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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
「勇者」登場編
233/361

第72話 勇者の旅路?


 そして、勇者パーティが旅立ってはや3日が過ぎ、何事もない道程で教国内に着いた。現時刻は夕方、とある都市の宿に宿泊している。


「……何もないね」


 ランスロット、勇者様が中庭で素振りをしながら呟いた。襲撃もなかったので、彼らにはまだ宿を取って庭で素振りをする余裕すらあった。暢気なものだ、ここは既に敵の掌中も同然というのに。

 空路ならばひとっ飛びでも、陸路ではそれなりに時間がかかるものだ。迎撃の準備には十分すぎるほどの時間が経った。しかし、これまでの旅路は順調……そう順調すぎた。彼以外のメンバーが不安になってピリピリするほどに。


「ええ、私たちの出立は民主国と王国が情報を規制しています、さらにこの教国内にも協力者は居ますが……指名手配の一つもされていないのはそのおかげ、などと考えるのは甘すぎるでしょう」


 トリスタンが情報端末を弄る。重要な情報は既に協力者と接触して得ている。

 いくら超合衆国カンタベリーが建国したばかりで情報網が薄いとしても、勇者パーティの情報を何も掴めていないなどありえるはずがない。

 今は洗脳された民が剣を向けてくるかもしれない状況だ。なのに、何もないのが逆に不安を煽ってくる。


「……アストルフォとローランはどっか行っちゃうし。万が一の時のために一緒に居た方がいいんじゃないかな」

「そうとも限らないでしょう。彼らは彼らなりに動いていると思いますよ。まあ、それだけではないようですが」


「アハハ」

「……ふん」


 ランスロットは苦笑いを返すしかない。彼らは出ていく前にランスロットも娼館に誘っていた。しかもトリスタンに見られてしまったものだから気まずいことこの上ない。

 まあ、純粋培養な童貞にそんな場所へ行く勇気などないのだが。

 ちなみに、街へ入った時点でRは消えた。適当な暗がりに潜んでおくとのことだ、街の中に居ると気分が悪くなるとのことで。


「あの二人もランスロット様のように鍛錬をしたらよろしいのに」

「僕はまだまだ修行が足りないからね。それに、あの二人だって多少は身体を動かしていた。実戦で疲れましたじゃ格好がつかない」


「遊びたいだけでしょう? それに、ランスロット様だって明日に疲れは残さないようにしていらっしゃるじゃないですか」

「そこまで皆に迷惑はかけられないよ。……もう夕飯の時間だね。Rは、保存食でいいって言ってたけど」


「好きにさせておきましょう。ええ、私たちは宿に戻って何か食べましょう」

「その後は、暗くなるまで剣を振ってから寝ようか。あの二人は朝帰りかもしれないけど」


「やっとベッドで眠れます。隠れながらの移動も大変です」

「あはは。まあ、今日くらいはゆっくり眠っても文句は言われないはずだよ」


 そして、二人は宿に戻り食事を頼む。トリスタンは野菜スープを、ランスロットは焼肉定食を頼んだ。

 食事がそろい、いただきますと口に運ぶ。その瞬間、トリスタンがそれを吐き出した。


「ランスロット様、食べてはいけません! 毒です!」

「……え?」


 ガタン、と箸が落ちた。

 厨房の方からガタガタと音が聞こえる。そもそも、食事時なのに他に客が誰一人居なかったのを疑問に思うべきだった。


「貴族どもの犬め。民を虐げるのもいい加減にしろ……!」


 ぞろぞろと出てくる。その手には雑多な武器。銃すら持っていないだけに、逆に民間人らしさが出ていて魔道人形を着る気にもなれない。

 あれを人間に運用すれば虐殺だ。哀れな人たちを問答無用で殺せるようなら勇者ではない。


「やめてくれ! 俺たちはルナ・アーカイブスを倒すためにここに来たんだ! あなたたちと争う気はない!」

「ふざけるな! あのお方が居なくなれば、街々は奇械に蹂躙される。貴様らは民主国の首都に立てこもって他を見捨てる気だろうが!」


「そんなことはない!」

「嘘を吐くな!」


 押し問答。だが、どちらも偽りを述べてはいなかった。この勇者は”上層部の計画など知らない”というだけだ。アームズフォートがあれば良かったのだが、なければないでどこか一つの街に立てこもり、束の間の安寧を得る脱出作戦を勇者に知らせる意味などない。

 脱出先は民主国の首都が定番だが、そうにもいかない事情がある。どこか別の場所に脱出先は作られる。……そう、破壊された『地獄の門』を修理するはずだった資材を流用して。


「俺達は街を守る! いつまでも”上”の都合を押し通せると思うな!」

「何故わからない!? ルナ・アーカイブスを放置すれば、その先に未来はないのに!」


「うるさい、死ね!」


 粗末な槍、モップの先に包丁を括りつけただけの武器とすら呼べない”それ”を思い切り突き出された。

 そんなものでも、刺されば人は死んでしまう。


「――仕方ない。皇月流【瞬き】」


 包丁を避け、棒を叩き折って相手の首に手刀を入れて意識を落とした。包丁は当たると危ないから、落ちる前に掴んで適当なテーブルに刺しておく。

 この勇者は血筋だけではない。きちんと修行を重ねた年月がある。暴走する民間人の一人を制圧するなどわけはない。

 

「店長がやられた」「あいつ、やる気だ」「くそ、奴がその気なら」


 ざわめく。数を頼みに襲ってこないのが素人らしさを露呈している。これは明らかにルナの指図ではない。こんな奴らが夜明け団の戦士であるはずがない。


「やはり情報が漏れていますね。ですが、これは――おそらく誰かの指金ではなく自然発生的なものでしょう。噂が流れていたのですね、その結果がこれですか。私たちも、不用心すぎましたね」


 トリスタンが唇を噛む。予想できなかったのが歯がゆい。

 どこかの誰かが勇者パーティのことを知った。それはもしかしたら嘘から出た真というやつかもしれない。しかし、それはSNSで広がり、こうして暴走という結果を生んだ。


「逃げましょう、トリスタン。この様子では二人も危ない」

「連絡済です。街の外に停めたトラックで落ち合おうということでした」


 そうと決まれば行動は早い。敵の素人らしさに反して、この二人は兵士としての訓練を受けている。

 奪った棒を思い切り投げつけてやれば彼らはひるんでしまう。その隙に外へ逃げ出した。


「――やつら、まだ生きているぞ」「逃げ出したのか」「誰か殺せよ」「勇者なんて嘘っぱちだ」「死んでしまえばいいのに」


 彼らをねめつける”視線””視線””視線””視線””視線”……ここにいる住人すべてが敵に回っている。

 殺すのならばどうにでもなる。魔道人形の一つもないから、アサルトライフルで掃射すればことは済むのだ。だが、ここにいるのは罪もなき人々だ。

 未だに魔道人形を纏っていないのは、その状態だと人を轢き殺してしまう恐れさえあるからだ。暴力はここにある。だが、それを使っても人を傷つけることしかない。救うことなどできはしない歯がゆい現実があった。


「こっち」


 物陰からひょこりと頭を出した女の子が手招きする。年のころは13,4ほどだろうか。短い髪、そしてジャージという芋っぽい恰好なのに美しさが隠しきれていない。

 同級生には高嶺の花として扱われていそうな美人な女の子が手招きしている。


「……ありがたい」


 選択肢はない。彼女は小さな割に速いが、訓練を受けた軍人ほどではない。す、す、と暗がりを躊躇なく駆けていく彼女を速力だよりで追いかける。


「お転婆なんだな」

「あは。駆けっこが好きなの」


「そうか!」

「……で、この辺りでいいかな」


 裏通りの少し開けた場所で立ち止まった。見たところ普通の女の子だ。ルナに似ているところもあるが、あれとは年齢が違う。

 彼女は壁に背を預けて陽気に笑う。


「僕はルア・アーカと言うの。お兄さんたち、噂の勇者様?」

「……やはり、噂になっているのですね」


「そうだよ、お姉さん。皆SNSでうわさしているよ。それに、不用心じゃないかな? お兄さんが自分を勇者だって言う録音まで出回ってるもの。しかも、広場で剣まで振り回しちゃって。疑ってくれと言っているようなものだよ」

「すまない。だが、剣を振るうのはそんなに珍しいことかな? 僕の居た国ではよく見られた訓練の光景なんだが」


「お兄さん、民主国の人? 教国じゃ剣を使うのは珍しいよ? 僕みたいな子供ならともかく、大人なら剣に夢なんて見ない。銃を使うよ、当然」

「……道理で剣を持っている人が居ないと思った。戦う人間が夜明け団に徴兵されているからではなかったんだな」


「夜明け団に入るのは任意性だよ。誰でも入れるけど、入ることを強制されるのはないの」

「そうか。そういう名目なんだな」


「むぅ。お兄さん、僕の話をちゃんと聞いてない」


 ぷっくりと頬を膨らませた姿はかわいらしく、笑いが漏れる。


「――ねえ、お嬢さん。外に出る場所を知らない? この状況では真っ当に門から出て行くのは無理だと思うのよ」

「そうだね。皆、いつも優しいのに今日は鬼みたいな顔してる。お兄さんたちが出て行ってくれれば元に戻るのかな?」


「みんな、ルナ・アーカイブスに騙されているんだ。奴を討てば、必ず」


 ルアの雰囲気が変わる。年に似合わぬ虚無的な嘲笑を浮かべる。


「ルナ・アーカイブスは何もしない。人の望むままに与えるだけだ。アレを倒したところで何が変わると言うのだろうね?」


 その落差に驚き、一瞬言葉を失う二人。


「うん、街から出る非常口なら知ってるよ。こっち」


 踵を返し、走っていく。そして、街を覆う壁が見えてきた。ある程度の規模の町ならば必ず備える壁だ。奇械に襲われないように、すべからく街は壁で囲まれている。

 そして、門以外にもそこかしこに非常口がある。その一つだ。だが、それを子供が知っているのはどうにもおかしい。


「……噂があるの。ずっと北、向こうの方に鋼の夜明け団は何かを建てている。そこに行けば、きっと会えるよ」

「なに?」


 着いていくと、誰にも会うことなく外に着いた。外にたどり着くと、ルアは意味深なことを言い放つ。ご丁寧なことに隠したトラックのすぐ近くであったのだが、しかしルアにそのことを聞く時間もない。


「早かったな、人類から鋼の恩恵を奪わんとする裏切者め」


 待ち伏せられていた。その敵は改造型の『鋼』を纏っている、明らかに街の人間とは違うたたずまい。戦争の中に生きる強者の雰囲気だ。


「ルナ・アーカイブスは大勢の人を殺している。貴様こそ、奴の操り人形になる気か? 人としての尊厳を捨て去るな!」

「――ふざけるなよ、狗め。ならば良し。狗は狗らしく、首を刈って飾ってやろう。奇械と戦う気概もない人間が、『黄金』の恩恵など片腹痛し」


 一触即発。何かの切っ掛けで殺し合いが始まる、その瞬間。


「人を騙るな、改造人間め」

「その姿で人間は、ちょっと厳しいなって思うんだ」


 二人の歴戦の兵士が機先を制す。実のところ、先に着いていた。だが、敵を警戒して潜んでいた。

 今は横合いから殴りつけるには最高のタイミング。奇襲は成功したも同然といっていいだろう。……それが人間相手なら。


「馬鹿め。我が『紅炎絶爪(クリムゾンクロー)』を見るがいい」


 燃える3つ爪が後の先を取り、二体の『鋼』を切り裂いた。


「――っが」

「うわあ――」


 地面に叩きつけられた。血を吐いて動けなくなる。致命傷ではないが、戦闘を継続できる傷ではない。

 この二人とて弱いわけではない。『鋼』遣いとしてなら、自国ならば10本の指に入る。だが、”しかし”だ。

 相手が悪かった。彼らが積んだのは対人戦の経験、伸びる上に各所にブースターまで積んだ3つ爪を相手にしたことはない。


「……それが」


 ランスロットが息を呑む。


「そう、これこそがかのお方より我が授かりし鋼の恩恵……!」


 これこそが改造人間の本領。走らなければ移動できない。腕も伸びなければ加速もしない。そんな人間の枠を飛び越えた異能だった。




 ちなみにルア・アーカは61話で使った偽名でした。ここで偽名を使ったということはそういうことです。



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