第5話 戦闘能力を確認しよう
「……へえ」
外観はモニターで確認したけれど、やはり”そこ”はだだっ広いスペースに観客のいない客席だった。
ここは闘技場――古代ローマのコロッセオのイメージ通りといったところ。もっとも素材は金属で、未来的な機能もある。戦場となる舞台の投影とかね。
「っふ!」
ガツン、と思い切り踏んでみる。僕のスペックならば鉄さえ容易く砕けるのだが。
「まあ、床にも防御障壁が張ってあるか。本気で踏み込んでも壊れないみたいだね」
――思い切り殴れば貫通しそうではあるが。それでもちょっとした運動には不足がない。それに、壊したところで勝手に修復されるのだから心配もない。
「主も何度か使ったことはあるはずだが――これも忘れた、と?」
いぶかしげに見えるのは気のせいだろうか。……気のせいだな。ただ疑問に思っただけで、答えてくれなくても構わないと思っていそうだ。そういえば彼女は脳筋だったね。
いや、見たところ筋肉どころか脂肪は胸に大きいのは二つだけだが。ぷるんと震える二つの大きなお山は見ごたえがある。
「まあ、けっこうよくわからない状態なんでね。今の僕」
さて、試しますか。と拳を握る。
「で、なければ模擬戦などしませんか。ええ、存分に試してください」
コロナもまた、拳を握る。どうせ、これは気楽なじゃれ合い。いくら本気で殴ったところでスキルもないただの拳で終末少女の防御能力は抜けないから安心だ。
「……いや。お前が攻撃しろ」
「了解」
その瞬間、体が宙を飛んでいた。踏み込んでの左――腹を殴られたことを遅れて自覚する。
なるほど、たかが1mなどは超至近距離というわけか。そして、やはり痛みは感じない。だが、なにか腹に違和感を感じる。そうか、これが終末少女の痛覚か。
「――」
回り込んでのかかと落としが来る。先の一撃で速度に目が慣れた。左腕で受け止める。もう片方でその足を掴んでやろうと思ったら消えていた。
見ればコロナは5mほど向こうに佇んでいる。引くのが速いな。だが、僕にダメージはない。手をプラプラと振る。
「……防御は無駄かな」
今度はこっちから動いてみるか。攻撃対象、そして攻撃法を定める。そうすると体が無意識に動き出す。最適な動作はすでに脳髄にインストールされている。
「……こう、か!」
拳を叩き込んだ。そのまま吹き飛ぶ。手加減なしでぶち込んだ――それでも別にダメージがないのはわかっている。けれど。
「棒立ちしろなんて、言ってないと思うんだけどな」
「これは失礼。お望みかと思ったので」
「もう思い出したから。君も適当に動いていいよ。どうせ武器を使わないと、終末少女の防御障壁は抜けないからね。常に展開する微弱な“それ”でもね。……意識的に解除するのはなし。これだけ命令」
「……はは。ならば、こちらから行かせてもらう。実を言うと、こうしてじゃれあうのも悪くないと思ってたところでね!」
10mくらいあったのに一歩で眼前まで踏み込まれた。そして、二歩目で全身のばねを活かした強烈な一撃を捻じりこむ。コロナの一撃は速く、重い。
「思い出したと言っただろ?」
けれど無視して左ストレートで殴り飛ばす。この体ならば反応できる。しかも、終末少女の中で単体スペックならばこの体が一番上なのだ。
終末少女は人間のように思考速度が鈍くない。わざわざ鍛えて技術を反射の域にまで高める必要はない――ただインストールしておいた動作を選択すればいい。
もはやショートカットに技を登録したゲームだな、と歯を剥き出しにして笑う。もっとも、僕ならば戦闘中に技を作りまでするぞ。
「障害物もないんじゃあ――まっすぐ行ってぶっ飛ばすしかないな?」
多彩な技など必要ない。と、いうか無理。僕は格闘術なんて修めてない。この僕にできるのは、最速で最大の一撃を叩き込むことのみ。
「それもまた面白い……ッ!」
地面と平行に飛ぶコロナの顔には笑みが浮かんでいる。面白い? うん、僕も楽しいよ。
着地できずにいるコロナに向かって飛び蹴りを放つ。彼女は床をつかんで無理やり停止、そのまま地面にへばりつくように身をかがめることでかわされた。
「……む」
これで僕は向こうの壁に着地するまでのわずかな時間、動けない。案の定――コロナが動く。裏拳で真横にぶっ飛ばされ、直後、さらに真上方向に蹴り上げられ――
「ッつかんだ!」
蹴ってきた足を――正確にはズボンをつかむ。
「我が主も中々やりますね。だが、そうくるならばこうするまで」
強烈な踏み込みからの、天から地に撃ち落とすストレートだ。
踏み込みのときに沈み込む足につかんだ僕の手がつられて真下に落とされる。追撃で逃げ場のない空中から地面に叩きつけられる。
……服を握ったままだったら、ね。
「こういう弱点があるみたいだね。僕たちには」
コロナは拳を撃ち下して床を打ち抜く。そんなところに僕はいないのに。そう決めて、行動に移したら途中で一々変えることなんてできやしない。行動のキャンセルができない。
それは”違和感を感じづらい”という種族的欠点。痛みをほとんど感じないからかもしれない。それか、行動をプログラミングして自動実行するためか。
今回も、踏み込みの時に足が軽いことに気付いていたら途中で動作を中断できた。
「さあ、逃がさないよコロナ」
今度はこちらの番。相手は無駄な行動でターンを無駄に消費した。
蹴っ飛ばして空中コンボ。1発、2発、3発目――そこでカウンターを入れられた。コロナはくるん、と空中で一回転して地面に立つ。
「……あは」
「……くっく」
もう確認は終わった。体は動く――思い通り以上に。この体はとても便利だ。人間のものとは比べ物にならないほど。
「もう一つ、確認しておこうかな」
うん、楽しくなってきた。もう止められない。
「何を?」
「コロナ、君には確か――【SSR虚空雲梯竜ディザスター・ウロボロス】を装備させていたよね?」
幻獣装備枠は2枠だから、もう一つあるけど。さらにキャラスキン……『服装』でスキル2枠だ。使えるスキルは合計で4つになる。もっとも、主人公たる僕は幻獣装備枠5つを持っている。
「ええ。……まさか」
「うん。僕に向かって撃ってくれるかな」
「HPの半分が消し飛ぶぞ」
「まあ、死なないから大丈夫。どうせ魔核石はいくらでもあるんだ。それとも、コロナは喰らいたくない?」
「いえ。……お先にどうぞ」
「先に撃つのはコロナだよ」
「……了解。召喚【虚空雲梯竜ディザスター・ウロボロス】。――スキル発動『オーバー・ザ・ストラススフィア』」
闇色の雲が世界を覆った。その上にはノイズが走るドラゴン。とてつもなく巨大。それは木々や草花――植物とともに生きた人々が朽ち果てた後に生まれたもの。枯れた大木の上であらゆる光を駆逐する。
「ま、ただのイベ産SSRなんて大したものでもないんだけど――さあて」
光が閉ざされた世界でなお、闇が凝集する。無が堕ちる。それは一つの文明さえ終わらせる一撃だ。
その強大な一撃は防ぎようがない。かわすことすら完全に不可能と言える。そんなことができるほどに攻撃範囲は狭くない。
「どれほどのものか、見せてもらおうか」
迫りくる闇を両手を広げて受け止める。やはり――痛くない。冷たいが、それも冷えすぎたクーラー程度のもの。
終末少女に生存本能などない。本体さえあればいくらでも復活するこの体に痛覚は意味がない。苦痛に思う理由がない。
「……強いな、この体は」
足元で床が崩れていく感触がある。さすがにあれだけの装甲もこの攻撃は吸収しきれなかったらしい。
とはいえ、僕の身体にも違和感が残っている。体がリアルなものである以上、きっちりダメージは受けている。たぶん5割くらい削れたのではなかろうか。HPを確認。うん、大体あってる。
「……今度はこちらの番。さあ、その神秘なる姿を現わすがいい! 【白狼獣王帝ホワイトウルフ・トリプルシックス】。穿ちなさい――スキル発動『白咬』!」
召喚した白い狼が闇を切り裂く。それは逆襲の一撃。
「――な?」
その光は一瞬でコロナの腕を食いちぎった。断面からはページが零れ落ちる。そして血が流れ落ちる。驚いたコロナはわずかに遅れてそれを理解する。
スキルが中断させられた。そして、ルナがどこにも見えない。完全に見失った。
「お見事」
と、再生した手で拍手をした。
「僕の力じゃないよ。召喚しただけ」
背後に居た。距離は問題なくとも、気配を消されては何もできない。
「いや、やられた。まさか、攻撃が終わる直前に来るとは思わなかった」
「そうだね。そういう使い方はしてこなかった」
ターン性バトルだったからね、とルナは小さくつぶやいて。
「魔核石を補充しようか。それも図書館でできたんだったね」
そして、図書館に二人で向かった。 失ったHPを回復しに。たぶん、あと1億回は回復できると思う。いくらでもあるという言葉は嘘ではない。
箱舟の機能はそれで動かすからもっと減るけれども。補充の当てを考える必要はなさそうだ。




