第43話 奇械帝国
アルトリア・ルーナ・シャイン、そしてガレス・レイス。二人の『黄金』を駆る操者が空を飛ぶ。ただの魔導人形では視認することすらできないスピードで。
ここに『鋼』など連れていたら中身がぺしゃんこになる。ベディヴィアも、地上を走っても無理だろう。衝撃波すらも置き去りにして進む二人には、誰も付いて行けないのだ。
「――ははは! 速い! 速いな、これほどまでか。『黄金』の真の力とは!」
「そうだな、私も以前は性能に振り回されていたからな。十全に操るとは、こういうことなのかと驚いたものだ」
そして、1分ほどでそこにたどり着く。
「む。なんだ、あれは?」
「炎の領域だ。【奇械13遊星主】が一柱【炎源竜プロミネンス・ドラゴン】が支配する領域……人が生きていける環境ではない」
アルトリアが環境を分析する。気温は600度を超えている。しかも、それは温度の低い場所を選んで飛んでいるからだ。自然発火が起きている場所では更に熱い。
地面は溶岩、至る所でマグマが吹き出し何もない空中で発火する。そこは、まさに煉獄地獄である。
「我らが守り神『白金』が、人類の領域をその恵みで満たすように――」
「――奴らはその守護領域を、己が属する滅びの属性に染め上げている」
そこは無限に炎熱が吹きあがる地獄だった。その炎は、命ある者が踏み込むことを許さない。空中に至る所に炎が舞う。これでは耐火仕様のミサイルで突っ込んだとしても2秒後には爆破炎上だ。
「今回は奴らのフィールドを浸食する必要はない。心を閉ざせ。奴らに見つからず、本拠地を一目見て帰ろう」
「了解だ!」
アルトリアは重力のフィールドを。そしてガレスは炎のフィールドを張る。両者ともに改造によって『黄金』に対する適性を引き上げられている。
ならば、この程度は児戯に過ぎなかった。
「……見ろ、お休み中だ。騒いで寝た子を起こすなよ」
「言われずとも! 奴との交戦は任務ではない!」
遥か上空に丸まっている機械竜の身体が見える。やはり、万全ではない。……悼ましいほどに強大な力、だが中身がすかすかだ。
もちろん、人間であるならば心が砕けるほどの偉大な力ではあるのだが。しかし、その中身が満たされていないことは事実だった。
「ルナから聞かされていたが。……ともかく、これが人類が生き残れた要因と言うわけだ」
「遊星主は欠乏している。いくら強大な器を持っていようと、中身が満ちていなくては動けない」
「しかし、舐めて油断してもらっては困るぞ。この場所でなら、短時間であれば力を振るえる。向こうのエネルギー切れを待つような心意気では、1秒も生きてられまい」
「当然だ! どうせならば、勝って、勝つ! 13遊星主全ての首を取り、後をルナ殿にお任せする。それこそが――」
「そうだ。それこそが人類を救う道に他ならん」
「では、奴らの”島”をカメラに収めて帰ろう。撮影したところでどうにもならんが、姿を納めることに意味はあるだろう」
空中から発生する炎を、視線もやらずに避けて飛ぶ二人。しかし、出し抜けにその二人に言葉がかけられた。
「何を封印すると言うのかしら?」
その声はぞっとするほど美しく、そして魂を掴まれるほどに妖艶だ。生中な修練しか積んでいないのならば、すぐさま舌を噛み魂を彼女に捧げたことだろう。
「なに、ちょっとした観光に来たんだ。そう、封印して永遠に残したいほど美しい光景なのでな」
「なるほど! そういう方向で誤魔化すのか! お嬢さん、あなたをカメラに撮っても構わないかな? 黒髪が炎の紅に映えて美しいと思うぞ!」
現れたのは女性に見える。だが、圧倒的な禍々しい雰囲気を纏っている。さらには下半身が魚だった、いわゆる人魚。これを人間だと思うのは無理があるだろう。
「くすくす。それで誤魔化したつもりかしら? 私の名前は【堕天竪琴オルフェウス・マキナ】よ。……雷源竜を倒した貴方、名前を聞かせてくれないかしら」
嫣然と笑う彼女はとても自然体だ。自然に、馬鹿げているほどの殺意を撒き散らしている。これほどまでに高まった殺意、殺意の大小で行動を読むのは不可能だ。
「私の名前はアルトリア……いいや、あの子が付けてくれた名前は【重力遣い】だ」
静かに名乗る。
「そして、私の名前は!」
「そう、ではここで死になさい、重力遣い!」
ガレスの名乗りなど聞きはしない。彼女は手に持った琴をかき鳴らす。音が物質的な破壊となって地形を砕く。
「……っぐ。私の自己紹介を聞かないとは!」
「それよりも、ガレス。上に注意しろ、いつ目覚めるか――」
形のない攻撃? ただそれだけで潰されるなら『黄金』を操る資格などない。見えないなら、そういうものとして対処するまで。
とはいえ、2匹目に目覚められては撤退すらもおぼつかない。
「あは! 私一人で十分よ、お馬鹿さんたち!」
さらに琴の音色が響く。
「……舐められたものだな! 【グラビティ・ホイール】」
「隙だらけだ! 皇火流【妃喰】が崩し【氷雨】」
重力塊を叩きつけ、直後に針のような斬撃で首を絶つ。狙いは良かった、が――狙いが定まっていなかった。
そいつに向かって放ったはずの技は明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「うふふ。私の声は聞こえていないのかしら? 聴覚を遮断しても、無駄……音楽は魂で聞くものでしょう?」
それは堕天竪琴の攻撃、物理と精神の両方を砕く音。音塊をぶつけられれば物理的に粉々にされ、それを避けたところで精神への攻撃が牙を向く。
見えない攻撃をかわしただけでは、回避に成功したとは言えないのだ。
「なるほど、やはり――強い。それに、消耗を待つ作戦も出来なそうだ」
「だが、感覚が狂っていると分かったのなら、その上で範囲攻撃をするまでだ。皇火流【十都禍】が崩し【十都百鬼崩し】!」
それは炎の斬撃の網、攻撃方向が10度ばかりずれたところで何も問題はない。次は当てると気を込めて範囲攻撃を放った。戦闘開始から5秒、まだ身体は動く。
「……くふ。本当に、お馬鹿さぁん」
けれど堕天竪琴は人魚のヒレで打ち払うだけで、その攻撃の全てをはじき返した。
特殊能力の分、弱い? そんなわけがあるまい。遊星主は人類に滅びをもたらす災厄だ。ただの殴り合いであれば遊星主が勝つに決まっている。破壊力も、異能の質も全てが格上という存在だ。
「いや――本当に凄いな、これは勝てん」
アルトリアが独白する。わずかに手を振って確認した。この10秒で身体機能がかなり侵されている。切り札の天堕刻印を放ったとて、関係のない場所を抉るのみだろう。
「だから逃げることにしよう。【ブラックホール・クラスター】」
彼女を中心に黒の地平が姿を現わす。音だろうが炎だろうが食いつぶす漆黒の闇が、いくつも現れてその領土を広げる。
「待ちなさい!」
追撃を放ってもブラックホールに飲み込まれるのみ。闇は何も揺るがず、ただそこにある。ある時をこえると闇が縮小していく。
「……逃がした!」
人類を滅ぼす遊星主は、その美しい顔を不愉快気に歪めた。
「――大丈夫か、ガレス?」
「問題ない!」
二人は奇械帝国と砦の中間地点に墜落していた。あの一瞬でガレスを掴み、自分ごと上空に射出。そして、ここに落ちた。
「ならば、少し仕事を頼む」
「了解だ、皇火流【一徒火】」
至る所を我が物で歩く低級奇械ども。こいつらは人類の領土でない場所ならばどこにでもいる。ガレスの一閃が周囲を焼き払った。
「30秒、時間をくれ」
「1時間でも守って見せよう」
さすがにアルトリアでも、あの強引な脱出はきつかった。重力遣いでも、ブラックホールの影響を無効化できない。自分の技を自分で喰らって下半身がひきちぎれかけた。0.1秒遅ければ地平の彼方に消えていただろう。
「……奴らが追ってくるか。確かめれば良いサンプルになるかな?」
「自分の身を実験台にする気か。やめておくが良かろう! なにより、あのルナという少女は怒るのではないか?」
「確かに。あの子は怒るな、やめておこう」
「休憩を取ったらすぐに砦へ帰ろう! 奴らの本拠地は見ることができなかった、が――道中に待つ脅威と言うなら、十分な情報だ」
「そうだな。これで、少しは政府関係者も危機感を持ってくれれば良いのだが」
「あまり、期待しすぎるのはやめておけ。裏切られた時が辛い」
そして、きっちり30秒に飛び去った。
ちょっと解説。Q.なんで上層部が屑なの?
A.この世界ははっきり言って最悪です。至高の『白金』のおかげで人類が生存できているだけの死の大地です。しかも、領土の外には人類の敵が大量に闊歩している悲惨な状況。
そんな国家を治めるのは罰ゲームに等しいのではないでしょうか? 日本では、首相になってもコロナ禍+オリンピックと言った逆境を跳ね返さないと良い評価が得られませんね。この世界は、それより状況が悪いです。そんなものにわざわざなりたいと思いますか?
民主国の貴族たちは嫌になって、財産だけ持って主権を国民へ譲りました。教国では、貴族院による指名制みたいな形で政治がされていますが、国民全員に基礎教育(小学校)を施せていないので民主制への移行は不可能です。
良識のある人だったら、上の人間になってもどうしようもないことは分かりきっているため諦めます。上に登ろうとするような人間は、他人の犠牲に心を痛めないサイコパスばかりになってしまったということです。