第70話 新戦力のお披露目
人類最大の戦力を持ったルナは超合衆国カンタベリーを作り上げた。これまで最強であった教国を倒したのだ、他の二国としても逆らえばまとめて滅ぼされるだけだから選択肢はない。
暴力を背景に脅しただけだが、元より国家間交渉とはそういうものだ。軍を持たない国など草苅場に過ぎない。……例えば日本とて、自国民に向けて軍を持たないだの言っているかもしれないが、海外では自衛隊は普通に”軍”でしかない。
ただ――暴力は持っていればいいというわけではない。優位な立場にあるのは確かだが……それなら、最大規模の核保有国であるアメリカが世界征服していなければおかしい。あくまでそれは”優位に立つ”との意味合いだ。
例えばEU等は一国一国の軍事力は大したことがないが大国に名を連ねている。口八丁も十分な武器となる。この世界で言えば、民主国が得意とする戦い方だ。
ルナも逆らうからと言って民主国のどこかの都市を血祭りに、などは出来はしない。最強の力を持つ――なんて、それは”暗殺できない”というのは強いがゲームエンドではない。鋼の騎士団の求心力が無くなれば、超合衆国は空中分解して敗北だ。
……ならば、他国としても交渉の余地がある。顔役となったシャルロットは経験が浅く、そしてルナはお子様だ。なだめすかして、周り回って自国の益となるように誘導すればいい。
少し薄くなってきた頭髪に悩むこの男、メタス・ハニヴァーはその役目を負って民主国から派遣されてきたのだ。
「ああ……くそ。どうしてこうなった……!」
与えられた個室の執務室で頭を抱えていた。とりあえず大使館の親善大使という立場、また民主国での外交部国際課副室長と言う地位はそのままなのだが。
この副室長と言う地位、実はかなり低い。いや、組織図としては経営トップに近い位置にあるのだが、室長の上に各大臣が居る上に審議会などもある。そもそも課としても、教国と王国以外をまとめる3つの課の中では窓際だ。
一応地位のある人物を送らなければならなかったのだが、たらいまわしになった結果として彼に回ってきてしまった。
「くそ……! この椅子は大丈夫なんだろうな? 机がいきなり爆発とかしないよな?」
頭では分かっている。
ルナ・アーカイブスという人物は目を覆いたくなるほどに短慮ではあるが、狂人ではない。
意味の分からない理由で爆破などしない。命の危険というなら、狙うのはもっと上の人物で、更に強行して殺すのも容易いから、彼みたいな下っ端はますます安全だ。
ああ、理論的にはそうだ。だが。
「頭の硬いお偉方ども……! 伝統がどうのと言いながら、下の奴に押し付ける時だけはさらりと無視しやがる。まずは副大臣から行くのが慣習だろうに……!」
感情は別だった。鋼の騎士団は拿捕したアームズフォートを首都として運用している。一種の”土地を持たない”国だ。
基本的にルナの持つ財と、夜明け団が討伐して稼いだ魔石によって運用されている。超合衆国には”平民”も”土地”も不要なのだ。
だからといって、一度は破壊された戦闘兵器に乗らされては面白いはずもないが。――聞けば、これは動くと言う。転んで頭を打って死亡、などという面白くない死因が嫌に現実的だ。
「――だが、仕事をしないわけにはいかんか。……嫌に手際だけはいい」
通信状態は良好。これならば本国に残しておいた仕事も出来るだろう。本当に、嫌になる手際の良さだ。昨日ヘリでこのアームズフォートに入り、寝室に案内され――朝、部屋まで運ばれた朝食を食べて一服しているとこの執務室に案内された。
本当に重要な書類以外は紙など使わない。更に言えば、その書類もプラスチックの一種で紙ではないのだが……用意されたPCにアクセスすると問題なく本国のサーバに繋がったからには仕事をしなくてはならない。
「頭を抱える暇もないのか……クソ」
安っぽい椅子に背を預け、PCに向かう。質実剛健、というより単に装飾に価値を見出していない殺風景な部屋だ。
これならば、嫌な現実から目を背けられそうなくらいに仕事に集中できそうだ。
「――」
そして、小1時間。仕事は元から山ほどあるし、超合衆国のことで更に山ほど増えた。集中力を切らさないまま、小気味よく仕事をしていたその時に。
「やあ、どうかな? 仕事は捗っているかい? 両国の利益になるよう、君には期待している」
いきなり話しかけられた。
「……ッヒ! ル――ルナ・アーカイブス!?」
ガタン、と音を立てて椅子から転がり落ちてしまう。メタス・ハニヴァーは40代だ、まだ若いがそこは押しつけの結果である。とはいえ、世間的な意味で”若い”と言えないし……趣味だったテニスもやめて久しいため脂肪のついた腹が揺れる。
「おやおや、驚かせてしまったかな? 悪いね、足音を殺して歩くのが趣味なんだ」
「ドアを開けた音も気付きませんでしたが……」
腰をさすりながら立ち上がる。こんな小娘に、とは思うがそこを隠す程度には学びを得ている。
とはいえ、恨めし気な視線までは抑えられない。まるでホラーだ、魔導人形すら素手でねじ切るような相手がいきなり目の前に居た、などと。
「さて、親善大使殿。いきなりで申し訳ないが、少々仕事があってね」
「私もスケジュールがあるので、そういうのは書面で送っていただきたいのですがね」
「君がそうして欲しいならそうするとも。ただ、僕に聞きたいこともあるかと思ってね」
「……」
けらけら笑うルナ。とはいえ、発言の裏は考えるまでもない。こうやって対面上のことならば少々のことは水に流すと言っているのだ。”ここ”は監視カメラもない。
まあ、要するに”腹を割る”ということだ。外交部に携わる人間としては、こうした譲歩に飛びつかないわけにはいかない。
「……吸っても?」
「どうぞ」
”これ”も交渉の一つだ。外交などをしているとタバコ一本吸うにも色々と考えることがある。
まず、ルナは喫煙者ではない。そして、夜明け団に喫煙者は殆どいない。それは戦っている最中にタバコのことを考えている奴は戦死したと言うことなのだが、メタスには知らない。
重要なのは、ルナがまず一歩譲歩したと言う事実。
「あなたはお吸いになられないので?」
「この姿で吸っていたら可愛くないだろう」
よくわからない返答だが、更に一歩前進だ。とはいえ、仕事のことを聞くのは良くないだろう。仕事はどうしました? と聞いて「忘れてた」と帰られてしまったら後悔どころではない。
「まずは私の執務室を用意してくださったことに感謝します。ここまで手際の良い課は民主国にもそうはないでしょう」
「それは嬉しいね。資源は有効に使うべきだ。技術も、時間も、ね。惜しんで手間を増やすほど馬鹿なことはない」
やはりか、と思う。
教国内でルナ・アーカイブスのプロファイルは出来ている。アリスとアルカナについては不透明もいいところだが、現状ではルナの護衛兼愛人でしかない以上警戒する必要はない。
感情を排した合理主義者。完璧にこなせてはいないが、”それ”を好むなら、鋼の騎士団も自ずと”そう”なっていく。
「では、単刀直入に聞かせてもらいましょう。この超合衆国カンタベリーは、13遊星主を撃破することが目的と広報されていますが――その真実は?」
「ああ、それは民衆用に分かりやすく言っただけでね。まあ、君も教国でそこそこの位置についているんだ。遊星主を倒したところで復活するだけなのは知っているね? 我々の目的は奇械帝国そのものの封印だ、倒しても無駄だからね」
「……封印ですか? そんなもの、聞いたこともありませんが」
「難しいことじゃない。そもそも魔石の保管技術は色々あるだろう? それの発展型だよ。魔石は放置すれば減るからね」
「――」
「聞いたこともないって顔だね? まあ、政治家なら仕方ない。後で自国の御用学者にでも説明してもらうと良いよ。まあ、規模が違いすぎて帝国封印にはコメントもしようもないだろうけど」
「ええ、まあそこまでお手間を取らせる気はありません。……ですが、13の遊星主を撃破するとか?」
「そうとも、それが我らが【キャメロット】の真の目的。しかし封印するには遊星主に邪魔されるのは必然だね。だからこそ【鋼鉄の夜明け団】があり、そして『超合衆国カンタベリ-』を作った」
「……しかし」
無謀、としか思えない。『黄金』があるからと言って勝てる相手ではない。確かにアルトリア・ルーナ・シャインが撃破したとの話だが……二体目に即死寸前まで追い詰められ二目と見られぬ体になった聞く。
「戦力が足りないのでは? と、いう顔だね。自分で言うのも何だが、降って湧いた僕らを除けば遊星主に匹敵するのはこの【戦姫】ただ一人。教国の『黄金』遣いですらも格が不足していると。……確かにその通り。残りの12をさてどうするかという話だが――朗報でね」
「……はあ」
ルナが嫌に明るい顔をする。嫌な予感がする。
「僕の家族が顔を出してくれたんだ。協力してくれるそうだよ? だから紹介を兼ねて式典を開こうと思ってね――それでここに来たんだ。民主国親善大使殿、君が来てくれれば箔も付こうというものだからね」
「なるほど。あなたのご家族ですか! それは目出たい!」
……何が目出たいものか。アリス・アーカイブスにアルカナ・アーカイブス。戦力がまだ増えると言うのか。
ルナ・アーカイブスにこれ以上戦力が集まろうものなら、国家全ての力を合わせたとしても……彼は寒気に身を震わせた。恐ろしい、それ以外の感想などない。
「――では、式典は1500からだ。服装は問題ないようだが、粗相はしないでくれよ」
「肝に銘じておきますとも」
酷いジョークだ。まるで、それほど恐ろしいものがあると言っているような。それは、予言ではなく、ただの犯行予告だった。
そして、メタスはコーヒーも昼食も我慢してその式典に参加した。尊厳の危機に対するちょっとした備えだった。
さすがの夜明け団も、謁見室は体裁を整えたようだ。座る椅子も豪奢でふかふかとしていて持っていきたいくらいだった。
ふと上を見れば、壇上の不釣り合いにでかくきらびやかな椅子に乗ったアルカナの上にルナが座っているのが見える。そして、そのすぐ横にアリスが侍っている。
御簾で仕切られて影しか見えないが、その笑い顔も見透かせる。
「――さて、皆の者。嬉しい報せが入ってきた」
拡声されたルナの声だ。こういうのは普通は代弁者が居るものだが、不要だからとカットしたらしい。
夜明け団の面々が拍手した。御簾の前に陣取っている4機の改造型『鋼』はモンスター・トループ。ルナ自らが改造した最強の改造人間らしい。
一室に収めるべきではない戦力過多である。
「王国にて見分を深めていた僕の家族が帰ってきた。手土産もあるらしい。さあ、拍手とともに迎えよう」
横に控えた、これまた『鋼』がドアを開ける。曲がりなりにも指揮官用のはずだが、こうまで気軽に運用するとは、さすがは歴史三日足らずにして世界一の魔石保有国だ。
「プレイアデス・アーカイブス、ここに。――導きの光。恵みの光。あなたの存在があればこそ、我々は存在している。なれど、光を受けて輝くガラスもあることを知った。ゆえに、戦線へと参陣しよう」
錫杖を持った女の子が進み出て跪いた。とはいえ、こいつも人外に違いない。……そして、何を言っているのだ、コイツは。いや、言葉が聞き取れなかったわけではない。
何を言いたいのだ。
拍手している夜明け団の奴ら、本当に意味が分かっているのかと聞きたくなった。
「コロナ・アーカイブス、ここに。人間は殴れば潰れる弱々しい存在だ。しかし、それでも――生きていると知った。ならば、あなたの聖戦に参席させて欲しい。あなたのために、ではなく……彼らを守るため」
勝ち気で豊満な女性が前に出て腕を組んだ。
アルカナが妖艶な美女とするなら、こちらは元気いっぱいの美少女といったところか。二人ともにまだ幼さが残っているが、3年も経てば美女になる。
だけどコイツは言っている意味こそ分かるが、立派に常軌を逸している。まるで、自分が人間ではないかのような言い分だった。
「ミラ・アーカイブス、ここに」
そして、もしかしたらアリスよりも幼いかもしれない女の子だ。しゃちほこばった表情をしているが、その実はつまらなさそうだ。
面倒だが、一応付き合ってやるか――と思っているのが見て取れる。
そんな女の子が、2つの死体をひきづってきた。それは魔導人形を纏った死体。オリジナルがゆえに、原型をとどめなくなるまで破壊された肉袋を詰めた鎧。
「……ッ! あれは」
「……そんな、まさか」
右側、夜明け団以外からの参加者の席からどよめきと戸惑いの声が聞こえてくる。それもそうだ、メタスとて誰はばかることなく頭を抱えたい気分だった。
つまり、この三人は『黄金』を殺して奪ったのだ。おそらくは、民主国から。
「ああ、顔を上げてくれ。その意思を尊重しよう。【キャメロット】への参列を許す。その力、存分に振るってくれ」
ルナがアルカナから降り、御簾をくぐり二人の元まで降りた。
「これで、キャメロットは騎士は――」
跪く三人に近づいたその瞬間。
「ルナ・アーカイブス、覚悟!」
扉を守っていたはずの『鋼』が全力での跳躍を敢行する。……床を蹴り砕き、そして天井をも蹴り砕いて剣を召喚しつつ振りかぶった。
「虫けらが、太陽に触れようなどとおこがましい」
シャン、と錫杖が鳴った。その瞬間。
「……げ! ぐは!」
潰れたトマトのように床に這いつくばった。何が起きたのか分からないが、攻撃されたのは確かなようだ。
……錫杖を持つ幼女、プレイアデスに?
「ふむ、加減が難しいな。……ごほん。価値ある石ころと、汚れた石くれ。区別するには困難なれど、石ころには使い道もある」
もう一度、錫杖を鳴らした。
「ふふ。ありがとう、プレイアデス。こっちを取っておいてくれたんだね」
ルナがプレイアデスを撫でる。どうやら魔導人形を破壊しないように手加減したらしい。
「貴様、貴様のせいで――」
肺が破れてごぼごぼと水音が混ざりながらも、その暗殺者は恨み言を口にする。腕が震えている。もしかしたら、剣を取ろうとしているのだろうか。
紛れ込んだ暗殺者、夜明け団は歴史が浅いだけに潜入は容易。しかし、その刃をルナに届けるとなれば難題だ。周囲には強力な改造人間が控え、さらにその力を振るうことにためらいもないのだから。
「さて、では持ってきたもらった『黄金』を使って君たちの魔導人形を強化しようか。……最終決戦に参加できるだけの格を備えてもらうとしよう。その子にも使い道はあるしね」
最期にパチリと指を鳴らす。暗殺者の男が、魔導人形だけを残して蒸発してしまった。
「さて、解散としよう。まあ、一つ不手際があったがそこは許してほしい。まだうちは歴史の浅い国なのでね」
ルナが御簾の奥に消えていく。ミラと名乗った幼女を無造作に引きづりながら。階段に当たるたびに何やら嬉しそうな声が聞こえてくるのだが……
ともかく、アーカイブスの6人はどこかに消えてしまった。
メタスも執務室に帰ることにした。もうゆっくり風呂に入ってぐっすり眠ってしまいたい気分だが、残念なことに他の仕事がまだまだ残っていた。
Q.なぜやった?
A.ルナがやりたかっただけ