第63話 亡国の姫君
そして、ルナは粗末なコンテナを並べただけのみすぼらしい集落へ足を運んだ。その集落は見るからに即興で作っただけの一時しのぎのボロ屋に見える。
1か月後には跡形も無くなっているか、ボロいコンテナだけがゴーストタウンのごとく残っているだけだろう。そんな”避難所”だった。
そして、出迎えた主人は苦い顔をしている。
「……あなたは指名手配犯のはずですが? ルナ・アーカイブス」
「まあ、そう言うなよ。僕と君の仲じゃないか? なあ、お姫様」
出迎えた人物はゴルゴダの決戦で生き残った残党を率いている彼女。シャルロット・ギネヴィアだ。ガニメデスを除いた上で彼女含めて18名、それが残存勢力の全てだ。
だが、全てが管理された都市では18名は受け入れるには多すぎた。ただの避難民であれば問題にはならなかったのだが……
金で解決しようにも、政府から金で見逃して貰っただけに負い目がある。その負い目がある限り全員で一つの都市に住もうとは虫が良すぎた。国への賄賂のため賞金首ではないが危険人物には違いない。
言ってしまえば、金があろうとテロリストの一派には住んでほしくないという人情だ。そんなわけでこんな亡命者の村みたいなものを作らざるを得なかった。
「通信越しで何度か話だけだったと記憶しています。それに、アルトリア様もいないようですが」
「病人がはしゃがないって、ファーファに叱られたんで大人しくしてる。君を見込んで話があるんだ。なに、君はあの臨時大佐殿より有能だってことを僕は知ってるよ」
シャルロットは憎まれ口を叩きながらも家に通し、茶を出す。こんな場所では信じられないほどの上級の茶葉だ。それに、湯もしっかり熱い。
……このボロ小屋はただ急ぎで必要だったからでっち上げた一時のものだ。遺産を継いだことで先立つものはもっている。逆に言えばそれ以外は持っていないのだが。
「あの男ですか。好かない男でしたが……彼の身に何か?」
「始末された。どこかの派閥かは知らない、世渡りはあまり上手くなかったようだね」
適当な鉄パイプの椅子に座って、会議室で見るような風情のない机の上で茶を飲む。全てがアンバランスだった。
どっち側に行こうか悩んで手持無沙汰に佇んでいるガニメデスもまた、おかしさに拍車をかける。
「あなたが知らないはずはないでしょうに。……ああ、切りましたか。あなたの庇護が無くなれば、結果は目に見えている。あの男の次は私を利用しようと言うわけですか?」
「そんなことはないよ? 僕は選択肢と力を上げただけ。どうするのかを選ぶのは君だ。僕は彼に指示したことなんてなかったし。ただ僕は好みでない選択肢に入れ上げるほど暇人じゃないだけ」
「私の持つオリジナルに利用価値でも見出しましたか。しかし、『宝玉』が一つではたかが知れているでしょう。それに、あなたが求めているのは『黄金』であったはず。何を考えているのです?」
「いやあ、なに。かの世界を平和に導こうと自らレクイエムを奏でた、見捨てられた皇子様に倣おうとね?」
「……は?」
「その男の子は、妹を守るために世界と敵対した。そして、世界を相手に戦い、国という理念すら歪めた果てに己が身すら捨て駒と使い目的を成した。その手腕をリスペクトして、ね。ああ、こちらの話だ。気にしなくていい」
「まあ、あなたが訳の分からないことを言うのには慣れていますが……」
「では、前提の確認と行こう。正直、君は状況についてこれてないだろ?」
お姫様は額に青筋を浮かべたが、一口茶を啜って落ち着かせた。
「そもそも、あなたの用件がなければ知る必要はなかったでしょう? どんな厄介事を持って来たと言うのですか」
ため息をついた。ルナの悪名は知れ渡っている。そして、彼女はその本性も知っている。安心できる要素など、何一つなかった。
「まあ、待てよ。どんなことでも前提を履き違えれば、思惑は別の方へズレてしまう。今回ばかりは、それはちょっとマズイんでね」
シャルロットは大人しく聞く姿勢を取る。決戦の準備に追われ、そして終わった後も方々の処理に追われて亡命者のように駆けずり回っては最新情報の一つも手に入らないから。
「さあ、まずは前提の前提だ。『人類は生き残るべきである』。これは全くもって正しい、なぜならば誰も彼もその目的に向かって邁進しているからだ。僕らの物語に”そう”思っていない人物はいない。居たとしても首を刎ねてやるさ、狂人の始末など語る価値もない」
「――だが、そのための方策は二つある。共に人類を想いながらも、資源が有限であるために選ばれるのはただ一つの派閥だ。当然だな、『奇械』に抗うためには人類の総力を持ってせねばならない。二つも実施するような余裕はない」
ルナはす、と二つの指を立てた。一つを折る。
「まずは『キャメロット』、アルトリア・ルーナ・シャインを首魁とする一派で最終決戦論者だな。やるべきことは単純、敵をぶっ潰して人類の繁栄を担保する。詳細としては封印だが、排除と言う意味では同じだね」
そして、次はチチチと指を振った。
「では、もう一つの方の方はどうかというと……こいつは教国や王国の上層部で推し進めている方針というか、現在取っている戦略だ。一言で言うと共存だな、要はこのまま永遠と小競り合いを続けていたいと思っている。語弊があるかもしれないが、『ゴルゴダ』、『アダムス』、そして『地獄の門』。ここを最前線として均衡を保つという考えだな」
ため息を吐く。そちらの方針に迎合しないから戦争までしているのだ、ルナとアルトリアは。
「まあ、ここは理解しづらいだろうからもう少し言葉を重ねるとだ。あいつらは奇械の攻撃を自然現象か何かと思っているんだな。君たちは決戦に向けて備えてきたようだが、上層部ではそんな考え方はない。遊星主に考えなどない、ただ小規模攻勢を一定に仕掛けてくる虫けらか何かと思っている。彼らご老人は今まで生きていられたから、疑問もなく明日も生きて行けると疑っていないのさ」
「若者に言わせると危機感の欠如だが、彼らは彼らで自分の経験に自信を持っているのだろうね。いつ死ぬか分からない老人より、未来ある若者の方がよほど明日を疑っている。だから一歩間違えば死んでしまうようなことをやってしまうかもね? 明日を信じられないからこそ、名声を求めて自殺行為に及んでしまうのかも」
「まあ、君に問うのもどうかと思うが……どちらに立つ? 奴らは人類を滅ぼす悪魔か、それとも害のない眠れる龍か。未来は誰にも見えない。案外、遊星主は1万年経っても人類の世界に足を踏み入れてこないかもよ。彼らご老人が信じるように」
シャルロットは、はん、と馬鹿にしたように笑う。
「奴らは悪魔に決まっている。私たちはそれを知っている。愚問ね、それとも挑発しているのかしら? 私を一人で戦えないと思うのなら、後悔させてあげるわ」
魔導人形を出しかねないほどの鋭い視線がルナを貫いた。そう、遊星主の”善意”などを信じるなら殺し合ってなどいない。
彼女は、ルナがこの世界に来るよりもずっと前から奇械との殺し合いを演じていた。
「まあ、決戦があった以上は君はこちら側だよね。悪かったね、重要だからはっきりさせておきたかったんだ」
「……で、私の聞きたいことはこれからです。上層部が呑気な豚なのは知っている。けれど、奇械でなく人間に尻を蹴り飛ばされれば猪になって向かってきますよ。あなたは本気でご老人どもと戦う気ですか?」
「それは、もうやっちゃったね」
「――は?」
「ここまで説明してきたのは前提だが、ご老人たちもそれは分かっている。僕が説明してやったわけじゃないよ。考えれば分かることだ、あの豚どもは馬鹿じゃない。……ゆえに僕を殺すか、それとも決戦に付き合わされるかの2択なのは知っている。奴らは既に共存を選んだ以上、『キャメロット』を排除する以外に手段はない」
「……指名手配されているようでしたが、すでに交戦済みだったわけですか? なんという……まあ、あなたならば仕方のないことかもしれませんね」
「どころか、奴らのカードの一つを潰した。機関を搭載した新規軸の『鋼』だ。僕たちにぶつけるには精鋭でなくては意味がない以上、切り札を除けば切れる札は2・3枚だと考えているね。彼らのチャンスは多くても1回か2回だけ」
「顔に似合わずすぐに殺しますね、あなたは。同じ人間、慈悲をかけようとは思わないのですか?」
「ん? 殺し合っているんだ、手加減は無粋と言うものだろう。磨き上げた力に対しては敬意を払っているつもりだよ。相手が弱い奴を潰して悦に浸る間抜けでない限りね」
「……まあ、あなたはそうでしょうね。で、次なる敵に対する備え――は自分でするのでしょうね、錬金術師。なら、後始末の方ですか。私を何かの責任者として担ぎあげるつもりですね」
心底嫌そうに言うシャルロットに対して、ルナはにんまりと笑っている。
「大正解さ。もうこうなった以上、キャメロットは教国の皮を被れない。だが、キャメロットが教国を支配するとなると、それは面倒なんだ。というより、国家運営に手間を取られては初志を貫徹できない。だから、4つ目の国を作ってしまうことにした」
「……有象無象の小国ではなく、『黄金』を所持する4つ目の大国。残りの二国が許しませんよ」
「そこも取り込むさ。大体、教国に勝った相手に喧嘩を売るほど馬鹿なことはない。そして、これは”戦後”のためにもなる。『超合衆国カンタベリー』を作り、鋼鉄の夜明け団を丸々移籍する。そして、3国の軍の役割を担う。人類全ての戦力を吸収し、最終決戦を決行するのだよ」
「……それが可能と? そもそも、それだけの戦力を維持するなど不可能なはず。あなたでもそれだけの政治力など持ち得るはずがない」
「政治など関係ない、金で何とかする。一度実態が出来上がってしまえば追認する他ない。『ゴルゴダ』は堕ちた。そして、『アダムス』では魔石確保の作戦が合計3度実行されたが、欲をかきすぎて失敗に終わった。――どうにでもできるさ、僕ならば」
「それはそうでしょう。最前線に身を置かなければ奇械の知性など知っているはずがない。小気味よく敵を撃破していくうちに知らず知らずに奥深くに入り込んでしまい、包囲され各個撃破されるのは目に見えた失敗のパターンですね」
「馬鹿な貴族を頭に据えて傭兵を動員しただけとはいえ、3度も釣り作戦にかかるなんてどうかしてるよ。奴らが間抜けを晒した結果、魔石の供給は今や僕が一手に握っている状況さ」
「奴らは個であると同時に群、作戦のために無駄死にすら厭わない。それは、我々がとる『フェンリル』で華々しく散る戦法とも違います。そこを勘違いしている以上、あなたの独壇場でしかない。いくらでも失敗させられる」
「僕が何かした訳ではないよ? ま、経験が足りないってことさ。そっちの専門家は僕が抑えてるってこともある。ああ、君については僕がタッチしたことはなかったね」
「私に声をかけはしないでしょう。敵前逃亡した身ですよ? まあ、後で異動の辞令が出ていたことにしてもらいましたが」
「で、君はこいつを受けてくれるかな? アルトリアお姉ちゃんはとても喜んでくれると思うよ? 戦士ではなくとも、キャメロットの一員と認めてくれるかもね。それだけの苦労はするだろうが、お姉ちゃんの野望のためには必要な要員だ」
「……あなたは悪魔ですね。そんなことを言われたら選択肢なんてないじゃないですか」
「嫌々やらせてもいい結果にはならないよ。君が首を横に振るなら、別の適任者を見つけるか他の作戦に切り替えるだけさ。今や、鋼鉄の夜明け団とて戦うだけの集団じゃない。今や秒を数えるごとに巨大化していく宗教組織さ」
「まったく、あなたに組織運営の手腕があるとは思っていませんでした。あのご老人どもの最大の誤算はそれでしょう。どこで学んだのです? 狂信者の作り方なんて特級の爆弾でしょうに」
「それは乙女の秘密さ」
「答える気はないと。しかし、あなたが悪魔であったとしても構わない。まだ私の戦いは終わっていない。冥界煙鏡の魔石は奪われた、そして奴は復活する。ならば……奴を倒すためならばこの魂を奪われようと構わない」
ルナが手を差し出す。そして、シャルロットは殺意さえ込めて握り返す。
「契約成立だ。なに、後悔はさせんよ」
「私次第で、でしょう? あなたの人柄は多少なりとも知っていますから」
……くすくすと笑いあった。