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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
鋼の夜明け団編
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第50話 緑の街『ユードラシア』


 やはり密入国したルナは、その街『ユードラシア』を機嫌よさげに歩いている。ふんふんと鼻歌を歌い、くるくる周りながら歩いている。

 アリスやアルカナとしては楽し気なルナは目の保養だが、手をつないでもらえないのは寂しいところもある。

 だが、ベディヴィアにとっては捕食植物の疑似餌にしか見えなかった。この外見に油断して手を出したが最後、待つのは死以外にないだろう。


「……で、だ。ベディヴィア君、この臭いを君は知っているかな?」


 くすくすと笑うルナ。道沿いに生えている立派な街路樹を撫でた。そう”街路樹”なんてもの、この世界ではすでに滅んで久しい。ゆえに、これは世界を復興させようとするテクノロジーの一端である。それが、この『ユードラシア』の街の特色。


「変な匂いがするとは思っていました。やけに青臭いような、野菜の腐った臭いかとも考えましたが……臭いの元はそれですか」


 ベディヴィアにその手の知識はない。そもそも木や森と言ったものを見たこともない。あるところにはあるが、それは富裕層が独占している。

 野菜は知っているが、それは工場で生産されたものだ。それらが地面に生えるものといった感覚すらない。


「そうだよ、これが緑と言うものだ。信じられるかい? 遥か昔にはこれが地表を覆い尽くしていたんだ」

「……これが?」


 ベディヴィアが街路樹に触る。酷く胡乱気な表情をしている。太く、たくましいが魔導人形で腕を振るえば粉々になるだろう。こんな弱く脆いものが地表を覆っていたなど冗談だろう、という表情でルナを見返す。


「邪魔では? 上についているものが落ちてきて汚らしい。それに、下は土が剥き出しになっています。掃除が大変になるだけかと思いますがね」

「あはは。そう言うなよ。昔は花粉症ってのがあって、体質によってはくしゃみと鼻水が止まらなかったりもしたんだぜ」


「……わざわざ復活させようとする意味が分からない」


 呆れたように呟いた。


「ま、悪いことばかりじゃない。有毒なものを吸収してくれたりするわけだしね」

「では、瘴気も?」


「いや、それは無理。そんなものに触れたらすぐに枯れるさ。だから、これは消え去った旧世界をこの時代に呼び戻そうとする研究なわけだ」

「懐古趣味、というわけですね。しかし、そんな研究よりももっと役に立つことに金を使えばよいものを。……これだから貴族と言うのは」


「それこそ見当違いさ。本当の意味で成功したのなら、世界を救う鍵となる。だが、やはりこれは……」

「ルナ殿?」


「ま、ここで話すことじゃない。彼の元に着いてから話すとしよう」

「彼?」


「失われた木々の恵みをこの世に取り戻す研究プロジェクト『リバイブ:フォレスト』の第一人者ロマニ・コバヤシ博士に、ね」


 そして、一行はとある研究室にたどり着く。アルカナが前に出る。入り口で待っていた女に話しかけた。

 まさに新人といった初々しさだ、若くて奇麗、男には人気が出るだろう。胸は控えめだが、スーツの上からでも形の良さが分かる。おっとりした風貌は、癒し系の美女だ。


「ルナ・アーカイブスとその一行だ。話は聞いておろうな?」

「はい。所長にご用事と言うことでしたね。話は聞いています、軽く説明しながら案内しますのでこちらへどうぞ」


 すでに話は通してあったらしい。やろうとすればできるではないか、とベディヴィアは鼻白んだ様子でルナを睨み、ため息をついた。

 臨時大佐には何も伝えずに無茶をやらかすのに、と。


「これをどうぞ」


 ウォーターサーバから水を汲んでよこした。透き通った水、奇麗な水なんてものは今時どこでも飲めて珍しさはない。何気なく口にする。


「う……!」


 ベディヴィアが口を押さえた。別に毒と言うわけではなかったのだが、形容しがたい風味がついている。妙な味で、うまいなどとは思えない。


「あは。これが天然水と言うものだよ。口には合わなかったみたいだね」


 ルナは訳知り顔で飲み干したが、実を言うと水のおいしさなど分かっていない。流れる地下水をくみ上げて最低限の処理をしたために風味が残っている、それは分かる。

 が、うまいまずいは別問題。草木の風味がついているだけの水だ、それは。


「では、こちらへ」


 変な顔をしているのを笑って眺めた後で、お姉さんは奥の扉を開ける。

 その風味に慣れていないのは当然で、好みは当然出る。それを飲んでどんな顔をするか、というのは案内係としての密かな楽しみの一つだった。

 応接間からいわば温室のようなそこへ案内する。木々を育てるために作られた空間だ。地下1階まで掘り進めた後で土で埋めた実験施設である。


「ご存知だと思いますが、この研究所では遥か昔に地球を覆い尽くしていた植物を復活させる研究をしています。今でこそ野菜は工場で生産されていますが、昔は地面に種を撒いて育てていたんです。……信じられますか? 昔は、世界はもっと広かったそうです。こんな、壁に囲まれた街なんかなくて。見渡す限りに木々が広がっていた」

「知っているさ。【奇械】の目的はあらゆる生命の抹殺、それは木々とて例外じゃない。人類のように戦う手段を持たなかった植物は、もはや完全に滅ぼされてしまった」


「あら、お詳しいんですね。お姉さんに教えてもらいましたか?」

「ふふ、そうだね。アルカナには色々と教えてもらう立場になっちゃったかな?」


 くすり、とルナは艶然と笑うが前を行く女性は気付かない。


「お姉ちゃんのことが大好きなんですね。お名前は?」

「ルナだよ」


「では、ルナちゃん。ここからは舗装されていない地面なので、足下に気を付けて下さいね」

「それには及ばん」


 アルカナが抱き上げた。


「過保護ですね。根っこが出ているので、つまずいて落とさないように気を付けてくださいね、アルカナさん」

「ふん、妾がルナ様を落とすなどありえん」


「あはは、それなら大丈夫ですけど。この木々は現在3mを超えてます。5mを超えた個体もあります。……それが現時点での最高記録です。昔は、20mを超える木が至る場所に生えていたとの記録が残っています」

「……上はガラスか?」


「はい、そうなります。建物は免震構造で出来ているので地震が来ても割れたりしませんよ。木がこれ以上成長したら、というのは……まだそこまで伸ばすことは出来ていません」

「研究中というわけか。奇械の領域を浸食できるのなら、それなりに意味はあるが」


「そっちは話が逆だね。奇械の領域をこっちが侵食した結果、栽培が可能になるんだよ」

「……前提知識は持っているんだな。まあ、いくらでも話いていればいいさ。私にはよく分からないが、な。しかし、本当に『アダムス』の方は問題ないんだろうな」


 ルナたちが楽しく話す一方で、ベディヴィアは完全に興味がなさげである。

 

「何も問題ないさ。モンスター・トループがある限り、『ディアボロ』型でも来ない限りは安泰だからね。それに、状況はリアルタイムで伝わっているよ」

「そうか、ならばいい」


「……ええと、話を続けますね。このあたりの木は皆、杉と言います。これは常緑針葉樹と呼ばれる種類です。針みたいな葉っぱを付けていますよね。それが特徴です。それに、成長が早くて建物の建材として使用することも可能なんですよ」

「建材? 鉄とコンクリで作った方がよくないか、それは」


「ははは。そういうものじゃないさ、ベディヴィア君。古いものをありがたがる人間も居る。そして、昔はありふれていて今は高級品だ。そういうのをステータスと思う人間を、君は知っているじゃないか」

「なるほどな。ありがちな成金だ」


「……あの。金持ちの道楽じゃなくて立派な研究なんですよー。まあ、今のところコレを有効活用しようと思えばソレくらいしかないのも事実ですし、実際にやってますが」

「どうしても研究には金の問題が付きまとうと言うことさ。それで、育てているのは1種類だけじゃないんだろ?」


「あら、賢いですねルナちゃん。その通りです。向こうに少し形の違う樹があるのが見えますか?」

「ああ、同じ種と見間違えようもないね。皮も葉の形も全く違う」


「眼、いいんですね。あれはヒノキと言います。良い香りのする木で、まあ先ほど皆さんがおっしゃられてようにお金持ち向けの高級品です。育つのが遅いですが、ちょっとした端材でもいいお値段がします。杉は年中葉っぱを付けていますが、冬には全て落ちてしまうのが特徴ですね」

「……同じにしか見えん」


「駄目だなあ、ベディヴィア君は。ちょっとしたことにすぐ気付くのがモテる秘訣だぜ?」

「下らん。色恋などにうつつをぬかす時間はない」


「ははは、真面目なことだね。では、用事を済ませてしまうとしよう。向こうでも、僕のことをお待ちな様だしね」


 少し歩いて階段を下ると、無機質なドアが見えてきた。そこには所長室と描かれたプレートが下がっている。

 一番行きづらい場所に一番偉い人の執務室が設けられているのは当然だが、途中で見た研究室と何も変わりがない。どうやら、研究者らしく自室を飾り立てるのに興味はない様子だった。


「……所長。アルカナ様達を連れてきました」


 通してくれ、と帰って来たので彼女がドアを開ける。そこに居たのは痩せ型の人の良さそうな青年だった。

 顔色が悪いが、原因は明らかに栄養失調だろう。寝食を忘れるという言葉通りに、研究に熱中してしまった結果だ。


「やあ、初めましてアルカナさん! あなたの送ってくれた論文を見ましたよ、素晴らしい着眼点だった!」


 書類を放り捨てて、ずんずん近づいてくる。アルカナは絶世の美少女だが、意にも介していない。研究者としての興味しかない。

 手を取ろうとして。


「ああ、いや。作ったのは妾ではない。こちらのルナちゃんが書いたのだ」


 ルナはアルカナの腕からぴょんと飛び降りる。


「お目にかかれて光栄だ、ロマニ・コバヤシ博士。僕の名はルナ・アーカイブス。あなたの論文を読ませてもらった。細胞壁の生成と瘴気の関係性に関する着眼点は見事だった」

「それが分かるのか。なら、本当に君が? こんなにちっこいのに……あの論文、高濃度の瘴気による細胞膜の融解現象と、遺伝子損傷の関係性は実地で取ったようなものだったが」


「ああ、あれは本物だよ。前線では蒸気病で多くの兵が命を落とす。人体実験をするまでもなく、サンプルはいくらでもあるんだ。実は『地獄の門』で働いている人と独自の伝手があってね。それに、対症療法に限れば蒸気病とて対抗手段はある。自慢じゃないが、魔導人形に繋げる義肢を作るならば僕以上に優れた技術を持っている人間は居ないと断言できるね」

「おお……本当のようだ。ここに来たのは汚染を中和する技術のことだね?」


「そうさ。植物の復活、実を言うと誰にでもできる。かの『白金』の力を借りればね」


 実のところ、『白金』は『黄金』どころではない。人類の命脈を繋げる、神にも等しい存在だった。もっとも、その本質は人に仕える奴隷にも等しいのだが。

 ともかく、政界に太いパイプでもなければ力を借りることはできない。だが、借りることさえ出来たのなら緑を作るのは容易なこと。その力は人類にあらゆる恵みをもたらしてきた。木々を再生するくらいは問題ない。


「……手厳しいね。それに『白金』の力を知る者はごく少数だと言うのに」


 そばでコーヒーとオレンジジュースを入れている彼女がビクリと震えた。まだ新人である彼女はもちろんそのことを知らない。


「ああ、いや。問題ないよコクレ君、みだりに人に話してはいけないと言うだけで国家機密というわけではないんだ」

「あ。そうですか。秘密警察に連れていかれるのかと一瞬思ってしまいました」


「それならもっとちゃんとした部屋で話すさ」

「そうだね、こんな部屋ではね。マイクとカメラ、隠す気がないくらいたくさんあるように見える」


「……それはすごいね。僕はどこにあるか分からないから放置してたんだけど。まあ、変な研究をしているわけではないんだ。特に危険はないよ」

「それこそ『白金』に対して何かをしようとしているのではない限りはね。ここはただその恩恵を、より効率的に木々に伝える方法を考案しているだけだけだろう?」


「うん、その通りだよ。だから、君がこの瘴気を何とかしようとしているのなら、それは悪いことをした。いくつか理論を立てようとはしている。けれど、やはり無謀な挑戦では研究の許可が下りなくてね。理論倒れさ」

「それは残念。直接足を運べばもしや、かと思ったけれど……実際に歩いて分かったよ。やはり、君たちは『白金』なくして生きていくことはできないんだね」


「うん、『白金』には感謝するだけだよ。血統で受け継がれているのか、そもそも人が操っているのかも僕は知らない。だけど世界が瘴気に満たされて以降は、ずっと人類はその庇護に頼ってきた」

「いなくなれば文明は塵となり、人々は死に絶える。それは国と同一、なくなれば滅び去るのみ。まったく、難儀なことだ」


 ルナはため息を吐く。

 なぜなら【キャメロット】の最終目的、奇械帝国の封印のために『白金』の力を最低1機は借りる必要がある。決戦の時間を考えれば半日以上はない、持久戦になった場合【キャメロット】は勝てないから。

 けれど、どんなに戦局がうまく運んだところで、『白金』を戦闘に転用すれば30分で人々は死に絶える。即死するかはともかく、人口の8割が蒸気病に冒されるまでのタイムリミットはそこだろう。2割しか残らないのであれば、滅亡以外の道はない。

 つまり、3つの国のうち1つは犠牲にする必要があるわけだ。だが、ルナは躊躇わない。そもそもが見定めた英雄に選択肢を与えるだけだから、選ぶも何もなかった。


「礼を言うよ、見たいものは見れた」

「もう行ってしまうのかい? 君とはもう少し話したいんだけど」


「僕と君では専門分野が違う、お互いに有意義な時間にはならないだろう。それに、悪いが少し忙しい。なにかあれば、この連絡先に」

「ありがとう。どうしても行き詰ってしまったときには相談させてもらうよ」


「ああ、それでは。また、ロマニ博士」

「それではまた。アーカイブス博士」


 外に出て、目立たないところで魔導人形を纏い空を飛ぶ。『アダムス』へと一直線に。そして、そこでも団員を確保する。

 いくら禁止しようと、手足を失い自暴自棄になった者、ただ憎しみに憑りつかれた者は止まらない。束の間の休息、そしていくらかのテクノロジーと引換に、鋼鉄の夜明け団はその勢力を拡大させた。



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