第82話 最終作戦始動
そして、アームズフォートの侵攻――奇械帝国までの道のりは短い。深夜に出発し、早朝に攻め込む。
奇械どもは奇械帝国でしか本領を発揮できない。人類殲滅のための進軍準備はキャメロットにことごとくを潰された。ゆえに、本国までの通り道は雑魚しか配置できないのは当然の結果だった。
「予定通りに侵攻中。オペレーター、上級奇械は?」
「クリムゾンスパイダー型が32体、スフィンクス型2体、サテライト型10体を撃墜しました」
「ふんふん、さすがはモンスター・トループ。露払いは楽々こなしてくれるじゃないか。帝国への予想到達時間は?」
「あと760秒。アームズフォ-トの機動に問題はありません」
「よし、では全軍出撃準備。それに、僕もそろそろ上がっておこう」
「了解しました。通信は繋げておきます」
「任せたよ」
ルナはアリスとアルカナを連れ、アームズフォートの屋上部分へと向かう。個人用のチャンネルから通話が来る。
〈少し、見図らせてもらった〉
〈ガレスか。思えば君とは長いようで短い付き合いだったね。殆ど言葉も交わすことがなかった〉
ガレス・レイス。地獄の門にて人類を守ってきた戦士。そして、アルトリアの決戦思想に賛同し、それを受け入れることのできなかった師を下すことでキャメロットの騎士を襲名した。
その経緯がゆえ、ルナとの関わりが薄い。確かにルナは彼に力を与えるため聖印を埋め込む改造手術を行ったが、それだけ。そもそもルナにとってはそれなど栄養剤の点滴に等しい。もしくは人を辞めるステロイドか。よりよく改善されると言う意味では金=魔石があれば良いだけの簡単な手術だ。
〈悪いと思ったが、聞かせてほしいことがある〉
〈良いさ、僕も真の騎士には敬意を払っている〉
そう、ルナはガレスのことを騎士と認めている。急遽加わった二人などは、キャメロットへの出向と言う形を取らせているだけにあからさまに。
キャメロット、そして夜明けの騎士団は二つともルナがトップを務めているから、そこは形式でしかない。だからこそ、譲らない。
〈それだ。イヴァン――彼も、騎士と思っているのか〉
イヴァン・サーシェス。彼もキャメロットの騎士を襲名している。だが、はたから見ればルナの真意はどうか。
人の言葉すらも解さない様子を見れば悪意を疑うのも当然だろう。まあ、アレはルナもどうしてそうなったのか分からないが。
〈もちろんだ〉
だから、ガレスにとってはそれで十分だった。一目会っただけの関係でしかなかったが、利用して捨てられるだけではあまりに救えない。彼も仲間と言う言葉が聞ければ十分だ。
もとより、その疑惑が正しかったところでルナに刃を向ける訳にはいかない事情がある。
――例え手を取る相手が悪魔であったとしても、人類の未来を掴むためならば構わないとガレスはすでに覚悟を決めているのだ。これは後顧の憂いを失くすための問い。それが受け入れられないものであれば、生きて帰ってアーカイブス達と事を構えねばならないところだった。
だから、彼女にかける言葉はこれでいい。
〈ならば、人はただ救いを待つのみではないと知るがいい〉
〈ああ、分からせてほしい〉
それはルナの本質を的確に付いた言葉だった。救いを願う人間に助けを? そんなのは誰か物好きがやればいい。
英雄を見たい。素晴らしい英雄譚の一助になりたい、ルナの思想は徹底的にそれだ。ルナに願うのは「戦うための力を寄こせ」でなければならぬから。
そして上に行く前に研究室に寄る。そこはあらゆる配線が地を這い、至る所から毒素を含んだ蒸気が湧き出す煉獄じみた錬金術の部屋であった。
中心にはシリンダーの中に一人の少女が納められている。瞬きすらせず揺蕩う姿は身震いするほどに美しい。だが、意思がなければ絵画と何も変わりはしない。
「さあ、起動の時間だ。アインス、人類領域が一つ王国を守り続けてきた存在よ。お前が動いたことによりお前の国は滅んだが、まだ仕事は残っている。教国と王国の未来がため、その機能の全てを尽くすがいい」
ルナが周囲に魔術式を打ち込んでいく。蒸気が吹きあがる、配線が暴走して断裂する。
シリンダーに罅が入る。
「起動完了。命令を」
爆砕するガラス。少女が優雅に、しかし何の感情も見せずにそこに立つ。砕け散ったガラスの上を一糸まとわぬ姿で歩いていく。
「オーダーはたった一つ、星の龍を破壊せよ」
「任務了解」
彼女に感情はない。救世主にして、ただの機械と同じく道具に過ぎない。人類には敵に対抗するあらゆる術が欠けている。
アリスとアルカナ、追加で3人――合わせて6人分を終末少女が補ってもまだ二人足りないと言う事実。
だが、それでも機械に絶望はないのだ。少女は裸であることを恥ずかしがることもなく、そのまま待機場所へと歩いていく。
かつかつと足音を響かせて、上に向かっていく。瞬間移動もできたが、こういう気持ちを高める行為も良いものだ。
「ああ、思えば遠いところまで来たものだ。人でもなく、ましてや奇械でもない。ただ強力な力を持っているだけの小娘が人類の希望だ。……ねえ?」
そして、その途中でアルトリアが待っていた。
「ついにこの時が来た。初めて会ったとき、お前は私に勝負を仕掛けた」
「……懐かしいね。1年も経っていないのに、そう感じてしまうよ。あの時に見せてもらったお姉ちゃんの輝きは素晴らしかった」
あの時、ルナは負けた。だからこそ始まった物語。ただ力を貸すだけではなく、その後にこの地に残ることを約束した。
「今度は人類の存亡をかけた一戦だ。この勝負に賭けるため、多くの者を犠牲にした。その犠牲に報いるためにも、必ず勝つ」
「見せてもらうよ。あの時の急造の舞台じゃない、全てを賭けた大一番の勝負を」
ここまで来たのだ。もはやアンコールはない、結末の先に何かが残るような児戯じみた舞台などルナは望んでいない。
――全てが破滅へと向かっていく。そして破壊の先に花が芽吹くかは、人の働きにかかっている。
「行くぞ」
「ああ、行こう」
アルトリアもまた、後ろにベディヴィアとファーファを連れていた。ファーファはアリスに手を振り、アリスも返していた。
そしてたどり着いた屋上。奇械帝国から吹く瘴気の風は、人間が生身のままで生きることを許さない。
魔導人形による毒素のフィルターがなければ1秒後には肺が爛れ、3秒後には全身が毒に侵されている。その中を、ルナはフリフリのスカートのまま微笑みさえ浮かべて前を見る。
「さあ、決戦の号砲を上げようか」
上級奇械をまともに運用できない、それは曲りなりも人類領域の中での話だ。”そこ”はもはや魔境の地。
眼前を埋め尽くすかのように、上級奇械どもで地も空も埋まっていた。
かつてアルトリアとガレスが潜入した時とは違う。あの時は文字通りの潜入だ、迎撃態勢以前に敵の殆どが倉庫に入っていた。
今は、アームズフォートでもって乗り込んでいる。砦ほどに大きな構造物、一目で見てわかるハリネズミのような砲塔は物々しさを隠さない。当然、迎撃態勢は整っている。……そして、この戦いのために延々と準備してきたお開け団は敵の行動など想定済みだ。結果がこの敵の数、接近に合わせて展開した数の暴力だ。
「さあ、やろうか。アリス、アルカナ」
「うん、ルナ様。ルナ様のみこころのままに」
「うむ、ド派手に開幕の鐘を鳴らしてやろう」
ルナが手を掲げ、空間を砕くとその先に闇が残る。その闇にアルカナの異能の産物、血の鎖がまとわりつく。そしてアリスが手にしたぬいぐるみを落とすと、馬の下半身を持つ獅子のぬいぐるみが現れ……鎖ごと闇を喰らう。
「「「打ち放て【トリニティ・デッドエンド】!」」」
獅子が喰らった闇を吐き出す。……射出される。
”それ”は一瞬で敵の軍勢にたどり着き――炸裂した。その先に現れるは地獄絵図。地面すら抉り削られ、無惨な罅割れ痕を晒す。
軍勢の殆どが瞬く間に壊滅した。まさに世界の終わりと言っても過言ではない光景、これをやったのが世界の存続を望む側とは皮肉だが。
「さあ、進め。『スピリット・オブ・フルメタル』、哀れなガラクタどもを轢殺するがいい」
そしてアームズフォートは進んで行く。元々それを想定した、瓦礫を踏み潰しながら行く8本足だ。どんな荒地だろうと、敵を踏み潰しながら歩いていく。
「そして出番だ、我らがキャメロット! 人類の希望達よ、宿敵である13遊星主を倒し、人類の未来に希望を! ……人員投射式列射砲、準備!」
オペレータ室にて狙いを付ける。全ての動きはルナが把握している。そも、この巨大構造物の中枢コンピュータはルナが担っているのだから。
ゆえに、人を入れた弾丸が真っすぐに目的地に発射されたことも分かる。
だが、敵の数は限りない。数えることも不可能なほどの損害を与えてもなお、集結しつつある敵兵力は計測不能。
「……は。来たな、初手を潰され焦ったか? 遊星主さえ居れば勝てると、その増長が敗因と教えてやろう。兵士たちよ、死ぬ覚悟は出来ているか!?」
応える声が唱和する。
「「「「「「「「「応!」」」」」」」」
アームズフォートの全火力が牙を向く。そして、兵士全てが出撃、上級奇械どもを食い止めながら前へ前へと進んで行く。