第69話 戦後処理
アダムスの地の終戦を迎えた後、ルナは建国を発表。国土を持たない国……『超合衆国カンタベリー』を作り上げた。そして、教国と交渉して合法的に『アダムス』を借用した。
まあ実情としては断れば潰すという武力に訴えかけたものではあった。教国は戦争で降伏したようなものだ。筋も何もあったものではないが、今更要求を跳ね返せるはずもなかった。
ルナとアルトリア。いきなり現れた意味不明な生命体と、真実を暴露し国を追われたお姫様。始まりはそんなだったが、こうして世界の命運を握れるだけの地位についた。ついに物語は終局へと向かう。
まあ、責任ある立場としては書類仕事だの折衝だのと色々仕事があり様々な紆余曲折があるものなのだが……しかし、その辺をまとめて切り捨てる構想が超合衆国だった。
元ネタと同じくすべての国の武力を一つに纏めるという意味もあるが、だがその本命は【キャメロット】と【鋼鉄の夜明け団】両名を奇械帝国の本国にぶつけるためのお膳立てだ。言ってしまえば資金集めと題目作り、裏の仕事は他人に投げればいい。
「さて、失った国を復興したお姫様。今や空前のシンデレラというわけだが、感想はどうかな?」
けらけらとルナが嗤う。実際、ルナは超合衆国の仕事を殆どしていない。鋼鉄の夜明け団団長として動いているが、そこに戦後処理は含まれない。
そして仕事をぶん投げた相手のシャルロット・ギネヴィアは、悪い顔色を化粧で隠して豪奢な衣装で着飾っている。国の仕事をするためにはそういう虚飾も必要だ。美しい姿勢で座っているが、それもオリジナルの回復能力あっての賜物だ。ただの人間であればとっくに限界を超える仕事量であった。
「あなたが動けばすぐに終わる話でしたがね、団長様。いわば私はCEOですが、会社の実権を握っているのはあなたでしょう? 雇われ責任者の私としてはあくせく働くしかありません。というか、忙しすぎて普通にあなたを恨んでいます。ルナ」
「まあ、気持ちはわかる。……とはいえ、僕は既に権力を持ちすぎている。動くと後で問題が噴出する、他国のお偉方がいくらでも作りやがるのさ。彼らを安心させるために僕は一介の研究者でなきゃいけない。そっちの仕事は手伝えないよん」
シャルロットが舌打ちした。
事情は分かる。そもそもルナはルナとて大忙し、詳細不明のワープ能力があるから茶などしていられるだけだ。見計らったように茶会に誘って来たが、実は今も手の離せない仕事の真っ最中だろうと当たりは付けている。
改造人間の再強化、もしくは手に入れたアームズフォートの強化。教国からは返還を求められているが、そこで返すルナではない。戦力は未だ絶望的に足りていないのだから。
「――そういえば、アームズフォートとやらはどうなったのです? なにやら、システムに反抗されたとか。あなたは部下以外とはそりが悪いですが、まさか動く要塞にまで振られるとは驚きです」
「振られてない、奴は僕に刃を向けたから斬ったまでさ。まったく、コンピュータに感情を入れるなど製作者の意図が分からないが使えないなら壊すまで――しかし、代用品が用意できないのが嫌らしい」
「おやおや」
「まあ、それはいいさ。アレがあれば、夜明け団の戦力を有効活用できる。最悪の場合でも、不出来なコンピュータに代わって僕が直接操作するまでさ」
「現行コンピュータで演算能力が足りないと言うのに、あなたが代わりになると? そもそも人間はコンピュータの代わりなどできない……などと、あなたの前では儚い言葉ですね」
「どんなおためごかしをしようとも、結局は武力が神さ。端的だが、誰もが知っている真実だ。ゆえに、一見無関係でも、敵対すらしていてもこちら側に引き込めば力になる。我らが目的の一助になる。……僕については今更だろう、そもそも人間と名乗った憶えもない」
そう、全ては力だ。遊星主を倒す力がなければ人類は滅びるのみなのだから。
ずっと前から、人間は滅びる運命は決まっていた。広がる無限の荒野、もはやこの世界は雑草の一本すら生えない死の国だ。
ただ、人間だけが滅びの太源たる魔力を運用、工学的に人工的な自然環境を作り上げて生き長らえた。
――ゆえにこそ、人類は更にその先へと進むべきだろう。
大地の寿命が尽きた? 魔物が跋扈してる? 下らない、生きるために環境を変えてきたのが人間だ。強敵を倒し、魔物を資源と変え、更なる発展を目指すのだ。
「まあ、我々の目的を思えば仕方ないことですね。貴方の子飼い、モンスター・トループが撃破された――ならば、強化しなくてはならないでしょう。そもそも、あなたには手に入れた二つの『黄金』も、どうにか使えるようにしてもらわねば」
「それさ。まあ、一つはいい。ベディヴィアの奴には言ってしまったからね。少々ブラッドの奴が健闘し過ぎてしまった感があるが二言はない、『黄金』の力は彼のものだ。だが、さて。もう一つはどうするかね。……君にやるにしても――ねえ?」
「私では不足と? 不服ではありますが、その見解に反論はできませんね。私はあくまでサポート型、それにあの人のように強くはあれません。……というか、私までそちらに行くと政治担当が居なくなります。あなたでは無理です」
とうとう問いの形ではなく断言されてしまった。まあ、政治など人間関係の調整役みたいなところがある。それはルナに全く適性のない事柄だ。
「まあ、そんなわけで君をキャメロットの騎士に参列させるわけにはいかない。さてさて、どうしようかね」
だから、苦笑いして反論しない。分かりきった問題を蒸し返した。
「それこそ、モンスター・トループは?」
「彼らは凡人だよ。ただ忠誠心から選抜した戦士だ、騎士じゃない。彼らに『黄金』を与えても13遊星主を撃破することなどできやしない」
「……騎士の選抜には手間がかかりそうなことで。私は手伝いませんよ? おかげさまで、忙しくしてダラける暇もありませんもので」
「ハハハ、それは済まない。これでもどうぞ。……心配しなくても、ただの栄養剤だよ」
試験管に入った虹色の液体を渡す。上下に振っても混ざりあわないあたり、相当ヤバそうで口に入れるのを躊躇する代物だが。
「マズイ。まあ、効果はありそうですね」
「だろう? 思い込みが重要だからその辺も調整したんだ」
「この味、わざとですか。……あなた、やはり変なところで天然入ってますね」
「そう? あの子たちにも、団員の子たちにも言われたことないんだけど」
シャルロットはそりゃそうでしょうよ、という顔をした。そこは置いておくことにする。
「――まあ、上手く行っている。ということで良いでしょう。教国の軍は我々の手に落ちた。教国の政府、そして民は私がどうにかしましょう。どうせ、超合衆国は1年持たせる気もないのです。その場しのぎでよければ、どうとでも」
「そう、すべては計画通りだ。まあ、騎士の集まりは悪いけどね……しかし、そちらもアテはある。お偉方、民――まとめて幾ら不満が溜まろうと関係ない。僕らの目的は奇械の撃破、こちらの動きを先制できるはずがないからな」
「まったく、国を興したものはミレニアムとか言いながら1000年持たせるためにどこまでも腐心するものですよ。それを数か月もしないうちに国が亡くなっても良いなどと、彼らにとっては噴飯ものですよ」
「そういう人は自分でミレニアムを築けば良いさ。僕が超合衆国を築いたのは、あくまで目的のために必要なことだからさ。……手段が目的に変わることほど情けないこともないだろうさ」
くすくすと笑いあった。そこに、もう一人の女性が気心知れた様子で加わる。
「――そうだ、お前が居てくれるからこそ我々は先に進める」
アルトリアが空いた席に座った。
「勇者様! ガニメデスが淹れた茶など舌に合わないでしょう。すぐに淹れてまいります!」
嬉しそうに席を立った。
「くすくす。お姉ちゃんは愛されてるね?」
「……ふむ、まあ憧れという奴だろう。それで私に協力してくれているのだから、ありがたい。足を向けて寝れんな」
「そういえば、シャルロットは世間では最も多忙で、最もお偉い人間様になった。そんな人間に茶を淹れさせるなんてお姉ちゃんは何様なのだろうね」
「私はそれほど大した人間ではないさ。ただ、戦うしか能のない女だ。こんな世でなければ害悪となるだけの戦闘狂だよ」
「だが、今の世は奇械が人間を支配している。ならば、貴方は英雄に他ならない」
「――」
シャルロットが戻ってくる。
「どうぞ、勇者様」
「ああ、頂こう。……うまいな」
「ありがとうございます!」
「――この忠犬ぶり、堂々と民衆の前に立って演説していたお姫様と同一人物だとは思えないね」
「お黙りなさい、ルナ。建前とは言え、立場は私のほうが上ですよ? というか、私が辞めたら困るのはあなたなんですからね」
「おお、怖い怖い。僕は退散しておこう。……それに、そろそろ反応が終了する頃合いだ。手術の続きをしなければね」
睨みつけるシャルロット。ルナはおどけて肩をすくめながらぴょんと椅子から飛び降りた。そこにアルトリアは茶を楽しみながらも声を投げかける。
「国を作ったとなれば、皆忙しくなったな。だが、私のほうは空振りだ。駄目元であったが、招集した戦士にキャメロットの騎士になれるような者は居なかった」
「了解だ、まあ教国で駄目ならば民主国と王国を当たるだけさ。これまで以上に手広くできるし、なによりそちらの『黄金』を回収していない」
「頼むぞ」
ルナはひらひらと手を振った。
「おや、ルナはどうしたのですか?」
「アイツは仕事だ。座れ、お前も少しは休め。私はここで多少英気を養っていくとする」
去って行くルナを見送り、席に座るのはシャルロットとアルトリアのみとなる。
「……そういえば、一つ気になる噂が」
「ふむ?」
「王国から勇者を騙る不届き者が出たという話です。なんでも、『黄金』を授けられたとか」
「いや、私を勇者と呼ぶのはシャルロットだけだから、むしろ私が偽物な気がするが……しかし、勇者ね」
シャルロットのこの態度には、アルトリアも苦笑するばかりだった。しかし、勇者という単語には思い入れがあるらしい。
「始末しますか?」
「やめておけ。ルナが気に入りそうだ。……もっとも、どれだけ気に入ろうと敵意を持って前に立つならばその末路は一つだがな」
「なるほど。まあ、ルナが働いてくれるならばそれでいいです」
「……お前たちは仲が悪いのか? 良いのか?」
超合衆国はこのように回っていく。本編ではなく、あくまで目的を果たすための道具でしかない。道具として使えるのならば問題なく、そして詳しく描写するだけの価値もない。
全ては奇械との最終決戦のため。歯車は回っている……
実際、この世界は詰んでいます。死体で出てきた『黄金』の二人ですが、彼らも寿命を超越したレベル(初期アルトリアより上)ですが、ルナに勝つために覚醒したナマモノよりは格段に見劣りします。
そのレベルでは100回やっても遊星主には勝てませんが、人類側の勝利条件は「一つも取りこぼさない」&「時間稼ぎを許さない速攻」です。
ルナが状況をひっかきまわす前の時点では明らかに計算するだけ無駄の戦力差が人類と奇械にあるので、実は『領地に引きこもる』というお偉方の策は正しいのです。……まあ、寿命が少し伸びるだけですが。
作者としては”絶対に勝利などない”戦いが、ルナの介入によりどう変化するかをお楽しみ頂きたいと思っています。