第89話 付き人の意地
ベディヴィア・ルージア。彼はまだまだ若いと言われる年齢だが、多くのことを経験した。血筋、才能。そのどちらにも恵まれなかった彼は、しかし英雄譚の登場人物としてここにいる。
学生の頃の彼は皆の役に立ち正当に評価されたいと願う、ただ人より生真面目なだけの普通の人間であったのに。それで実力主義が標ぼうされている軍に入り、ひたむきな努力を持って人より早く出世した。ありふれた物語だ。
だからこそ、すぐに限界が見えて絶望した。
血筋など何も関係なく、ただその能力のみによって評価される民主国。その最前線にあるのが軍と言われていたが……しかし中に入って見ると、そこにはかつて平等に反すると廃止された貴族、その元貴族様が君臨していた。
下の中でどんぐりの背比べをしたいのならともかく、上を目指すにあたってはそれは超えられない壁だった。血筋も何もない人間では銅が精々、それで宝玉に敵うはずがなかった。ベディヴィアは軍の中でそれを実感したが、調べればどこの世界でも同じだと言うことが分かった。
親が資産家と貧乏人では、その性能には大差が出る。差がなければ、それは教育の敗北だ。結果の出せる家庭教師は大金でもって雇われる。資産家は、子の教育にも金をかけるからこそ家系を存続させていけるのだ。
――ならば、平民の息子として生まれたのなら平民同士で競い合い、支配者にどれだけ媚びを売るかが……それが”実力”と呼ばれるものだと身に刻まれた。
それは、絶対に間違っていることなのだ。彼はそう思った。
間違っていることは正さなければならない。支配者の座から降りたのが元貴族達ならば、その特権をも剥奪されなければ道理が通らないと憤った。
ゆえに革命戦士となった。腐った民主国を変えるための活動を行っていた。それは破壊活動ではない。
そのためには人殺しも厭わない覚悟はあるけれど、ただ一人で全ての元貴族たちを倒せるような自信過剰ではない。戦力を頼ったしても、結局は王族の持つ黄金にすり潰されてゲームエンドだ。戦いでは元王族が居る限り、平民に勝利の栄光は微笑まない。
ゆえにアルトリアに近づいた。彼女さえ落とせば革命への道が開くと信じ、様々なことを彼女に言い聞かせた。彼は自分が正しいと信じていた。ゆえに、この世の真実を聞かせることで〈正しい〉判断をしてくれると思っていた。
その期待は、ある意味外れてしまったのだろう。アルトリアはこの世の真実を知ったことで奇械殲滅論を唱えるようになった。
もはや民主国一国の問題ではなく、人類が一丸となって戦わない限り未来はないと演説した挙句にお尋ね者に落ちた。
さらに紆余曲折あった結果として、ベディヴィアはこうしてキャメロットに籍を置いている。真実を分からされたのは、教えたはずのベディヴィアだったということだ。
「だが、そんな私がここまで来た。たかが民主国すら滅ぼせなかった私が、今やこうして遊星主と戦う騎士だ! こんな笑い話はそうはない。……ああ、笑い話にはさせんさ! 実力が足りませんでしたなどと、落ちを付けてはどこまでも笑いものなのだから!」
なべて人生はままならぬものなれど、”ここまで”とくれば笑うしかない。倒そうとした民主国は、その国民ごと滅んでしまった。
下手人は王様で、トリガーを引いたのは彼とアルトリアだ。国の滅びを望んでいたわけではなかった。
だからこそ、人類の一つは救わなくては帳尻が合わないだろうさ。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、それがベディヴィアの戦う理由。
「――あは! あまり面白くないのが来ちゃったなあ。あの時の誰かだと面白かったのに!」
対するは屍聖弦祖エルドリッジ・クイーン。それは美少女の姿をしている。鉈を持ってはいるものの、振りかぶる際に揺れる胸は男を魅了してあまりある。
そして、その嗜虐的な笑み――悩殺ものではあるが、理想に燃えるベディヴィアは女に興味など持たない頑固者だ。その優れた容姿に意味はない。
「炎、重力、破壊……貴様が見たのはその力のみだろうな。私の姿など目にも入らなかったに違いない。だが、今回ばかりは目に焼き付け……そして壊れろ! 『スカーレット・ティルフィング』よ、我らが全力を見せつけてやろう!」
「くすくす。それでも『黄金』? あの時の炎の子は伸びしろがあったけれど……あなたじゃ駄目だよ。その程度の力で遊星主を倒すなんて夢物語だもん」
まずは一合、魔道人形と同程度の大きさをした槍と、何も変哲のない鉈が激突した。地面が揺れるほどの衝撃が走り、つばぜり合いが起こる。
その鉈とて、ただの鉈ではない。現行兵器では傷もつけられない、”遊星主の武器”だ。
「我が異能を見るがいい!」
「ここから返すなんて君程度じゃ無理……えっ?」
ベディヴィアの力が増大する。先の一撃よりも更に強力な腕力で持って相手を弾き飛ばす。敵の足が地面から浮いた。
「潰れろ! 【シールドストライク】!」
間髪入れずその盾じみた槍で突進する。そして、それはルナが作った兵器である。傘のように張り巡らされたライン、その先は噴出孔である。膨大なエネルギーでもって超加速、更に異能によって強化された脚部で跳ぶ。
「……きゃ! あれれ? おかしいな、それほどの腕力は出せないはず……ううん、これは特化してるのかな。うん、そっか。君の力は――」
空中でも彼女はあどけなく笑っている。ちょっとした考え事でもしているかのように、鉈を持っていないほうの手で頭をかいていた彼女。
ベディヴィアがすかさず仕掛けた突撃が、彼女を文字通りの血煙に変える。
「これで終わり、などあるまいな」
「当たり前でしょ? 炎の子だって何度も私を燃やしてたじゃない」
ひょっこりと地面から生えてくるエルドリッジクイーン。毛ほどもダメージを感じていない様子だ。事実、何も痛痒など感じていない。何千回やったところで、これでは彼女を殺せない。
「……やはりな。だが、貴様の弱点など既にルナ・アーカイブスが看破した。本気を出せよ、それとも時間稼ぎが役割か?」
「へえ。私を挑発するんだ。その程度の腕で、殺せば死ぬ人間の分際で。――いいよ、あの時は君たちの領域だった。でも、ここは私の庭。見せてあげる、私の本当の姿を」
少女の姿がぼこりと泡立つ。血の泡がばしゃりと崩れ、地面に広がった。それはまるで悪趣味なホラー、だが相手は遊星主であるのだからもっと恐ろしいことが起こるのだ。
「来い」
ベディヴィアに動揺はない。前後左右、どこからでも対応できるように気を張っている。敵の力は見た、どこから生えてきたとしてもモグラたたきのように潰してやろう。
「「「じゃあ、行かせてもらうわ」」」
「――っな!?」
だが、それは予想外だった。前後左右に地面と空中、それが同時に。空間から染み出すように現れた無数のエルドリッジクイーン。
だが、使うのは鉈……ならば相手にできる。そう、何人居たとて同時に届く鉈の数は10もないのだ。
「こいつの名を教えてやる。この決戦のために改造されたこの槍の名『幻傘槍ヴァルゲート・サイクル』。その力、目に焼き付けろ、全砲門解放!」
そう、それは突撃槍であると同時に大砲。8の骨がそのまま砲身となり、敵を穿つ。弾丸射出、引換に砲身となったシールド部が剥がれ落ちた。
「あの破壊神の手管か! 猪口才な! けれど、神造武器とて使うのが人間ならば!」
8人殺された、だからどうした? 出現したのは16人のエルドリッジクイーン、半分撃墜されたところでまだ残っている。
「それも折り込み済みだ! 身軽になったからこそ使える技もあるぞ。皇月流【驟雨】!」
槍の連撃が残り8の彼女を切り捨てた。槍と拳、その真髄は別のところにあるなど生身の人間の発想だ。一つの真髄を掴んだのならば、魔道人形は剣も拳も槍も関係なく十全に扱える。
「……へえ。でも、大切な盾がなくなっちゃったね? それで私たちの攻撃を防げるかなあ?」
こっくりと首を傾げるは、後ろに控えた30人のエルドリッジクイーンだ。その鉈を握りしめて振りかぶる。……投げた。
「心配ご無用。武器を気にするほど大層な強さを持ってないことは奴にもお見通しらしくてな。予備がある」
シールド部のなくなったそれを放り捨て、新しい傘槍で防御した。エルドリッジクイーンが舌打ちする。
「……へえ。ちょっと面倒くさいなあ、あなた。ねえ、実力がないのを武器でごまかしているだけじゃないの?」
「ふん、認めるとも。私は紛い物だ、キャメロットの席に座っているのも何かの間違いでしかないのは自覚している」
「じゃあ、ちゃっちゃと死んでほしいかな?」
「願い下げだ。教えてやろう、人間の世界では結果がすべてだ。持っている人間というのはな、始めから結果が出るように出来ているんだよ」
「お話長いなあ。あの子との戦いでは使わなかったけどあなたならいいや。死んじゃえ、【ブラッドシャワー】」
「何かの間違いであろうと此処まで来た。ならば、結果を出してその間違いを真実と世界に刻んでやろう。ベディヴィア・ルージアは騎士となるべく生まれ、アルトリア様にお仕えしたと!」
傘槍を思い切り振る。それは真なる黄金の武器ではない。要するに、ルナが作ったオプションパーツだから元々付属している武器ほど耐久性が高くないのだ。
対して空から降る紅い血のような雨は呪いの塊だ。異能を全開に対抗しない限り腐り果てる。
「武器がなくなったら、あなたなんて――」
「下らんな。俺は言ったぞ、出来る奴は出来るようになっている。この私を下したいのなら、あの女の手から逃れてみろ。貴様程度がルナ・アーカイブスを出し抜けると思うな」
駆け出した一人のエルドリッジクイーン。そして、ベディヴィアは使い物にならなくなった傘盾を捨てて対峙する。
「なら、お仲間の技で送ってあげる。あの場に居たのなら知っているでしょう? 皇火流【妃喰】!」
「ガレス・レイスの使う技を模倣しただと!? だが、私とて直接アルトリア様から教えを賜っている。……皇月流【瞬き】!」
一瞬の交錯。ベディヴィアは膝をつき、エルドリッジクイーンは首を駆られ消滅した。
「あは! 炎の子の前で使うには完成度が低いけど、あなたは試し打ちにちょうどいいね! 竜の元へ行ったみたいだから、ここに来れないのがちょっと悲しいね」
「無用な心配だな。ガレス・レイスは神源竜を必ず倒す。そして、お前はどこにも行かせない」
ベディヴィアが立ち上がる。が、足が止まる。呪いの雨はベディヴィアを濡らしている。それは凶悪な毒であるが、敵はそれを触媒に更なる呪いを扱う。
「ふうん? その有様で足止めなんて出来るのかなあ? 【スカーレット・ペイン】、あなたが居るのは私の領域なんだよ」
「がは――ぐっ! 毒、か……? だが、この土地の酸素など私は吸っていないはず」
「所詮人間の浅知恵だよ。密閉して、それができなくても空気を入れ続ければいいと思ってるんでしょう。中に入ってくるから毒を吸う、だから最初から別に空気を用意しておく。魔道人形は異空間にものがたくさん収納できるものね」
「そうだ。お前の一撃も鎧の外装を削ったのみ。私には一切触れていないはずなのに……! どこから、毒が入ったのだと言う?」
「それが甘いって言ってるの。遊星主の力は浸食の力、それは白金も同じことだけど、黄金は違うよ。そして、あなたの実力じゃ毒を打ち消すことなんてできない。炎の子なら焼き尽くせた、重力遣いなら桁違いの魔力で押し流せた。でも、あなたの”力が強くなる”だけの異能に対抗策なんてない」
「……げほっ。がはっ。ぐ――俺は、勝つと誓ったんだ……!」
ついにベディヴィアが倒れ伏す。伸ばされた左手は無意味に地面をかいて。
「あは。私はあなたが死ぬのをじっくり見せてもらおうかな。そしたら良い時間だろうし、あいつらが取り逃がした人間どもの相手をするのもいいかも。私なら領域外でもそれなりに活動できるし、この機を逃すのはよくないよねえ」
エルドリッジクイーンが適当な岩場に腰掛ける。もう終わったとでもいいたげな雰囲気。もう終わりだと舐め切っていた。
「……あ」
何も掴めずびくびくと動いていた手がついに止まり――
「さて、と。行きますかな。あれ? 負けてる仲間が居るよ。ううん、遊星主なのに負けるなんて、遊星主の面汚しだね。代わりに、倒した人間にとどめを差してこないと」
彼女は立ち上がった。
「――ギ。おおおおおおおお!」
ベディヴィアは満身の力を込めて立ち上がる。カラクリはやはりルナだ、異能が弱いのなら耐性も弱い。そこを補うための強化アイテムの一つは用意してある。
本来ならば『フェンリル』使用者に渡される麻薬を、黄金遣い専用に調合した。その名を『ラピス・ハイドログラム』。どうせ死ぬからと後遺症など考慮しないそれを、脊髄に注射する機能を使用した。
そして、エルドリッジクイーンは今はただ一人だ。つまり、その全ての核がそこにある。今を逃せば倒す手段などない。分裂したのならば、その全てを一息に殺す必要がある。一人だけどこかに隠す知恵を付けられたらもう終わりだ。だから、ここで倒す。
「え? なんで……」
彼女は戸惑う。そこに緊迫感はない。相手は格下な上に、倒されたところで復活できるのだ。それは順当な仕方のない”油断”である。
「決着を付ける!」
「付かないよ、あなた程度の力じゃ私は倒せない!」
ベディヴィアは4つの傘槍を投げて彼女を拘束する。だが、4つ同時に起爆させたところで核には届かない。ゆえに、決着の一撃は自らの手で撃つ必要がある。
対して、傘槍を砕きつつ受けて立つ構えのエルドリッジクイーン。
「皇月流【天啓】!」
「皇火流【威赫】!」
かかと落としと鉈の振り下ろしが交錯する。
「……ぐ。ぬおおおおおおお!」
「あは。あはあははははは!」
鬼のような形相でかかとを押し込むベディヴィア、そして一方で童女のような笑みで鉈を1mmでも押し込もうとするエルドリッジクイーン。
「くたばれ、死ね、殺す!」
「これは、ちょっと面白いな! 最期なのが残念、でも手は抜かないもん!」
つばぜり合い、だがこれを逃せばベディヴィアは本当に終わりだ。あの機能は命と引き換えのブースト、これが終われば副作用が来る。時間がない。
「「――」」
表情は正反対なれど、どちらもこの一瞬一瞬に全てを賭けている。負けるわけにはいかないと、全ての力を込めている。
「「――ッ!」」
その一瞬ごとが永遠に等しく感じられようと、時間は遅遅と進む。つばぜり合いがずっと続き……
「……あ。がはっ!」
ベディヴィアが血を吐く。それはタイムリミットだ。ルナにもらった奇跡、それが終了した。ゆえに、彼はここで死ぬ。
死に等しい副作用が来る前に、エルドリッジクイーンに殺される。
「さよなら、バイバイ。つまらないなんて言ってゴメンね。やっぱり楽しかったよ。ありがとう、剛腕の人!」
もはや何も抵抗のできなくなったベディヴィアに向かって、鉈が振り下ろされる。