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終末少女の黒幕ロールプレイ  作者: Red_stone
鋼の夜明け団編
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第37話 ”鋼”の夜明け団


 次の日、『キャメロット』の部屋は血臭に塗れていた。イヴァンは血を吐いて苦しんでいる。痩せ我慢を信念とする彼が起き上がることすらできない有様だ、悲惨の一言に尽きる。遠慮のない物言いをするならば、ルナが腹いせに何かをしたとしか思えない状況だ。

 ……それも、彼女は昨日アルトリアを放置して帰ってこなかった。状況証拠で言えば、疑う余地はないだろう。


「さて、どうしたことかな? これでも僕はけっこう忙しくしてるんだよ」


 しかし、朝帰りしたルナに反省した様子はない。悪いことなど何一つしていない、という顔だ。イヴァンはもう意識がないとして、ガニメデスは殺意の込めた視線で睨んでいる。


「君と話した直後にこうなったそうだ。まあ、謝れとは言わないから説明の一つもしてほしいところだな」


 ベディヴィアが静かに睨みつける。確かにイヴァンのことを邪魔に思っているフシはある。だが、苦しんで欲しいわけがない。それも、人為的なものであれば猶更に。


「すまんな。ルナはそんなことをしないと、言ったんだがな」


 アルトリアは水槽の中で苦い顔をしている。ルナの仕業とは疑ってはいないが、一方で原因を知っていても放置する人間だと看破していた。

 何かした、とは違くても何か手の施しようがあるかと聞くのは無駄じゃない。


「汗いっぱい。大丈夫、おじさん?」


 ファーファは甲斐甲斐しくイヴァンの看病をしている。さすがに力が足りないと言うこともなく、濡らした布を絞って顔にかける。……それは掃除に使う雑巾だったが。


「……ふむん、そいつの病状なら説明できる。が、今更言うようなことかね? まあ、民主国の人間であればそんなとこかな。ガレス、君は知ってるんじゃないかな」


 ガレス・レイス、三人目の『黄金』使い。彼は事実として偉いのだが、書類仕事に不向きなのは共通認識だろう。

 今はサボってこの部屋に来ていた。怒る人間はいない……こともないが、無視していた。この『地獄の門』で、彼の戦歴は長い。ずっと、奇械から人類を守る壁として働いてきた。脅威が間近にあったからこそ。


「似たようなものは見たことがある。だが、一朝一夕でこうなるとは信じられん。……何か知っていることがあるのなら、話を聞かせてもらえないだろうか」

「ふむふむ、ではご説明あそばしましょう。ガレスも居るなら、二度手間が省ける。この砦の状態、そして人の悪意と言うものを教えてあげよう」


 ルナの顔は専門分野を問いかけられた教授のそれだ。今にも黒板を持ってきそうな顔をしているし、実際にアルカナが代わりのものを用意した。

 二人がルナの元を離れていたのは外に居たあの時だけだった。当然、それ以外のときはずっと傍にいる。


「どういう意味だ? つまり、それは――この砦に居る人間が仕組んだのか?」

「まさか。あの少佐殿は僕たちを味方に付けなきゃいけない立場さ。そして、彼に敵対する者が居るのは当然だけど、それにしても動きが早すぎる」


「ルナ、簡潔に説明してくれ」

「おうけい、お姉ちゃん。要は、そいつが防護服も着ずに外に出た。……ただそれだけのことだよ」


「「……ッ!」」


 なんて馬鹿なことを、という目が四方から向けられる。しかし、イヴァンは何も言い返せる状況ではなかった。


「それは違うよ、ルナちゃん。確かにこれは蒸気病の人と同じだけど、一晩でこんなんなったりしないんだよ」


 ファーファが物知り気な顔で言う。それは実地の知識と言うやつだ。彼女は教国所属だった故に、『奇械』の発生源に近い。ゆえに民主国よりもずっと高密度の汚染された魔力に曝されてきた。


「上から穴ぼこを見たでしょ? アレらは僕らが来る前、防衛線を保持するために『フェンリル』を使っていたからさ。この土地は汚染され切っている。裸で出るなんて自殺行為なのだよ」


 そう、原因はそれだ。前の世界でルナはほとんどそれを使ってこなかった。使用後の魔力は汚染されて魔物の発生源となるが、『フェンリル』は特上のそれだった。人間に耐えられるはずがない。


「……お外は危ないって言われてたけど。うん、ファーファお外に出ないね。出る時は魔導人形を着るよ、うん。ファーファ、偉い子だからね」

「そうそう、イヴァンのようなアホなことはしちゃいけないさ」


 ルナが背伸びしてファーファの頭を撫でる。アルトリアが悔しそうな顔をした。さすがに彼女と言えど、最前線の実態については詳しくない。


「『フェンリル』の魔力汚染……それほどか?」


 ガレスが問う。使う立場だからこそ、危険性はよく分かっている。だが、イヴァン(犠牲者)は『黄金』遣いだ。で、あれば相応の保護があるはずであり、それを突破するような状況であれば――この砦もマズイ状況にあると言える。

 なぜなら、浄化装置こそあるが、明らかに対応できる範囲を超えている。


「うん、砦の内部はまだ影響が見えていないだけだよ。さっさと除染しないと、この砦は二度と使えなくなるね」

「なるほど! では、ティトゥス少佐に連絡して何とかしてもらおう」


 状況が悪い、ということこそ分かったがガレスにはどうしようもないので少佐に投げた。彼は彼で、上層部を殺し尽くした後始末にてんやわんやで睡眠すら取っている暇もなかったりするほどなのだが。

 まあ、偉い人と言うのは苦労するものだろう。過労死くらい超えて見せなければ、歴史に名など残せないものだから。


「――そう、最新鋭を誇る基地でさえ耐えきれないほどの汚染だ。イヴァンはそれを受けてしまったんだよ。ねえ、どうなると思う? 致死量を超えるほどの魔力に汚染された人間の末路は」


 ルナはやはり笑う。


「死、以外にないだろう。だが、その業病を乗り越えてしまった人間が存在する。身体も、心すらも、壊し尽くされてなお――生き残ってしまった人間は1万か、10万に一人くらいで存在する。僕はそいつらを強化人間と呼んでいる」


 そう、前の世界と何も変わらない。例えばリアルの世界では中世の蒸気機関車から現代ではリニアにまで進化しているが、その根本は何も変わっていない。

 ただ、魔導人形技術が最先端を行き過ぎた故に、逆に人体実験ができなくなったという欠陥があるだけだ。


(両者ともお湯を沸かしてグルグル歯車を回している。蒸気機関車は蒸気の力をシリンダーで横方向に変換して車輪を回しているだけ。リニアも、大本の電気は湯を沸かして作っている。火力発電だろうが、原発だろうが同じことである。末端の技術が細分化され、最新化されようと根幹自体の進歩はない)


「……強化人間? 『聖印』とは違うのか」

「工業排水も、技術の粋を集めた至高のワインも、水と言う意味では同じだね? 聖印では基本的に人は死なないよ。反応は制御されている」


「だが、排水を飲めば死ぬと言うことだな。ガキのころ授業で聞いたな、確か水俣病だのイタイイタイ病だかだったか? 要するに、病の苦しみが人を壊すと言う意味か」

「その通り。基本的に強化人間の思想は、奇械のそれと人間のそれが混ざったようなありさまになる。つまりは、適当な理屈を立てた裏で人類を滅ぼそうとするわけだ。それこそ、よくある人民を想って政府に反旗を翻そうとか、ありきたりだね」


 実例はある。あった。

 ルナが翡翠の夜明け団に所属していたころ、空を支配するドラゴンたちを抹殺するための作戦プロジェクト『ヘヴンズゲート』を邪魔しに現れた、強化人間率いる人類軍だ。

 奴らは夜明け団からの人々の解放を訴えて、戦争に臨んだ。要は上級階層を殺せば平民の暮らしが良くなると言う革命論だ。もっとも悪の組織っぽいだけで、どんな理屈を立てても人類には益しないやり方だが。


「オリジナルの破壊行為を行う可能性が高いわけだな。今の状況……『黄金』が一つでも欠ければ、我々の逆襲作戦も水の泡となる危険性が大きい」

「僕は、イヴァンが狂って『デッドエンド・ダインスレイフ』を壊すのに賭けるよ。その前に安楽死させてあげたらどうかな?」


「……そんなことはしない」


 アルトリアは決然と否定する。


「では、ガレス。君の話に移ろう。当然、『汚染』と『聖印』は同じジャンルだ。よって、この錬金術師()が扱えば更に強力な力を得ることができるだろう」


 すぐに話を変えたが、それは諦めたとかそういう話ではない。そもそもルナに決めるつもりがなかった。アルトリアが言うならそうしようと、ただそれだけである。だからすぐに意見をひっこめる。


「その前に、こちらのイヴァン殿には何かできないのか?」

「うん? まあ、神経そのものが侵されているとはいえ、麻薬や麻酔の類はそれなりに効果があるだろうね。打ってあげよう」


 注射を取り出し、薬瓶から吸い上げて打つ。簡単にやったがそれ(分量調整)は専門技術だ、ルナ以外がやれば効果がないか殺してしまうかのどちらかになる。

 医者に見せるのは良い手とは言えない。砦を完全に信用したわけではない。


「ここに、お姉ちゃんが勝ち取った遊星主のコアがある」


 ルナが掲げたのは装飾の施された三つの卵型。成人男性の拳一つ分はあるそれらを、ルナが抱えている。

 それは微笑ましい光景だが、抱えているそれは特級の宝物にして危険物なことは変わりない。


「三つに分割したが、それでもすさまじい力を秘めている。これを使えば君も一段上の存在に飛翔できる」


 一瞬だけ拘束が開かれる。それだけでも悼ましいほどの魔力が吹き荒れた。禍々しいが、強大だ。人の手でそれに触れれば死ぬだけだが、資格ある者が手に入れれば力がもたらされる。


「――アルトリア殿も、これを?」

「原理的には似たようなものだね」


 ルナはけらけらと笑う。彼女はほぼ自分の力で聖印を核に、自らの肉体と魂を作り変えた。ガレスには、さすがにルナの助けが要るだろう。


「……」


 ガレスは沈黙する。ここで一も二もなく頷く者は、馬鹿ではなく自暴自棄の愚者だろう。ガレスは愚者ではない。静かに深く、考える。


「さて、どうする? 僕は強制しない。好きに選ぶと良い」

「――それで、力を手に入れられるか?」


「もちろん」


 保証する。イヴァンとは違う、彼はこの『地獄の門』で戦い続けて来た戦士だ。『聖印』の浸食度は十二分。ここまで土台が整っていれば、ルナの手術に間違いはない。


「ならば、受けるとも。敵の進軍はこれで終わりではないのだから」

「その通り、愚者はこれを最後と思いたがる。奇械が強くなり、人類領域を侵す。そして、人類は何度か押し返すことに成功した。が、それは奴らが弱くなったことを意味しない。技術の進歩による勝利だと言うのにね」


「戦争のための技術。ここらで終わりにする――奴らを打ち倒す」

「ふふ。目が覚めれば騎士が誕生する。さあ、準備は終わっている」


 ルナが指を鳴らす。二本目のポッドがせり出してくる。全て、準備は終わっていた。


「さあ、この【鋼鉄の夜明け団】(フルメタル・ドゥーン)が団長にして、真なる【キャメロット(円卓騎士団)】の第13位、ルナ・アーカイブスが三人目の騎士を導こう」


 鋼鉄の夜明け団誕生は昨日のこと。四肢を欠損した兵達に機械の手足と臓器を与えた。翡翠の夜明け団で得た人体魔導工学と呼ぶべきものを応用した。

 その本質は錬金術。ルナの専門は魔導機械ではない、人を改造することだった。


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