でもない貴様には過ぎた幸福だ。感謝と従属をささげろ。見れば、数年後には――いや、貴様ほどなら今からでも」
なんだ。この男の言い分は。貴族などすべてまとめてくずだと思っていた。
役にも立たないのにでかい顔をして平民を苦しめては恥知らずに守ってやってるなどとうそぶく。だが、こんな奴が存在してもいいのか。神など知らん。
だが、このような不快極まる人物がなぜ生きている? 貴族だからだ。この国では貴族以外は人間扱いされない。
ああ、見ろ。一貫して興味のなさそうなその顔が。
好意的に言うなら寛大な顔をしていたルナが表情を凍らせて青筋を立てている。だというのに――この貴族はまだ話している。
一片たりとも耳に入れたくないほどに傲慢で不遜、まるで世界は自分のためにあるとでもいうような戯言を垂れ流している。これでもう、彼女たちと敵対してしまった。ならば僕たちの命運は尽き果てた。
「……耳?」
その恥知らずがある一点を見つめて言った。耳? 視線をたどると、前に並ぶ8人の中に耳の長い女の子がいた。見れば角付きまで。
なぜ気づかなかった、僕は。どうしようもないにせよ、ここまで最悪な事態になることは防げた。防げたはずだと思いたい。亜人は侮蔑と殺戮の対象だ。……少なくとも、この国では。
「なんで人間もどきがここにいる? 不愉快だ、失せろ。人間に似ているというだけで、中身はまったくの別物。卑しい本性がのぞいている。ああ、いやだ。そんな汚らわしいものがいたら目が汚れる。誰の許しがあって面汚しを晒しているのか。恥というものを知るなら今すぐ首をかき切れ。土台、魔物相手に腰をふる淫売どもには理解するだけの知能もないだろうがな」
……なんだ、これは。こいつはどうしてそんなことが言える。腰に下げた刀を心臓につきこんでやりたい。
だが、それは不可能だ。兵士にはいくつかの呪符が仕込まれている。その一つに上官殺しに反応するものがある。それをやれば最後、反逆者としてどこまでも追いかけられて処刑される。
「……へえ」
ルナが目を細める。明らかにまずい兆候だ。今までの興味なさそうなそれとは違う。初めてこちらと目が合った気がする。それも、殺意と怒気をもって。
「ふん。貴様もそれだけの財を持てたのだ。人付き合いは選ぶべきだな。その程度の知能は持ってもらわねば、これ以上の貢献などさせてはやれんよ。お前、そんなものは捨ててさっさと次に励め。さらなる貢ぎ物を持ってくれば、穢れた血を視界に入れさせたこと、寛大なるこの私は許してやろうではないか」
さらに、好き勝手を言い続ける。
こいつ――ルナの目に気付いてないのか。そもそも、こいつに”他人と話す”ということができるのかどうか。短い付き合いだが、こいつが口を開くときは怒鳴っているか偉ぶっているかしかなかった。
貴族など、まともな人間関係を築けるはずもなかったのだ。誰も聞いてやいないのに、まだぺらぺらと悪口雑言をさえずり続けている。
それこそ、耳が穢れる。
「君はどうやら、話し合いをする気がないらしいね。一人で話を終わらせるなら、自己の世界に完結していればいい。お前がそう思っているのなら、そういうふうにしてやろう。土台、夢を見たがるのが人というものだろう?」
ルナが手を上げると、桃の香りが漂って。
「…………」
バタン、とそいつが倒れた。
「こい……つ、は――」
円盤に乗って飛んだ時のダメージはまだ残っていた。内臓が震えるように気持ち悪く、そして頭がキーンと痛い。具合が悪い、の一言で済むようなものだった”それ”が消えていく。
さらに現実感すらもおぼつかなくなってくる。足が浮遊する。覚えのある、この、感覚は。
「眠……い……! これ、は――麻薬、か……ッ!」
そうそう使うことなどないが、兵士には麻薬が支給されている。
それは絶望的な状況でも臆せず戦えるように、というありがたくもない気遣いだ。だが、支給されたそれと比べて効果のほどは別次元といっていい。脳が甘くとろけて――こぼれる。
「あれ? 単体攻撃なんだけど――」
ルナのつぶやく声が聞こえたような気がして――意識が桃色の煙に落ちた。
この世界の乗騎はドラゴンではなく鳥でした。この世界の龍は普通に魔物なので乗れません。そもそも基本的に打倒不可能な存在です。
なので品種改良した鳥に乗っています。大きさはおおよそ大人が余裕をもって乗れる程度です。




