第80話 民主国の終焉
アルトリアは民主国と協定を結ぶため、王都に呼び出された。だが、しかしそれは狡猾な罠だった。
式では軍が準備万端待ち構えていたが、ベディヴィアとともにそれを撃破。現在、王が乗る黄金、そして別の場所から監視するもう一機に加えて謎の攻撃に晒されている。
ここは王城だったはずが、更地どころか今やくぼみだ。謎の攻撃が城どころか地面すらも削り取った。そして、手加減され生き残ったはずの兵士たちは消滅した。
「――ベディヴィア! サポートする、もう一度突っ込め!」
「承知! 姫様と轡を並べて戦えること、光栄に思います!」
ここは障害物どころか、何もない。この削り取られた地下という舞台の中で両者は戦う。
一瞬前に謎の攻撃に切り刻まれたことも忘れたか、ベディヴィアは同じように王に向かって跳ぶ。同じ黄金遣いとはいえ向こうは象徴、ただの飾りだ。近づけば勝ちだと殴りかかった。
「舐めるなよ! 『メビウス・アイン』!」
吠える。それは、攻撃するというよりも指示のようで――
「どちらが! 【ワームスマッシャー】、奴の攻撃を砕け!」
「そして、お前の指示がなければメビウスとやらは動けんようだな!?」
不可視の斬撃を、空間を跳躍する漆黒のワームホールが打ち砕く。王まで後一歩、そのところで。
「まさか、王を取れるなどと思っておらぬな? 不出来な後輩ども」
ここで最期の黄金が姿を現した。彼こそが真の民主国の切り札、アルトリアを表舞台の最強とするなら、彼は人界の最強であった。少なくとも、ルナが現れる前までは彼に並び立つものは二つとなかった。
「魔道人形専用の武術? そんなものはありはしない。ただ、我が武は凡人が倣うには魔導人形が不可欠であっただけのこと」
彼は素手だ。実のところ、覚醒の域にまで上がってしまえば武器の有無は関係がない。剣道3倍段などは、あくまで弱い中で通用する法則だ。
彼の黄金の名は『ニザヴェリ・グレイプニル』。桎梏を敵手に打ち込み封印するそれは、使い手の力量にもろに左右される。拳を当てなければ意味がないのだ。
「皇流【閃】」
手刀が閃く。それは皇月流や皇火流を始めとするシリーズのオリジナル。全ては、魔道人形ならば彼の武を再現することができるのではないかと言う試みから始まった。
黄金による聖印は寿命の軛すら超えるため、歴史の妙など無意味だ。数百年前の開祖、人間では決して相対しえない奇跡が当然の顔をしてそこに居る。
「皇月流【瞬き】!」
ベディヴィアもまた手刀で受ける。彼は今まで遊んでいたわけではない。地獄の特訓の中に進んで身を晒していた。夜明け団の団員になる時間さえ惜しいと。
――その成果がこれだ。モーションデータさえ登録すれば同じ技が出せるが、超一流同士の戦いでは技の繋ぎの隙が勝負所。ゆえに鍛えるしかないわけだが、彼は見事に耐え抜いたわけだ。
彼が会得した技は三つ。
「――まぐれか? ならば次の一撃で化けの皮を剥いでくれよう。皇流【氷雨】」
「馬鹿め! 付け焼刃とは違うとも。皇月流【驟雨】」
連撃が拮抗する。力と力――異能としてはベディヴィアの方が扱いやすい分だけ有利になっている。そもそも一撃与えなくてはグレイプニルの異能に意味はない。
だが、ここで張り合えているということはつまり。
「……チ。皇流【大瀑布】」
「皇月流【天啓】!」
敵の様子見の連撃に本気の威力が籠る。だが、それは攻防の攻撃に寄せること。できた隙にベディヴィアがかかと落としをねじ込んだ。
だが、ベディヴィアもまたいくつか拳を貰っている。両者、離れて膝をつく。
「ふん。殴り合いなら有利だろうが、一度楔を打ち込みさえすれば貴様ごとき相手ではない。どうせ、その三つしか使えぬのだろう? 皇月流であれば戮炎を使うべきだったな」
「……は、ごもっともな話なんだろうな。だが、悪いな――武の技術”では”あんたが上なんだろう。だが、格が足りんなどと言われていた俺もそう捨てたもんじゃないらしい。100回以上の改造手術で、伝説と並んでしまうとは」
吹き飛ばされたベディヴィアが立ち上がる。敵の異能は『桎梏』、つまりは傷+封印というわけだ。決して治らないし、そしてその封印は周囲を汚染していく。10秒も経てば石像だ。
「……改造、だと?」
「引いてもらうぞ、ロートル。技術は進歩する。武道など、すぐに意味のないものとなるさ。そう、ルナに錬金合成された『スカーレット・ティルフィング』と、専用に開発された俺の機械四肢が合わさればこそ。総合戦力は凌駕した!」
そう、ベディヴィアの肉体は間接まで石化している。刻まれた罅も、治る様子はない。石化の上に流血だけが流れ行く。
「馬鹿なことを! 我がグレイプニルの軛は貴様を縛った。もはや、動くことすら困難なはず! すでに勝負はついているのだ!」
「だから甘いと言っている。異能についての理解が浅いぞ。そして、貴様は覚醒位階の戦いと言うものを知らん。こんなもの、こうすればいいだけのこと」
ベディヴィアが自らの肉体を装甲ごと”ちぎる”。敵の異能に晒されたパーツなど排除してしまえと言うことだ。
肉が削げ骨まで見えたが、異能の影響がなくなれば一瞬で治る。
「――馬鹿な。なんだ、それは武術ではない!」
理解できないと吠え、数百年の永きをひたすらに武へと費やした人界の守護者が跳ぶ。技量では彼が凌駕している。だが、ステータスならばベディヴィアが勝る。経験とともに『星印』が刻まれ強くなる、がルナは外科手術でそれを埋め込むのだ。
「そうだ。これが力だ!」
これは努力によらずして手に入れた力。それを社会の破壊者は誇る。それはルナによってタダでもらったものだ。
”使いこなす”ために血のにじむような、否、脳髄すらぶちまけて特訓したが元々は改造によって手に入れた力であることは変わらない。天然ではないが、しかしこの力を振るうことに躊躇いはない。
「皇流【大轍】!」
「皇月流【天啓】!」
敵の回し蹴り、摩訶不思議にもベディヴィアの両腕が同時に砕かれた。しかもこの敵はかかと落としがかすった腕の装甲をわずかに軋ませたのみ。
「皇流【滅火】!」
「皇月流【天啓】!」
正拳突きを頭に喰らって吹き飛ばされた。が、お返しにと放ったかかと落としは肩を砕いた。即座に治癒を完了、0.1秒の休憩すらなく飛翔して超至近の接近戦に移る。
「皇流【神槍】!」
「……皇月流【天啓】」
心臓を貫かれ、しかしかかと落としは脳髄を砕いた。ずる、とベディヴィアの心臓から敵の手刀が抜ける。
「……」
力を失い、糸が切れたように倒れた。だが、すぐにベディヴィアが起き上がる。
「お前の敗因は傷を知らなかったことだ。身体を大切にしたな? 残念ながら、再生に次ぐ再生で俺の体はもう本物なんか残っちゃいないよ」
ベディヴィアが吐き捨てる。
要するに、捨て身だった。そして、ベディヴィアは捨て身から再生する術をよく心得ていたという話だ。
数百年の生――ベディヴィアとは比べようがない。だが、それでも……皇流の開祖が死んだ数は片手に足りる。一方でベディヴィアは脳の全損に絞っても数えきれないというのに。
これも経験の差と言うことだろう。地獄の3ヵ月が数百年の歴史に打ち勝ったのだ。
一方で、アルトリアは一進一退の戦いを繰り広げていた。
「馬鹿な、あのお方が負けただと? おのれ、アルトリア! どこまでも我が国を滅ぼさんと欲するか!? そんなにこの国が憎いと言うのなら! 『メビウス・アイン』、奴の魂まで打ち砕く一撃をくれてやれ……ッ!」
そして、王。こちらは小気味よくアルトリアを追いつめていたが、後一手が足りない。どれだけの攻撃をつぎ込もうと負うのはわずかな傷で致命には届かない。
あと一歩を何としても刻み込めと配下に叫んだ。
「ふむ、ベディヴィアの手が空いたな。では、次の手を見せてもらおうか……父上」
逃げまどい、敵への攻撃も一つもできていなかったアルトリアが傲岸不遜に言い放つ。指を鳴らすと、王の首が装甲ごと裂けた。
「……え?」
噴水のように血が吹きあがる。
「戦力の逐次投入は愚かと人は言うが、しかしそれをして欲しい側としては苦労してでもそうしてもらう価値があるんだ。この攻撃ならなんとかできるから、とりあえず仲間が敵を片づけるまで苦戦する振りをしていた」
アルトリアの目に肉親を見る暖かさはない。全ては戦略、肉親を倒すことに躊躇ったわけでもない。真の切り札を出すなら、少し後にして欲しいから茶番を演じていた。手加減していた。
「アルトリア。……アルトリアァ! 貴様は、そこまで……余の邪魔をしたいのか!」
叫んだ。こちらは肉親としての情がたっぷりだ。親愛と恨みがごっちゃになって、煉獄の窯のようにぐらぐらと湧き上がっている。
手加減などありえない。ただ憎しみのままに力を振るっている。
「見せてみろ。この攻撃、その正体……!」
「種切れならば、ここで散れ。人類の未来はキャメロットが引き受ける」
ベディヴィアが合流して剛腕の一撃を繰り出そうと迫る。王の練度では避けることも防御することも出来はしない。
だが、叫ぶ。
「もうよい。全ての力を解放せよ、『メビウス・アイン』!」
ベディヴィアの掌が、王の頭をぐしゃりと潰す。王は打ち捨てられた人形のように地に転がる。だが、湧き上がるこの悪寒。まだ終わってなどいないのだ。
「――なんだ、この振動は?」
「この圧力、とんでもないな。……だが、これほどの力の持ち主と言えば」
地が震える。それはまるで断末魔のように。
「……」
ふ、と振動が収まった。静まり返る、死に絶える。出し抜けに一人の少女が出現していた。美しい少女だが、精気がない。人形よりも存在感のない、しかしどんな人形よりも美しい彼女。
風すらも死に絶えたというのに、その白銀の髪がゆらりとたゆたう。
「あれが切り札か? しかし意思を感じない。人形か……」
ベディヴィアが訝しむ。
「なるほど。……あれが。そういうことか、父上!」
「姫様?」
激発するアルトリア。合理主義者でなければ蹴りを叩き込みそうなほどの権幕で死体を睨みつけている。
「アイン、ツヴァイ、ドライ――3体のうちが一つ。あのような少女を……な。責められた筋ではないが、過去の人間たちも惨いことをする」
「3……3? それは」
3ヵ国。民主国、教国、王国。大国が三つである理由はその数と対応している。滅んだ世界において人類が存続している理由。全ての恵みの太源。
「計画では教国のそれを使う手はずだったがな」
「『白金』! 瘴気から人類を守るそれを攻撃に転ずれば……すなわち民の命はないぞ」
そう、オリジナルの最上位『白金』。それは人類を生かし続けて来たもの。瘴気によって死にかけているこの世界に命の恵みは生まれない。白金による浄化がなくては、1秒後にでも死の世界に変わる。……いや、もう”変わった後”だ。
「そうだ、我が父上殿は国民をも見捨てた」
「こんな行為、貴族の奴らは承認したのか……!?」
「さて、な」
「ともかく、止めないと……ぐッ!」
圧力が放たれた。攻撃ですらないそれだが、二人を上空へと弾き飛ばすには十分だった。今この瞬間にも失われていく王国民の命。
だが、今やつに殺されてやるわけにもいかない。
「止めるぞ、ベディヴィア」
「ええ、姫様……!」
同刻、アームズフォート。
「ふむん、『白金』を戦闘機動に移行させたか。……さすがの僕も予想しえない策、大惨事だ。僕としたことが人間の愚かさを舐めていたようだ」
膨大な魔方陣の中、ルナが盛んに手を動かして調整作業を行っている。魔導技術に関してはルナの独壇場だ、必然作業量は多くなる。
バ、と腕を横に振って全ての魔方陣を消した。今は、それをしている場合ではない。大抵の緊急事態では手を動かしつつ解決するのが常だから、これはそれほどの事態と言うことである。
「さて、と。やはり団員は優秀な人間が多いね。10……13、陳述書がすぐに来た」
パチリと指を鳴らし、管制室へと転移する。ルナを迎えようとする者たちを手で追いやって、席に座る。
「……ん、コイツが使えそうだな」
ピピピ、とモニターを操作してコール。相手は待ちかねたように応じた。
〈アーカイブス卿、お待ちしておりました〉
〈ああ、ヘリスタ君。君の案を見せてもらった。提案を認めよう、すぐに動いてくれたまえ〉
〈は! ありがとうございます! では、これよりオペレーション『ブリンクアウト』を発令します〉
〈ルナ・アーカイブスの名において承認する。そして――ナヘスト君、聞こえるかな?〉
〈聞こえております、アーカイブス卿。オペレーション『スイングイン』の進捗は未だ4割ですが……〉
〈そうか。そこまで計画を進めた君の手腕は正当に評価する。悪いが状況が変わった、『スイングイン』は凍結する〉
〈なっ!? そんな……〉
〈民主国で『白金』が動いた。国民の全滅まで時間はかからないだろう。『スイングイン』にて国民を教国から脱出させる必要はなくなった。『ブリンクアウト』により、一人でも多くの民主国民を教国へ逃がす。ナヘスト君もチームに加わってくれ〉
夜明け団は当初教国の白金を使う気だった。当然、その時には教国民が全滅する。つまり、スイングインとはその国民を脱出艇に乗せて王国へと移民する作戦であった。
だが、前倒しで王国の白金が起動した以上は、王国から教国へ移民させる必要があるというわけだ。今この瞬間にも、目を覆いたくなるほど死んでいる。それは現在進行形の話だ。
〈宜しくお願いします、ナヘスト様。経験浅い身ですが、全力を尽くさせていただきます〉
〈ぐぬ……っ! こちらこそ、光栄だ〉
〈まあ、プロジェクト変更はナヘスト君の責任ではない。仲良くやってくれ〉
ルナは言い捨てて通信を切った。
「さて、瘴気の拡散シミュレーションをお願いするよ。あと、使える移送手段をリストアップも」
指示を出し始める。民主国が終わる。その前に一人でも助け出そうと夜明け団の総力を挙げる。人類の未来のために戦う組織だ、ここで足踏みなどするはずがない。
もっとも、それは『キャメロット』の全力ということではないのだけど。
そして、『白金』の脅威に晒されるアルトリアは。
「耐えろよ、ベディヴィア!」
一瞬でそいつの前まで行って蹴る。意志がない人形だ、ステータスが上だろうとどうということはない。ルナが厄介なのは、ステータスが上なのを前提として封殺してくるからだ。適当に攻撃するだけならば対処は容易いはずだった。
「っぐぅ!」
足がへし折れた。階位が一つ上であるため硬い、しかも発するエネルギーが段違いだ。ただそこに居るだけで全てが死に絶える。
……代わりに、庇護を失った民主国はその末端から壊死していく。
「は――言われずとも!」
そして、ベディヴィアが殴りつける。逆に腕が砕けた。しかも、少女の瞳が彼に向く。二撃目でようやく敵の存在を感知した。反応が鈍い。
「――」
”見た”。それだけで濃密な魔力がほとばしり、ベデイヴィアの五体が砕かれた。
「だが、その程度で!」
蘇生……意思がない。人形であるがゆえに、その異能は完全に再生を拒むほどではなかった。ならば――
「もう一度地下に封印するまで。皇月流天啓が崩し……【天堕刻印】」
大気圏外からの一撃が人形を地下奧深くまで叩き落した。
〈……ルナ、聞こえるか? どうする〉
「通信する必要はないよ」
肉声で答えたルナは左を振り向けばすでにそこに居た。砕かれた王の首を素手で弄っている。にちゃ、と血と肉をしたたらせながら首だけの死体が口を開く。
「……メビウス・アイン。活動を停止せよ」
これも妖精騎士に施した死体改造技術のちょっとした応用だ。白金は言われるがままに行動を停止した。
「ま、声紋だけでなく様々な認証が居るけれど……お手本をそのまま使えば、他人が使うのも容易い」
血に塗れた手をそのままに、けらけらと笑っている。死体を弄び、白金を止めたルナは地に濡れた手をそのままにひらひらと振っている。
「助かった。だが、民主国の人々は?」
「現在、夜明け団が総力を挙げて救助中。白金についてはモードを戻したところで無駄にリソースが減るだけだね。もう民主国は終わりだよ」
「……そうか」
「ま、心配することはない。計画は修正可能な範囲だよ、白金と黄金2機は手に入れた。いよいよ最終決戦だ」
空を見上げる。青い空は刻一刻と灰色に冒されていく。この空が黒く染まった時、生けとし生ける者は死に絶えるだろう。
それすらも力と変え、奇械との最終決戦に臨むのだ。