第85話 ファーファとアリス
ファーフレル・オーガスト、彼女は元々使い捨てにされるだけの存在だった。『フェンリル』による自爆特攻作戦を実施するためのパーツ、それを作る生産工場が彼女の居た孤児院だった。
更にその孤児院は『シザース』を生み出す人体実験の場でもある。適合すれば無数のそれらの集合意識の一部となり、適合できなければ改造の後遺症で数年の寿命と言う定めだ。死が決定されているからこそ特攻作戦に流用される、時代はエコという訳だ。
だが、使い捨てられるはずの任務地にたどり着いた時には敵は戦姫の手によって撃墜されていた。そして、妹とか頭のおかしいことを言い出したアルトリアに引き取られていった。
――その結果として、ここに居る。もともとは彼女は遊星主との決戦には不足とアームズフォートを守る役になるはずだった。しかし人員が足りないキャメロット、アリスが支援するなどと言い出した結果そこに収まった。
ファーファでは奪った『黄金』を身に着けようと、遊星主に対抗することなど出来はしない。能力が割れ、地力の低い人型は他に比べて明らかに脅威度は下……それであっても3秒持つかどうかと言ったところだろう。遊星主とは本来そういうものだ。
「……人の世に幸福あれ、『エイジス・オブ・ギャラルホルン』」
そのトリガーワードは、元の持ち主と同じだった。魔導人形を支配しているのであれば、その言葉は変えられる。そして、その力を取り込むほどの実力者であれば銘すらも変える。
所詮、王様とファーファに実力の差はそれほどないのだ。そんな程度が、ルナが居なかった本来の人類の戦力である。
「くはは、可愛い嬢ちゃんじゃねえか。それでこの冥界煙鏡を倒せるつもりかいや?」
やはり人を食った笑みをした冥界煙鏡。着流しに、キセルの煙を吐いている。だが、その余裕そうな顔の裏、眼光は鋭く彼女の背後を射貫いている。
……破壊神、ルナの眷属が裏に着いていることが分かっている。ファーファはともかく、そちらは油断がならないと警戒している。
「舐めないで! ファーファだって、戦士だもん! 【ギャラルホルン・マーダーアート】!」
その角笛を吹く。空気が変わる、凄まじいまでの魔力密度が虚空から湧き出てくる。ギャラルホルンは言うなれば指揮官機。元々は『白金』による恩恵をより効率的に利用するための異能である。それは一度戦闘に用いれば、不可視の斬撃くらいしか出来なかった。
民主国が最も国力が高かったのは何のことはない。その力があればこそ、他の黄金や宝玉を開発できた。量産機も、他の国で作るのとは効率が違う。むしろ国力発展のためにある異能で、戦いには向いていない。
けれど、今のファーファが力を借りるのは白金ではなくアリス・アーカイブスその”神”である。
「力を貸して、アリスちゃん! 漆黒より誘われし不定形の粘菌よ、おいで【やみ】」
アリス・アーカイブスが使うのはぬいぐるみ。だが、それはただのぬいぐるみではない。幼女にトラウマを植え付けるような痛ましい姿をした狂気の人形だ。
ぐずぐずと崩れつつ輪郭を壊し、増え、病原菌のごとく広がる漆黒。布じみた質感が現実感を喪失させ、恐怖を与える。それは病毒そのもの、遊星主と言えど触れれば死ぬ。
「っち! こりゃあ、やばいのう。触れる訳にゃあいかんて【デス・アルテマ】」
超高密度質量をぶつけて消滅させた。アルトリアとの戦いで見せた必殺技である。そう、終末少女の力はすさまじい。アリス、それとミラは人間への関心が薄いため手加減する気も薄い。
ゆえに、遊星主としては全力を振り絞らなければ相手をするのも難しい。彼女たちを相手にしたければ、出し惜しみをしないのは前提条件だ。
「――まだだよ! 次は、おうまさん! おいで【ゆにこーん】!」
爆砕された不定形の粘体は霧散するが、角笛の音とともに新しいモンスターが生まれる。それはタコの足をもつ一角獣。
その吸盤のついた多足は、上半身の馬には何も噛み合わない。そのアンバランスさで頭がおかしくなりそうだ。異常なセンス、だが遊星主にそれがどうのを考える時間などない。
「この! 調子に乗るな! 見てみいや、【デス・アルテマ】ァ!」
反転した一角獣は、ファーファを背に乗せない。超高速で飛び回り、タコの足でぐちゃぐちゃに蹴りつぶそうと狙うユニコーン。
遊星主はかかんに必殺技でもって立ち向かう。牽制では何も効かない、全力でもって抗わねば。
「そんものじゃ、ゆにこーんは倒せないもん!」
「……いいや、そっちは見せ札や。急所を刺せば殺せる、元はと言えばあんさんらがやってたことや」
そちらの攻撃を隠れ蓑に、ユニコーンの背後を取り首を刈る。遊星主とて悠久の時を人類絶滅だけを目指して生きてきた。そして、人型はただ力だけでは人類を絶滅できないから生まれてきた。ならば、意地は見せなければならない。
「いまだよ! やっちゃえ!」
「……ッ!? が――ッ!」
一角獣の首が落ちたまま、タコの足が遊星主に絡みついた。そして、間髪入れずにべきべきと捻り潰しつつ、吸盤が血肉を啜る。
「あはっ! これでファーファの勝……ち……?」
「ひゃは……! 一つ、大きな学びがあるとすれば……!」
冥界煙鏡が強引に自らの身体を引きちぎって拘束から脱出する。残したのは首とキセルを握る左腕。その状態で飛び、ファーファに一撃を与える。
「きゃあああああっ!」
技名もない一撃、キャメロットの面々は問題にしないがファーファは油断すれば死にかねない。今回は幸い装甲に大きな罅が入って打撲した程度で済んだ。
だが、他の騎士たちのように腕を生やしたりできない彼女では途端に戦闘力がガタ落ちする。天秤は傾いた。
「やっぱり本人の方は弱っちいのう! さっさとくたばりゃあ! シィアアア!」
そして、キセルで首を狙う。身体を再生しているような時間はない。さっさと殺さなければ、破壊神の眷属が手を出してくる。
……ここで、殺さなくては。崖っぷちは何もファーファだけではない。
「……あ」
一方でファーファはどこまでも騎士に相応しくない。騎士ならば、ここでせめて相討ちを狙うくらいの覚悟と力量がある。ファーファはそこまで出来ないし、揺れる機体を制御する技量すらもない。
だが、全てを無意味にする無慈悲な宣告が下される。
〈ファーファを、きずつけないで〉
ぽつりと呟かれたその言葉ははるか遠くからの言葉。アームズフォートに居るアリスの言葉だ。
落ちたゆにこーんの首から新しい身体が生える。下半身の方は塵と消えた。それは、先よりもよほど凶悪な化け物。発散する魔力の量と密度が違う。
力を借りるか、本人が操るかの違いである。
「眷属か……!?」
あと1mmで首に手が届く、その瞬間に腕を噛み砕かれた。どこかに落ちていたはずのユニコーンが、わずか一瞬でそこまで来た。
先はこれほど速くなかった。そして、噛み砕かれたとしても再生の兆しはあった。だが、今砕かれた腕の再生は無理だと悟る。
「っが! ああああああ!」
ならば、逆の腕を再生、なおもファーファの首を狙おうとして。
「ぎィィィ!」
足の一本が彼の頭蓋を砕く。それは神の力、遊星主ごときの再生など許しはしない。ただあくまで狙いをそらさず、腕の一本だけになろうとその意思を反映させて。
その吸盤に全てが吸い取られた。……それでも、この地であれば1時間もすれば復活する。絶対の破壊の力を持つのはルナのワールドブレイカーただ一つゆえに。だが、これで。
「勝った……の?」
ファーファが首を傾げる。何が何やら分からないうちにユニコーンが全てを片付けてしまった形だ。
「やったあ! 勝ったあ!」
それでも役目は果たしたのだと悟り、飛び跳ねて喜んだ。