第41話 作戦は失敗する(予言)
そして、4日目になった。アルトリアの治癒は完全に完了した。一方、臨時大佐殿には10円ハゲができた。それを隠そうと黒ペンで塗りつぶした臨時大佐殿は、キャメロット一行を指令室に呼び出すのだった。
「誠に申し訳ないが、本部から命令が下った。傭兵ギルドからの連名の、な」
「……ふむ」
アルトリアの力はすでに人の域にはない。けれど、人でなしと言えど、そこに触れない優しさはある。カツラでどうにかすればいいと思うかもしれないが、ここでは緊急品は手に入りにくい。自分だけ特別扱いも、兵たちの反感を招くから良くない。
結果として、このバレバレの誤魔化しである。むしろ、無理に隠そうとした分だけ哀愁を誘っている。
「ああ、傭兵ギルドからはあくまで要請となっているな。それが理念だったか。しかし、1日で枠内を突き破った私たちにもそうしてくれるとは、ありがたいことだな」
「本部もギルドも、君たちの所属については頭を悩ませているようだ。君たちの希望があれば聞くらしいが」
「ならば、籍はギルドに置かせてもらおう。自由に動きたい」
「君たちの望みは最大限尊重する、希望も伝えておく。しかし、コイツはやってもらわなければ困る」
アルトリアと臨時大佐ならば話が穏やかに進んでいく。上層部に逆らうべきではないと言うのが共通認識だから。
「困る? どうも、喫緊の必要がある任務ではないと思うけどね」
しかし、偉そうな奴には反抗しなければ気が済まないお子様がいる。机に手をかけ、その指令書を覗き込んだ。
しかも、そのお子様は基地でも有数の実力者となった者たちばかりが所属する【鋼鉄の夜明け団】の団長様だ。扱いに困ることこの上ない。
「頼みたいのは奇械帝国、その本国の偵察だ。本部から来る査察官を連れ、向こう側の様子を確かめてもらいたいとのことだ」
それは無理難題であった。偵察と言っても、見て行ってそれで終わりで、あっさり帰してくれるほど奇械は甘くない。
そこは普通に考えて死地だろう。死を命じるようなものだ。
「む。査察官を連れて、か」
「思惑が透けて見えてるんじゃない? そいつ、どう考えても捨て駒だろ。つまり、査察官とやらが死んだ時点で任務は失敗。一つ借りを作らされたと言うわけだ。撤退戦で負傷でもすれば、色々と準備する時間も作れると言う目論みかね」
「……確かに無茶であるとは思う。だが、第二の襲撃があるかもしれないことを考えると、必要な任務ではある」
苦い顔をしている。我ながら無茶だと思うし、唾を吐きかけてやりたい心持であるのだが、立場上断れない。
臨時大佐の権力は低かった。無茶で手に入れた地位、しかし無理筋を行ったために本来ほどの力がない。”臨時”とついているのが証明だ。
「いや、不要だね。僕の感知能力があれば現物を見る必要はない。重要なのは待機数じゃなくて、エネルギーの補給状況だよ。あれば襲撃できる、なければ寝て待つしかない。無意味なことをやるのは嫌いだよ」
ルナはそっぽを向いてしまった。実際、上層部の決定を無視できるだけの地位はあるだろう。ここまで存在感を示せば、あとは取り込む以外の選択肢はない。
だが、一方ですげ替えのできる首である臨時大佐の方は気が気ではない。こちらは切って入れ替えても支障がないのだから。
「――ルナの言うことではないが、私も無為だと思う。その査察官の命を意味もなく散らすのも座りが悪い。まあ私たちへの貸しと考えれば、人一人の命は安いものなのだろうがな」
アルトリアも難色を示している。ちなみに、他のメンバーは我関せずだ。べディヴィアは未だ力が足りないと分かっているし、ファーファは任務の裏がどうのを考えるほど頭が良くない。
「君たちの言うことはもっともだと思うが、上層部の指令を断れば砦全体の運営に関わるんだ。……どうにか、考え直してもらえないか?」
「しかし、私一人ならともかく誰かを連れてとなるとな……」
アルトリアは顎に手を当てる。もう一押しだと、臨時大佐はほくそ笑む。
「そこを何とか。出てすぐに無理だと分かって引き返したというのでもいい。とにかく、従うというポーズを見せることが重要なんだ」
その顔には中間管理職の悲哀が色濃く出ていた。ルナが誰にも聞こえない声でささやく。
「権力って奴は不思議だねえ。自分が悪いと思っていないのに頭を下げ、心と身体を削るほどに働いて。そして、それだけのことをしても偉くなれるのは一握り。さらにはその幸運な一握りが得たものが”これ”だと言うのなら、何がそんなに魅力的なのだか」
「さて。じゃがな、それがルナちゃんの好きなものではないかね? 名誉、伝説。いずれにしても形もない。何やら知らぬが、人間はそういうものを好むらしい。翡翠の夜明け団の団員、冒険者――あのゴールデンレコードの複製は、今も箱舟に安置されているのじゃからなあ」
アルカナもまた、誰にも聞こえない声で返した。
「そうだったね。物語に英雄として名を残すも、国の要人として名を残すも同じか。ならば、後は個人の好みでしかない」
「なるほど、のう。まあ、そういうものじゃろうな。ならば、アレの処遇もどうでも良いということか」
「さて、彼の野望の末路は気になるところではあるね。けれど、それは僕の力の及ぶ範囲ではないよ」
「くふふ。力を求める者に、人を辞める手段を与える魔女。それは権力を求める者が必要とする”力”ではないな?」
「そうそう。アルカナは、もしかしたら僕より人間社会のことに詳しくなってきたんじゃない?」
「全てはルナちゃんのためじゃよ」
「ありがとう。そう言ってくれることが一番うれしいよ。君はもう、僕の掌から飛び出して行ってしまったね」
「……ああ」
アルカナに与えられた魔導人形『ネフライト・ジョンドゥ』。だが、それはおかしい。身元不明の死体――女ならばジェーン・ドゥだ。語呂を重視するのもルナらしいが、そこには別の、自身も気づいていない思惑がある。
アルトリアと臨時大佐は話を終える。
「では、そういうことで頼みましたよ」
「ああ、任せてくれ。良い様にしよう」
だが、アルトリアの笑みの意味をルナは知っている。
あれは全てをぶち壊す気だ。査察官を伴って、行ってらっしゃいからすぐにお帰りなさいする平穏な案など使わない。
「――本当に頼みましたからね」
すがるような声の臨時大佐。だが、その願いもむなしく、頭上の荒涼はその領土を更に広げることだろう。あの笑顔を浮かべたアルトリアが、損して得取れなどと言うありきたりな説得を受けるわけがないのだから。
そして、夜。最前線には似合わない豪奢で可愛らしい部屋に5人が入る。まさに成金貴族が娘に与えた部屋のようなメルヘンな場所だった。
ファーファは大喜びで人形で遊んでいる。
「まったく、何を作らせているんだ。ルナ」
アルトリアが呆れたようにため息をこぼす。ルナが勝手に占拠している部屋はアルトリアを修復した錬金術の部屋、そして機械改造手術を行う手術室。
そして、この部屋が第3となる。先の二つとは打って変わった子供らしい部屋である。
天蓋付きの広いベッドが中央に。そして、いたるところにレースが飾り立てられていて、棚にはぬいぐるみが飾られている。
「みんな、少し言っただけなのに張り切っちゃってねえ。どうせだから好きにさせてあげたんだよ」
ふわりとほほ笑む。部外者と呼んでもいいはずの人間なのに、好き勝手やっている。突き抜けすぎた釘は叩くことすらできないという好例だった。
「まあ、おこぼれに預かっている私も同罪か。ファーファをいつまでもあのベッドに寝かせておくのもな」
一応は高級将官用のものだったのだが、本物のお姫様だったアルトリアには不満だったらしい。まあ、子供のためとは実にらしいと言うべきか。
「ふかふかー。ぽんぽん」
ファーファはぬいぐるみに飽きて、今はベッドの上で飛び跳ねて遊んでいる。どこでも遊べるお年頃だ。
「ふふ、実に子供らしいなファーファ。ルナちゃんはこうして大人しくしておるというのに」
アルカナが嫌らしい笑みを浮かべてルナの背中をつつ、となぞった。ん、とルナは怪しい声を上げる。けれど、嫌がるでもなくアルカナに身を任せて甘えている。
「アリスも、する」
アリスはアリスでアルカナを押しのけながらぐりぐりと頬をこすりつける。アルカナとルナを取り合って、てんやわんやだ。
「ルナちゃんはおねむ? ファーファは大人だからまだ起きてられるもん」
ファーファはむふん、と慎ましやかな胸を張る。
「……ふむ」
アルカナはルナの小さな胸を撫でた。薄着というのもあり、肉付きが良く見える。感触もよくわかる。
「あは。くすぐったいよ、アルカナ」
笑って受け入れている。
「むぅぅ」
アリスはぷっくりむくれて、更に過激なスキンシップを取る。色々と、見えてはいけないところが見えそうになるほどに。
「まったく、アルカナめ。そういうことをやめろと言うのに」
あいかわらず、アルトリアはアルカナにだけ厳しかった。
「ファーファ、今日は寝よう。明日は少し忙しくなる」
「うん! ファーファ、寝るのは得意だよ。いつでも寝れたから誉められたの!」
あっけらかんと言っているが、裏は真っ黒だ。要するに、特攻前夜でもきっちりと睡眠を取って、有効に命を散らせることができるようにとのありがたくもない教えだ。
どこまでも特攻兵器としてしか扱われない。それがオーガストの名を与えられた孤児院出の子供達の宿命だった。
「……そうか。では、競争だ。私より早く寝れたら明日は朝食にプリンを付けてやろう」
「うん! おやすみ、お姉ちゃん」
布団をかぶってすぐに寝息を立て始めた、が……
「ファーファ、ズルはいかんぞ」
「ちゃ、ちゃんと寝るもん!」
狸寝入りだ。訓練を受けていてもさすがにもう少し時間が要るらしい。
(さて、明日は明日で、どうなることやら)
そう思っていたところにルナの声がかかる。
「お姉ちゃん、あの任務はどうする気かな?」
「……叩きのめして一人で行くさ。映像さえあれば文句はあるまい」
「ふふ。言葉で言っても諦めるわけがないけれど、乱暴だねえ」
「命よりは軽いだろうさ」
「でも、それだとちょっと弱いね。うん、僕が少し細工をしておこう」
「苦労をかけるな」
「問題ないさ。お姉ちゃんはそれ以上に面白いものを見せてくれるからね」
「ならば、見せてやるさ」
ふと、ファーファを見てみると眠っていた。ご褒美が利いたのか、それとも訓練の成果か。
一方でルナを見ると。
「……ん。ふあ……」
横の二人の手が入ってはいけないところに入っている。
「んん。……駄目だよ、お姉ちゃんが居るのに……」
コレに何を言っても仕方がない。アルトリアも寝ることにした。カミソリのような切れ味の拳をアルカナに放ち、睡眠に入った。
「いや……これ、魔導人形の首でも落とせるぞ? まったく、貴様は……」
アルカナがやれやれと首を振った。