第84話 終末少女
プレイアデス・アーカイブス。彼女は厨二的な言動を好み、言動には常に過多な装飾が施されているために何言ってるのか分からない人物である。それを曲がりなりにも理解できるのはルナだけだ。
そんな有様だから、人間と交流していない。仲の良くなった人間のことを聞こうにも、誰の名前も憶えちゃいないだろう。
――だが、それでも彼女は人間のことが好きだった。
プレイアデスは星雲の名前、そのモデルは星喰いである。生まれながらの上位者にして、自然の摂理として作られた終末少女。その背景に人を好むような要素はない。
だから、これこそ奇跡と呼ぶに相応しい。
夜の息遣い、しんと静まり返った中で耳をすませば様々な音が聞こえてくる。それは、奇械の不快な歯車音でもなければ鉄のこすれる音ではない。人の奏でる生きている音が好きなどと、それは星喰いの性質ではないだろう。
「夜の星々の瞬き、だがそれはただ輝いているだけだ。ただ環境に依存し姿を変えるのみであれば、ただの点滅と同じ。そこに意思が宿るはずもない」
プレイアデスは魔導人形を纏い、誰よりも高い場所にふわりと浮かんでいる。だが、敵であるはずの冥界喰狼を見ることはない。そんなものを見る価値もないと言葉もなく主張している。
舐められたと、狼面の遊星主は憤怒を現わした。
「破壊神、全てを無に帰す掃除屋か。その使い走りが偉そうに。……貴様ごとき、我が牙で噛み砕いてくれる!」
【冥界喰狼ケルベロス・レゾン】、それはサイバネティクスで出来上がった機械人狼だ。鋼で出来た爪は鋭く、鈍く光る牙は赤熱化している。
それは恐らくモンスター・トループで言う『ギア』の構想、その行きつく果てと言ったところだろう。
何よりも早く走り、あらゆるものを切り裂く爪を持ち、そして牙は傷口を焼き潰し再生を許さない。ただの火傷なら再生できても、そういった形で呪いを現わしている。れっきとした遊星主の武器だ。
「貴様は違うな。魔物に意思などない、世界を冒す病に未来へ繋がる輝きはありえない。それはただ終わるのみなのだ……消えろ舞台装置。屍を晒すがいい【スターフォール】」
その口調は、見たくもないほどの忌々しさを隠しもしない。基本的に魔物の系譜……奇械もその一枝なのだが、終末少女はそれを倒すための存在だ。
終末少女であるからには、敵意以外の感情は持ちえない。ルナもそこは変わらない、利用するだけしても彼らを助けることは絶対にない。いくら仕様外の感情を持っても、その基本設計は覆らない。
流れ星の一筋が機械狼を砕いた。
「……っが! ぐ、おおおおおおお!」
それをまともに受けては、ただの一発でさえ死を免れない。いくら復活できるのだと言っても、一瞬で倒されれば意味はない。蘇生には1時間もかかるのだ。
核だけは守ると、心臓をえぐり取って投げた。崩壊の余波が残った身体を粉砕した。
「不愉快だな。我が一撃にてその命を散らせと言ったはず」
プレイアデスがそいつを見た。今の彼女はルナとは関係なく、自ら”選んで”ここに居る。ゆえ、リミッターなどかかっていない。
相手と同レベルまで落としていないのだ。これは酷い絶望だろう、終末少女とやり合いたければ終わっていない世界の魔物では力不足だ。本気でやれば大陸ごと沈むために威力に制限がかかるのが救いだが、それは勝利のファクターになるほど希望的ではない。
「ふざけるな! なんだ、この馬鹿げた力は!? 我らは暗黒と瘴気の根源より生まれし分け御霊、この世界で生まれた奇械などとは違う高等存在なのだ! その我らを赤子扱いなど、あるか! 【ブラッディ・ロアー】!」
口から衝撃波を放つ。もちろん、遊星主のそれは人間の兵器とは規模も威力も桁が違う。アームズフォートすらも文字通りに粉々に砕けるほどの威力を打ち放った。
「蝉か? 妙に苛立つ音だな」
だが、まともに受けたはずのプレイアデスは苛だししげに睨みつけるのみ。それは――そう、わめく蝉に耳を抑えて樹上のそれを睨むような反応だ。
まったく、何一つ効果がない。
「これで貴様を倒せるなどと思っていない! 貴様を倒すには、究極では程遠いのだと理解した! 今の一撃、かの人類の至宝『白金』でさえ対策なしで受ければ流血は免れないと言うのにな。だが、拡散で駄目ならば収束させるだけのこと! 我が爪の一撃を喰らうがいい【ダークネスクロー】!」
黒い爪が閃き、プレイアデスを追い落とす。衝撃波を囮に背後に回り込んで最大の一撃を見舞う……戦術としてはありきたりだが、それは間違いがないと言うことだ。
まんまと後ろを取ることに成功し、爪が当たる。その一瞬前。
「触れるな、塵」
その錫杖で腕ごと爪を叩く。それは脅威とみなすからではなく、言葉の通りに汚いものが飛んできたから打ち払っただけの反応。
「っが! ギアアアア!」
完全に腕を砕かれた人狼はうめき声を漏らす。だが、退きはしない。そもそも奇械が痛みを感じるのでさえ異常なのだが……そこは終末少女、不思議はない。
彼らは人類文明を終わらせるに足る災害だが、終末少女は生命が終わったあとの世界を闊歩する存在。文字通りに次元が違う。レベルが違うのだ、勝負の土台に上がれていない。
「これさえ効かぬと言うのか! だが、最強の爪が通じぬならば最大の威力で応じるまで。我が牙に砕けぬものはない! その首をもらい受けるぞ。【クリムゾンファング】!」
だが、人狼は諦めない。終末少女は己達を終わらせる存在だ。ゆえに許さぬ、何があろうと殺して見せる。
この世界を支配するのは我々だと、その傲慢を通すために爪先の一片までも全てを使い尽くすのだ。
「下らない」
吐き捨てた。ゴミクズを見るような目で人狼を見る。その牙を受け入れた。赤熱化した牙が、プレイアデスの首元に迫り噛みついた。
「っが……びゃ!」
結果、牙が粉々に砕けた。格が違うとは、そういうことなのだ。人狼ではプレイアデスには敵わない。それが、無慈悲な世界の真理。
不可能を可能とする英雄を鑑賞するのが好きなルナでさえ、それはない。彼女は1段か2段下がジャイアントキリングするのが好きだ。少なくとも10段は上回るような敵に勝つなど、夢物語ですらない妄想だろうが。
遊星主と終末少女の戦いとはそういうものである。
「満足したか? では、消し飛ぶがいい」
なくなった腕で牙を確かめようとしているのか、それとも単に痛みにあがいているのか。奇妙な動きをする人狼。その頭を錫杖に引っ掛け、そのまま上に投げた。
「星々は流れ、しかして流転し再生する。だが、その時、彼は新しい世界を見るだろう。無常を見よ。【シューティングスター】」
流れ星、一つ。だが、それは地上に落ちれば文明をも終わらせる。ありえないことであるが、暗黒島に落ちれば全てが終わる流星である。
奇械帝国は塵と変わり、しかしその瘴気の塵が世界を覆って人類文明を終わらせるだろう。その流星は地上に落ちる寸前に霞と消えた。
「夜は優しく、しかし冷たい。試練を耐える気概無くして運命は微笑まない。人よ、生きあがいて見せよ」
プレイアデスは彼方を見やる。まだ戦いは続いていた。
そして、コロナ・アーカイブス。彼女は”戦いは互角でなければ面白くない”というルナの思想を色濃く引き継いでいる。
まあ、そこは現実をゲームと混同していると言われても仕方ない。だって、それはス〇ブラならアイテム無し終点でなければならないとかいうゲーマー脳と同じだ。同じ条件で勝負する……だが、未来を賭けるのなら、卑怯でも有利な条件で危なげなく勝つべきだ。
コロナは互角の条件で人に負けた。最大効率でもって弱者を虐殺する月読流、しかしステータスが互角ならば敗北する理由になる。ゲームで言うならば、最強のCPUに人間が勝っただけのことだ。そのCPUはボタンの反応速度を上回るチートだのは使わないし。
そんなわけで、コロナは純粋に人を尊敬している唯一の終末少女だ。ゆえに、終末少女の中では例外的に人間に好意的に接する存在である。
「我が名はコロナ・アーカイブス、いざ尋常に勝負願おうか」
「……【殺塵亡剣ダインスレイフ】。貴様を殺す」
コロナが地上で立っている。うまい人間は地上でも上手だ、コロナはそれを真似している。くいくい、と手を動かして挑発した。無論、殺塵亡剣が逃げるわけがなく地上に降り立つ。
殺塵亡剣、それは狂気の殺戮人形。ブン、と単眼に灯りがともる。メカニカルな赤いアームが、長大な剣を構えた。機械と一目でわかっても、人の姿をしているのは間違いがない。だが、それも人間を殺すために最適な姿を取ったに過ぎないのだ。竜ではできない、人の殺し方を実践するために。
「では、行くぞ!」
「……来い」
両者、地を走り人間のように距離を詰め……魔導人形に備えられた爪と、紅い線が幾重にも走った剣がぶつかり合う。
そして、6合を数えた後につばぜり合った。
「これで終わりだと思うか? 月読流【合掌】」
「否。我にはここからの技がある、【マーダーズ・サイン】」
爪の一撃からの切り替わり、一瞬で膝と肘で剣を挟み、折る。だが、剣から離れて脈動する紅い線に止められた。いや、それだけではない。その紅い線は全てを壊す殺意のラインだ。
「ッチ! やるな。だが、月読流【戦槌】」
かかと落としが決まる、相手の額にヒビが入る。その瞬間に後ろに逃れる。ふるふると傷を受けた部分を振ると、治っていく。だが、たかが爪に入った亀裂を治すのに5秒もかかった。
強力な異能によって受けた傷は容易には治らない。それがこの位階での戦いだ。そう、コロナは人間にもっとも好意的だが、縛りプレイを好む性質だ。ここで終末少女の力を全開で使いはしない。
「……我の性能も悪くはない。終わった世界を破壊する神――貴様たちを倒し、我らは終わった世界に永遠に君臨する……そのために」
殺塵亡剣が怪しく笑う。遊星主はアーカイブスの正体に気付いている。それが、自分たちにとっての終焉。滅びの神であると。
対してコロナは能天気に笑っている。黙っていれば可憐な美少女、しかし一度口を開けば喧嘩屋の不良少女だ。
「はは、お前との戦いも面白いな! とある山で、延々と木の葉を打ち貫いた修行を思い出す!」
「一緒にするな……! 我は、死神にすらまかりなろう」
「ならば、我が心臓を貫いて見せるがいい!」
「――言われず、とも!」
二人、やはり走って相対する。
「月読流【桜花】」
「【ブラッディ・レイジ】!」
「やるな! だが、これはどうだ!? 月読流……【鳳閃花】」
「テメエこそ! だが、そろそろ腕の一本も貰う……【フェイク・クリムゾン】!」
「は! そう簡単にやらせるはずがあるかよ! 月読流……【桜吹雪】!」
「しぶと……い! が、押してるのはこちらだ【レッド・カーペット】!」
「っち! だが、この程度の傷ならまだ動けるぞ月読流……【蓮華】!」
「このまま――殺す!【グリーン・ディ】」
「くは! 腕が落ちたぞ、殺されるのはどちらかな? 月読流……【千刀鳳閃花】」
「おのれ! だが、まだだ! 我は、まだ機能を停止していない。【マーダーズ・サイン】」
「くひ。ふははははは、我が心臓を貫くか!? だが、それでは死なんぞ。そして、貴様の技は種切れか? 月読流……【百花繚乱】」
「十分、だ。貴様を殺す。我は、殺す側である! 【グリーン・ディ】ィィィ!」
両者、人間であればとうに死んでいるはずの負傷を負いつつも、その戦いは激しさを増す。爪と紅線が乱舞し、血霞が舞った。
「激昂するなよ。冷静であることが人の力で、熱量こそが英雄の証だろう。貴様のそれは、ただの隙に他ならん、月読流奥義……【風迅閃】」
そして、そよぐ風の様に一瞬で殺塵亡剣の首が落ちた。
「はは。お前は強かったが、所詮は魔物だな。……けっこう楽しかったから、ルナ様に似たようなものを作ってもらうか」
笑みを浮かべつつ、空を見上げる。やはりコロナも終末少女、CPU戦と同じ感慨しか抱かない。魔物とは、決して心が通じることはない。それゆえの終末少女である。
そして、ミラ。
「うむ……お前は。あー、なんだろうな。わざわざ汚いものに触れるとは、プレイアデスもコロナも気が知れないな」
真理哲学、それは幾重にも包帯を巻かれたミイラの姿をしていた。はたから見ればいずれ朽ち果てるミイラでしかないのだが、この段において見た目で脅威度が小さくなるなどありえない。遊星主に相応しいだけの実力はもっていた。
けれどミラは終末少女だ。魔物に対して抱く好感などない、そして手加減する理由もなければこの戦いを面白がる由縁もない。
触れるのも嫌だと言わんばかりに、空気ごと蹴りつけて終わりだ。その靴の足裏すら、敵の一片にも触れてはいない。
「だが、うむ。これをなすりつけられるのを想像すると……おおお、興奮してきた」
くねくねと身震いする。
とはいえ、”それ”には一切触れていない。まあ、それが性癖と言うものだ。何が、ではなく”誰が”が重要なのだ。
何かの偶然で死体の残骸が服につくのは気持ちが悪いが、大切な仲間にそれをされると興奮してしまう。もちろん、自分でそれをすることに興味はない。
ルナを初めとして感情持ちの終末少女にとっては苦労するが、しかし誰一人として矯正しようとも思っていないのだから暴走は止まらない。
「コロナは何か黄昏てるな、あいつはやめておこう。おやおや、プレイアデスが暇そうにしているぞ。かまってもらおう!」
飛び出した、おそらくはプレイアデスにとっては災難なことに。