第9話 無垢なる絶対者 side:新城
扉が開かれる。
その先にあったのは――目も疑うようなきらびやかな街角。
いや、たかが通路にあれだけの魔術式を刻み込む相手だ。どれほど豪勢でも不思議ではないかもしれない。それは何万人入るんだと疑問に思うほどの偉く立派な建築物だった。しかもそれは、貴族が使うような城ではなく等間隔に窓が並んでいる。
きらびやかな美というより機能性を追求した美。整然と並んだ様は、まるで神の国とも見間違う。
新城は一度王都に行ったことがある。普通、建築物というのは工場で大量生産されて現地で組み立てられるものだ。
逆に貴族は一点物の、よく言えば独特のものを用意する。でなければ、金がないと嘲笑われる。一目でハンドメイドと分かる一種”ぐねぐね”したものがステータスと考えられている。
飾り立てれば飾り立てるほどに上位とみなされるのだ。ゆえに結果として――新城からすれば悪趣味としか思えない城が数多く並ぶような光景が出来上がる。というか、あれはいかに金をかけるかの意地の張り合いだろう。結果がどうなろうとどうでもいいと思っているに違いない。あいつらは恥の概念など知っているようには思えない。
だが、ここは違う。完全に計画された街並みだ。それも――馬鹿げた金をかけて。
石を切り出すというのは通常しない。だが、これは光沢のあるどっしりとした石を組んでできている。これだけの重厚感というのは、それこそ最上級に位置する貴族の居城にしかありえない。
どれだけの金と時間があればそんなことができるのかと恐怖する。石そのものですら芸術品の領域だ。
ここは完全に整備されている。ゴミの一つどころか塵一つすら落ちていない。もはや整いすぎていて背筋が凍りそうになる。いや。
「そうか。人がいない」
感じた違和感はそれだった。塵も埃も存在すら許されないゴーストタウン。ここには人の香りがしない。妖精にでも化かされた気分だ。完全な街並みは、無人をもって完成するとでも言うのか。
「……?」
その言葉が聞こえたのか、大きい方がこちらを見た。何を考えているのかわからない。いや、顔に浮かんだのは疑問だろう。だが、何を疑問に思ったというのだろうか。
そして、興味を失ったのか何も言わずに前を向く。……背筋に冷たい汗が流れた。
何か無礼でも働いてしまったのか。そう考えて。本当に何をしてくるかわからない。そう、新城はその類を知らないが……というか、そもそもほとんどのものが公表されていないが、とんでもなく高価なマジックアイテムの中にはすさまじい効果を持つものもあると聞く。
というか、国宝の一つは平原一つを消し飛ばすというものだ。こいつは戦意高揚の意味もあって公表されているから知っている。
ここまでの財力を持つ相手なら、どんなマジックアイテムを持っていても不思議ではない。疑問がすとんと落ちた。
彼女たちの身体能力……それはマジックアイテムをいくつも持っているからなら納得がいく。新城にとってはそれはもはや魔法の品でしかないから。
そう――ここにもマジックアイテムが発動しているのだろう。暖かな光が満ちている。光源などどこにも見えないにもかかわらず、だ。
魔法をかけた球を柱につるして夜道に明かりをつけるのは一般に行われている。人間は夜目が利かないものだから、さびれた村にさえそれはある。
だが、ここにある”これ”は違う。……邪悪な存在を滅ぼすマジックアイテムか何かだろうか?
とことこと、しかし成人男性よりもはやい速度で歩いていく彼女たちが振り返った。同時に二人とも。完全に僕たちに興味を失っていた彼女でさえ。
「到着したぞ」
街並みに隠れていたからわからなかった。というか、ここは背の高い建物が多すぎてとかく見通しが悪すぎる。
横を見ると――とんでもない像がいくつも並んでいた。まるでマジックアイテムと見間違うかのような立派な像。というか、材質が何なのかわからない。一般に使われているものでも、そして魔法金属でもないことは確かだが。
そして、趣味がいい。貴族というのはまるで物置かと思うほどごちゃごちゃに庭に物を置く。財産こそ貴族たる価値で、そんな格言もあった気がするが、しかしそれは新城的には美しいようには思えない。一つ一つが埋もれてしまって、ただのごみ置き場だ。
しかし、これは一つ一つを鑑賞するのに十分な距離がとられている。すべての像が通路側を向いていて、計算されつくした角度でこちらを向いている。まるで生きているかのように見えるそれは、触れることすらためらわせる。というか、本当に噛みついてきたりしないだろうな?
「さて、プレイアデスよ。ルナ様は待っていると思うかね?」
こちらを放って話し始めた。
「……待つ?」
彼女は首をかしげたが――それを聞くこちらは気が気ではない。だって、何時間も待たせてしまったのだ。怒らせてしまっても文句はない。貴族ならばそのまま手討ちにするだろう。どんな理由があろうとも関係なく。
では、何をされるかというとこれは想像もつかない。もはや死刑を待つ囚人ですらなく……神の怒りに触れた人間が天罰を待つ気分だ。
前を行く二人は無造作に扉を開き、入っていく。そして、部下どもの視線が僕につきささる。先に行け、そういうことだろう。ああ、そうしなければいけないとも。わかっているさ。
緊張で砕けそうになる足を叱咤して歩く。
昔からそういうところがあった。僕はやりたくないからといって管をまく人間の気持ちがわからない。嫌なことはあるだろう。それを人に押し付けようと思うことも。
だが、やるしかないのにやらないのとなると皆目わからない。自分の気持ちというものがそんなに大切なのだろうか。
中間管理職的な立場になり、人の上に立ってもそれは変わらなかった。ただ理解できただけだ。人間とはそういうものなのだろうと。
だから足を動かせる。待ち受けるのは最悪だが、さらに悪化させる気はない。
「――は?」
誰も、いない。見ると、2人は階段を上がっていた。僕の緊張を返せ、と思う。別に彼女たちが主はすぐそこにいますと言われたわけではないが。
気を取り直して二階に上がった。始めに思ったのはでかいということ。一階には複数の部屋があった。だが、ここは一部屋のみ。
多数の窓が前後左右に備え付けられ、バカでかい吹き抜けまである。吹き抜けまで入れたら何階分の高さがあるのだろうか。
前には9人の影。……小さい。
「ようこそ。迎賓館へ。座るといい――人間とは疲れるものだろう?」
まるで自分は人間ではないとでも言いたげな口調。だが、まあ……それは端的な事実なのだろう。
思えば、全員が身に着けている漆黒の軍服はアーティファクトと思しい。大量生産されたなどとは寡聞にして聞いたことがないが、彼女たちにとっては造作もないことなのだろう。
そして、実際にそれは間違っていない見解であった。
ルナにとっては種別:服、装備の数ある一つに過ぎない。まあ簡単に言えば鎧であるが、魔法で構成されるそれは大体衣服の形をとる。
防御力1に魔法で3を足すのは意義があるが、1万を足すのに1は単なる誤差だ。であれば、重くて動きづらい金属で作る理由はどこにもない。
つまるところ、新城にとっては見たこともない高級装備であることは間違いない。
「歓迎、ありがたく受け取らせてほしい。僕は新城鋼という」
「僕はルナだよ。さて、君たちは何の用でここに来たのかな」
前にいるのは11人。他の人間がいるはずとは思うが、それはしょせん僕たちの常識でしかない。事実がどうだったとしても不思議はない。
このバカでかい城を運営するのだ……いったい何人必要になるのやら。
「僕たちの任務は調査だ。――です。突如現れた立方体のことを調べろと命令を受けています」
「へぇ。で、そっちの方が割合きれいな服を着てるようだけど、どっちが上?」
びくり、と震えた。幸い、馬鹿な上官は目を覚ましていない。
不興を買う前に僕がすべて終わらせようと思っていた。だが、これを話をさせられるよう求められたらそれはとても”まずい”ことだ。
どんな発言が飛び出してくるものやら知れたものではない。そして、殴って止めることもできないのだ。
「まあいいや。で、どうやって調べるつもりだったの? 君たちにこれを調べることはできないと思うんだけど。……もちろん、高度としての意味合いでね。僕たちがどうとかはこの際、気にしなくていいよ」
牽制された。いや、牽制されたのか? というか、本心が分かりづらい。
容姿通りの無垢な娘なのか。それとも、全てが計算づくなのか。余裕そうな態度は何も知らないから、とも絶対者たる余裕ともとれる。
「……僕たちはただ調べてくるよう言われただけです。手段としては、上を見上げる以外にありませんが」
正直に言う。それしかない。
「ふぅん」
冷たく見下ろされる。何を考えているのかわからない。値踏みされている? それとも、興味を失ったか。本当にまずいのは、何か。何がいけないのかわからない。
「で――」
ルナがそう言いかけたとき、それが起こった。影が差した。明かりが消えた。そもそも光源なんてなかった。状況が理解できない。いや――仕掛けてきたのか。向こうが!?
なぜ!?
そんな必要などなかったし、そんな雰囲気でもなかった。飽きた? 遊び終えた虫を潰すみたいに僕たちを殺そうと思ったか。
つまりは選択肢を間違った。なんとしても興味をもたせるような言動を選ぶべきだった。飽きられれば開放してもらえると少しでも期待したのがすべての間違いか!?
ガツン、と音がした。
発生源はルナ。足を踏み下ろした。それだけで影を払った……のか。どういう――何の意図が。
「……が……は!」
気配が、押しつぶされそうになるほどの巨大な気配が降ってきた。いや、生まれた。目の前の彼女たち。最大限までその気配を抑えていたということか。
新城さんはちょっとイカれてるだけの苦労人さんです。




