第44話 遊星主来襲
そして、砦の屋上の発着場で魔導人形も纏わずにルナが待っていた。後ろには魔導人形が並んでいる。【フェンリル】が何十発と使われて汚染される決戦前は、普通にヘリだのが発着していた場所だ。
今は、魔導人形か防護服を纏わねば生きていけない地獄のような場所になっている。イヴァンでさえあの有様だったのだから、ただの人間では数秒も生きてはいられない。
「おかえり、お姉ちゃん」
いつものひらひらしたスカートを優雅に広げ、お辞儀する。かわいらしい光景に、アルトリアが頬を緩めた。
「ああ、ただいま。ルナ」
「おお、ルナ殿か! 何用かな、あなたは忙しいはずだと思うのだが」
「あれ? いきなり本題か。2、3甘い言葉を交わすくらいの時間はあるのだけどね」
ルナはけらけらと笑う。アルトリアは失敗を悟る。ルナがこんなに上機嫌にしているとしたら、その理由は一つ。
それは、面白い見世物が見れるということだ。何かがあるとしたら、それは。
「なるほど。……つけられていたか」
ちら、と後ろを見る。そこには何もないはずだが――
「どっちかと言うと、追い付けなかったんじゃないかな?」
「確かに、奴らにとっては砦などないも同然かな?」
遥か後方、追いかける者がいる。それは人間ではあるまじき禍々しさを持つ化け物。美しい少女の形をした、人類にとっての”滅び”そのもの。
前回の時も、遊星主本体は空に佇んでいるのみだった。ただのそれだけでフィールドを雷雲に変え、死を振りまいた。積極的に襲撃しなかったのは、それが不可能という理由以外はない。
「だが、油断してはいけないよ。確かに地上までも彼らの領域に染め上げることはできなかったが、雷を落とすだけでも砦は引き裂かれていたのだから」
「つまり、この『地獄の門』よりも我々は優先度が上と言うわけか。光栄だが、少し都合が悪いな。電撃作戦だ、見くびって貰っていた方がやりやすかった」
「そこは判断ミスじゃない? 教国のお偉いさんの都合に従うから、後で困る羽目になるんだよ。あいつらはあいつらの世界で動いている。下手を踏んだわけじゃないよ? あちらは政界、こちらは戦争。ジャンル違いなのさ、僕らの方で愚かだの言うのは筋違いと言うものだろう」
「筋違いでなければ、都合が悪い。落ち度と言う意味でなく、悪いと言えるのはそれだろう。結局、あの任務は遊星主をここまで引きつけただけだった」
「けれど、窮地はチャンスに変えるものだよ。ねえ、お姉ちゃん」
「……? いや、なるほど。では、ガレス。行ってこい」
「私が一人で戦うと言うことか! 良いだろう! 一番槍、頂戴致す!」
言われるがままに飛んだガレス。冗談からものいいを放っていた二人は、彼に経験値を積ませることを選択した。
今ここでアルトリアとルナが力を合わせて奴を倒したところでメリットがあまりない。コアを得れば、『黄金』を自分で作るという選択肢も生まれてくるかもしれないが……それを許してくれるほど相手も甘くない。
「――ふふ。お相手はあなた? 余裕ね……1対1を気取るつもりかしら?」
鈴を鳴らすような声。にっこりと笑っている。魂まで取られるような怪しさがあるが、堕天竪琴の声ほどの妖艶さはない。
どこか甘ロリ風の衣装が、少女と女の中間じみたアンバランスな美を引き立てている。人間で言えば、20に届かないあたりの外見をしているが、無論外見は飾りに過ぎない。夢のように広がるピンク色の長髪も、銃弾では撃ちぬけない強度を持っている。
「少女のカタチをしていようと【奇械】ならば壊すのみ! 皇火流【十都禍】」
いきなり技を放つガレス。最初から全力だ、相手が格上である以上は様子を見れば窮地に陥るだけだ。十字の斬撃が敵を襲う。
「あは! いきなりご挨拶ね。人間は言葉をかわす習慣もないのかしら。私は『屍聖弦祖エルドリッジ・クイーン』。人の世を屍で満たすもの」
ころころと笑っている彼女はわずかな動きで十字を避ける。熟練した動きだった、他の遊星主とは違い、明らかに武術を習得している。
「それは失礼した! 俺の名はガレス・レイス。黄金位階『ヨトゥンヘイム・レーヴァテイン』を操る炎遣いだ!」
攻撃がからぶったガレスは一歩後ろに下がる。瞬間、屍聖弦祖がナタを振り下ろし――衝撃波が駆け抜けた。が、丸見えの攻撃などどうということもない。
「貴様の首は俺が断つ!」
本体の斬撃のみ回避、衝撃波は無視して突っ込んだ。
「あら?」
不思議そうな顔をする彼女に。
「皇火流【妃喰】!」
炎を纏う剣が首を一閃した。屍聖弦祖の首が飛び――
「あは! 私の首を落とすなんて」
飛んだ首がそのまましゃべり出す。そして、残った身体が手に持ったナタを一閃する。ちょうど、先のガレスの一撃を真似するように。
炎は出せずとも、遊星主の腕力で薙げば首が飛ぶ。
「隙と思うな! 【威赫】ッ! ッ!?」
ナタと剣が衝突し、弾かれた。皇火流は対『ディアボロ』用に開発された術技、アレに対抗するためには超高速で技を繰り出し続ける他ない。8の技が繋がっているゆえ、技後の硬直などない――指を触れる隙も与えず、敵を必ず斬滅するのが皇火流の全て。
けれど、やはり屍聖弦祖の方がステータスは上だ。今の一合で下がらされたのはガレスの方だったのだから。
「あらま? みんな、驚いてくれるんだけどな」
ナタを持つ逆の手で自らの頭を掴み、そして首に乗せた瞬間に繋がった。ごきごきと首の音を鳴らす。まったく効いていなかった。
美しい少女に見えて、しかしその中身は化け物だった。しかしそれは分かり切ったこと。ガレスは元から挑む立場と割り切っている。
「ならば、五体を完全に砕くまで! 皇火流【燎原之火】」
曲がる斬撃が四肢を飛ばす。そして、必殺の一撃を放つ。
「とどめだ……【火途々日】!」
莫大な熱量が天を焦がす。どこまでも対『ディアボロ』を意識した戦い方を踏襲している。触れたら終わり、そしてダメージも無限に回復するそいつらと戦うなら短期決戦以外にないkら。
――炎の柱が屍聖弦祖を打ち据える。
「あは。いい感じの熱さね。お風呂代わりにはぴったりだわ。惜しむらくは……これから少し運動することかしら」
肌も、その裏の筋肉まで炭化して……しかし、彼女はひるまない。そのまま走り、ナタを振り上げる。そして、その時にはもう回復していた。
「おのれ! 皇火流【一徒火】」
横一文字の斬撃でナタを持つ腕を落とす。1秒、行動が遅れた。戦場の1秒は永遠に等しい価値を持つ。
「【妃喰】、【威赫】、【狂理糸】、【十都禍】――」
その1秒は取り返せない、次々と技を放つガレス。少女じみた美しい身体をバラバラにして炭と化す。けれど、斬った次の瞬間には動き出して、2秒もすれば元通りだ。ゆえに、更なる攻撃を叩き込む。
「――」
「――」
百を超える斬撃が屍聖弦祖に叩き込まれた。何も知らないギャラリーから見れば、ガレスの勝利は間違いがない。
だが、敵の不死身の秘密を見破らない限り、ガレスには勝ち目はない。もっとも、見抜いたところで倒し切れるかと言う問題もあるのだが。
「あは。分かってきたよ」
そして、屍聖弦祖がガレスの動きに慣れてきた。8の円環を成す斬撃の技、それは裏を返せば型が決まり切っているということ。
特定の何かに特化したアレンジでは、その後の技が続かない。今は使えない。
「……ッチィ!」
ナタの一撃が鎧に当たり始める。このままでは押し切られると見たガレスは、早々に最後の賭けに出る。
二個も三個も奥の手を持っているわけがない。彼は皇火流に全てを捧げたからこそ、ここまで強くなった。元をたどれば同じだとしても、皇月流の技を習えば”二兎を追う者は一兎も得ず”の諺どおりに弱くなる。
ならば、切り札を切るしかない。それこそが最後の技にして、最期となる必殺の技。自らが乗る魔導人形の名を冠した技。
「この一撃で決めて見せる。皇火流【火途々日】が崩し、【焦熱世界・赫杓炎剣】!」
天をも焦がせと炎がうねる。炎熱が周囲の全てを焼き尽くす。掘り尽くされ、穴ぼこだらけになった地形が――あまりの高熱の前に、溶け崩れて溶岩の海と化す。
「あは! あはははははは!」
その状況においても笑い続ける屍聖弦祖。自らが焦げては治る拷問じみた状況にも楽し気だ。なんて面白い玩具と、嗤っている。
勝つのは自分だと分かっている。自分の無敵の再生能力の前に敵はない。殺されないからこそ、彼女がここに来た。
「化け物め! だが――我慢比べならば、俺が勝つ!」
自信満々に宣するガレス。
「ふふ。ご機嫌ね。では、いつまでも踊りましょう?」
轟熱が砦の方にまで伝わってくる。
その戦う様を鑑賞していた二人は楽し気に謳い上げる。
「――ふむ、これではガレスが負けるな」
「要するにエネルギーの総量が違うんだね。そして、ぶつける場所も間違っている」
「あの少女は釣り餌、本体は別だな? 進軍してきた領域そのものが奴だ」
「大当たり。ゆえに奴を倒すには、支配領域そのものを消し飛ばす必要があるわけだ」
「炎は奴のフィールドをも侵している。しかし」
「やはりパワー不足だね。焼き焦がしているのは地表の表層程度。屍聖弦祖の名の通り、屍の領域は地下にある」
「そろそろ助け舟を出すか」
「なら、僕も付き合うよ」
「――撃ち抜け【アロー・オブ・アポロン】」
ルナが幾本もの光の矢を打ち放ち、地を貫く。
「喰い尽くせ【ブラックホール・クラスター】」
そして、残骸となった大地すらも黒い孔が飲み込んだ。
「これは! あの方たちか! ならば、あと一押し――やって見せねば男が廃る!」
ガレスが炎熱を更に高める。しかも、地面が狙いなのは先の一撃でわかった。ならば、地殻まで焼き尽くすのみ。
「……気付かれた? しかも、この力――やはり危険ね。重力遣い、そして裏で動いているのは……」
顎に手をやり、わずかに考えて――
「その命、預けておくね。今度は殺すよ」
禍々しい力が離れていく。屍聖弦祖が退いていく。この戦果を撃退と、華々しく喧伝させるのが”上”の役目であろうが。実のところは、キャメロットの正式な騎士3人が揃っても、おびき寄せた遊星主一人倒せないと言う結果となったのだった。