第35話 防衛戦後
勝利に湧き歓声を上げる兵士たち。だが、数刻もすれば失ったものを思い返して嘆き悲しむことだろう。
そして、為政者たちは現状を知り絶望することだろう。なぜなら、すでに砦は壊滅状態だ。砦だけは問題なくとも周辺の地形が抉れている。双方の攻撃で至る所が砲撃跡でひっくり返されているのだ。天然? の塹壕と言えるかもしれないが、邪魔なだけだ。
もはやまともに歩けもしない場所だ。守る意義はあれど、もはや堕ちたも同然だった。ゆえに『キャメロット』の力が借りなければどうしようもない。砦の戦力のみでは撤退作戦すらもおぼつかない。
「さて、僕らのこれからを決めないとね」
そこは砦の屋上だ。キャメロットのメンバー全員がそこで顔を突き合わせている。
ルナはアルトリアに治癒を施しながら話をする。何かを埋め込み、怪しげな液体を塗りこみ、傷を手早く縫合する。それは改造手術に見える。
面々はアルトリアのいる場所以外に居場所がない。そして、ルナが何をやろうともアルトリア本人が認めている以上、口出しできない。
実際、先の防衛線では強行手段で実権を握ってしまったに等しい。
情報網は完全に寸断されていた。空間異常を超えて通信することができたのはアルカナ個人の性能だ。
連絡が出来ない状況でなければ、いや普通はそうだったとしてもやらない。素性不明の味方に情報網の全てを託すなど。
「――姫様は治るのか?」
「もちろんだよ、ベディヴィア。まあ、魔力が尽きている今だと全治まで1か月はかかるが、僕が手を加えるなら1週間で済むよ」
「ならば、3日で治す。……ルナ、敵の動向は?」
「時間はあるね。ここを落とすために無理をした。ならば、同規模の攻撃まで時間がある。それがこちらの戦力回復より早くとも、ね」
「周辺を整地するだけでも1週間はかかる。元の防衛力を取り戻すためには数ヵ月は要るな。そして、失った兵士を補充するためには年単位の時間が必要だ」
「――もっとも、兵士を育成する時間なんてないだろうけどね。同じ規模の襲撃を繰り返したいなら2か月あれば十分だ。それに、お姉ちゃんが倒した遊星主、奴の復活も数日といったところかな」
「なるほど。時間はない、か。だが、手順は踏む必要があるな」
「彼なら話しかければ普通に答えてくれそうだけどね。とはいえ、素性が公開されている『黄金』があと一名いる。……そちらも早めにコンタクトを取らないとね」
「ルナ。最終決戦の準備は進めなければならない。けれど、我々はそれだけのために戦っているわけではないことを憶えておいてくれ」
「……ふぅん。了解、まあいいんじゃないかな? 人類の領域を少しでも残しておくのは意味があるし」
実のところ、全てが行き当たりばったりだ。そもそも12名の騎士を揃えるという目的があるものの、実際にはそれっぽいところに突撃を繰り返しているだけだった。
大目標は揺らがないが、そこに至るまでの道筋は適当である。
「ふむ。では、そんなところか。客も来たな」
一人の男が降りてきた。
「私はガレス・レイス、『ヨトゥンヘイム・レーヴァテイン』で戦場に参加していた。君たちが助けてくれたのか?」
彼は降りた瞬間、魔導人形を解いた。この男本人は完全にキャメロットを信用しきっていた。
一方、キャメロットの面々はというと、アルトリアはもちろん、ルナ、アリス、アルカナだけが魔導人形を解いている。他は装着したままだ。気を抜いていい場面ではないことは分かっている。
「ああ、こんな姿で失礼する」
「……あなたは!? すぐに医務室へ運ばなくては!」
精悍な顔に焦りが浮かぶ。心の底から、ほぼ死人のアルトリアのことを心配しているのだろう。キャメロットの面々でさえあまり心配していないと言うのに。
人の良さが透けて見えていた。最前線で戦う男だ、人を疑うような人格はしていないらしい。
「問題ない。というか、僕が治療している最中だ。余計なことはしなくていいよ」
「……そうか? まあ、大丈夫と言うならそうなのだろう。どうかそのまま聞いてくれ、ご婦人!」
「婦人と呼ばれるほど年齢は行っていないと思うが」
「それは失礼した! あなたのような美少女にご婦人は不敬だったな! では、何と呼べばいい?」
「アルトリアと呼んでくれ。……頼みがある。聞いてくれ」
「了解した! 何でも言うと良い! 全身全霊でもって応えよう!」
アルトリアは動けない身体で器用に、やれやれと首を振る。
「何か言う前に了承されるとは思わなかった」
「君たちのおかげで皆が助かった! この『地獄の門』が敵の手に堕ちなかったのは君たちのおかげだ! ならば、俺は命を賭けてその恩に報いよう!」
「――命を賭けて、か。確かにその覚悟はあると見た」
「当然だ! 約束を破ったことがないことが俺のささやかな誇りなのだ!」
どこまでもまっすぐ。それは自暴自棄につながるところがあるかもしれないが、その言葉は相応しくないだろう。あくまで前のめりに進むだけだ、結果として倒れようとも。
「ならば、私も本気で応えねば失礼か。我々の目的は奇械帝国の封印にある」
「……封印? それは――聞いたこともないが」
そもそも逆侵攻の話でさえ聞かない。人類はずっと奇械の脅威に晒され、かろうじて防衛に成功してきた。奴らを倒すなどと、それは子供の笑い話だ。
「ルナならば可能だ。もっとも、条件が二つあるがな。一つは全ての遊星主を倒すこと。そして、奴らの領域を『白金』で浸食すること」
「――――」
さすがに考え込んだ。脊髄反射で応えられる内容ではない。『白金』は人類への恵みそのものだ。その力を戦いに使えば土地が死ぬ。
詳細に言えば、死んだ土地を白金が生き返らせているから、むしろ”死に返る”というのが正しい表現なのだろうが。
「疑問がある。長い歴史の中、遊星主が倒されたこともあったらしい。だが、後の世で同じ姿が確認されている」
頭が足りずとも、考えない訳ではない。彼はゆっくりと咀嚼して理解に努める。
「奴らは復活する。今回、私が倒した奴もじきに復活するとのことだな」
「なぜそんなことを知っているのです? 疑うわけではありませんが、教国さえも知らない情報を――」
「ルナに聞いた。コイツは色々と知っていることがある」
水を向けられたルナはケラケラと笑う。今も、アルトリアを未知の手法で修復している。『黄金』にも相当詳しい――危険人物だ。強力な力と、異常な知識。人に余裕があれば駆逐することが正しい選択肢だろう。
「……」
ガレスはルナをじっと見る。その『黄金』と思わしき魔導人形を今は纏っていないが……恐ろしさは何も変わっていない。アレはただの飾りだと看破していた。
「あは。監禁して情報を吐かせる? 敵になるなら容赦しないよ」
「いや! 君達のおかげで助かったのは事実! 恩を仇で返すようなことなどしない!」
「くすくす。ま、君はそうらしいね」
ルナは人間のことなど、本質的には信用しない。実のところ、今この場でそういう気分になっているだけだと考える。後で襲ってこようが、気分が変わったんだとしか思わない。
ゆえに、ルナのことを騙し討つことは難しい。騙そうとも、それを一時のものとしてしか考えない。次に会う時には、もう一度信用させる必要がある。
「では、ルナ殿を信じることにしたとして……戦力の集まり具合はどうなっているのでしょうか」
再びアルトリアに顔を向ける。
「まだまだだな。イヴァンは『黄金』持ちだが、最終決戦についてこられる実力ではない。育てることにしても、まだ二機だ」
「では、私で三機目……ですが私には『地獄の門』の防衛任務があります」
「別に、最終決戦に使えさえすればいい。決戦は私たちがタイミングを選ぶ、電撃作戦だから防衛の心配は要らない……が」
「私でも、不足と?」
「不足だねえ。ま、他の遊星主もこちらに来るはず。一度、相手してもらえばいい。不足が分かれば足し算すればいいだけだから」
「ルナ殿の言う足し算が何かは分かりませんが! お任せください、見事に勝利して見せましょう」
どん、と胸を叩いた。
そのタイミングで扉が開く音がする。誰かが砦の屋上まで登ってきた。軍服でビシリと固めた男が堂々と歩いてくる。ガレスが声を上げる、空気の読めない男だ。
「これはこれは、ティトゥス少佐殿! いつもは奥に閉じこもっておいでなのに、珍しい! フェント大佐殿はどうしておいでで!?」
「ガレス様、あなたは兵達に声をかけてもらってもよろしいですか? 皆、あなたを待っております」
「そうか! 皆が呼ぶのなら仕方ないな!」
ガレスが走って行った。厄介払いをするのは慣れている様子だ。
「傭兵団『キャメロット』の皆様、ようこそおいで下さいました。あなた方のおかげでこの砦は守られました。伏してお礼申し上げます。お部屋を用意しましたので、どうぞご休憩を。治療が必要でしたら医務室へ」
ティトゥス少佐と呼ばれた男が慇懃無礼に頭を下げる。小中大、地位としては三番目のようだ。無論、2番目には何人も居て3番目の同格もたくさん居”た”のだろうが。
こいつの顔には隠しきれない権力欲が浮かんでいる。精力が髪の毛の先にまでみなぎっているようだ。世が世なら、有名な青年実業家になれるほどのオーラを纏っている。
「必要ないよ。こちらで対処する」
「――そうでしたか。では、案内させましょう」
「その前に、確認事項がある。砦内の兵力と、砦周辺の気候を教えてくれ」
ルナがティトゥスと話し始める。いやに素直に教えているが、もちろん裏はある。ようするに仲間に引き込みたいだけだ。……それは後ろ暗いことがあるからだ。
キャメロットを仲間に引き込まなければ破滅するほどの”裏”。裏でアルトリアとベディヴィアが会話する。
「……気付いているか?」
「ええ。嫌に好意的ですね。都合がいいと言えばそうですが……我々を砦守護のための尖兵とするために?」
「お前なら分かるだろう? それだけなら下手に出ることはないよ、権力者と言うのはそういうものだ」
「ええ、我々の知る貴族、企業――”偉い人間”。奴らは利用するだけなら居丈高に宣告するだけです。そういう輩は、命令されるだけ光栄に思えと言わんばかりだ」
「ガレスは奴を少佐と言ったな? この『地獄の門』を任されるには少々不足している。大佐とやらが居るそうだしな。さらに、この香り」
「……硝煙? 砦の内部にまでスパイダー型が侵入した形跡はない。ならば、使った相手は」
「上官だろうな。我々を排除しようとしたことに反抗、クーデターを起こしたと言うところか。体よく上官排除の口実に利用されたカタチだが、我々が居なくなれば奴の天下も終わる」
「逆に言えば、我々がいる間は権力を握れると言うわけですか。普通なら上が入れ替わって終わり、奴はクーデターの責任を取らされるはずですが……」
「よほど自信があるのだろう。『地獄の門』防衛の功績も独り占めするつもりだな、あれは」
「利用されるのは気に喰いません。しかし、こちらにも理があるのなら乗るべきなのでしょうね」
「――ああ、我々の目的のために全てを利用するべきだ。そして利用するからには利用されることも覚悟しなければいけない。……人の道には外れようが、人類を救うために必要な全てを行うことは覚悟している」
「姫様の覚悟、身に沁みました。我が身に代えても、必ずや理想の成就のために」
二人は進む。例えどんな道程が待っていようと、必ず人類救済という結果を成してみせるのだ。
そして、夜になる。ルナは兵士たちに混じって酒を呑んでいる。アルトリアは適当な機材を見繕ってポッドを作ってぶち込んでおいた。
これでうるさいことを言う保護者は居なくなった。そして、ファーファもアルトリアと同じ部屋で眠っている。ベディヴィアは護衛だ、部屋を離れられない。
ゆえに自由。買い込んで置いた酒と肉で大放出してパーティだ。この辺りは翡翠の夜明け団でお偉いさんをやっていた時に慣れたものだ。
ルナは英雄を好み、ただの人間など眼中にはないが――それでも勝利者には敬意を払う。この絶望的な状況で生き残った兵士たちには”承認”と”褒美”が必要だろう。
勝ったのであれば、その勝利を喜べなければ勝利する甲斐がないというものだから。ルナは徹頭徹尾、自分のルールに従っている。
そして、思うのだ。できるだけ楽しいことが一杯あればいいな、と。
ゆえにこそ、ルナは更に動く。パーティの片隅で、一人鬱々と杯を傾けている者たちが居る。
そいつらは、どこかが欠けていた。情緒的な話ではない、腕か脚かのどちらかもしくは両方が無くなっている。先の防衛線で失ったものだ。
見た目の変わらない精巧な義手はこの世界の技術でも作れる。しかし、生まれ持った身体の一部を失えば戦闘能力に支障が出る。いままでと同じように戦うのは不可能だ。オリジナルでなければ治癒能力はないから。
だから問いかける。悪魔のように。魔女のように。
「――力が欲しいか?」
それをしたところでオリジナルに迫れるわけでもない。けれど、アルトリアの身体を参考に、そして【翡翠の夜明け団】で得た魔人作成の秘術を下敷きにすれば、人体改造などお手の物だ。
首を縦に振ったならば、失ったもの以上の力を得ることができるだろう。避けられない代償と引き換えに。
彼らが取引をしたのは人間ではないのだから。