100万PV記念② テニヌ
※最終決戦後の話になります。決戦前は遊んでいる暇も寝ている暇もありませんので。
アルトリアは感心するような、呆れるようなしぐさで周りを見た。
「やはり、お前の異能はあまりにも都合が良すぎるな。なんだ、これは? 私たちは慰安旅行とは名ばかりの見捨てられた地に飛ばされてきたと記憶しているのだがな」
飛行船で降ろされた先には家だった残骸があるばかりで、他には何もなかった。ともに来ていたベディヴィアは掃除しに行ったのだが。
そっちはそっちでそのままに、新しい建物が出現した。その体育館は何十年もそこにあるような威厳に溢れていたが、今この瞬間にアルカナが作ったものである。
「あっはっは。まあ、僕らには政治力が欠けてるわけだからねえ。まあ武力だけではどうしようもないという好例だが、こんな追放もどきで満足してくれるなら安いものだね」
ルナはケタケタと笑っている。ルナは暴力によって世界を手に入れたに等しい。特に民主国など、彼女に敵対したばかりに滅んでいる。直接的な原因は、国を滅ぼしてもアルトリアを倒そうとした国王なのだが……まあ、そこは得をした者が元凶として恨まれるのが世の常だろう。
彼女たちには敵が売るほど居て、からめ手を使う者も出てくる。ゆえにこうして人里から追放された。
「……いや、監視の手がこちらに割かれている間にシャルロットを動かすのはいいがな。ルナ、お前はただ仕事を放って遊びたいだけだろ?」
まあ、ルナは遊ぶ口実が手に入ったと喜んでいるのだが。
「ふふん。僕の仕事は奪われてしまったからね、仕方なくだよ。譲歩はしておかないと、向こうも息が吐けないだろうから。たかだか300km程度で心を平穏が稼げるのだから安いものじゃないか」
「教国、王国は屋台骨から立て直す必要がある。……夜明け団の干渉をできるだけ排除した形で、今の国家体制をできるだけ維持したいのだろうな。しかし、まあ軍がなくなった以上は贅沢を言える状況ではない。一歩間違えば民が反乱を起こして打ち首だ」
「そっちは放っておけばいいよ。なるようになるさ。人間、因果は巡るもの。何をしてきたかが未来を決める……もう僕らが世界を回す必要はない。それは若い者らに任せればいい」
「そうだな、世界は救った。後をどうするかは、平和に生きる者達が考えなければならないことだ」
見方によって傲慢と捉えられかねない言葉である。しかし、”本当に世界を救ってしまった”のだから……これはその傲慢さに見合ってしまっている。
最終作戦は成功したのだ。ゆえに遊星主はもういない、新しい遊星主に類する存在が生まれるのは100年以上の時を有するだろう。
「だから、遊ぼう? なに、文句を言う奴は聞き流せばいいのさ。もう僕らは人生の最大の仕事を終えてるんだから」
「……まあ、な。ふむ、では聞くが、アルカナ。これはどういった場所だ?」
ルナは扉は開けてアルトリア、更にファーファ、アリス、アルカナ、ミラ、コロナ、プレイアデスを伴って中に入った。中にはテニスコートが見える。
最後尾のプレイアデスが中に入ると同時に扉は一人で閉まった。
「お主、知らぬのか? 普通にテニスだぞ。テレビでも映っておったぞ、ナントカ選手権とやらがあるのだからポピュラーな競技であろうが」
「テニス。……テニス、聞いたことがある。確か、ボールを蹴るのだったか?」
「それはサッカーであるな。妾達以上にお前は世間を知らぬな、お姫様よ」
「姫と言うより武者だよ、私は。テレビなど見ない。最近は鍛錬するなと止められて、ファーファと一緒にアニマルビデオだのを見ているが」
アルトリアはその道具を見て怪訝な顔をしている。よく分からない、というのが本音だろう。彼女はルナ以上に浮世離れしているから。
「……アルカナ」
出し抜けにルナがパチリと指を鳴らした。
「は」
そしてアルカナはどこから取り出したのか子供用のテニスウェア一式を差し出した。ちなみにほのかに温かい、どこにしまっていたのやら。
「アルカナ、僕の分だけじゃ意味ないでしょ」
「うむ。まあ、各自の分もあるな」
ルナにならって指を鳴らすと各自の上にテニスウェアが落ちてくる。そして、いつのまにか出現していたベンチの横にはずらりとラケットとテニスボールが置いてある。
「ベディヴィアには悪いが男子禁制だ、そのまま掃除していてもらおうか」
「あいつが聞いたら怒るぞ。ま、いいか」
アルトリアがラケットを手に取りガットに指をかけ、ぎしぎしと歪ませる。少し不満げな顔をした。彼女には見分けがつかないがこれは最高級品である。……値段が安ければ耐久性は犠牲になるものだから、それを用意した。
「やわいな。こんなもので戦うのか?」
それでも、アルトリアにとっては全力で振り抜けば壊れる玩具であった。
「魔導人形を使う競技ではないからね。ラケットは1人10本用意してある」
ルナは楽し気に笑っている。ルナとて、こんな玩具など振り抜いて壊すも握りつぶすもやりたい放題。まあ、壊さないように扱うのがゲームだが。
「で、その何だ、網で区切られた線の中で戦うのか。アルカナが用意したのなら床を踏み抜く心配はなさそうだが。……ルールは?」
「相手のコート内にボールを入れる。そしてホームランしても取れなくても失点だ。4本先取を6ゲームで1セット分、2セット先取で勝利だよ」
「了解した。で、どう組み分ける?」
「妾は審判で良い。ルナちゃんはアルトリアと戦いたいじゃろ? コロナ、プレイアデス、ミラはそっちのコートで、アリスとファーファは後ろの方で遊んでおれ」
「うむ、行くぞプレイアデス」
「ああ、だが私にお前で勝てるかな?」
コロナとプレイアデスが連れだって向こうのコートに行く。二人には不敵な笑みが浮かんでいる。お前には負けんぞ、とどうやら似た者同士らしい。
「……無視か。うむ、見下げ果てる視線が追加してくれると更に嬉しいな」
ミラはミラでいつも道理である。咎められないことをいいことにやりたい放題だ。
「じゃあ、アリスちゃん。あっち行こ! お姉ちゃんが遊んであげる」
「ん、分かった」
ファーファがアリスの手を握って駆け出した。それぞれ別れて遊び始める。
ルナとアルトリアは和気あいあいとした雰囲気だが、互いに負けん気は強い。ウォームアップが終わればすぐに本気を出す。
「さて、じゃあまずは小手調べと行こうかな」
しかし、忘れてはならないのがルナは幼女であることだ。背が低いせいで、ただ立った状態でボールを打ってもネットに当たる。だから、ボールを高く上げてジャンプして撃ち放つ。
……テニスウェアはミニスカートである。短いそれがジャンプしたせいでめくれ上がり、アルカナが凝視するのだが、アルトリアはそのアルカナに殺気を向ける。
爆竹と間違うような音が響いた。
「――なるほど、人の眼には中々に捉えきれん。だが、これくらいならば」
普通ならコートが抉れるレベルの威力は、アルカナの作った床により威力をそのままに跳ねる。アルトリアは車並みのスピードで追い付き、迎え撃った。
「アウトだ」
ルナは冷静に球の行く先を見る。また爆竹のような音が響き、そのボールは壁に突き刺さる。
「15対0、ルナちゃん先取じゃな」
「わあい!」
ルナが童女のようにぴょんぴょん跳ねて、そのたびにスカートが捲れ上がった。
「……なるほど。少し、試すか」
アルカナはもう隠すのをやめてルナしか見ていない。だが、アルトリアも一時それを忘れてゲームにのめり込む。
さあ来いと言わんばかりにラケットを構えて見せた。
「ふふん、どんどん行くよ」
ルナが撃つ。返球、コートアウト。ルナが撃つ。返球、コートアウト。ルナが撃つ。返球、入った、だが……ルナがコート近くまで移動している、逆サイドに返して1ゲームを奪った。
「ルナちゃん、1ー0。くふふ、さすがの戦姫様も専門外だと弱いな」
ルナのスカートと時折ちらりと見える胸元にしか興味のないアルカナが煽るようなことを言った。
「言ってろ。大体理解してきた、そして次は私がボールを打つ番だ」
「あは。でも、コート内にボールが入るかな?」
「入れると……も!」
撃つ。アルトリアは長身だ、大ジャンプなどしなくとも高所から撃てる。ルナはどれだけでもジャンプできるのだが、大きくジャンプすると足が地に着くまで移動できなくなる弱点がある。
「あは、入った! でも、返しやすいよ!」
ルナは危なげなくその球を低空にて返球、リターンエースを奪った。
「ふむ、中に入れるのに必死で次がおろそかになったな。では、返せない弾を撃つまでだ」
ボールを高く高く投げ上げた、アルトリアは二の矢要らずの一撃必殺を狙う。ボールはコートの中に突き刺さり、弾けた。
「これはルナちゃんの得点じゃな。地に着いた時点で弾け飛んだぞ」
「……ぐ。中々に壊れやすいな、人の使う玩具は」
化け物のようなことを言った。
「ま、ボールは壊すだろうと思ってたくさん用意してあるぞ。気兼ねなく壊すと良い」
アルトリアへボールが飛ばされる。ちなみに、ここまでアルカナは審判席から離れていないし、なんならアルトリアもボールの行方もチラリとも見ていない。ずっとずっとルナのことを凝視していた。
そして、ルナもアルカナに向かってサービスショットを提供している。チラリと見えるスカートの中身も覗く胸も、全て自分が可愛いと思ってやっていることだ。男子禁制なのはこのためだった。
「力任せは無理か。ならば、鍵となるのは……回転か」
「ふふん、それに気付いたところでうまく行くかな」
「なに、最後に勝利すればそれでいい。2ゲーム程度は必要経費だ」
「あは、おいで?」
凄まじい音が響き、ルナのコートに弾が打ち込まれる。そして、ルナが返し、アルトリアが返し――ラリーが続いていく。
「へえ、一度コツを掴んでしまえば……か。お姉ちゃんもやるね」
「当然だ、この程度ができなくては人類最強など名乗れんさ!」
右へ左へ。しかし、ものを言うのは身長差。というより、ルナの身長が低すぎる。大人用に作られたコートでは、スマッシュを撃つためにジャンプするとそれを返された時にはまだ空中に居るのだ。
そして、余りある膂力でボールを破裂させ、ラケットを壊しつつ……ついに1ゲームが終わってしまう。
「……アルトリア6-4。貴様の1セット先取じゃな。……ケッ」
「ふふん、悪いな。私が勝ってしまって」
「まだまだお姉ちゃんが勝ったわけじゃないもん。それに、お姉ちゃんはもう7本もラケット壊したでしょ」
アルトリアは得意げにするが、ルナは不機嫌そうだ。だから無駄にパンチラもせず、アルカナはアルトリアに悪態をついている。
「……残り3本、3セット目はないか。やってくれたな、ルナ。だが、勝つのは私だ。2ゲーム目も私がもらえば勝利に変わりない」
「勝つのは僕だよ」
互いにラケットを構え、2セット目が始まる。
そして、コロナとプレイアデス。
「……破!」
コロナは完全にパワープレイだ。とりあえずコート内に入るように回転をかけ、あとは小賢しいことなど知らん。全力で球をコート内に叩き込むまで。
戦略だの小手先など知ったことではないとばかりにラケットがうなりを上げる。すぐにラケットを9本壊してしまったから、アルカナに頼んで強度を上げてもらう始末だった。
「お前は脳筋、だから負ける」
プレイアデスはルナ以上に身長が低いが、小技大技なんでもござれだ。ボールに超回転をかけて自陣に戻ってくる球、跳ねない球。
いくらラケットが脆いとはいえ、コロナはまったく対応できていない。
「ふん、生き様を貫く様はルナ様も認めておる。私はこのやり方を貫き通すまで!」
「輝く太陽。だが、手中にせんとはよほどの愚か者か、それとも勇者か。しかし、勇気を志すのであれば、茨の道と知るがいい」
コロナが凄まじいパワーで打ち込むが、プレイアデスは鋭い一撃を返す。何回か返せば打ちやすい球が来る。その時を狙って超回転をかけてやればコロナは取れない。
「――ぬおおおお!」
叫んだ一撃は強力、コートに打ち込まれる……だが、プレイアデスは先に動いている。これに超回転をかけてやれば1セット先取だ。
「えへっ☆」
そこに小憎たらしい笑みを浮かべたミラが飛び込んだ。
「ぐべっ♡」
頭に当たり、軌道が変わった。プレイアデスは流石に対応できない。跳ねたボールはコートに入ることなく壁に当たる。
ちなみに、これは初めてではない。時折ボールにあたりに来るせいでプレイアデスが調子を崩して、かなり失点を重ねている。
コロナ? 邪魔をするなら諸共叩くまでだった。何も考えずに力技で粉砕する。ラケットがミラに当たり壊れようと知ったことではなかった。何より、そのほうがミラも喜ぶだろう。
「……む、入ってしまったか。だが、まだお前は窮地を脱したわけではない」
「ふふん、ここから3ゲーム取れば私が1セット取れるぞ」
互いにニヤリと笑って、また打ち始める。
「くふう。無視されておる♡」
何度も勝負に乱入しているミラ、これはキレられても仕方のないだろう。しかし怒られもせずに好きにさせているのは、ルナがミラに甘いからだ。まあ、ミラが特別問題児なだけでコロナもプレイアデスも同じだけ我儘は聞いてもらえるのだけど。
普通なら邪魔するなと叩き出されて終わりだろう。この二人がそこそこ戦えているのはこの闖入者のおかげでもあった。
いささか奇妙ではあるが、まあ二人と一匹は楽しんでいると言っても良いのではなかろうか。
一方で、ファーファとアリスの方は平和そのものだった。
「あっちは凄い音してるねえ。それっ!」
「はい」
ぽんぽんと、軽い音が響いている。ネットすら超えない子供らしいテニスごっこだった。
「てえい!」
「はい」
「てりゃ!」
「はい」
他愛無いが、愛らしい光景。……だが、その実態はライオンが子猫と遊んでやっているようなものだった。相手しているアリスも終末少女、コロナと同じプレイだって出来るのだ。
アリスがルナ以外に興味がない、虫けらと同じだった。それが、わざわざ手加減までして遊んでやっているのだ、感動すら覚える出来事に違いない。
アルトリアに依存し、アルトリアが居なければ生きていけないファーファ。それに自分とルナの関係性を連想したから。そして、アルトリアと言う相手がいるからルナが盗られないというのも大きい。
それで、こうして友達関係となったわけだった。
そして2時間後、ルナとアルトリアのゲームは佳境に入っていた。
「てりゃあ!」
可愛らしい掛け声だが、ラケットから響く音はエグい。ルナの残りラケット4本、折れようと相手のラケットを砕く。そんな球だった。
それは威力のコントロール、破壊神であるがゆえにどこまでなら壊れないかを本能的に嗅ぎ取っているルナの性能。
「っふ!」
そして、アルトリア。こちらは鋭い声だ、ゲームは5-3を取ったところ。もう4本入れれば勝ちである。だが、握るラケットはこれが最後で後はない。
もう彼女に不慣れな頃の面影は残っていない。ガットで球の威力を吸収する、それでも無理な球は見逃す……勝利に向けて手ぬかりはなかった。
「むむう」
ルナは唸り声を上げるが、顔は笑っていない。いつもなら可愛らしい仕草を欠かさないが、そんな余裕をなくしている。
「……ふむん」
悪い傾向だな、とアルカナは思うが放置することにする。すねて自分に甘えてくれるなら棚ぼたである。
仕事を全部放り出すだろうが、しかし仕事を投げ捨てるためにここに居るのだから構うまい、と。
そして、マッチポイント。アルトリアのラケットを壊し切れずにここまでもつれ込んだ。
ルナという終末少女の性能は凄まじい。けれど、アルトリアと違って十全に活かすことができていない。それは、本物の英雄と神に憑依しただけの凡人の違いだった。
「……」
ルナはついに声を出すことすらやめて、高速の一撃で相手のラケットを狙う。さすがにそれはズルだろうと封印していた一撃。
アルトリアならそんなもの避けるが、本人狙いの一撃だ。反射的に手に持った獲物で防御する。そう、その脆いラケットで。
武人としての反射だ、ゆえにルナの勝利は確定した。ラケットが砕かれる、その一瞬前に。
「ふぎゃッ♡」
乱入してきたミラに当たってコースアウトした。
「……」
さすがのアルカナも声が出せなかった。
「……ええと」
アルトリアでも何と言っていいものやら分からない。微妙な空気が流れた。
「……ミラ。もう、駄目だよ。入ってきたら危ないんだから」
ルナは倒れたミラの元まで行き、ボールが当たったところを撫でてやる。ため息を吐いていたが、機嫌は直っている。なにやら良い具合にうやむやになったらしい。
「釈然とせんが、勝ちは勝ちだな」
「そうだね。向こうも決着がついたね。コロナが最後まで粘っていたようだけど、ミラがこっちに来ちゃったらプレイアデスには勝てないね」
「ふふ、汗かいちゃったね」
ルナが上着をめくってパタパタと仰ぐ。ちらちらと覗く胸にアルカナの目が釘付けになった。これをやるために汗をかく機能を設定した。
ちなみにコロナはルナにならって実装したし、ミラはすでに人間レベルで暑い寒いの感覚を身に着けている。お茶会の時に北極レベルまで気温を落とすと震えて喜ぶので、ルナは時折そうしている。
プレイアデスは作っていないし、アリスに至っては汗をかくほど運動していない。
「うむ。お風呂に行こうかの」
そう言うアルカナはルナを抱きしめて臭いを嗅ぐ。言葉とは裏腹に、汗みずくとなったルナを放そうとしない。
ルナはそのままアリスに声をかける。
「アリス、そろそろ終わりにするよ」
「はい」
「切り上げ時だな。ファーファ、こっちに来い」
「あ、はーい」
そして、やはりアルカナが作った風呂に皆で入るのだった。