第55話 ゴルゴダでの決戦(2)
6槍のうち2を犠牲にして、ゲート型までの道が切り開かれた。けれど、それは”前方”だけの話。前を除いた後左右、そして上下――目の前の空間を埋め尽くす勢いでレーザーが降ってくる。
10も喰らえばお陀仏だ。そして、サテライト型の数は少なくとも100は超えている。それでも4ケタはないだけマシだった。さらに言えば、地上からの攻撃だってあるのだ。
「っがああああ! これでは近づけん」
「フォウの奴が命を駆けたというのに!」
残りのゲート型は1体のみ。そして、6つの槍は残り4本となった。まだ4本、とは言えない。奇襲から完全に立ち直られた以上、もはや4本の槍は袋のネズミにしかならなかった。
あとは特攻してでも残りの1を潰す必要があるのだが、奴らは先ので自爆戦法を学んでしまった。二度目は半端では通じないし、そもそも残りの彼らは自爆に適した異能ですらない。
4人の機体には『フェンリル』こそ搭載しているものの、まず自爆するために近づくこともできないのでは話にならなかった。
「……散開!」
ゆえにこそ、兄は決断する。一点集中して本命を叩くのが作戦だったが、もはや続行不可。集まれば諸共に叩かれる。
「兄さま」
「まだ出るな! チャンスを待て」
影に潜ったシャルロットを除けば後は3機。散らばり、アサルトライフルで反撃するがサテライト型の強靭な装甲は貫けない。
じり貧でしかない。離れた以上はもう一人づつ近づいていくしかないのだが――
「この距離を詰めるのか……!」
誘導された結果100mは離されてしまった。しかも、離れ離れになっている。このままではどうしようもないが、遠すぎる。
「だが――やるしかあるまい!」
牽制用のアサルトライフルなど捨てて、重厚なソードオフショットガンを手に取った。手軽、かつ高威力と言う点では最上だ。狙いが甘くなるが……これだけ敵が居ればどれかには当たる。
「ゲート型の戦力投入が再開されているか。舐めるなァ……!」
3機、それぞれが別方向から突貫する。ゲート型が戦場に戦力を投入している今、その身を守る結界はない。
ならば、その油断を突く。死力を尽くして敵の厚い防御網を突破するのだ。
「ッチ! いい――このォ!」
だが、やはり敵の航空戦力が強すぎた。当てれば倒せるこの状況、だが無数に立ち塞がる敵の前に逆転のチャンスを伺うこともできやしない。
諦めなどしない。チャンスを虎視眈々と狙いながら天空を駆ける。レーザーに焼かれ、時折レールガンに狙われながらもなお――ただ、勝利するために耐え続ける。
あるかなきかのチャンスを狙う間にも、上空から砦に大量の戦力が降り注いで行くのが見える。
「まだだ! 我らが道を切り開くぞ、兄者!」
「おお、弟よ!」
そして、振動の力を操る兄弟が特攻する。……全ては、彼らの敬愛する主のために。砦の王様など遠い遠い。王国の血が乏しくなった今、この二人に王族縁の血は流れていない。血族にしか槍は使わせないという鉄の掟は、亡国の復讐者となった際に犬に食わせた。
そんな背景であるがために、認めてくれたリーダーのために戦うと決めた。彼らの動機は特に褒められたものではない。失った祖国の復讐など興味がないのだ。
全ては、この人と共に戦うために。隣に居てくれたのが君たちで良かったと言ってくれたその人のために命を使うと決めたのだ。
「兄さま! 私も……」
「駄目だ、シャルロット。お前にはお前の役目がある。悪いが、お前の見る地獄はこの程度ではない……!」
「……兄さま?」
二人が切り開いた空白地帯に飛び込んだ。四方八方が敵だらけだから、前に行くにも敵を倒す必要があるし、そして行けばすぐ後にその場所さえ塞がれてしまう。
行けば地獄、戻るも地獄――だが、兄弟同然に育った者の犠牲に報いるために交代することは許されない。一瞬でもためらえば、彼らが空けた穴は塞がれてしまうのだ。
「ぬおおおお!」
「だああああ!」
兄弟は能力を最大強度で振るって並みいる奇械を打ち壊して前へ進む。1秒1秒を全力で、しかしこの1秒で力尽きてなるものかと叫びながら。
腕が、足が、そして胴体に無数の穴が空く。サテライト型のレーザーが貫いた。もはや治療しようと助からない傷だった。それでも、彼らは行く。
「「後を頼んだ、ブラザー」」
奇しくも同じ言葉を遺して『フェンリル』を使用した。漆黒の汚れたエネルギーが周囲のすべてを飲み込んで消滅させる。最悪のその兵器は、敵に埋め尽くされた空間を開けて道を開けた。
「ああ、俺たちは兄弟だった。ロンギヌスに選ばれたからじゃない。きっと、この絆こそが……!」
『ロンギヌス・コンプレクス』が疾走する。影に潜航した妹を除いて、もはや残りは彼一機。危険を感じて結界を張りつつあるゲート型に向かって決死の一撃を放つ。
「これが俺の! いや、俺たちの! 全力だ! 【テスタメント】ォ!」
収束、そして破壊が彼の異能。溢れ出るパワーが触れた敵を砕いていく。近くに寄ればそれだけで砕け散る攻防一体の特攻技、強いが消耗が速い。それだけの強度で異能を行使すれば10秒と持たない。
自死を前提としないだけで自爆技と同義だ。だが、己の身を槍と化すならばそれで十分と吠え――
「――」
だが、やはりそれだけでは奇械を倒せない。先の二人の自爆が道を切り開いた? 敵にとっては些事だ。態々防ぐより自爆してもらった方が確実に命の数が減るという打算だ。
それが戦局を左右する要因であれば冷徹なまでに排除する。ここも、やはり布石は置いていた。狙い澄ましたレールガンが彼の腹を貫いたのだ。
「っが! だが、まだ……」
血を吐きながらも気合いの声を入れる。だが、それさえも弱弱しく。彼はアルトリアから見ればまだまだかわいらしい”人間”だ。
腹に穴が空いたら当たり前に力を失ってしまうような、人間だからこそ。気合いだけを頼りに逝くのだ。
「――イ」
だが、感情のない奇械に容赦などない。次々と攻撃を放ち、彼は見る見るうちに輪郭を失ってしまう。もはや即死していないだけの死に体だ。
ゆえにゲート型に到達する前に削り切れると判断、『奇械』は無慈悲に攻撃を降り注ぐ。
「これが俺の終わりか。だが、まだ6槍は死んでいないと思い知れ! 行け、シャルロットォ!」
ぶちぶちと腕を引きちぎり、そして投げた。そう、シャルロットの能力は人間の影に潜むこと。最初から影に潜っていた彼女のことを奇械は知らない。
知らないことは対策できない。長い歴史の中に交戦記録があっても問題にはならない。どれだけ多種多様な異能があると思っているのだ。
「兄さま。……皆、私は。私だけが」
皆の犠牲の元、ゲート型に飛びついた。影に潜る能力の破壊力は大きくない。けれど、結界がなければゲート型は硬くない。
その結界さえなければ、ひ弱な『宝玉』でも壊すには十分。
「っあああああああ!」
殴り、穴を開け――影で内側から破壊する。
ここに戦局は決定した。これ以上の戦力の投入がない以上、人間側の勝利だ。……もっとも、アルトリアと遊星主の一騎打ちに負ければ――砦以上に重要なものを失うこととなるだろう。
それに、奇械の策がただ一つなどと誰が決めた?
最初に出撃した2つの大隊は囮の先遣隊の相手をしていた。
大隊はリーダーの『鋼』1機と、各隊のリーダーである『鉄』4機、そして『銅』が15機。合計で4機1組のエレメントが5組だ。
そして、その隊が2つなので総計10組、40機だ。アサルトライフルで相手を蹴散らしていく。
アルトリアの【ブラックホールクラスター】の被害が大きい。よって、残存戦力としてはそう特筆すべきものはない。
クリムゾンスパイダーが1000機ばかりとサテライト型が12機だ。スパイダー型は放置するわけにはいかないものの、敵ではない。
よって、最後っ屁を警戒しつつも早く片付けて他に応援に向かわなくてはならない。今もゲート型から戦力の流入が続いているのだ。
戦略的にはそちらも重要だが、今更進路は変えられない。速攻で叩き潰してそちらに向かわなくては。
「クリムゾンスパイダー、273機目の沈黙を確認!」
「そうか、こちらもエネルギーチャージ完了。【ツインスパイラルブラスター】発射!」
二機のサテライト型が一撃で砕け散った。そう、全て危なげなく進んでいる。何も問題ないはずだ。イケイケどんどんと、威勢の良い声ばかりが通信に響く。
「……え?」
だが、その楽勝の雰囲気もすぐに終わった。姿を現わした、その影は。
「ディアボロ型、だと?」
戦場の絶望そのもの。姿を現しても参戦しない遊星主などよりも、よほど現実的な脅威だった。
このまま勝利だ、と明るかった兵士たちの顔が一瞬にして暗くなる。
「総員、ディアボロ型を確認! 数は1、命を盾にしてでも奴を止めろォ!」
指揮官の判断は早かった。奴はアルトリアが簡単に倒していたが、それは歴史的快挙だった。
……それも相性が良かったためだ。事実として、ディアボロ型を相手にするならその異能が最も適している。まあ、無限エネルギーで全てを焼き払うのが一番良いだろうが、無限のエネルギーなどありえない。
ならば、触るのを許さないあの異能こそが最適。なのだがアルトリアは今は雲の上で遊星主と戦っている。助けは呼べない。
「『フェンリル』スタート。皆は退け!」
「お前だけを逝かせるか! 『フェンリル』スタート」
真っ先に飛び出した二名。そして、そいつを倒すために必要な犠牲だと言うことは分かっている。必死で後退する隊の人間は、勇気あるその仲間に当たるのも構わずに引き金を引く。
「――」
ディアボロ型が動く。高速の手刀が勇気あるその一人の胸を貫いた。鋼の装甲に守られた心臓を握りつぶし、死体を捨てる。
……仕掛けられたフェンリルにより遅れて自爆した。そうしなければ、第二のディアボロ型が誕生するから。奴に触れて無事に済むものはない、たとえ死体であろうとも。ゆえに粉みじんに爆破するのが常套手段だった。
そう、『フェンリル』は止められない。万が一すらもない勝利をもぎ取ったとしても、特攻したその人に生きる望みはない。その覚悟がないと挑むことさえできない悪魔だ。
「やらせるものか!」
剣を構え、斬りかかる。悪魔の身体には重火器の類は通じない。ただディアボロ型の身体にめり込み、無為に消えるのみ。
けれど、その剣ですらも水面を揺らすかのごとき無駄なあがきだ。奴に実体攻撃は通じない。エネルギー攻撃でさえ、莫大な熱量がなければとどめることさえ叶わない。
「……っこの!」
奴の身体の半ばまで埋まった、そこで動かなくなった。剣が浸食される。
〈――ヒヒ〉
嘲笑が響いた。奴はわざと受けた。わざと受け止めて――それで殺す気だ。剣への浸食が手にまで至れば、もはや生き延びる術はない。
「馬鹿め。我々の憎悪の深さを思い知れェ!」
すでに手にまで浸食した。それも構わないと、拳を握りしめて敵の顔を殴り飛ばす。……その瞬間、『フェンリル』が起爆する。
「――」
爆炎が晴れた後、くつくつという嘲笑はまだ響いていた。無駄な犠牲を嘲笑い、怯える人間どもを見下し――
〈クハッ〉
高速で砦に向かって飛ぶ。触れれば終わりだ。――砦の機能が停止する。そうなれば、もはや組織だった抵抗はできなくなり、予備戦力は彼の軍門へと降るだろう。
「シャルちゃんが言ってたよ。囮と見せかけ、本命を隠すのは常套手段。ただ倒されるために配置された捨て駒こそ、王手になりえるってね」
進行方向には人影が。
「全部、お見通しなんだよ。ここは通さないんだから――『シールド・オブ・アルテミス』ッ!」
ファーファだ。最初からそこに配置されていた。ディアボロ型による砦への強襲を読んでそこに配置してあったのだ。
砦へたどり着く前に光のシールドが行く手を阻む。如何にディアボロ型とて実体のないものは浸食できない。それが攻略のカギだ。
〈……ギギギ。ダガ、チカラワザデ〉
腕が鎌の形に変形する。このまま攻撃を続けていればファーファのアルテミスは突破できる。……そう何度も攻撃する時間があれば、だが。
「足手纏いなどと言われ続けていた私だが、出来ることもあると思い知れ! 『エメラルド・ガーディアン』、押しつぶせ!」
下に隠れていたガニメデスがバリアを展開、後ろからディアボロ型をアルテミスに叩きつけた。
「行くよ、おじさん!」
「おじさんじゃない!」
ファーファが足に力を込める。
「「おおおおおおおおおお!」」
可愛らしい声と野太い声が唱和して、二枚のバリアがディアボロ型をシールドの染みにした。これで討伐完了だ。