第74話 強襲、【モンスター・トループ】
勇者パーティは教国にたどり着き、そして最初の街で襲われた。待ち伏せしていた改造人間を辛くも打ち倒し、負傷者を抱えながら逃げ出した彼らはトラックで走っている。
頼れるような縁はない。協力者なら居るが、噂に踊らされた民間人が襲い掛かってくる以上は安心できる場所はない。
「追いかけられている様子はありません。ですが……」
トリスタンが暗い表情をしている。
「夜明け団には補足されていると見て間違いないか。二人の様子は?」
ランスロットも暗い表情を隠せない。
お先真っ暗と言ったところだ。密命を受け、勇者となったと言えども、相手は巨大。しかも、民がそちらに味方しているという事実まで思い知らされた。
まあ、実際は古今東西よくある話で、民衆は権力者を叩くのが大好きだという話でルナがすごいわけではないのだが。
それでも、街に泊まれないというのは大きすぎるデメリットだ。
「ルナ・アーカイブスはまだ砦に居るとのことでしたが、それも宿を追い出されるまでに聞いた話です。諜報室では居場所を掴んでいるはずですが、通信をすれば夜明け団に場所が知られます」
「……今の状態で襲撃を受けるのはまずいな。二人の回復にはどれだけの時間がかかる?」
「幸い、傷は浅く火傷も大きくありません。この分では3日もあれば動けるようになるでしょう。……その3日をどうするかが問題ですが」
「潜伏するか? 多分だけど、ルナ・アーカイブスは油断している。あの男もルナ・アーカイブスの命令で動いていたわけじゃない。噂を聞きつけて僕たちを狙ったんだと思う。だから探すのではなく、確実な待ち伏せを選んだ」
「確かにその通りでしょう。ですが、私たちは奴を倒しました。面子のために何か手勢を差し向けてくるかもしれません」
「うん。でも、通信を開かなければ俺たちの居場所は分からないだろう? きっと、人手を使ってローラー作戦まではしないと思うんだ」
「……では、隠れると?」
「うん。……それに、僕の異能。『ブリスタブラス・カリバーン』の力をよく知っておきたい。先の戦いは幸運だったけど、次の戦いでもと思うほど無謀じゃない。次は、勝つべくして勝つよ。この”光ある限り無敵”の力で」
「そうですか。……そうですね。あなたは、何も諦めていないんですね。あの男は特別じゃない。改造された夜明け団の戦士の一人でしかない。何十人も、”あんなの”が襲い掛かってくると知ってなお」
「僕は諦めない。話に聞いただけだったけれど、祖父は本当に素晴らしい人だった。殺されていい人じゃなかったんだ。ルナ・アーカイブスを生かしておけば次の犠牲者が出る。そんなこと、許しちゃいけないんだ」
「はい。本当に、そう思います」
トリスタンがわずかに頬を染めてランスロットの手を取る。脳裏にあるのはよくある英雄譚だ。
魔王を倒し、そして勇者と仲間の女性が結ばれる。
「トリスタン、貴様もだ」
Rが無遠慮に口を挟んだ。ロマンチックな雰囲気が霧散した。
「あ、R? 一体、なんのこと……」
「貴様も異能を使えんだろう。そして、ランスロットとて一度使えただけだ。使うのと使いこなすのには大きな断絶がある。潜むと決めたなら、時間を無駄にしないことだ」
「……あ、はい。そうですね。ええ、そうですね!」
少し怒った口調だ。
「とりあえずは空から見つからないと逃げ込んだ洞穴ですが、逆にここから出て良い場所を探したほうが見つかりやすいでしょう。あまり捜索に力を入れないならなおさらに。なので、ここで二人の回復を待つとともに訓練をします。……お願いしますよ、教官」
ランスロットがかしこまった。兵士の二人にもまだぎこちない口調だが、Rに対してはなおさらで初対面のような反応だ。
もっとも、必要がなければ口を開かない影のようなこの男が悪いのだろうけど。
「俺は教官資格を持っていないし、正規の軍人でもない。教官と呼ぶには相応しくない」
この通り、にべもない。ただ事実を述べただけだが、弱気な人なら「あ、じゃあいいです。変なこと頼んで申し訳ありません」とでも言っていたところだ。
「ハイハイハイ、分かりました。いいから教えてください、異能を操りにはどうしたらいいのか」
「異能の使い方に関しても、俺は他人の話を聞いたこともない。そもそも口を開くのは苦手なのだが」
「R、それでもお願いします。僕たちは、あまりにも力について無知すぎる」
「ランスロット。分かった、俺も微力を尽くそう」
時間を無駄にする気もないと3人が『黄金』を纏う。『黄金』と『鋼』には格差があるが、しかし黄金遣いにも格差がある。
まず異能を使用できるか。これは第6感を使うようなもので、例えるなら民間人に殺気を操る術を教えるようなものだ。そして、覚醒の有無。更に覚醒したとしても、長年戦い多くの聖印を身体に受けるほどに強くなる。
トリスタンは異能すら使えず、ランスロットは覚醒していない。更に言えばRですら覚醒したばかりである。
これが【キャメロット】であれば、最低限100年レベルの聖印がなければ話にならない。ルナの人体改造技術を応用すれば、それだけの魔力を1週間で打ち込むのは難しい話ではないのだ。それができないということは、ステータスでそれだけ劣ることになる。
そして、3日が過ぎた。傷を負った二人は動けるまで回復し、『黄金』を使う二人も異能を任意で発動できるまでには力を使いこなせるようになった。
それはRの力というよりも、というか異能は個人差がありすぎて教えられるようなものでもないのだが。二人の相性が良かったのか、素人ながらも二人三脚で互いに教え合った成果だった。
「行こう。鋼鉄の夜明け団、その本拠地へ」
そして、一行は出発する。ルナはあまりにも神出鬼没が過ぎる。何人か居るのではないかという説も出るほどだ。ただ、確実に空間転移の手段は持っている。
そんな彼女を倒すには、出先で強襲したとしても意味がない。最初の一撃で仕留められなければ逃げられるだけだ。だが、”そこ”でならば逃げるわけにはいかない。逃げたところで求心力の全てを失うだけだ。
準備は足らない、しかしやらねばならない。奴が遊星主に人類の戦力全てをぶつけて自滅する前に。
「はい。行きましょう、全ての決着を着けに」
トリスタンはランスロットに寄り添う。彼のひたむきな姿勢、純粋さは彼女の人生では見たことがなかったものだ。
無垢も純粋も尊ばれるものだが、生きていくうちに削れていく。けれど、彼は失っていない。努力すること、誰かに感謝することを忘れなかった……それは稀少だ、なぜなら人は慮ることは損することと”学びを得る”ことができるから。
相手がどれだけ強いか知っていても、”彼ならばできてしまうのではなかろうか”と思ってしまうほどにそれは尊い。
「――どこへ行くというのだ? 狗ども」
降ってくる声。行先を決めるために一瞬だけ通信を開いた。居場所が知れてもすぐに出発していれば大丈夫かと思ったが、それ以上に敵の対応が早い。
まだ1分も経っていない。
「お前は、何だ?」
ランスロットが誰何する。三日間の自主練などでない、生涯鍛えてきた武術が教えてくれる。
あの立ち方、そして重心。明らかに二足歩行の動物にすら当てはまらない。これは、ただ立っている姿を真似しただけのマネキンだ。酷い違和感に気分が悪くなる。
「なるほど、分かったか。さすがはアルトリア様と同じ武術を使う者だ。物事の道理は分からずとも、人体には通じるか」
「答えろ! 貴様は一体何者だ!? まさか、奇械……?」
その瞬間、天にほとばしるほどの怒気が上がる。殺意が飽和した。ガリガリと言う異音が、敵の魔導人形の中から聞こえる。
明らかな人外。そして、それを怒らせた。
「奇械に対抗せんがため、人を捨てた。奴らを上回るための【モンスター・トループ】だ。我らを奴らと見間違えるな! 真の敵と相対したこともない、下賤な人殺しめ!」
膝を曲げることもなく、”それ”は飛ぶ。二つの剣を握り締め、ランスロットの首を刈らんと飛びかかった。
「予備動作もなしに……! バネか何かでもないな。だが、人体から外れた動きは前にも見たぞ。皇月流【瞬き】」
その剣が届くよりも先に、ランスロットの剣が敵の片腕を切り飛ばす。装甲の内側は水のような断面だった。断面だけではなく、透き通った中身のすべてが水に見える。
苦痛の声も漏らすこともなく、もう片腕の剣が迫る。
「鋼の一つも仕込んでいない人間が! 我こそは【ジェリーフィッシュ】。凡人が奇械と戦うための異形。この名を刻んで冥府へと旅立つがいい!」
「ルナ・アーカイブスに作られた化け物め。人の世界から消えてしまえ! 皇月流【驟雨】」
ジェリーフィッシュの剣が半ばから切断される。それだけではない、驟雨は連続攻撃だ。残りの腕に始まり、足までも切断され――首すらも絶たれ16分割された身体が転がる。
「『黄金』の力を使えるだけか。貴様の祖父同様に相応しくない、宝の持ち腐れだ。それは鋼鉄の夜明け団にあってこそ有効活用できると教えてやろう」
首無しダルマ状態になろうとも、そいつはしゃべる。それだけではない、なんの痛痒も受けていないそいつは装甲の内部に満たされた液体を鋭い鞭に変えて襲い来る。
先の手数は2、しかしこの鞭は10本以上ある。
「それがどうした!? 化け物になったからと言って、人間が受け継いできた武術の重みを舐めるなよ!」
だが、驟雨はそれ以上だ。全ての攻撃を切り落とした。水とはいえ、斬れば断片に砕けて荒野に跳ねる。砕かれた鞭が更に針に変わることもないため、異能を使わずとも対応できる。
「人間だと? 貴様が人間を語るな。下らんぞ、貴様こそ人間の英知を舐めるな。積み重ねた知識、死ねば腐る肉体とは一緒にしないでもらおうか」
「何を……?」
切り落として飛び散った液体は再集合しようとしている。あの状態では自慢するものもあるまいといぶかしんだその瞬間。
「トリスタン、上だ!」
最初に気づいたのはアストルフォ。その戦いには加われないからこそ、外を警戒していた。
両翼の巨大な砲塔、それに繋がれた殊更巨大な大砲。まるで二機を連結したような不格好なシルエットは『スティール』だ。その大砲にふさわしいだけの馬鹿げた大きさのエネルギー弾の一撃が真上から降ってきた。
「させはしない。燦然と輝け『ビルスキルニル・クラレント』」
トリスタンが魔道人形を纏うと同時、光線を雷が焼き尽くした。どちらもエネルギー攻撃、ならば上回るのは『黄金』である。
だが、更に潜んだもう一体が静かにトラックに向かう。
「随分と強気だな、人間ども。鋼の英知、その恐ろしさを思い知るといい」
「毒使い。私が相手するしかないようだな」
一帯を汚染しながら進む『ブラッド』を、Rが止める。
「一丁前に防ぐか。だが……アルトリア様ならそもそもその程度のことを分担するまでもない」
足元を高速で跳ねてトラックに近づく影が更に一つ。そう、足が勇者パーティの弱点だ。機材まで積んであるのだから、それを破壊されたら立ち往生する。
「忘れるな、勇者パーティは5人居る」
「5人? 『黄金』は3機だろう」
ローランが立ちふさがる。だが敵は異形、中心の4本足、さらに外側に大型の4本足が備え付けられている『ギア』だ。合計8本の手足で自在に這いまわる敵に対応できない。
盾と剣、その二つでは自在の8本はしのぎ切れない。殴られ、蹴られて吹き飛ばされる。
「チィ……クラレント!」
雷が走るが、回避される。トリスタンはスティールの相手をしている、隙を狙っての援護では心もとない。二人の傭兵をあしらった『ギア』が、トラックに組みついて破壊する。
「好きにさせるか!」
ランスロットが『ジェリーフィッシュ』の胴体を蹴り飛ばす。あくまで核は胴体だ、そこに集まらなければ自在に動けないことを看破した。
これで再生するまでの数秒の時間が稼げた。その間にトリスタンを守る。彼女を自由にすれば遠距離砲撃ができる。
「そう上手く行くかな?」
もっとも、トラックはすでに破壊されたのだが。『ギア』が傭兵達を無視してこちらに来た。赤熱化した8本のナイフが振るわれる。
「この……どけ!」
「俺を振ってくれるなよ」
そして『ジェリーフィッシュ』までが戻ってくる。ランスロットはこの二体を相手にする他ない。逃せば、最悪倒れたローランが狙われる。
空から砲撃を振らせ続ける『スティール』がつぶやく。
「アームズフォートでの『黄金』との戦い、俺は四肢を斬られ転がるのみだった。あの時の屈辱は忘れん。だが、ルナ様が政府の新兵器を改造して新たな力を下さった。両翼よりエネルギーラインをつながれたこの兵器は埒外の砲撃。弾切れがあるなどと思うなよ」
彼は苦渋を呑んだ。だからこそ、ルナに新しい力を与えられて奮起する。
「ならば、それを上回る雷で焼き尽くすだけのこと。モンスター・トループ、ルナ・アーカイブスの生んだ化け物たち。人類の至宝に敵うと思わないで」
対するトリスタンは、己の纏う黄金こそ人類の秘宝。ぽっと出の錬金術師が改造した意味不明生物後時には負けらえないと、自らを鼓舞し不敵な笑みを浮かべる。
そして、残るRはすさまじいまでの暴威を振るう。一度拳を振るえば、風圧だけで地面が砕けてひび割れる。異能ではない、『黄金』を十全に扱うとはそういうことだ。
「とんでもないな、これでは機械型では相手にできん。いや、『ジェリーフィッシュ』をも砕き得るか? だが、この『ブラッド』を倒すには至らん」
「そして、飛び散った毒で殺すか? させんよ」
そう、砕いては再生して――そして、黒い水の通り道は朽ちる。毒であることは明らかだが、蠢くそれは一度装甲に貼り付けば内部に侵入するだろう。
Rがやっているのは簡単だ、それならば残骸の一つも付くのは許さない。毒も触れなければ良いのだ。
「……ふ。守れるものなら、守って見せろ」
「言うまでもなく」
3つの戦場でしのぎを削る。モンスター・トループはルナ直属の部隊だ。それこそ街から出たら四天王に襲われたような状況だ。四天王を1ユニットとして運用するのは反則だと言われるかもしれないが、ボスに劣る戦力を個別配置するのは各個撃破の的でしかない。
基本的に4機で1ユニットとして扱われる彼ら。元々は量産型の『鋼』だが、勇者グループにとっては手強い相手だった。そして、すでに彼らを運ぶトラックは旅に必要な荷物とともに破壊された。
それでも勇者は戦う。ただ、魔王を倒すと決めたから。