第39話 砦の一日
【奇械】による大襲撃、先の決戦で死んでいるはずの者たちが居た。【キャメロット】の参戦による奇跡的な逆転劇の裏で、多くの兵が死んだ事実。
『フェンリル』で自爆特攻したことで跡形もなく砕け散った者。レールガンにより頭、そしてそれ以外も含めて吹き飛ばされた者。地に叩き落されて、その強固な鎧さえへし曲げられ圧死した者。多くの者が死んでいった。
だが、手足が焼き潰されて臓器が壊滅しながらも息をしていた者が――ルナの手により生き延びた。頭蓋の一部が欠けた者まで蘇生して見せた。ルナの使う改造手術と魔導人形の技術を合わせれば死者すら起き上がるのだ。……そう、適正さえあれば。
もっとも、死者という線引きをどこに持っていくかが肝心なのだが、ルナは心音が止まり、脳波がなくなった者も含めて生き返らせている。
そう、この世界の技術では生かせなかった戦傷者がルナの手により生き残ったことにより、ルナへと忠誠を捧げるようになった。そして、結成されたのが【鋼鉄の夜明け団】だ。
もちろん翡翠の夜明け団で得た人体実験のデータを有効に活用している。進みすぎた技術の弊害だ、倫理は人体実験を許さない。そこにルナの優位がある。
「はっはァ! いい空だぜェ! まさか、またこうして飛べるとはよお!」
ロール、縦一回転、そしてすかさずに急制動。からの宙返りをして隊列に戻る。誰でも分かるほどのはしゃぎようだった。
以前の彼では不可能だった曲芸だ。努力することなく、改造手術によって魔導人形との結びつきを深めて結果として得た力だ。
「やめろ、ルシ2曹。はしゃぐ気持ちも分かるが……」
「そう固いこと言いなさんなって。カレーネ臨時曹長殿。残り短い命、楽しまなくちゃ損ってものだぜ」
「私は仲間の負担を少しでも減らすために”こう”なった。貴様とは一緒にするな」
「へいへい。まったく、おたくはゼフィランサス中隊の出身だっけか? そういや、隊長さんも使命だのがお好きなお方って聞いたぜ」
「いい加減にしろ、ルシ2曹。いくら臨時曹長が同期だからって……」
「ああ!? なんだ、ルフタ3曹。俺がコイツのことをひがんでるってのかよ! いくら曹長に昇進したってよ、上ががらりと開いたからってだけじゃねえか。そんな地位なんてな、すぐに失っちまうぜ」
「あまり、がなるな。まあ、こうなった以上は昇進なんて意味はない。そもそも、あの時に死んでいたはずの我々にはな」
「――ッチ」
舌打ちをする。
思い出してしまった。【奇械】が雷雲とともに攻めてきて、彼らは死んだはずだった。ルシと呼ばれた彼は下半身をもぎ取られていたし、ルフタという彼はレールガンがかすって脳の一部が露出していた。両者とも、生き残れる傷ではなかった。
そこを救ったのがルナだ。彼女は最低限命を繋げるだけの一度目の手術が終わった後に言った。
君たちが選べる道は二つ。後遺症を抱えながら一生を過ごすか、それとも改造手術を受けて敵と戦うか。
……そして、改造を受ければ身体は3ヵ月も持たないだろうと赤裸々に話した。今回の手術は自分が理論を組み立てた最初のもの、実例の少なさがそれが原因であることも。つまり実験台だ。
もちろん、首を横に振った者も居た。最初の手術を受けた者達は傷が深すぎて工場勤務ですら出来ないような有様だったから、後方に帰ったとしても良い待遇は期待できなかった。
逃げ帰った敗北者、勝って砦にて戦い続けている人とは違う人種なのだと虐げられたとしても。――こんな怪しい子供の人体実験に付き合うなど、賢い選択とは言えないのだから。
〈ゼフィランサス中隊、ポイントW2へ急行〉
話をしていると通信が来た。敵の襲撃だ。日常茶飯事であるが、大攻勢の後も日頃と変わらず続けられると非情に厄介だ。戦力は摩耗している。
〈さあ、ルフタ。敵が来たよ、『クリムゾンスパイダー』型が5体に『スフィンクス』型が1体。さて、いつもなら対処は容易い相手だろうがね〉
いつもなら――そう、8機編成が常となる中隊などと言うコールサインを与えられたところで、今の彼らは4機しかいない。最低限の半分しか居ない上に全員が最低の『銅』なのだ、厳しい戦いになる。
ちなみに、ルナが通信に勝手に割り込んでいるが、いつものことだったりする。少佐殿も、文句を言うことくらいしかできないのだ。
それだけの存在感をわずか三日にして築き上げた。自分の勝手を許さざるを得ないように、居なくては回らない状況を作った。
〈了解。あなたに改造していただいたこの身体――その真価を見せましょう〉
ルフタの唇は知らず弧を描いている。【奇械】を倒して誰かの役に立つ、そしてルナに自らの力を見せる。それは、とても興奮する。
「なあ、おい。ルフタ、お前って真面目ちゃんに見えて戦闘になると理性飛ぶよな」
見るからに問題児のルシが、一見優等生な上官に向かって肩をすくめる。そう、このは『地獄の門』だ。多少おかしいくらいでなければ、ここで生き抜くことはできない。
ルナが改造するまでもなく、イカれていた。
「全員、突撃! 奴らをスクラップにしてやれェ!」
ルフタが飛ぶ。『クリムゾンスパイダー』型のレールガンが彼を狙う。『銅』では、その一撃を回避できない。そして、射程を上回る武器もない。エネルギーを他に回す余剰はない。ファーファの持つアルテミスは特別製だ、エネルギーパックが別にある。
「一人で突っ込むな、馬鹿ルフタァ!」
ルシがお得意の曲芸飛行を見せる。曲芸でありながらも弾道は安定し、敵は最も目立つ彼を優先的に始末にかかる。
それが改造の成果だ、魔導人形との接続を強化しているのだ。それも、人間の方を改造することで。
「は! お前を信じてるんだよ!」
そして、ルフタもまた間髪入れずにライフルを撃ち放つ。だが、それで勝てるほど甘い相手じゃない。強固な装甲が弾を弾く。
「臨時大尉! 俺も行きます!」
「なら、私は後ろで手柄を頂きますね」
三人目が突撃。そして、4人目……女性だ。はスナイパーライフルで『クリムゾンスパイダー』のコアを穿つ。
コアを撃ち抜かれた奇械は崩れるようにバラバラになり、後続に踏み潰される。
「二つ目ェェ!」
ルフタが一機に弾幕を集中させる。脚が1本、2本、3本と欠けて行き、最後には地に倒れ伏す。が、上空の『サテライト』型が不気味な光を宿す。
レーザーが来る。『銅』の装甲では一瞬も持たず蒸発するほどの出力が降ってくる。
「――させるかよ!」
ルシがそいつに弾幕を集中、レーザーはあらぬ方向に飛んでいった。だが、敵はそいつの他にもまだ居るのだ。二機の『クリムゾンスパイダー』が砲を向ける。
「ルシ!」
「かわし切ってやんよ、この程度ォ!」
前のままであればこのジグザグ飛行で意識を飛ばしていたが、改造された今では可能な曲芸だ。それでも『銅』では限界があり、一つはかわせても次の一撃で腕一本が吹き飛んだ。
「っがあああああ!」
どこか遠い激痛。だが、このままでは殺されると言う危機感だけが妙に胸の中に響く。片手で撃って撃って撃ちまくるも明後日の方向にそれていく。
「下がりなよ」
すかさず、後方に居た女が3機目のクリムゾンスパイダーの核を撃ち抜く。だが、深手を負ったルシに回避はもう無理だ。もう一機を倒さなければ落とされる。
「――邪魔なんだよ!」
ルフタがクリムゾンスパイダーに突貫、頭の上に乗り遮二無二銃弾を叩き込んだ。これで『クリムゾンスパイダー』型は全滅させた。
「……全員、避けろ!」
叫び声。『サテライト』型のチャージが完了する。
「っは! 逆だ。突っ込むんだよ!」
ルフタが特攻。武器を剣に持ち替えて、サテライト型に突き立てた。しかし、突破は叶わず――
「馬鹿野郎! 何をやってるんだ!?」
「せっかく生き残ったのに特攻なんてごめんですよ!?」
二人がライフルを撃ちかけるもサテライト型の攻防一体の防壁は撃ち抜けない。それでも、威力を逸らすことには成功する。
ルフタの腕が爆散する。が――生きている。
「潰れろォ!」
ゆえに頭を打ち付ける。
「は、隊長ばかりいいカッコさせるか!」
「『サテライト』型は、近づいてぶった切る!」
更に二機が防壁に剣を突き立てる。3機分の攻撃で防壁が突破される。いや、頭突きは別に貢献していないから二本の剣だが。
〈敵、接近……対応――〉
悲鳴もなく、ただ『サテライト』型は爆散して魔石だけが残った。
〈よくやったね、4人とも。ルシとルフタは手術室に、また新しい手足を上げる。それに、症例が増えて手法もアップグレードしたからね。今度付ける手足はもっと良くなったと思うよ〉
ルナからの労いの言葉が届く。意気揚々と引き上げていった。これが日常茶飯事だ、もっとも以前は最低2倍以上の戦力でことに当てれたのだが。
そして、ルナの発言力は日々強化される。強化兵となった彼らは昼も夜もなく働くブラック労働をこなせる。――夜に眠らなければならない、ただの人間の分まで。
そして、指令室。ここも連日人が詰めている。休みなど取れるような状況ではない。
「やあ、暇してるようだね?」
突然ルナが現れた。この臨時大佐、暇なはずもないが仕事が一区切り終わって一息ついた瞬間に扉が開けられた。
ルナに隙を見せることなど許されない。げっそりした顔を一瞬で気を引き締めた。
「――何用かね? 仕事はいくらでもあるが、今は少し時間が取れる。力になれるかは、分からないが」
この臨時大佐はルナを無碍にできない。キャメロットの人気にのっかって強引に指揮権を奪ったようなものだ。ルナの一言で兵の反乱が起きかねない。
上官を殺してしまえばその権力を手に入れられる。それは彼本人が実証したことだ。もっとも、準備と能力がなければ一瞬で崩れ去る砂上の楼閣だけど。
「関係ないけれど、掃除はちゃんとしておいた方がいいよ。三日経つのに血臭が残ってる。まあ、腐臭はしていないようだけど」
「なに? 特に何も感じないが……いや、誰かに命じておこう」
「ああ、話が逸れた。僕が来たのはコレのことだよ」
ルナが投げたのはアンプルだ。量産型の魔導人形には薬液を自動に注入する機構が存在する。兵の最後の一線だ、特攻なんてまともな精神では出来はしないのだから。
更に言えば、人間は腕一本失うだけで継戦能力を失ってしまう。”それ”がなければ、人類はとっくに滅ぼされていただろう。
「ドラッグか。まさか、今更貴様が人道的にどうだのをほざくのか?」
「それこそあり得ないね。僕が怒っているのは出来の悪さだよ。君たちは効果を掛け合わせることを知らないのかな? これじゃ大量にぶち込んで興奮状態を作って自殺させているだけじゃないか」
「いや、ドラッグに関しては知識がないのだが。……教国で正式採用されているものだぞ。それに、混ぜ合わせたら何か良くないんじゃないのか? 個人差とか、そういうものが」
「確かにチャンポンしたら一発で逝く場合があるけれど、大量接種しても同じだよ。まったく、個人に合わせてカスタマイズしろとまでは言わないけれど。これでは着火剤だよ。増幅薬として、見れる程度にはしてほしいものだね」
「う……うむ。では、何か報告書でも書いてもらえれば中央へ送ろう。私の名前を出せばむげにはされないはずだ」
この臨時大佐はたじたじだ。まあ、専門外のことについて不満をぶつけられてもどうしようもない。しかも、立場は上でも逆らえない事情がる非情に厄介な相手なのだ。
「うんうん。そう言ってくれると思っていたよ」
ルナは良い笑顔で書類を手渡した。そう厚くはない、20ページほどだ。最初からそのつもりでここに来た。そして、そのレポートはパクリだ。翡翠の夜明け団で為されていた研究成果、その一枝であった。
「確かに預かった。……用事がそれだけなら出て行ってくれないか?」
「お互い、忙しい身の上だね? 僕もやることがあるから失礼するよ。あ、そうだ」
ルナがチラリと右を見る。そちらに何かあるのか? と、右を見ても何もない。
「おい、一体何が――」
ルナを見直すと、すでに消え失せていた。ドアを開けた様子もない。まるで幽霊か何かだ。
とはいえ、怖がってやるのもなんだか癪だ。
「チ」
舌打ちを一つだけして、新しい仕事にかかった。