exアフター 遊園地に行ってみよう(前)
――奇械帝国を滅ぼし、世界に平和をもたらした最終作戦より半年後。
修理途中のような半ばあきらめて放り出したようなかつて8本足だった4本足のアームズフォート、スピリット・オブ・フルメタル。その奧でルナは魔王のごとくアルカナとアリスを侍らしていた。
まさに魔王と言った紅の椅子に陣取り、アルカナの膝の上に座り、アリスの方はルナの膝に頭を預けている。
仕事はしようと思えばどれだけでもあるのだけど、全てを拒否して膝の上で怠惰に過ごしていた。
「僕にお目通りを願う? メイティが?」
声をかけたのは、立派な彫像のごとく微動だにしなかったモンスタートループ4人のうちの1人。
人の身体はすでになく、残っているのは脳だけとなった機械兵士。
鋼鉄の夜明け団の戦力は強大無比である。もはや逆らうような勢力が存在しなくなった現在では、ルナの護衛しかやることがない。
いや、ルナは護衛なんて要らないんだけど。本人は「遊んで来れば?」と言ったのだが、護衛したいとまで言われれば断れないのがルナである。ちなみに彼らだけでなく、扉の前にも2人護衛に立つことを許している。それが我慢していられる限界だった。
「また仕事が欲しいって? それはうちの国王様、シャルロット君の方に言ってくれよ」
ひらひらと手を振ってアルカナの胸に顔をうずめる。ルナは決戦以降、役目は終えたとばかりにアルカナとアリスといちゃつくばかりで、腰がとてもとても重い。
国王とか言ったって、彼女も立ち位置的には雇われ国王に過ぎないのだ。ルナが否と言えば反対できない。本人は友人の気安さで、言うことを聞かないなら国王辞めてやるなどと脅してくるが。
「いえ、そういうことではないようです。反乱の報せもなく、偉いご老人方が何を企んでいるか戦々恐々としているところですが……これは平和な報せですよ」
「平和?」
アルカナの胸の上から顔を離して視線を寄越す。瞬間、彼にアルカナから鋭い殺気が向けられた。しかし彼にしても慣れたものなので一々反応しない。
「彼からの奏上ですが夢を叶えた、とか。メイティは孤児院出身ですが、あいつが預けられたのは物心ついてからとなりますからね。両親に連れて行ってもらった思い出の遊園地のことをよく話していました」
「ほほう! 遊園地の想い出、ね。それは素敵だ!」
手を叩く。どうにも夜明け団は物騒なばかりでこういうのが足りない。戦いばかりでは人は生きていけないのだ、ルナが言っても空虚に響くけれど。
「はは。ルナ様がお喜びくださるならメイティも嬉しいでしょう。彼は恵まれない子供にただ1度でも遊園地で遊んでほしいと、そのような夢を持っていました」
「なるほどなるほど。だが、メイティの奴は独立独歩の鑑みたい奴だからな。まあ、夜明け団はみんな似たようなものだけど。だとすると、これは援助要請よりも完成報告かな。もう完成しているのかな?」
日本の漫画では、大事件を解決しても報酬なんてあるはずもなくフリーターの日々……とか、そういうのがもてはやされるが僕の意見は違っている。
世界を救ったのだ。例え、モブであろうと最終決戦に参加して最後まで戦い抜いたのだ。これで報われなくては嘘だろう。それが気に入らない人間が居るなら車輪で轢いてしまえ。
そういう流れで、彼らには――そう遊園地の一つくらいなら立てられるだけの報酬は与えていた。
「ええ、その報せが届いております」
「ははは! そりゃいい。やはり初めてのお客さんは故郷の孤児院の子たちかな?」
「いえ、その孤児院は解散しました」
「ありゃ、ご愁傷様」
「まあ、それは叶わないと言うことで。夢の遊園地は建てた。その初めてのお客様であるなら、ルナ様に考えられないと」
「ん? 僕かい? 光栄だが、本当に僕でいいのかい? こんなナリだが、僕は子供じゃないぜ。あまり遊園地ではしゃぐような年じゃないんだけどな」
「さあ? 私はメイティではないので」
「あっはっは。そりゃそうだ! メイティ! どうせ待合室あたりで待っているんだろう? こっちまで来い!」
けらけらと笑いながら大声で言う。
「いえ、申し訳ありませんが扉の前で待機していました」
「おや、外れた。最近僕も気が抜けてるね」
戸を開けて入ってきた男が跪く。陽気な軍人といった風体。今にもマラカスあたりを振りそうだ。
生き残った夜明け団の団員は、失った手足を更に機械で強化した。横に佇む4体でなくても、化け物じみた軍団に成り果てた。
その中でメイティはまあ人間の姿を保っている方だ。少なくとも手袋と厚い長袖に長ズボンで機械腕を隠せば人に紛れられる。
「ルナ様が安心いただけるなら、我々が居る意義もあります」
「会う機会が減ったからって変にかしこまって時間稼ぎしないでよ。それで、どうして僕を誘うのかな?」
「あなたに救われました。それに、あなたとアリス様、アルカナ様が仲睦まじく遊ばれるならこれ以上の誉れはありません」
「ふうん? まあ、好意はありがたく受け取っておこうかな。よし、あいつとお姉ちゃんも誘うか。君も来い」
パチンと指を鳴らした。風景が変わる。
そこは書斎。厳つい椅子、テクノロジーの粋をこらした人間工学を応用した最上級を越えたオフィスチェアに座った女性が居る。
ぶつぶつと幽鬼じみた呟きを漏らしながらPCで書類を処理している彼女は若き国王だった。
「シャルロット、遊びに行くよ」
「私にそんな暇があるように見えますか?」
「下らない政治のアレコレがどうなったところで夜明け団の屋台骨は揺るがない。老獪なご老人共との暗闘に嵌りすぎると、お姉ちゃんも君から離れていくよ。ほら、そんなに悪い顔をしちゃって」
「……むぐ」
憎からず想っているアルトリアのことを引き合いに出されたら黙らざるを得ない。ただでさえその人はどこかの田舎に引きこもってファーファと二人で暮らしていると聞いているのに。
「遊園地で思い切り遊んで純粋だった心を思い出しな。そんな狡猾なニヤケ顔じゃなくて、さ」
「仕方ないですね。勘違いしないでくださいね。一緒に行くのは貴方に言われたからじゃなくて、勇者様のためなんですから!」
「はいはい」
アルトリアのことを勇者と言っているのはシャルロットだけ。そして、アルトリアの方はと言うと、ファーファを会ったばかりで妹認定した。どちらも相手の意志なんて関係がなかった。
さてはこいつら似た者同士か? ルナはちょっとだけそう思った。
また、パチリと指を鳴らす。
「さ、お姉ちゃん。ファーファも。遊園地に行こう?」
そして所変わって田舎。小さな小屋でつつましく暮らす二人が居た。アルトリアはこれ以上目立つことも、権力からも離れ片田舎で畑を耕していた。
「遊園地? わあい、ファーファ遊園地初めて! 楽しみ! ルナちゃん、ありがとう。いっしょにいっぱい遊ぼうね。アルトリアお姉ちゃん」
土に汚れたファーファがアルトリアに抱き着く。
「また唐突だな。やれやれ、しょうがない。こんなに楽しみにされては断れない。……ん、シャルロットも居るのか」
汚れが付きながらも満更ではないアルトリア。後遺症で身体機能の7割方が壊滅しているはずなのだが、そんなペナルティを微塵も感じさせない動きだ。
「はい! お子様は放っておいて私と熱い夜を過ごしましょう? 勇者様」
「私は勇者ではないのだがな。まあ、一緒に遊ぶのなら構わんよ」
「じゃ、飛ぶよ。お姉ちゃんは抵抗しないでね」
ルナがまた指を鳴らす。すると、目の前には遊園地が現れた。入口からでは全貌が分からないほど巨大、ジェットコースターと観覧車が聳え立っている。