第79話 傲慢の終焉
王ととある喫茶店で1対1で対談したアルトリア。それは血の繋がった実の娘だからこそ実現した家族の顔合わせだった。父は、まがりなりにも娘とよりを戻そうとしていた。
けれど、それはアルトリアが民主国のために戦うことを意味する。全てを始めた彼女は今更『キャメロット』を捨てられない。ゆえに父である彼とは袂を別った。
……結果として放たれた凶刃。王様の護衛が刺客と役割を変えた。
アルトリアはその店から消失し、難を逃れる。次に姿を表したのはとある部屋だった。そこは無意味にぬいぐるみが並べられ、フリルを纏った家具にピンク色の天蓋と、子供らしさを体現しつつどこか違和感を感じる部屋だった。
それは、大人が見て可愛いと思う子供部屋だった。普通の子供はこんな装飾過多を好まない。というか、ここまでフリルがあれば首を吊って死ぬだろう危険な装飾過多だった。
さらに言えばゴーストタウンじみたもの悲しさと不気味さが入り混じった雰囲気があるが、これは部屋の主が忙しくて寝に戻ることもないからという別の話になる。
「……いないか」
つぶやいた。もちろんアルトリアの自室のはずがない。というか、アルトリアはものを所有したいと思うような欲がなく、自室はともに過ごすファーファの私物に占拠されている。こちらは本当に玩具が転がる子供らしい部屋だった。
「おや、お客かと思ったらお姉ちゃんか。まあ、座りなよ。お茶でも淹れよう」
ルナが扉を開け、入ってきた。こちらも空間など関係ない異能の持ち主だ。アルトリアが来たのを感知して、転移で扉の前に転移した。
豪奢なフリルの奥から茶葉を取り出し、これまた装飾華美な黒と赤のポットを用意する。水を入れると火にかけてもいないのに即座に沸騰する、これも破壊能力の一端だ。全てを壊す力を応用すれば温度を上げることも容易い。
「済まんな」
「まあ、気にしないでよ。僕とお姉ちゃんの仲じゃないか。僕の恋人も、お姉ちゃんなら相手が居るからとやかく言わないし」
ルナが危なげなくポットとカップをテーブルに置く。アルトリアがやれば沸騰させすぎて味もへったくれもない渋いのが出来上がるから触らせない。
「……ファーファとはそういう関係ではないがな」
「まあ、人間関係は僕らにとって理解の容易ならざるところがあるからね。許してやってほしい」
手慣れた様子でカップに紅茶を注ぎ、アルトリアの前に置く。自分の分も用意して、指を鳴らすとテーブルの真ん中に茶菓子が出現した。これも空間転移の無駄な応用だ。
「もういい加減慣れたさ」
「くすくす。あの子たちがそう言えるのはいつになるのかな。人間の行動を、理解できないと言ってばかりだからね。どうしてそんな愚かな真似をするのかっていつも言ってるよ」
ふ、と弱弱しい笑みを浮かべたアルトリアが紅茶の水面に目を落とす。
「人は愚か、か。私たちは人類にとっての最善手を選べない。どんな人間にも我欲がある、家族が居る。種として滅びに向かおうと、自らの利益を貪るために死をも恐れない矛盾した生き物だ」
「まったく、大変だよねえ。人間は進歩を体現した生き物だが、その性が時として破滅の道を突き進む。……それはあるいはコンコルド効果と呼ばれるものかな。埋まった、既に負け分となったそれを取り返そうと更に掛け金を突っ込む心理状態だ。負けを認めることが出来ない人間は、実は多い」
くるくると回し、香りを楽しみ一口啜り、クッキーをつまんで口にする。マナーなど気にしなくていいから、味がよく分かる。甘味を舌の上に感じていなければとてもできない苦い話だ。
「ルナ、私はそういう人間に見えたか? 感情を持たない殺戮人形。お前と、そしてファーファに出会う前は誰かと話す楽しみも知らなかった私だからな。ただ自らの武力を示すために遊星主へ無謀な特攻をかけようとしていた。だから選んだのか?」
「まさか。僕が好きなのは英雄だよ。人を救うために立ち上がり、そして限界を超えても戦うのなら誰でも英雄さ。自己顕示欲に塗れただけのドンキホーテじゃない」
「――私は、誰かのために戦えていたかな?」
「もちろん」
アルトリアはやはり力ない笑みを浮かべ、ルナはくすくすと笑いを漏らす。ひそやかな茶会、だが、時という何よりも贅沢な資源を浪費する茶会だ。
彼女が転移を使ったのは”そういうこと”だとルナも分かっている。説得は失敗した。近く、民主国との最終決戦が幕を上げるのだ。
残り二機の黄金、だがしかし民主国が逆転する可能性があるならば戦うということだろう。それもおそらくコンコルド効果。王の一族が民主国を支えてきたという自負があるからこそ、夜明け団に降ることを許せない。
「私は、酷い人間かな? 父を切り捨てた。なのに涙も出なかったよ」
「ハハハ。彼はただの精子提供者じゃないか。片手に足る程度の顔合わせしかしていないのだから、情を抱けなくても不思議はないと思うね」
「それでも、親子には絆があるらしいぞ。ルナ」
「へえ、僕には想像もつかないね。アルトリア」
ルナが自分で持ってきた茶菓子を大きく口を開けて一口でほおばった。にっこりと笑顔を浮かべる。
信者の捧げもので、超有名な店のシュークリームだ。何より飴細工を応用したきらきらとした装飾がお気に入りで、そのままインテリアにもなりそうな逸品だ。まあ、何日も飾れば腐るだろうが。
「……ふふ。誰かの笑顔を守るため、か。お前に、そしてファーファにそういう顔をしてもらうために私は戦っているのかもしれんな」
「駄目だよ? ただの友人よりファーファを優先しなきゃ。女ってのは小さくても独占欲があるんだぜ」
「だからファーファとはそういう関係ではないと。……まあ、いいか。今度は皆でゆっくりやろう。ファーファと、そしてアリスとアルカナ。ああ、そうだ。あまり話せていないがプレイアデス、コロナ、ミラともな」
「そうだね。時間を捻出できるのは今だけだ。奇械との最終決戦前に時間は取りたいけれど、やはりそっちは他のキャメロットメンバーと連携を取るべきだろう。もはや残された時間は本当に少ない。できることを出来る限りやって成功率を上げないとね」
「ああ、ゆえに奇械を倒した後に、ゆっくりと。仕事などシャルロットに押し付けて、な」
「……くすくす」
二人、顔を見合わせてニヤリと笑う。まあ、そういう仕事であるため仕方のない面もあるのだが……本人としては、そんな酷い! と声を大にして言いたいだろう。
「ルナ。民主国は我々に戦争を仕掛けてくるぞ。座して終わりを待つのではなく、最期まで抵抗する気だ」
「ならば叩き潰すまで。それに、相手はたかが二機……お姉ちゃんとベディヴィアで十分と思うけど? 僕はアームズフォートの改修を続けたいな」
「そうだな。……それでいいはずだ」
「何か心配事でも?」
「分からん。杞憂で済めばいいが……」
「ま、思いついたら言ってくれ。民主国との会戦は既定路線として戦術ネットワークに上げておこう。兵たちの誰かが言い当ててくれたりしてね?」
戦術ネットワーク、まあつまりはLineと言っていい。ルナを頂点として兵達との間に築かれたSNSネットワークだ。
この時代、紙で仕事をすることなどない。それを使うような原始時代とは比べ物にならないスピードで情報が動く。そして、ルナならばその全てを掌握することも可能だった。
「それなら良いがな」
アルトリアが紅茶を飲む。これまでは求められたがゆえに紅茶の銘柄を当てるために口にしていた。だが、今は違う。ルナとともに会話を楽しみ、風味を味わうことを覚えた。
おいしい、と心から思って本日初めて心からの笑みをこぼした。
そして、三日後。アルトリアは国王との謁見の場に居た。あの日、交渉は決裂した。事前会談という名目だったとはいえ、すでに互いに語る言葉など残っていない。
だが、これは調停の名目である。既に互いの条件は分かり切っているにも関わらず、正式に紙で条件を詰めようと言うのだ。紙で交わすこと自体は不審ではない、不可能ではないが紙の方が改ざんが難しいのという事情がある。そして、対面であることも儀礼としては重要だ。
「……姫様、やはり罠では?」
「だが、無視する訳には行くまいよ。彼らは正式な手順に則っている。それをこちらから蹴るのは新興国として具合が悪い。まあ、父上は私が翻意する可能性を捨てきれないのかもな。娘が己に逆らうことなど考えもしないような人に見えた」
まあ、裏の事情だけを言うのなら口での勝負はアルトリア達カンタベリーが敗北したと言う話だ。
会議に出席しなければならない状況になってしまった。これは歴史を築いてきた民主国の面目躍如と言えるだろう。武力がなければ口もきけない、だが武力だけでは引きずり落とされる。
「姫様が意見を変えることなど、ないでしょう」
「そうだな。だが、父上はそれを知らないし、私だって父上が強情なのかは知らぬよ」
「……お辛いなら断っても良いのですよ。ルナ・アーカイブスには私の方から話を通します」
「要らぬ世話だ。私は奇械との対決のため、人命を切り捨てることも厭わぬ冷たい女だからな」
ベディヴィアがため息を吐く。長い付き合いだ、彼女は心にダメージを負っていることが分かる。けれど、彼ではそれを癒してやることはできない。
せめて、足手まといにはならぬようにと気合を入れた。同時にアルトリアが宣する。
「行くぞ、戦場へ」
「お供します。姫様」
両者、鋼鉄の夜明け団仕様の軍服を纏っている。ドレスは侍女に突き返した。例え決まり事と魔道人形のキーを奪われても、心は戦場にある。
扉を開く。
「待っていたぞ、アルトリア」
壇上には王が座っている。そして、参列しているのは貴族たちではなく――銃を構えた兵士たち!
「この、裏切者め!」
吐き捨てた。と、同時に無数の銃火が閃く。やはり罠だった。おびき寄せて、殺す策だ。これは当然王国の政に置ける勝利だった。後先考えないが、しかしこの瞬間は勝利したに違いない。
しかし、夜明け団が得手とするのは口ではなく暴力である。もちろん殴り返すとも。
「短絡的だな、それでは夜明け団は倒せない。我に勝利を『ミストルテイン・エクスカリバー』」
「罠ならば正面から叩き潰す。敵を討て『スカーレット・ティルフィング』」
手の中に現れたキー。覚醒したならばもはやキーがどこにあろうと関係ない、呼べば空間を跳躍してやってくる。
武装を奪ったとしても、真なる『黄金』遣いには通用しない。銃火を装甲が弾き返した。
「……ベディヴィア、お前は異能を掌握したのだと教えてやれ」
「承知しました、姫様」
ティルフィングの掌中に幾多のベアリング弾が握られる。それはただの鋼の弾だ、装填されていないそれはただの玩具だが……
「撃ち貫け」
上へと投げ上げ、天井を貫通し――そして驚異の速度で地に落ちる。兵士それぞれが持つ銃へと向かって。
これこそがティルフィングの持つ絶対必中の異能である。元々はティルフィングは教国のもの、彼らが異能を知らずとも不思議はないが……しかし、生身の人間が敵うと思うのはあまりにも不遜である。
悲鳴が連鎖した。……が、死者はいない。そう調整した。それだけの戦力差がここにある。
「おのれ! だが――」
王が手を振り下ろす。それを合図にしたかのように下から床を割って手が伸びる。こちらは魔道人形を纏っている。
「『鋼』か? 舐められたものだ」
アルトリアがガンと床を踏み鳴らし、彼らは下へと叩きつけられた。超重力でほどよく身体が潰され、起き上がることすらできはしない。
後遺症が残ることはない。それだけの繊細な調整はアルトリアにしかできない。赤子の首をひねらないように優しく寝かしつけるような戦いである。
「民主国、国王。あなたは鋼鉄の夜明け団に宣戦布告するか!? いいや、この襲撃はキャメロットのリーダー、アルトリア・ルーナ・シャインの暗殺を企図したもの! これ以上なく卑劣な宣戦布告だったな!」
ベディヴィアが指を突きつける。既に戦争の趨勢は着いたも同然、始まる前から戦力比が違いすぎると舐めていたが、正確な戦力分析である。
「……貴様、ベディヴィア・ルージアか。我が国の出身者。卑しい生まれにも関わらず地位を与えてやった――その報恩がこれか! 恥を知れ! ただ己のために国を裏切る卑劣漢め!」
「違う! ただ従うなど忠にあらず。正しきことのため、私は戦う! たとえ、世界を敵に回しても!」
「それが国を裏切る理由にはならぬと言っている!」
「いいや、貴族を、そしてお前を見限っただけだ!」
王が手を振り下ろす。
その瞬間にベディヴィアの腕が、そして足があらぬ方向へと曲がる。装甲に手も触られていないのに、何か妙な力が彼をねじ切ろうとしている。次の瞬間、左の壁が爆発。否、それは壁を突き破る凶手。
一人目が動きを封じ、そして二人目がとどめを差す。『宝玉』二機による無謬の連携だ。
「ベディヴィア、手伝いは要らんな?」
「当然です!」
首を刎ね飛ばすはずだった剣をすんでのところで掴んだ。それはただの力技だ、敵のサイコキネシスを上回る力で無理やり間に合わせただけだった。
「ルナのサイコキネシスよりも精度が悪いな。奴は関節そのものに力をかけるから、腕力では破れん。そして、貴様の力は風力操作だな? 超高速のスピードは絶大な破壊力を生むが、捕まえてしまえば――」
ぐ、と力を込める。敵は真空の刃を飛ばして攻撃を仕掛けるがなんのその。そもそも止まった状態では『黄金』に傷を付けられるほどの威力がない。
そう、ベディヴィアの纏うそれは宝玉の『スカーレット・ブレイズ』に、黄金の『ミズガルムオルム・ティルフィング』を錬金合成した『スカーレット・ティルフィング』。
絶対必中をオプションパーツとして残しつつも、腕力強化の異能を黄金の位階にまで引き上げた。
「文字通りに潰すなど、容易い」
刃をへし曲げ、敵の足を掴んでぐしゃりと潰した。そのまま逆の壁に放り投げられた敵は悲鳴をあげつつ激突して気絶した。いくら宝玉に治癒能力があろうと再生できない重症だ。
「――ッ!」
サイコキネシスが強くなる。だが、窮鼠など関係がないとばかりに剣を召喚――投げつけた。敵は死力を尽くして止めようとしたものの、剣はあっけなく敵を貫いた。
「父上、もうやめてください。これ以上の抵抗はあなたにとって益となりません」
魔道人形を纏ったまま、アルトリアが歩を進める。聞かないのなら、このまま殺す気だった。
たとえ彼が貴族に言われて仕方なくやっていても関係がない。その貴族も、王の首を手土産にすれば意見を翻すだろうから。
「させるものか!」
血を吐くような叫びだった。
「我が元に来い。人の世に幸福あれ、『エイジス・オブ・ギャラルホルン』……!」
彼が魔道人形を纏う。ギャラルホルン――終焉を告げる角笛、そしてその誉れ。終焉を告げる音色が攻撃を導く。
「――っが!」
「ぐは――馬鹿な!」
二人、吹き飛ばされた。ありえない、聖印の量からして王が魔道人形を纏ったところでこれほど強力な異能を操れるわけがないのに。
ならば、二機目の『黄金』かもしれないと思うがそれも違う。気配は常に把握している。
「これだけは。これだけは使いたくなかった。……殺せ、『メビウス・アイン』! 民主国の敵を打ち倒せ!」
吠えた瞬間、不可視の斬撃が来た。
メビウス・アイン――アルトリアの王族として生きた18年、そして鋼鉄の夜明け団の情報網を加えてもなお聞いたことのない名称。だが、しかし”それ”は中々に厄介らしい。
「かわせ、ベディヴィア!」
「姫様、しかしこれは……!」
確かにかわしたはずだった、なのに突如として上空から現れた第2の斬撃に足が切断されてしまった。
いや、アルトリアは第7までかわしていたのだがすべてを避けきれなかった以上は同じこと。即座に再生するが、治りがわずかに遅くなっている。アルトリアでもそれなのだから、強力な異能だ。
「ルナの空絶と同じか? 攻撃している人間が居るな。だが、攻撃転移にしては間髪がないぞ」
「ぐぐ……! だが見えぬとて再生は効くぞ。ならば、王を先に倒す!」
ベディヴィアが跳ぶ。が――その瞬間、斬撃に囲まれて脱出もできずに切り刻まれた。
「……ぎ。がああああ!」
だが、蘇生する。ルナにより追加で身に刻まれた恐ろしい量の聖印、ステータスで見るならばアルトリアと伍するまで強化されていても……しかし彼女とは比べるまでもない。
あらぬ方向へ脱出し、傷を癒す。特攻は体力を消費するのみに終わった。
「この敵、強い」
アルトリアがつぶやいた。静かな響きは見えぬ敵を強敵と認めていた。