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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
犠牲砦【ゴルゴダ】編
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第57話 ゴルゴダでの決戦(4)


 シャルロットは束の間だけ泣き崩れた。しかし、それで終わるような女ではない。戦う者として、そして男を篭絡する魔女としての側面も持つ女だ。

 3秒、気持ちを切り替えるのにかかった時間はそれだけだった。灰色しか映さなかった瞳に、苛烈なまでの熱が宿る。

 炎を原動力としなければ膝から崩れ落ちそうになるほどに倦怠感に蝕まれている。……隠れていただけと思うかもしれないが、この戦いは他の者と同等の消耗を強いられた。気絶してしまいたい心地だが、それは許されない。


〈全員、陣形を組み直せ! 生き残った指揮官は!?〉

〈……姫様、ご無事で!?〉


 もう一度通信を開くと、生き残りの兵から応える声がした。よく生き残ってくれたと感心する。高い性能を持つ魔導人形を与えられた兵士もいるから、全滅するような事態にはなっていない。それに、雑兵もちらほらと生き残っている。ゆえに、彼らに兵を任せる。最初に生き残った者同士で合流しなければ、各個撃破されるだけだ。

 自分は他にやることがある。この戦いのことを考えるのが彼らの仕事で、ここでは戦いの後も考えなければならない。


〈通信兵。サシュ、カッテ、ハル! 生き残っている者は?〉

〈カッテ、まだ機能は使えます。姫様〉


〈そう……なら『地獄の門』に通信を開きなさい。撤退するわ〉

〈は、承知しました〉


 彼は通信装置を満載した『銅』の操者だ。ノイズは混じるが、砦には通じるだけで十分だった。もっともその砦も、ほぼ半壊してまともな運用は期待できないありさまだが。

 しかし遊星主との戦闘などあれば通信環境が滅茶苦茶になるのは分かり切っていたこと。そのための装備をもたされた兵。炎の息吹から生き残ってくれたのは運が良かった。


〈――ティトゥス・アインス臨時大佐。状況は把握していますか?〉

〈把握している。本国より通達が出ている〉


 淡々とした声が返ってくる。この男はいつもこうだ。感情を押し殺し、歯車に徹する。いついかなる時も状況を冷静に観察し、国のため利益の大きい選択肢を採る。そうしていれば今よりも偉くなれると信じている。


〈何? どういうことです、それは〉

〈向こうも見ている、そういうことだ。ギネヴィア家の人間には転属命令が出ている。そして、貴重な魔石の回収命令もな〉


〈ふざけるな! 私だけおめおめと逃げ帰れと言うつもりか!? ここに居る兵達はどうなる!?〉

〈……非情に心苦しいが、その戦域から離れることは許可されていない。仮に兵士が砦から慣れた場合は逃亡者とみなされ、処刑されることだろう〉


〈……ッ! 臨時大佐では話にならない! 責任者を出せ!〉

〈私が責任者だ。それとも、本国に話を通すか? 私はそれでも構わない〉


〈――ッ! それが出来れば……!〉

〈シャルロット少佐、遊星主の魔石は重要なものだ。必ず持ち帰れ〉


〈誰が、貴様などの言うことを……〉

〈通達は以上〉


 通話が切られた。


「――おのれ!」


 電話を叩きつけるように切った。これで希望が無くなった。砦などもはや残骸がその辺に転がっているだけだ。着の身着のままでどうしろと? それに。


「魔石! 奴はどうしている!?」


 弾かれたように上を向く。龍がアルトリアのところに向かっている。魔石の確保、そしてアルトリアの確実な抹殺のために。


「……」


 シャルロットの顔が恐怖に染まる。何人かが迎撃に向かったが、ただ近づいただけで燃えて死んだ。……太陽に近づきすぎたイカロスのように。

 だがアルトリアは二目と見られぬ姿になりながらも、まだ生きている。歪な金属のオブジェにしか見えないその姿から、確かに鼓動が響いてくるのだ。ただ即座に向かったファーファが地に横たわる”それ”を抱きしめているが、龍の前では彼女含めて塵芥に過ぎない。


〈ファーファ、飛べ〉


 通信で響いてきた場違いに幼い声。もちろん、この声のことは知っている。『ゴルゴダ』と『アダムス』の間には交流があった。

 ゆえに、ルナのことは知っている。その配下、モンスター・トループのことも。


「うん!」

 

 焦っていたのか、通信に切り替えることも忘れて飛び出した。


「ヒィ――――ハァァ――」


 ドップラー効果を起こしながら、音速を超えて奔る機体がある。成層圏は龍に掌握されている。ゆえにミサイル輸送は不可能だった。そも、アレに帰りの便はない。

 だから、ロケットで空をかっ飛ばしながら来た。その装備名をヴァンガード・オーバード・ブースト。ただひたすらに早く飛ぶことだけを命題とした”使用者を殺す兵器”。人の内臓器官はその加速に耐えられない。


 ファーファをさらい、不格好に大きな弧を描きながら飛び去った。


「アルトリア様。あなただけでも助かって良かった」


 シャルロットが涙を拭う。ああ、彼女だけでも助かったと言うのならこれ以上はない。例え二目と見られない姿に成り果てていたとしてお、生きていてくれるのだから。


「ならば、思い残しはありません。家族と過ごしたこの地で、最後まで……!」


 ゆえにこそ、やることはたった一つ。『地獄の門』はシャルロットのみならば受け入れるだろう。連綿と続く悪しき慣習だった。……持たざる者は逃げられない。平民を兵士に仕立て上げ、そして無数の死体を積み上げることで教国は保たれてきた。

 シャルロットはここに残った者全員へと通信を開いた。


〈総員、傾注! 我らが英雄が敵を打倒した! だが、その骸を奪わんとする痴れ者がいる。そんな横やりを我らは決して許さない! 全員、銃を持て! 銃がなければ剣を! 剣がなければ鉄パイプでもいい! とにかく、奴に一撃を与えるのです!〉


 全てを持って玉砕することを決めた。自分だけが生き残ることなど望んでいない。いや、分かっている。兄や王――祖父ならば自分が生き残ることを望むだろう。

 だが、すでに彼らは冥府へと旅だった。ならば、後は自分の好きにしても良いだろう。何より死にたがっているのは自分、という話だった。


「さあ、一世一代の大馬鹿を始めましょう!」


 笑みすら浮かべて、死に向かうことを決めたのだった。


「……は、お姫様は引っ込んでろよ。大一番は俺が貰ったぜェ!」


 そこに響くはチンピラの声。イヴァン――生き残りの奇械を引き裂いて遊んでいた彼が、手つかずの大物を前に色めき立った。


「待て!」


 と、手を伸ばすが『黄金』のスピードには敵わない。すでに龍と戦闘を開始していた。


〈皆、聞こえているか? この声が届いた頃には、私は既にこの世から去っているだろう〉


 通信、ではない。メッセージだ。魔導人形に仕込まれていたそれは、王が入れていたものだった。


「……お爺様?」


〈我が6本の槍、そして余に忠誠を誓う戦士たちよ。そなたらが【戦姫】と力を合わせたならば、かの宿敵を倒したことは疑うべくもない〉


 それは決戦前に録音された声。奇械との決戦を1ヵ月も準備してきた中でも初期に録音されていた。彼は砦の崩落に巻き込まれて死んでいるのだから。炎の息吹はそれだけの被害をもたらしていた。


〈礼を言おう。奴を冥府へ送れたならば、我らが祖先も浮かばれる。だからこそ、この言葉を送りたい。――軛は断ち切られた。新しい人生を進むのだ。戦いなどない、平和な世で〉


 隠された地図のデータが表示される。何の変哲もない荒野、『地獄の門』から少し離れているがそれなりの規模の街が近くにある場所だ。


〈そこには我らが故郷カンタベリーの遺産が眠っている。新しい人生を踏み出す役に立つはずだ。受け取ってほしい〉


 逃亡者は銃殺刑となる掟、とはいえ賄賂があれば何とかなる場合も多い。特に、今の状況では『アダムス』そのものが壊滅しているのだ。

 これで退く選択肢も生まれたが……


「何を今更……! 私も、そちらに――」


 特攻しようと足に力を込める。何をいまさら、だ。奴を倒すためだけに育てておいて、しかも倒す前から新しい人生などと録音するとは。

 ふざけているのか? 今までの生き方を裏切ることなどできはしないと萎えかけた足に力を込めた。


「姫様、なりません!」


 二人に腕を掴まれた。それは『銅』だったが、振りほどくには力を使いすぎていた。気を抜けば倒れてしまいそうなほどに疲労困憊した身体を無理やり動かしていたから。


「シィル! ナァレ! 何をするのです、離しなさい!」


 暴れるが、その力はあまりにも弱弱しい。シャルロットを引き留める二人は女だ、この砦では珍しいから友達になった。

 彼女たちにも理由があった。敵討ちのため、そして大切な誰かのために戦うことを決めた人達だった。


「あなたが幼い頃からずっと見てきました。せめて、あなただけでも逃げてほしい。それが我らの総意です」

「――カルルート! この場の最高責任者は私です! 口を出すな! お前こそ爺様の言葉に従ってどこぞへ行ってしまえ!」


 二人を寄越し、上空で佇む彼は中隊指揮者だった。王に付き従う者の一人としてシャルロットとは見知った仲だった。


「あの魔石を奇械に渡すわけには参りますまい。じゃが、死地に向かうのは老兵だけで十分じゃ」

「ならば、私が行く! 使われずして何が槍の一振りか!?」


「姫様は若い者をお願いします。彼女たちも」

「……ッ!」


 反論できない。隣を見て、不安に揺れる友の瞳を見てしまったからには。ここで特攻すれば彼女たちはどうなる?

 遺産があれば後はどうにかなるというのに。遺言ではシャルロットに限定されていなかったが、教国の交渉で彼女は不可欠だ。


 上空を見ればイヴァンと龍が戦っている。

 ……けれど、それはもう一度火を吐けば終わる戦いだった。命からがら逃げだしたアルトリアだって、もう一度火を吐けば殺せていたのだ。

 それができなかったのは、奇械帝国の懐事情が常にカツカツだからだからだった。


 火を吐く一発分でどれだけのゲート型やサテライト型を生み出せるか。……人類が生き残ってきたのは、強大でありながら全くもって継戦能力に欠ける特性のおかげだった。


「我々はあの魔石を取り戻しに行きます! 後はお願いします」

「ええ……任されたわ」


〈カルルートの中隊以外は私に続け。王の遺言の場所へ向かう!〉


 勇敢な彼らは魔石の確保に向かい、そして屍を晒す。イヴァンは龍に踏み潰された。虫の息だが、病魔を克服した彼ならばいずれ復活するだろう。

 魔石を確保した龍は飛び去る。これ以上戦闘を継続することができなかったのだ。



 ……そして、残る奇械の最後の一体が倒れた。

 生き残りは合計17名だった。あまりにも多くの人の命が失われた。泥沼の殲滅戦と龍への特攻でせっかく龍の炎から生き残った23名が死亡した。

 それでも、命は残っている。シャルロットは生き残りを連れて遺産を受取に向かう。彼女は16名を連れ、歩き出す。


「――まだだ。まだ、終わってはいない。奴の魔石、必ず奪い返して打ち砕く……!」


 祖父が望んだ新しい生き方はできずとも、この場を生き残ったのだった。飛べない羽根の代わりに、歩いてそこへと向かう。


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