第51話 復讐の炎
そして、アルトリアに加えてファーファ、ガニメデス、イヴァンの4名は『ゴルゴダ』へと着いた。
こちらは指令を無視したような道草を喰っていない。予定通りにヘリで到着し、そのまま王の間に通された。『地獄の門』では使用禁止になっているそこは、厳粛な雰囲気がある議場だった。
「よく来てくれた、【戦姫】よ」
上段から机に肘を突き、手を組んで睥睨する者が薄いカーテンの向こうの最上段に座っている。痩せ衰えた老人のような身体だが、瞳だけが妄執を宿して不気味に輝いている。
アルトリアの位置からは上半身しか見えないが、重心からして左足がなくなっている。更に、左手だけ薄い白の手袋をしている。重厚なコートの袖で隠しているが、それはまごうことなき義手だった。
「初めまして、『ゴルゴダ』の指揮官……ゲンドウ・ギネヴィア様」
アルトリアは膝をつき、頭を垂れる。ルナだったら絶対にしない行為だ。そしてアルトリアもまた不足と断じた相手には行わないのだから、一定の敬意を払う程度には認めたということ。
彼の気迫が、ただ血筋でもってその席に座っているわけではないと教えてくれている。明らかに目的をもってその席に座っている。王であることを人生の目的にするような輩にアルトリアは譲歩しない。
「君を呼んだのは他でもない」
「ただの防衛と伺いましたが?」
頭を垂れたまま、試すように言葉をかけた。
「昔のことだ、私が生まれるよりも前の話となる」
いきなり語り始めるが、アルトリアは清聴する。
ファーファは寝ぼけ眼をこすってがんばって寝ないようにしているが、イヴァンの方は誰はばかることなく居眠りしている。ファーファは可愛らしいし、イヴァンの方は誰が言っても聞きやしない不良様だ。
「人類の生存領域が今よりも少しだけ広かった昔のことだ。何回目となるのかな、奇械が大侵攻を仕掛けてきた。それは度々あったことだ、連日の襲撃の他に何年かに一度に大軍勢が差し向けられる」
立ち上がり、コツコツと音を立てながら階段を下る。アルトリアと同じ場所まで下がっていく。初めに見抜いた通りに左足は不自由だ。歩くだけでも苦労しているのが音でわかる。
「『黄金』の力に頼り勝利した時もあった。だが、その力が借りられないときもあった。生憎とその日がそうだった。小国で、教国傘下だったとはいえ我が一族が守り抜いて来た土地と民草だった。力を借りずとも撃退したことも1度や2度ではなかったのにな」
その声は朗々と響く。威厳に満ちた声はそれだけで頭を下げてしまいそうになるほど厳粛な雰囲気がある。無駄に年数を重ねた愚物ではない。それだけの背景を持っている。
「その国は『カンタベリ-』と言った。もはや失われた国の名だ。9機の『宝玉』、そして12機の『鋼』、36機の『鉄』、128機の『銅』による決戦は我々の敗北に終わった。我々は教国に降り、挙句は『地獄の門』守護のための捨て駒に成り果てた」
ギラリと炎が灯る。真に本気でなければそれだけの熱量は生み出せない。全てを巻き込み灰燼と化す復讐の炎。
わずかに残った民も、己すらも、敵を倒すためなら犠牲にするのも厭わない覚悟の炎だ。
「――だが、余らは忘れてなどおらぬ。かつて栄華を築いた王国を滅ぼしたあやつらへの憎悪を。必ずや殲滅せんと誓った先祖の想いを引き継いできたのだ。……かの【冥界煙鏡テスカトリポカ】を滅ぼすためあらゆる犠牲を許容しよう」
すさまじい気迫を感じたのも束の間、彼はすぐに咳き込んでしまう。近くに座っていた少女が駆け寄り、介抱する。
「――」
アルトリアは頭を下げたままにしつつ、気配を探る。
彼の想いは本物だろう。熱量も伝わってきた。彼自身に戦う力は残っていないだろうが、王……今となってはリーダーに過ぎないかもしれないが、率いる者の熱量と言うのは部下にも伝わっていくものだ。
おそらくは言葉の通りに、敵を倒すために一丸となって死ぬまで戦い抜くことに躊躇はないだろう。
……しかし、組織と言うものはそれだけで括れるような単純なものではない。
ルナが形の上だけで理解した気になっているそれ。人は3人以上集まれば”派閥ができる”ということ。そして、下の人間が無条件に上に絶対服従するなどありえない。それが派閥を含むまでに人数が増えると、個々の背景もあって複雑怪奇で合縁奇縁な人間模様が出来上がる。
けれど、人は分かりやすく二分してしまう生き物だ。
今、この時も同じこと。あの少女を初めとして、かの王様の後ろに居た人間たち。そして左側が王様側だ。涙さえ流さんばかりに演説に聞き入っていた彼らは、全員が元『カンタベリー』所属であったとしても不思議はない。
一方で、右側。彼らは真面目な顔をしているものの冷笑的な雰囲気を隠しきれていない。おそらくは生粋の教国人だ。カンタベリーなど取り戻す必要がないと思っているかはともかく、現状の戦力差を考えれば妄言に他ならないと断じている。
ここは『地獄の門』の被害を抑えるための誘蛾灯。極論、裏切られたところで教国にダメージを与えられないだけの戦力でしかないのだった。よって、彼らにはただ故郷を夢見ながら散ってもらえばいい。ただ、教国へのダメージを最小限にするために配置された駒だ。
少女が王様を椅子に戻し、またアルトリアの元へと駆け寄ってきた。
「【戦姫】アルトリア・ルーナ・シャイン様」
手を取り、目を会わせる。その瞳は純真なお姫様のそれだ。
「あなたは13遊星主のうち一つを倒したと聞きました。あなたならば、あの憎き【冥界煙鏡テスカトリポカ】すらも倒してしまえるでしょう」
熱に浮かされたような少女の顔は恋する少女のそれだ。王族の名を関するに相応しい可憐さ、栗色の髪は太陽に透かされて輝くように美しい。全身くまなく可愛らしさが溢れる彼女は、物語に出てくるようなお姫様のそれだ。ただ、それは男が夢見る可愛らしさで。
アルトリアもお姫様という点では同じだが、アルトリアは寄るもの全てを切り捨てるような冷たい鋼のような美しさだ。かわいらしさなど縁がなく、ただ一点を目指す暴走特急。人ではたどり着けない絶刀の美である。
「ああ、全ての遊星主は倒さなくてはいけないからな」
ふ、と笑う。実のところ最終決戦ではそうするつもりだが、奇械帝国に特攻する利はない。
よって、そいつを倒すかは今現在編成されつつある勢力をそいつが率いるかという運にかかってくるわけだが。
「大丈夫です。奴は私たちの砦に何度も攻撃を仕掛けています。奴自身は殆ど攻撃を仕掛けてこずとも、その気配は感じます。そう遠くないうちに奴は雑兵を率いて襲撃を仕掛けてくるはずです」
ぎゅ、と握った手を胸の中に握りこんだ。無邪気さゆえか、素知らぬ顔ですごいことをやってくる。これで勇者が男だったら一目惚れ間違いなしだろう。
「そうか。では、その時こそ奴の最期。この『ゴルゴダ』を奴の墓場としてやりましょう」
す、と優しく押しのけた。アルトリアの好む小動物系の女の子のはずが、琴線に触れなかったらしい。冷めた目をしている。
「あ……」
追いすがろうとしても、アルトリアは既に身をひるがえしていた。
「では、私はこれで失礼します。ゲンドウ大佐にはお大事に、とお伝えください」
皆を引き連れて、与えられた部屋に行ってしまった。話すことは終えた、もう用はないと言わんばかりのすっぱりとした態度だった。
こいつは何なんだ、という下に並んだ両陣営からの視線をものともせずに堂々と足音を盾ながら去って行く。
部屋で密談をする。そこに盗聴が仕掛けられていることなど、ガニメデス以外にとっては当然と流すことでしかなかった。
「……で、姫さんよ。あいつはどのくらいで攻め込んできやがる?」
部屋に付き、扉を閉めた直後にイヴァンが口を開く。こいつは最後まで王宮の儀礼など知らんという無礼な態度だった。
「珍しいな、聞くのを我慢してくれたか」
「俺を猿か何かと思うんじゃねえよ。で、いつだ?」
「遊星主の存在を貴様も感じたか。だが、すぐではないよ。あの分ではこの週は攻め込んでくることはないはずだ。私の存在を感じているのは奴らも同じことだからな」
「へえ。逃げ出さねえのか?」
「逃げ出すならもうしている。奴らは奇械、人間のように”もしかしたら”などと不確かな期待で判断をぐずぐずと先延ばしにはせんさ」
「なるほどな、お祭りはまだ先か。……じゃ、俺は寝るぜ」
地べたに寝ころんでまた眠り始めてしまった。カーペットこそ敷いているが、寝るのに適した場所でもないのに。
「……アルトリア様」
「近づくな、ガニメデス」
バ、と手に遮られた。ガニメデスはショックを受けた顔をする。
「お姉ちゃん?」
「お前もだよ、ファーファ。今の私に近づいてはいけない」
「んえ?」
ファーファはハテナマークを無数に浮かべた。
「ま、イヴァンの奴なら問題ないだろうがな。気付いているかは定かではないが――」
丁度影が壁に映る位置にまで移動し、自らの影を睨みつけた。
「出てこないなら、ひきづり出すまで」
手を伸ばす。影に触り、その裏側にまで。
「……ッ!」
その手に掴まれ、ひきづり出されのは魔導人形。下の顔は分からないが、自動的に体にフィットするオリジナルは隠された体格が分かる。
小さく、華奢な身体。見覚えがあるそれはあのお姫様のものだった。
「スパイか? それとも、精神に何らかの作用を及ぼす類の異能か。悪いが、子供も居るのでな。……獅子身中の虫を飼う気はない」
冷たく見下ろした。魔導人形を纏わないのは、纏うまでもないということだ。
そもそも『黄金』と言えども他のオリジナルが持つ異能に干渉するのは難しい。というか、魔導人形を纏っていないのに。
どこまでも人外じみたことを当たり前のように行う女だった。十分に分回すだけのイヴァンとは、”格”が違うその力。
「……凄い」
彼女は魔導人形を解く。ここで逃げていれば、しらばっくれることも出来たはずだ。アルトリアも、一々言ったりはしないだろう。
なのに、顔を晒した。しかも、その顔は感極まった人のそれで。
「素晴らしい! あなたこそ、私たちの救世主! かの煙を打ち砕く窮極にして人類の到達点! あなたなら、私の全てを捧げられる……!」
先に見せた可愛らしい顔が現れる。しかし、上気し頬を染めたそれは娼婦と見間違うほどの色気があった。現実を知らないお花畑の顔など仮面に過ぎない、これが彼女の本性。蜜に誘い込み、食らい尽くす毒蛾の類だ。
ただ、惜しむらくはアルトリアが同性愛のケなどないことだろう。可愛らしい女の子を保護したいだけで、キスもその先もする気はない。そこはルナとは違うところだ。
「……む! いや、そこまで持ち上げられても困る。……というか、近づきすぎ……」
だから、のけぞっただけだ。敵意も感じないから殴ることもできない。
珍しくアルトリアが追い詰められている図だった。
「そんな。つれなくしないで、私の勇者様。私の身体も、心も、全てはあなたのものです」
「身体……そう言えば、君の能力は」
胸を強調するように持ち上げる。幼げな顔に反して中々のモノをお持ちである。……アルトリアにとっては、羨ましいやら妬ましいやらだが。
「はい、私の魔導人形は『ロンギヌス・シャッテン』。カンタベリーを守護していた6本の槍の1つ。その力は影に潜むこと。そして、その裏は精神を操ること――その力を応用した限界突破。全てを捧げる一撃ならば『宝玉』とて『黄金』にも届くことでしょう」
「ほう」
面白い力だ。ルナに聞かせてやれば嬉々として研究しだすに違いない。
精神を操る力で全力以上の力を無理やり出す。精神操作の力を敵に使わず、味方の戦力アップに使うのは奇械に精神などあるはずがないからだ。少なくとも、やったからと言って弱体化などしない。
一度使えば人間は疲労困憊で使い物にならなくなるのだろうが、魔導人形さえ残るのなら問題がない。究極の一撃など、喉から手が出るほど欲しいものだ。……まあ、アルトリアが居る限り優先度が下がるけれど。
だが、興味深い能力に思考を割いたのがまずかった。
「お食事の用意があります。英気を養うため、シェフが腕を振舞ってくれました。さあ、行きましょう!」
まるで付き合いたての恋人のように腕を取られてくっつかれた。男ならば嬉しいだろうが、あいにくとアルトリアにとっては暑苦しいだけだった。
というか嫌味か? 背も低いのになぜそこまで胸が大きいのだ。半分でいいから分けてほしい。いや、半分でも拳を振るうには邪魔か? などと現実逃避しつつ。
「ファーファもお腹減った! ごはん食べる!」
ファーファが真似して抱き着いた。アルトリアが思わず笑みを浮かべた。こちらは良い癒しだ。ただ、背が小さいから小さく見えるが悲しいかな。胸の大きさと言う点ではアルトリアはファーファとそれほど変わらないのだった。
「なんですか、あなた。勇者様は”私と”食事を食べるんです! あーん、だってするんですよ。お子様は引っ込んでてください!」
「ファーファ、お子様じゃないもん! お子様って言った方がお子様なんだよ!」
「なんですって! では勇者様、お食事を召し上がられた後はベッドの中で私が大人だと言うことを教えて差し上げます」
「夜の遊び? 面白そう、ファーファにも教えて」
「……」
お姫様は馬鹿にした調子ではん、と鼻を鳴らした。
「むきぃ、ファーファは大人だもん! たくさんのこと、知ってるもん」
「ふふ。ファーファちゃんはお勉強が得意なのね。えらいえらい、なでなでしてあげる」
「わぁい、じゃなくて子供扱いしないで! ファーファ大人なんだから! むきぃぃぃ」
「くすくす」
繰り広げられる光景に、アルトリアも思わず笑みを漏らす。
「ほら、二人とも行くぞ。腹が減っては戦ができぬと言うからな。まったく、こんな場所でも美味いものを期待できるとは、文明様様だな。肉も野菜も、工場で生産して真空パックにしてしまえば新鮮そのものだ。シェフの腕も期待できるのだろう? ……ええと」
「シャルロット・ギネヴィアですわ! もちろん、カンタベリーの頃から王家に尽くしてくれたシェフの一族が居ます。腕に不足など一切ございませんわ!」
「そうか、楽しみにしておこう。な、ファーファ」
「うん、おなかペコペコ。ハンバーグ、出るといいな」
「では、シェフに伝えておきます」
「やったあ!」
きゃいきゃいと騒ぐ女性陣。だが、居眠りを決め込むイヴァンはともかく、ガニメデスは胃痛を憶えていた。