第40話 暗部襲撃
そして三日目となった。砦は表面上は問題なく動いているように見える。
砦自体はダメージを受けていないことが一点。周辺環境も遅々としてであるが、修復は進んでいる。それにルナが改造した兵士達によって続く奇械の撃退もつつがなく防げている。
……その裏にあらゆる問題を孕みつつも。
そう、ルナ・アーカイブスだ。彼女の力のおかげで表面だけは取り繕うことができたが、しかし部外者である彼女に心臓を握られているに等しい状況となった。
本質的に砦内部の人間とは何も関係がないルナを好き勝手させなければ、砦そのものが崩壊するという苦悩。しかも、現在の砦を支配するのは臨時大佐、つまり成り上がりだ。戦国ものにはよくある、城主をぶっ殺して成り上がったというアレだ。
この『地獄の門』を放棄する決断さえできれば、の話にはなるが。ルナと臨時大佐を諸共に処刑するのが健全な国家としての姿だろう。
――けれど、長年『奇械』と戦い続けた教国は健全などとはとても呼べない病状だ。全身に毒が回りつつも、なお気力でもっているような有様だった。
ここでルナを排除することは不可能だ。彼女が居なければ戦力が持たない。
この三日目にして、ようやく人員補充の第一弾がたどり着いたという有様なのだから。物資ならともかく、人を派遣するのは苦労が多く時間が必要だった。
派閥というのはどこにでもあって足を引っ張ってくるし、モノのようにただ送ればよいというものではない。周囲と本人を色々とすり合わせる必要がある。
そう、派閥がある。元々この砦を支配していた一派からしたら、この状況は噴飯もの程度では済まされないほど面白くない。派閥は仲間であり、家族とも呼べる。この砦は最重要地点だから、相応に高い地位の者が着いていた。そう、臨時大佐に殺された名もなき彼らのことだ。
そして、有力者ならば政略結婚は義務だろう。ゆえに、彼らと血のつながった相手はたくさん居る。よくも叔父を殺してくれたなと息巻く者が居るのは当然のことだった。
とはいえ、やはり表面上だけはつつがなく補充が完了される。そこでもめ事を起こしてもしょうがない。し、『地獄の門』を派閥の都合で崩壊させるなど許されない。
文字通りに、陥落すれば教国は地獄絵図だ。そこを閉じたままにしておくために長年犠牲を払ってきた。ゆえに戦犯でなくとも、関係しているだけで将来が閉ざされるほどの禍根になる。
「受取を完了しました。では、新任の方はこちらへどうぞ。各隊の責任者が待っています」
ヘリから人とものを受け取り、空いた場所に魔石を詰め込んで返す。
遊星主の侵攻は莫大な被害をもたらした、しかし、ルナがいた世界の民族間の征服戦争と違い、防衛戦に勝っても得るものはあった。人類文明の源、魔石だ。
遊星主のコアはルナが勝手に独占しているが、それを除いても失った分より多くの魔導人形を製造できるだけの成果を得た。
「……しかし、凄まじい量ですね。こんなに大量な魔石、見たこともありませんよ」
「はは。確かにあの時は、皆まとめて滅ぼされると信じて疑っていませんでした。それほどの軍勢でした。雷雲のせいで、上の方々も逃げるに逃げられなかったみたいですしね」
「逃亡は死刑と、軍規に決められているはずでは?」
「そこらへんはよくやっていたみたいですよ。事後に手を回し、事前に辞令が出ていたことにするのが常套手段だとか。少なくとも、私は逃げだした上の方々が責任を取っているのを見たことはありませんね」
「どこも上の良い噂は聞きませんが……ここは、特に酷いみたいですね。上位の【奇械】が毎日のように襲ってくるなんて、他では聞きません。それだけに、逃げ出したくなってもしょうがないということですかね」
「ここは地獄ですよ。でも、他に行けるところなんてありませんから」
深いため息を吐いた。誰もが希望をもって働いているわけではない。特に、凄惨を極めるこの『地獄の門』では。
「――」
そして、重苦しい会話の裏で闇が蠢く。
「……」
「……」
言葉も何もなく、ただハンドサインのみで音もなく行動する軍隊。8人もの黒づくめの男たちが荷物に紛れて砦に侵入した。
8人分の重量はどう誤魔化した? そこは暗黙の了解と言うやつだ。多少変な命令でも、上からの命令ならば従ってしまうのが人情だろう。そう、人が死ぬわけでもないのだ。だって、死んだとしても裏に葬られて表に出てこないから、彼らの死は無為になる。教訓は語られることなく、国家の犠牲者は闇に消える。
「……」
「……」
状況を確認、誰にも見つからずに目的の場所まで直行する。実は彼らはあの臨時大佐に殺された派閥のお偉いさんの手下だった。だから見取り図くらい持っている。
それに、関係者だって本人が死んだといえど砦からの報告書を盗み見れるだけのパイプは残っている。
「……」
「……」
砦は外からの侵入には万全だが、中の方は脆い。そこを厳しくすると暮らしにくくなり、ストレスが溜まって人は簡単に死ぬ。自暴自棄となり、仲間を信用せず、無謀なことをしてあっさりと命を落とすこととなるだろう。
ゆえに、彼らは侵入を遂げた時点で作戦の第二段階は完了したも同然だ。あとは第三段階、目標の人物を攫って帰るだけだ。
「……」
「……」
向かう先は、とある訓練室に向かうための通路だ。
そう、すでに調べはついている。ルナ・アーカイブス本人をどうにかすることはできない。彼女が居なければ『地獄の門』が落ちる以上手出しはできない。
だが、放置することもできないなら答えは一つ。そいつを無理にでも従わせるのだ。何をしても部下は逆らわないという確証を得たいと考えるのは、人間としての本能だろうから。
要はアメと鞭だ。鞭で叩いても逆らわないことを確認したい、それが上に行った人間の多くが考えることだろう。殴っても反抗しない人間であることを証明しなければ、信用することもできないのが偉い人間の生態だろう。
つまり人質を用意し、そして臨時大佐を裏切るメリットを提示してやれば簡単になびくと思っている。
人質は仲間が良いだろう。イヴァンやベディヴィアでは駄目だ。報告書からでも大切に思っていないのは分かる。成功しても、普通に見捨てて終わりだから意味がない。
であれば、アリス・アーカイブスかアルカナ・アーカイブスのニ択となる。実際、その二人が人質になればルナは四の五の言わずに従うだろう。
更に、『黄金』に似た魔導人形の秘密も調べられれば言うことはない。そして、その場合に注目したいのは『銅』の出力を上げたことだ。(『黄金』でないのは分かっている、秘密裏に作るのは不可能だ)
アリス・アーカイブスの力を手に入れれば、魔導人形の世界に躍進を起こせる。戦局を動かしているのはごくごく少数のオリジナルではなく、量産型だから。
とはいえ、アリスとアルカナは常にルナと共にある。護衛と考えれば当然だが、3人を相手にしても負けは確定している。
なにせ、侵入者は魔導人形を使えない。使った瞬間に砦の防衛機構に感知されて囲まれる。ヘリで逃げ出そうにも封鎖される。そもそも見つからないようにする他ない。
以上の条件から、狙うのはアルカナ・アーカイブスだ。
この時間にアルトリア・ルーナ・シャインが訓練室に行く。そして、それを追ってアルカナが来る。そこを狙う道筋だ。
「はぁ。あのお姫様にも困ったものじゃ。まあ、本気で三日で動けるようにしたのは大したものであるし……ルナちゃんも面白がっておるがの」
アルカナが一人でこつこつと足音を立てながら歩いている。面倒な仕事を片づけなければいけない哀愁に満ちた背中が揺れている。
計画通りだ、あの臨時大佐も良い仕事をしている。……もっとも、こんなことに使われるとは思っていなかっただろうが。
「アルカナ・アーカイブス様、少し宜しいですか? 改造手術についてお聞きしたいことが。……いえ、私ではなく仲間が興味を持っているようで」
侵入者はいけしゃあしゃあと問いかける。表情も完璧だ、どこからどう見ても無茶を言い出した友を心配しているようにしか見えない。
顔は変えていないが、砦に居る兵士の顔を全員覚えているはずがないと高をくくっていた。
実際、三人ともそこは興味がないから、覚えられないのと同じことだ。記録として残してあるからいくらでも確かめることはできるのだけど、やらない。
つまり、声をかけた彼が砦にいないはずの人間だとは気付かない。
「ふむ。まあ、ルナちゃんの手を煩わせんのは良い心がけだ。けれど、話すことなど何もないぞ? 別に何か隠しておるわけでもないからの」
「いえ……その。何と言うか」
答えに詰まって考える。友が心配で、何も考えずに来てしまったという様子さながら。その演技に、誰もが疑いも持てないだろう。
状況的にも、そしてこの男にも疑うような箇所は何一つない。
「――その身柄、我らがもらい受ける」
そこに影が現れる。アルカナの口をふさぎ、のどを掻き切った。人間であれば致命傷だが、オリジナル持ちなら傷さえ塞げば死にはしない。
とにかく声を潰すのが最優先。魔導人形は使わせない。あとはガムテープで出血を抑えておけば問題ない。
「……っ! ――ッ!」
アルカナは混乱した様子で手を振り上げ――
「……」
「……」
神速の早業が手足の腱を切った。アルカナの四肢がだらんと垂れさがる。こうなってしまえば、まな板の上の鯉だ。
何もできやしない。何かするような仕草を見せればその瞬間にナイフが飛ぶ。
「――」
「――」
そして、残りの者が周囲を確認。誰も居ないことは確認している。後はこのままヘリに戻り、帰るだけ。音もなく、そして短い時間でやり切った。
お手本のような人攫いの手腕だった。誰も気づかない、任務は完遂される。
そこに、横の通路から拍手の音が響く。
「いやはや、やるものであるなあ。たかが人間の身で、オリジナルを打ち倒す術をよぅく心得ておる。そういうのは我々には専門外でな。いや、面白い見世物であったよ。ルナちゃんも楽しめる見世物であった、その磨き抜いた技を誇るがいい」
現れたのは同じ顔。二人目のアルカナ・アーカイブスだ。しかも、異能を疑おうにも魔導人形を纏っていない。
理解不能なその光景。だが、暗部の兵は素早く判断を下す。
「……我が身に代え、その敵を撃ち貫け」
「「「「『ルインフォース・マグナ』」」」」
外を警戒していた4人が真っ先に走り出した。それは腕のみの不完全な魔導人形。レーダーから逃れるだけの小さな武器。
けれど、それは自分と相手を消し去るには十分な”爆弾”であった。
「だが、正面から勝てると思うなよ。暗部の花形は裏であろうに。表に引き出されては、太陽の光に焼きつくされるだけよ。手向けとして、見せてやろう……『ネフライト・ジョンドゥ』」
魔導人形が手を振るうだけで、人体が武器ごとバラバラになる。そこまで破壊されては起爆しない。有効な爆弾は、使うときにだけ爆発するものだから。
「ああ、調べれば顔が分かったか? しまったな、これでは何が何やら分からん」
少しだけ困った顔をする。
「まあ、良いか。貴様らを生け捕りにして臨時大佐殿にくれてやれば良かろう」
指をぱちりと鳴らすと、死にかけの方のアルカナが紅のロープと化す。そう、アルカナは最初から全てを分かっていて偽物に前を歩かせた。
用済みとなったそれを今度は拘束具と変えた。それがアルカナの”血を操る”その異能、魔導人形を纏わずとも振るえる異能の技。
が、遅い。
「「……」」
生き残りも全員が死んでいた。口の中に隠したカプセルを噛み砕いたのだ。拷問を受け、情報を吐くくらいなら、と言う奴だ。
「む? おお、これは自殺というものか。うむ、なるほど。これは面白いな。まさに暗殺者の花形と言うやつであるのう」
アルカナはけらけらと笑う。それは、ルナの笑みとそっくりだった。
そして、襲撃者の死体に触れて塵に返した。何かを聞かれるのも面倒くさい。なにより、全てをなかったことにしまうのが一番楽だ。
あの臨時大佐にはものすごい不義理であろうが、そこを気にするアルカナではない。そして、そこもルナの意を汲んでのことだった。