第71話 復讐の勇者
〈勇者〉と呼ばれる存在が居る。シャルロットはアルトリアのことをそう呼んで慕っていたが、そう呼ぶのは彼女だけであり別に公式でも何でもない。つまり、真の勇者は別に居る。
そう、前話にて既に『黄金』を奪われていた彼、ガラハッド・クリジェスは勇者と呼ばれる家系であったのだ。もちろん、その血筋は保護されていた。国家において保証される血筋であれば、彼をこそ勇者と呼ぶのが正しいだろう。
であれば、勇者の子孫を勇者と呼ぶのも正しい。クリジェスの家系、ランスロット・クリジェス。曾孫に当たる彼は現在16歳だ。真実など知らず、顔も知らない偉大なる曾祖父の顔に泥を塗らないために稽古に励んでいた。
そして、知らないところで曾祖父が殺され『黄金』を奪われたわけだ。世界の真実とともに、その下手人を知った彼は怒りに燃えた。
だが、怒りを飲み込む以外に何もできようはずもない。代わりには『宝玉』すらもない、それこそ『鋼』でも持ち出すしかないのだが、そのただの量産型では敵わない。
――剣一本で突っ込んだところで、ルナの元にたどり着く前に警護隊にハチの巣にされて終いなのは目に見えている。それは無謀どころか、裸で嵐に挑むドンキホーテだ。
そう、ランスロット・クリジェスに世界に挑む力はなかった。彼は血筋、才能、そして努力が噛み合った稀有な存在であるが、それだけだ。
培った訓練ゆえに剣士としては優秀賞、さらに勇者の家系として剣技一本ではなく多少ダーティな心得も修めている。とはいえ、”王国で一二を争う剣士”程度では神秘には触れられない。『宝玉』の一つで埋められる程度の力でしかない。
彼に何かができる可能性など残っていなかった。所詮は優等生、アルトリアのようにはなれない。
しかし、民主国は彼を利用することに決めたのだった。そして所有する『黄金』の一つを彼に貸し与えた。さらにルナに奪われる前に教国から民主国へ極秘で輸送された、封印されし『黄金』を貸した娘を相棒として与えた。
さらにさらに、隠し玉の真の『黄金』遣いも参加させる。その上で歴戦の『鋼』使いを2人派遣する。これで倒せないようならば本当に後がない。そのような意気込みで精鋭の勇者のパーティを作り上げた。
RPGでよくあるような、血筋だけの素人をいきなり戦場に立たせるのとは違う。確かに中核の勇者に実戦経験は足りないが、逆に言えば足りないのはそれのみ。修練は十全に積んでいる。
暗殺を原義での「公衆の面前でぶっ殺す。あとは正門から帰る」というなら、これ以上はない暗殺=勇者パーティだった。
そして、勇者パーティの初顔合わせだ。大々的にやるわけにはいかない。王国の、王命の元にから使命を託された。そして、民主国を裏から支配する者が承認した。
とある秘密施設に集まり、極秘裏に輸送した装備を渡す。全ては、”民”に気付かれないため。そう、誰かが知れば夜明け団に通報されてしまうから。
「皆、宜しく頼む。ルナ・アーカイブスは我が曾祖父を殺し『黄金』を奪った。これは、許されるべきことではない。必ず、かの邪悪を打ち倒そう」
「――ええ。貴方の嘆きは理解できる。ともに奴を打ち倒しましょう」
娘、トリスタン・ブロードは天真爛漫に笑う。雰囲気はただの村娘だ、特別に美人と言うわけではないが決してブスというわけではなく、どこか安心する雰囲気だ。
こういうのがモテる天然娘というのだろうが、その実すべては計算づくだった。剣一本に生きた男を手管に取るなど訓練を受けたハニトラ要員にとっては朝飯前だ。
「……」
三人目の黄金遣いはむっつりと黙っている。黄金遣いとしては素人の二人と違い、彼は寿命のくびきを突破している。人間模様など見飽きたそれだ。
そも、彼は名前とともに人生を捨てた。滅びた故郷とともに心は砕けた。ギネヴィアの名前を捨てた。残るのは残骸、ラモラックの”R”だけ。それが彼だ。残骸である彼は、ただ下された命令を処理するのみ。
「にゃはは。いいじゃないの、勇者様。やることは同じ……なら、楽しんだ方が得ってモンだよね?」
「貴様はいつもそうだ、アストルフォ。任務は真面目にこなせ」
そして、二人の戦士は仲良く馬鹿話をしている。『黄金』の戦いの前には、1兵士の力などゴミクズでしかない。それこそ、ルナのサイコキネシスだけで詰む。
それでも、経験に上回るものがないから三人に着いて来ている。正面から挑めば死あるのみとしても、他にやれることがあると信じて。
「お堅いなあ、ローラン。短い人生、楽しまなきゃ損だよ? それに、僕たちは『黄金』を持っていないのだから真面目一辺倒じゃあ貸せる力もないさ」
「ふん、私に楽しみなど必要ない。――ただ任務をこなすのみ。それに、永遠が望みならば鋼の騎士団に行ってみればどうだ? 願えば永遠に生きれるようにしてもらえるかもしれんぞ」
「それはちょっと。悪くすれば脳みそだけシリンダーにぷかぷか浮かぶ羽目になるかもしれないし。知ってる? 人間の細胞で寿命がないのが二つだけあるんだよ。一つは脳、もう一つは――」
「貴様の話はいつも長い上に意味がない。口を閉じておけ」
「酷いなあ。酒場では女の子たちがいつも真剣に聞いてくれるんだよ?」
「金を払っているからだろう」
裏の仕事もこなす軍人二人の軽口が止まらない。勇者君はパン、と手を打ち鳴らして注目を集める。
「――まず、奴の顔を拝まなくては始まりません。ですが、ルナ・アーカイブスの居城は曲がりなりにも殺戮兵器。現在は停止しているようですが、実際に動き出すこともあるそうで」
アームズフォート、『スピリット・オブ・ゴッドファーザー』。わざわざ名前を引き継ぐ意味がないから、改修後には別の名前になっていることだろうけど。
一つの砦に匹敵する火力、それが車輪で動く。正面から立ち向かっては、とてもではないが犬死にだ。
「ですが、ルナ・アーカイブスの居場所は把握できます。アレは洗脳で成り上がりましたが、どうやら魔力や薬物ではないようで。民主国でも見分けが付きませんが、逆に奴らでも分かっていません。スパイや暗殺者の派遣は容易です」
洗脳とはいっても、ルナが実力行使で何かをしたわけではない。ただ思想を広めただけだ。
”政府は自分しか守らない、奇械を倒さねば民草に未来はない”と説いた。それを信じる者がいる。それは、この勇者パーティに言わせると”騙された”ことになる。
「一番楽なのがヴァンガードオーバードブーストを使っての突貫だが、それではアームズフォートの迎撃装置に落とされるだけだ」
「忘れちゃいけないのがアルトリア・ルーナ・シャインだよ。あの化け物とルナ・アーカイブスの二人を相手にするなんて考えたくもない。というか、護衛が二人居るのも悪夢なのに、さらに三人増えたって?」
「いえ、そこは問題ありません。【戦姫】に関しては民主国の方で呼び出しをかけます。彼女はヘリで向かう手筈となっているため、かち合う心配はありません。増えた三人にしても、現在はアームズフォートから離れています。この三人はいつも近くに居るわけではありません。ただ、二人の方はどうしようもありませんが」
「ならば、君がアルカナ・アーカイブスを。そしてRはアリス・アーカイブスを止めてくれ。そして私とアストルフォが君をサポートする。……ルナ・アーカイブスを君が倒すんだ、ランスロット」
「はい! 必ずアイツを倒します」
アストルフォがぽんぽんと肩を叩く。
「ま、気負わないでよ。というか、普通に考えればその布陣じゃ絶対ムリでしょ。ま、なんか奇跡とか起こるといいなって。『黄金』ってそういうもんじゃん。というか、まだどう移動するか決めてないし」
けらけらと笑う。戦力差は絶望的だ。普通に考えて、ルナと護衛の三人を同時に相手取るのは無理だ。
『黄金』が3対3とおまけが2つ、おまけ分有利かと言えば……そもそもルナの戦闘データは民主国にも渡っている。彼らの力では足手まといにしかならない。データ上ですら勝てる要素を見出すのは困難だった。
「移動手段の確保が必要だな。だが、遊星主を倒すと言う戯言を真に受けたからか民は支持者が多い。下手な場所を移動すれば通報されるぞ」
「そーれもあったかぁぁ。あんまり団員の方とは衝突したくないよねえ。元々は教国の兵だし、悪いとうちの兵士と戦うことになるよー?」
「――高度な柔軟性をもって臨機応変に対応しましょう! 徒歩で!」
「はい。私もそれしかないと思います。……さすがに車は用意してもらいますが。流通ルートに紛れて行きましょう。旅人を装うのは無理でしょうし」
「そんな奇特な人間、何人もいないしねえ。変人だと思われるのは慣れてるけど、故郷から追い出された人間と見られると面倒だよー?」
「快適な旅ではないが、問題ない。移動中に状況が好転することを祈るのみだな」
「いやいや、ローラン君よ。君ほどの男が楽観視とは珍しい。悪化する心構えはしておくべきだよ。例えば、指名手配とかさ」
「言うな。分かっている、我々は不利だ。奇跡でも祈るしかない」
「――僕たちは勇者なのに。なぜ、奴を信じるのでしょう。……人殺しなのに」
「そういうもんさ。人は都合のいいことを信じるものだ」
「あと、民が権力者が嫌いなのはテンプレだよね」
「奴は……悪だ」
「いや、そいつは……」
「――はい、そうです」
言いかけたローランをトリスタンが遮る。
「私たちは正義。最後に勝つのは正義です。……必ず」
「そうだよね、トリスタン」
「はい、そうです」
彼女が怪しくほほ笑む。
こうして、勇者パーティが諸悪の根源であるルナ・アーカイブスに挑む旅が始まった。