第73話 参上『紅炎絶爪』
国家秩序を乱す魔王ルナ・アーカイブス打倒のため旅立った勇者パーティは、道中何事もなく教国に到着した。だが、泊まったそこでは大勢の民間人達がお手製の武器を持って追いかけてきた。
一人の少女の助けを借りて、命からがらトラックまでたどり着いた彼らを待ち構えていたのは真正の【鋼鉄の夜明け団】、それも改造人間であった。
「クハハハハ! 勇者パーティ、口ほどにもあらず! この程度であのお方を倒す? なんとふざけた大口よ。貴様らでは遊星主どころか、大型奇械すら倒せぬさ!」
改造人間は自由に伸縮する左腕をしならせながら高笑いする。視線の先には倒れた勇者パーティの仲間2名。
とはいえ、勇者パーティの脅威になるかといえばそれもない。『黄金』と『鋼』にはそれほどの差がある。更に言えばその三つ爪と異様な加速は先ほど見た。ならば異能を使える”R”には赤子同然だった。
「――俺が相手だ。君は逃げろ、ルア。……ルア?」
ランスロットが後ろを見るが、案内してくれた少女はどこにもいない。
「何を言っているのか知らんが、逃げるつもりがないなら結構。逃げる獲物を追いかける趣味はない。……来い」
「ならば、あなたを倒して先に進むまで!」
ランスロットが吠える。
ルアがいつのまにか居なくなっているのを気にかける余裕もない。戦いが始まる。三つ爪が閃く。
その後ろで、トリスタンとRが勇者の品定めをしていた。この程度の敵、一人で倒せないようでは未来などないと。
「皇月流【瞬き】!」
それは高速の斬撃、アルトリアが牽制によく使っている一撃。手刀と剣では少し違うが、同門である。”それ”は三つ爪の奇怪な加速など容易に上回り、機械腕を叩く。
「……は。それだけか? ぬるいな、殺意が足りん。攻撃とは、こうするものだ!」
だが、それでは倒せない。人間相手の武術では、機械腕は砕けない。三つ爪がランスロットの胸を捕えた。
「ご高説どうも! だが、人間と言うからには技を磨くものだ。皇月流【天啓】!」
が、掴まれた瞬間には拘束から抜け出した。腕に乗り、すり抜け――敵の頭にかかと落としを放つ。剣だけでなく、足も使うさ勇者だから。
如何に機械腕を備えるとはいえ相手は人間。視界は抜けた、そして敵の動きを読めるほどの武人ではないのはこれまでの攻防で見抜いた。その頭に脳が入っているならば耐えられない、昏倒必須の一撃だった。
「で?」
しかし、敵はこともなげにかわしてしまった。対人戦、訓練ではあるもののランスロットの踏んだ場数は膨大だ。その経験から言えば、明らかにおかしい。
先のタイミングでかわせるはずなどない。確かに当たるタイミングだったのに。
「これでも倒せないか。……強いな。これほどの強さを持っていて、何故」
「お前こそ、狗にしておくにはいい筋をしている。どうだ? お前も改造人間にならないか? そうなれば、本当に意味で人類を守る英雄になれる。老い先短い老人どもの狗にしておくには惜しい」
機械腕の手を開く。どうやらその腕を異様に気に入っているらしい。しかも、相手は自分を買いかぶっている。
……おそらく、この手を取れば同士になるのにためらいもないのだろう。だからこそ。
「ふざけるな! 俺はルナ・アーカイブスを許さない! 我が祖父を、そして戦争を起こして幾多の人々の命を奪った奴を必ず倒す」
「下らんな、大局が見えていない。一人の命に拘り未来を見失うなど余りにも愚かと言わざるを得ない。ならば良し、貴様は人類の敵だ」
夜明け団は祖父を殺した。その一点ですでに敵と決めている。それを些末と笑うのならば、手を取れるはずがない。
互いに歩み寄りを見せ、しかし結果として互いに引けないということが分かっただけだ。また、刃をかわす。
「我がクリムゾン・クローの本領は影を掴むことさえ許さぬ自在の動き。ただ一人で勝てるものかよ。アルトリア様でもなければな」
「ならば、一人で超えて見せよう。異能すら自在とは言えぬ身なれど、剣一本あれば貴公を倒すには十分だ」
ランスロットが剣を構える。そう、仲間の助力など願う気はない。たかが『鋼』に手こずっていては、ルナ・アーカイブスを倒すには至らない。
「飛べ、【紅牙円閃】!」
「皇月流【驟雨】!」
クリムゾン・クローは各所に弾のない銃弾を仕込んでいる。その起爆により予測不可能な動きを実現する。
対してランスロット、こちらは敵の攻撃を全てを叩き落とすつもりだ。爪の動きを予測するのは諦めた。戦い方が違いすぎる。ならば、相手の土俵に踏み込むのは下策。こちらはこちらのやり方を通すまで。
ランスロットとて武人。鍛え上げた技で後れを取ることなどありえないと自負している。正面衝突ならば負けぬと、互いに叫んだ。
「おのれ、狗めが! どこまでも、ちょこざいぞ!」
「俺は先に進む! 亡き祖父に誓って! 絶対に!」
爪と剣がぶつかる音が多重に響く。10、20を数えてもまだ終わらない。剣と爪、そして鎧は互いの攻撃を通さない。だが……
「我が機械腕が……ッ!」
「このまま押し切る!」
機械腕にヒビが入る。これは単純な強度の問題だ。『鋼』と『黄金』が打ち合って、砕けるのは一方的に『鋼』である。
ルナによる改造を受けているとはいえ、所詮は量産品に過ぎないのだ。階位を超えられるほどではない。これでは勝てない。
「この……ッ!」
「おおおおおお!」
気合を入れる。このまま倒すと意気込む。腕さえ破壊すれば戦闘不能に追い込める。”殺さなくて”済む。
ランスロットは最初から殺す気がなかった。それだけの実力差があった。
「……やれやれ。僕は何も言ってないのに、心配性な子だ。だが、勇者……さすがに『黄金』か。その力を1割も引き出せていないとはいえ、力任せで追い込まれるとは」
陰からくすくすと笑う声がする。少し陰になっているだけで丸見えのはずなのに、誰の視線も届かない。そこに居るのに、誰も気付かないという摩訶不思議をごく自然に体現している。
「ならば、秤を『鋼』の方へと傾けよう。消化試合で何の成長もあるものかよ。そう思わないかな? ねえ、お兄ちゃん」
指を鳴らす。その瞬間、クリムゾン・クローが『黄金』の装甲を抉った。燃やし、切り裂いて中の肉に血の花を咲かす。
その炎はただの炎だ。『黄金』に干渉する力など持たないはずが――今、その不条理を実現した。
「そんな!? 『黄金』が、ただの武器の一撃で……!」
「クハハハ! これこそ真なる鋼の恩恵! ご覧ください、ルナ様! あなたに頂いた力で、不届き者を始末してみせましょう!」
攻撃力でいえば三つ爪が3、ランスロットの剣が7程度だった。どちらにせよ、武器破壊を企むならば全力攻撃を何発も同じ場所に叩き込む必要があった。
だが、今やどうだ? なぜか爪に当たっただけで腕の装甲が削れる。ありえないことだった。どうにか剣ではつばぜり合いが出来ているものの、この分ではいつ切り裂かれてもおかしくない。
斬鉄などという技術ではなく、よく分からない不思議現象によって。
「チィィ」
「さあ、死ぬがいい!」
爪が頭に向かう。先ほどまでなら頭突きでなんとかできた。1秒前までは、脳が揺れるのにさえ気を付ければ問題ない攻撃だったのに。
今のアレは頭部装甲を切り裂いても何も不思議はない。最初の一撃で、実はランスロットは脳震盪を狙っていた。魔道人形というものはそれだけ硬い。……硬いはずだった。が、それに賭けるのは危険。
「負けない。俺は!」
叫んだ瞬間、その剣が機械腕を切り裂いた。ランスロットの魔道人形が光り輝く。敵だけではない、彼の攻撃力も馬鹿げた上昇を見せていた。
「そうか。これが……『黄金』の……『ブリスタブラス・カリバーン』の力か」
そう、これこそがオリジナルの本領。その異能だ。バンプアップ、攻撃力の強化。ただそれだけであっても、『黄金』の異能であれば桁が違う。
銃弾を仕込むチャチな仕掛けとは違い、『鋼』を易々と切り裂いていく。
「光ある限り無敵、これが!」
刻まれた傷跡が治っていく。今までのランスロットでは出来なかったことだ。限定条件下での無敵、それこそ遊星主と力比べができるほどの。
「ふざけるなよ。危機に際して覚醒するなど? それでは、まるであの方が好む英雄譚ではないか。狗が、一端にそんなものを実践するか……!」
「俺はルナ・アーカイブスを倒す。だが、他の者まで殺す気はない。降参しろ。皇月流【瞬き】」
最初は何も通用しなかったはずの一撃が、煙を上げる機械腕を一刀両断に断ち切った。もはや数秒前までの彼とは次元が異なる。
異能を獲得した彼は、文字通りにレベルが違う。この改造人間に、勝機は失せた。
「……あ。ああ。……ああああああ! 俺の! 俺の腕が! ルナ様に頂いた二本目の腕がァ! 嫌だ、駄目だ。また失う……失ってしまうぅ」
狂乱し、ガリガリとマスクをかきむしる。両断した機械腕の残骸からは血が出ていない。まだ彼自身には傷一つついていない。
けれど、心は別だった。今までの自信が嘘のように震えている。
「ああ……いやだ。目がかゆい。失った目が。あのお方に頂いた目……眼窩かかゆい。ああ。あああああ」
残った片手でガリガリとマスクをかきむしり、そのあまりの力でマスクが壊れていく。
ごとり、とマスクの破片が落ちた。その中身は無残なまでに半壊した顔。眼を中心に鼻まで削ぎ取られた傷跡が見えた。
ぎょろぎょろと不規則に動く目は機械で出来ていた。
「そうか、サーモグラフか」
そこでランスロットはかかと落としを防いだカラクリを理解する。機械の目であれば人間の眼では見れないものが見える。例えば、熱を見て壁の向こう側を見通すとか。
「君はもう戦えない。そこをどいてくれ。……殺したくない」
「ああ! あああ! あああああ!」
何も聞こえていない様子だ。ランスロットは魔道人形を解く。彼はもはや敵ではない。ここで殺すのは騎士道に反する。
「トリスタン、二人をトラックに運び込もう。多分、街の人たちももうすぐ来ると思う。その前に」
「ええ。了解しましたわ」
もちろんトリスタンも魔道人形を纏っている。戦いを任せたからといって、この状況で装甲しない奴はただの馬鹿だ。
「――ギ。グルアアアア!」
ランスロットが意識を外した瞬間、そいつは大きく口を開けて噛みついてくる。それは”最期の時にも抵抗できるように”との温情で与えられた最終武装。ギザギザの金属歯、壊れたマスクの内側、眼窩から流れた血が狂気を演出する。
それが奇械に通じるとは思わない。だが、四肢を失い、地に横たわりそのまま奇械の手が下されるのを待つか? そんな無様、夜明け団には許されない。
誇りのために命が尽きる瞬間まで戦うのだ。
「……え?」
すでに魔道人形は解除した。効果など期待されていないはずの噛みつきが、ここにきて最大効果を発揮する。
「呆けるな。前を向け。我らには敗北など許されん」
銃声一発。潜んでいたRがとうとう姿を表した。頭を撃ち抜かれた敵は、倒れて二度と動き出すことはない。
「……R。助けてくれたのは礼を言う。だが」
「覚悟を決めろ。人類の行く末を決めるため、一人二人の命など軽いものだ」
沈黙が場を支配する。だが、悠長に議論する暇などない。勇者一行は逃げるようにその場を去った。