第49話 指令
そして、次の日。アルトリアは指令室へと呼び出された。
「――ルナ・アーカイブスは?」
「留守だ、声をかけたが捕まらなかった。で、何用だ? 必要があれば、私の方で捕まえるさ。話を聞くだけなら私一人で十分だからな」
付き従うのはベディヴィア一人だ。話に出たルナは鋼鉄の夜明け団としての活動を行っているし、もう一人の戦力であるイヴァンは傭兵の一人として戦場を荒らしまわっている。
死にかけ、そして生き返って新たな力を得てからは鬱憤を晴らすように【奇械】を破壊して回る暴走特急に変わった。あのような事故みたいな改造方法ではまともな人格は残らないとの見解だったが、奇械への憎しみが打ち勝ったらしい。
ルナの予想は外れた形だ。しかし制御不可能なあたりが、【キャメロット】の一員としては逆に”らしい”。
ファーファ? 彼女は部屋に居る。一人、いやガニメデスと一緒に部屋に残しても良いと思うくらいには、アルトリアはここを信用するようになった。
「まあ、それはいい。奴は私の言うことなど聞かないからな」
「ハハハ、あいつは道理が通らなければ私の言葉も無視するさ。”誰に”、ではなく”何を”だけを見ているんだ。言葉が同じでも、価値観が違えば理解は難しい。私は君たちの言うことも理解できなくはないが、あいつは分数分解的な理解の範疇に過ぎんからな」
「――人と人の関係性を無視して何かができるとも思えんが」
「私たちみたいな人間は、まず現実的に可能な手法を考えるところから始める。人間関係など、そっちは後からどうにかすればいいだけだろう。価値観の違いは、互いに譲歩するしかないからな」
アルトリアは肩をすくめて見せる。
奇械との戦争ではないが、人と人の戦争は互いが理解し合えれば起こらなかったものもある。けれど、それは同一言語を使えばよいと言う単純なものではなく。言葉の意味が分かっても言っていることが分からない、というのは往々にしてあることだ。
「敵を倒すために、か。……人々を守るには敵を倒せばよいと、そんな単純な理論で世界が動いているわけではないのだがな」
「それこそ、敵を倒せなければ人類が滅ぶだけの簡単な話だよ。……さて、臨時大佐殿。雑談はここまでにして本題に入ろう」
険悪的な雰囲気さえもあるが、まあそこはしょうがないことだろう。ルナとアルトリアは気が合うが、しかしこのアルトリアと臨時大佐が顔を合わせると基本的に互いに攻撃的になる。
臨時大佐殿にしては、権力者を前にしても態度を変えないものだから喧嘩を売っているのかと思っている。
……自分の常識でしかものを測れないのは当然のことでしかないが、彼らの価値観では下の立場の者は自らを尊敬するのが当然と考えている。実際はどうあれ、形の上では上司部下の関係は否定できない事実だろう。
つまり、こんなふうに現場と管理職間で発生する軋轢のごとく一歩間違えば手が出かねない一触即発が頻発するのだ。
「――本部から指令が届いた。この『地獄の門』はガレス・レイス特務大尉に任せ、他の最前線地帯に赴くようにと」
「なるほど、『アダムス』と『ゴルゴダ』か。『地獄の門』のその先にその二つが控えているわけだが。……まあ、門で敵を止め切れていないからの惨状か」
「確かに、この『地獄の門』の復興は進んでいない。最優先で資材が運び込まれているが、元の戦力を回復できるまでにどれだけかかるか目途さえも立っていない状況だ」
「ルナによる改造の恩恵は凄まじいが、ここに遊星主が来ればガレスは死ぬぞ? 今のアイツでは我々が助けに行く時間も稼げんだろうな。モンスタートループでも時間稼ぎにすらならんしな」
「そのリスクを踏まえての決定だ。今回の指令は君たちに意見を求めたわけではない、命令なのだ。従ってもらわねば困る」
「――まあ、いいだろう。む、既に班分けも決められているのか」
「ルナ・アーカイブス、ベディヴィア・ルージア、ガニメデス・ガド、ファーファレル・オーガストは『アダムス』へと。そして、残りは」
「いや、無理だな。ルナは、アリスとアルカナとは離れん」
すっぱりと言い切った。
「だから、それは指令なのだ。あまり我儘を言われても困る」
「指令だからと、不可能なことを言われても困るな。それとも、お前の方から言うのか? 少なくとも、私はごめんだな」
「制御できていると聞いたが――」
「なにせ、見捨てられるようなことをしていないからな。あいつは気まぐれに見えて、行動パターンは実にシンプルだ。本人も、実のところはアレで分かりやすく周囲にタブーを伝えている気になってるぞ」
「――奴め、どこまでも手を取らせてくれる」
「まあ、それ以上のリターンはあるさ。とりあえず、二つの砦に別れて敵を食い止める。その間に特急でここを修復するわけだ。何日で最低限の修復が終わるかまで試算できていればよかったが、そこは求めすぎか」
「頼むから、派手に動かないでくれよ?」
「なに、私が派手に動いていたのはその必要があったからだ。しばらくは遊星主共も魔力の回復に時を費やすだろうさ」
「本当に、頼むから大人しく指令だけこなしてくれ――」
上の事情を斟酌する気のないアルトリアの態度に、臨時大佐殿は頭を抱えた。アルトリアはどこ吹く風でスケジュールを立てる。
「さて、指示の通り『アダムス』にはルナを送るか。アリスとアルカナが居れば問題ないだろうが……ガレスは私の方で監視する必要があるな。なら、ベディヴィアにルナを見張らせよう。監視の目がなければ何かやらかしそうだ。あったところで、かもしれぬが」
「ところ構わず喧嘩を売るような真似をしおって……あのクソガキ……!」
臨時大佐殿は握りこぶしを震わせる。ふ、とアルトリアが微少を浮かべているのに気付くと咳払いして誤魔化す。
「では、頼んだぞ。『地獄の門』が不完全な今、どちらが堕ちても国は滅ぶ」
「その役目、引き受けた。まあ、奴らもバカではない。ゆめ、油断するなよ」
「誰にものを言っている。私は、お前たちなどよりもずっと長くここに居たのだ。奴らとの戦いには慣れている」
「なるほど。軽んじていたのは私の方だったようだ。この砦を頼んだぞ、臨時大佐」
ではな、と背を向けて歩き出す。ここで雑談の一つでもしていれば何かが変わったかもしれないが、そんな未来はない。
アルトリアはただ実直さを好む。余計な話などに興味はない。
「――やはり、理解できんな」
臨時大佐は雄々しく進む背中を見つめ、そうこぼした。
そして、ルナが向かったはずの『アダムス』。そこに総勢20機の魔導人形が勢ぞろいしていた。
「私は鋼鉄の夜明け団の【ギア】、ルナ・アーカイブスからの指令で参った。この場所の防衛を引き受けよう」
出迎えた『アダムス』の司令官、彼とは違う臨時ではない本物の大佐が口を閉口させている。
「本人はどうされました?」
横に居る側近が素早く聞いた。彼女本人が来るはずだったのに、これは……肩透かし以前に都合が悪い。教国は最前線に位置するため、滅びの前兆を感じ取っている。そうでなくとも、兵士の人命が湯水のように費やされているのだ。
要するに、『アダムス』に居る技術者にテクノロジーを伝授してもらいたいと思っていた。既に工房で人が待っているというのに。
……まあ、そこまで指令書に書いていないのが悪いのかもしれないが。ざっと指示だけ書いて後は察しろ、は上司としては一般的な姿勢だろう。二度手間、三度手間は部下の方にやらせるだけだ。
「あのお方は『ユードラシア』へ向かった」
「ユードラシア? 確か、あそこには魔素の浄化技術の研究をしていたはずだが」
「緑の街と呼ばれるそこに、興味深い技術があるそうだ。なに、心配はいらない。あのお方には全てが伝わっている」
「なるほど、特殊改造を施した『鋼』が4。君たちが最高幹部と言うわけだな? だが、必要としているのは今で、彼女と直接話をしたいのだが」
「全て、心配は無用。我らモンスター・トループは、あのお方と繋がっている。我らが耳にしたことは全てお聞きになられている。我らが見たことは全てご覧になられる。そう作られたのだ」
「……ッ!」
さすがに息を呑まざるを得ない。そんなことを誇らしげに話すとは、頭がイカれているとしか思えない。
ちらりと後ろにいる者達を見ると、”やりすぎ”と言わんばかりに首を振った。そこまでやっているのはこの四名のみということらしい。
「まあ、いい。では、概要だけ聞いてもらって後は本人に話してもらうとしよう」
「必要ない。あのお方にその程度のことが問題となるはずがない。見事に役目を果たしてみせよう。なに、私はただの伝言役だ。あのお方が2つや3つを平行できないはずがない」
手に持った剣、鞘に納めたまま振り下ろした。
「【ジェリーフィッシュ】は私とともに開発室へ。そして【ブラッド】は『エメラルド』中隊、【スティール】はアメジスト小隊を率いて『アダムス』の防衛を担当しろ」
毅然とした、しかし不自然なまでに統一された声が応える。
「「「――了解」」」
それぞれが迷いもなく動き出す。一匹の生き物のように。
そこから始まったのは歪な戦舞台だった。
【スティール】は火力による撃滅力を追い求めた機体。人型の姿に増設された二つの羽と大砲塔。連続する砲火が中位の奇械でさえ打ち抜いて、一直線に撃墜する。『クリムゾンスパイダー』型もそこそこの強敵であるはずなのに、余りの火力の前に簡単に沈んだ。
また率いるエメラルド中隊は全てが『銅』、しかしその火力は『鋼』に対抗しうるものだった。『マグナムブラスター』を使うためだけのチューニングは重量過多で動けなくなろうとかまわない、そういったコンセプトで作られた長距離陸戦型の機体だった。
――それは火力の暴力。ありあまる殲滅力の前に、たかだか中位奇械32体では近づくことさえ許されず、爆炎に飲まれ壊れて消えた。
そして、アメジスト小隊。こちらは全て『鉄』だが一騎当千の剣技の持ち主だ。率いる【ギア】は近づく敵をちぎっては投げ、そして彼に率いられた兵は常に最高速度で突貫する。
まさに常識外れの悪夢といっていい。
命などどうでも良いと思っているような敵は怖い。しかも、真に命を捨てているわけではない。腕の一本や二本失ったところで直してもらえばいい、そういう無謀さだ。
もっとも、【ギア】は四肢をもがれようと、頭を潰されようとまたルナに新しいものをもらうだけなのだが。粉みじんにまで曳き潰すか、急所を捉えて始末するしかない。サテライト型で跡形も残さず焼き尽くせばよいのだが、アレはコストが高い。数を揃えられない。
――ただ数が多いだけの奇械では。ディアボロ型の投入すらないのだから、突破できないのは当然のことだった。
32機の『クリムゾンスパイダー』型、12機の『サテライト』型、2機の『スフィンクス』型。そして無数の『スパイダー』型。生中な襲撃ではなかった。が、結果はこの通りだ。
スフィンクスが指揮を執り、サテライトによって制空権を奪取、クリムゾンスパイダーで侵攻する。オーソドックスなだけに見慣れた堅実な戦法が、ここではまるで踏み台だ。
見る者は拍手喝采で迎える。今の『アダムス』の戦力でも倒せないわけではなかった。が、犠牲も覚悟しなくてはならない戦いが、鋼鉄の夜明け団にとってはショーに過ぎないものであると知った。
その凄まじいまでの力は兵を魅了する。彼らは、少し前までは一般と変わらない人間だった。それが今や、奇械を無慈悲に殺し尽くす殺戮者として戦場に君臨する。
ならば、すべて構わない。
首魁が10と見間違う幼女? それがどうした、得られる力が本物であれば構わない。砦の者は須らく頭を垂れて彼女の降臨を待ち望んだ。