第33話 足手纏い
そして、一行は上空にとどまったままのヘリに帰還し別の街へと連れていかれた。
話を聞くと、来なかった傭兵とやらは別の場所で戦死していたらしい。しかも、それはよくあることだと言うのだから……
「――本当の傭兵ギルドへようこそ」
その言葉とともに、ルナたち一行は別の会議室へ通される。一緒に戦場を潜り抜けたとはいえ、ただグループが一緒になっただけの人達とはお別れだ。
これからも生き残れば会うこともあるかもしれないけど。しかし、思い出に残りはしない。全員、初戦などとうに済ませていた。
「あなたたちの力、見せてもらいました」
会議室で待っていた彼は気力に満ちた目をしている。同じ傭兵ギルドでも前の場所とはずいぶん違うが、あそこは選別をする場所で、ここは戦う場所だ。
目的が違うから、モチベーションも異なってくる。
「あれで何か分かった?」
ルナがけらけら笑う。まあ、彼女本人は適当に銃を撃っていただけだ。クリムゾンスパイダーはベディヴィア一人で相手にしていた。
「”使える”という事が分かれば十分です。オリジナルに相応しい力の持ち主だと言うことは分かりました。ええ、頼りにさせていただきたいと考えております」
「まったく。大した手のひら返しだね」
「人類に余裕はありません。調査させていただきましたが、そちらの方は【戦姫】と呼ばれる実力者だそうで。……その力、人類領域の守護に力をお貸し願いたい」
「ふん……」
ルナは鼻を鳴らす。とはいえ、かなりの好感触であるのは間違いなかろう。ルナは、自身を実力者と認めてビジネスとして付き合おうとする相手には誠実だ。
敵意を見せた瞬間に噛みつきに行くが、そこはご愛敬。そもそも実際に殺意を向けられるまでは何もしないのだから、慈悲深いまである。
「では、早速ながら戦場と報酬の話に移らせていただきます。戦略的に重要な3拠点のうち、『アダムス』へと向かっていただきたく。そこは……」
「――いいや、僕らが行くのはここだ」
見せられた地図の中、ルナがある地点を指さした。そこは『アダムス』よりも人類の領域に近い場所……ではあるのだが。
「な……ここは『地獄の門』ですよ!? 何を……というよりも、何故? 死に急ぐような真似をする必要はないじゃありませんか!」
男が慌てる。実のところ、戦況くらいなら多少知られていても驚かない。人の口に戸は立てられないし、別に口封じをしているわけでもない。
だが、呼び名の通りにそこは地獄の入り口。単純にここを突破すれば教国の防衛は3歩も4歩も後ろに下がる重要地点だ。先ほど言った『アダムス』も放棄することになるだろう。そんな重要な場所だから1日に一ダースは人が死ぬ文字通りの地獄だった。
そんな場所を希望するとは驚愕だ。
「ルナ。それは間に合わないと言うことか?」
そして、アルトリアは冷静だ。実は教国の戦況など大して知らないが、少し知っていれば十分だ。そこで何が待っているかなど想像に難くない。
「そう。奴らは力を蓄えているよ。『白金』が守護するこの教国の地に踏み入れるために。……この領域を侵すために」
「なるほどな。一つ聞きたい、ギルドの者よ。そこに『黄金』は居るか?」
「……ッ!? それは」
さすがに明かすわけにはいかない、がこの態度が教えてしまっている。そもそもこの男は騙すために居るわけでもないから、その方面の不手際はしょうがない。
「私の目的にも合う。……何より、万が一にでもそいつを殺させる訳にはいかんな?」
「その通り、と言いたいところだけどね――僕の感知はただ魔力を見るだけだ。蛇が出るか、鬼が出るか。最悪、眠る豚かもね」
「安心しろ。私の国ではああだったが、ここは遥か古より人類の敵と戦い続けてきた修羅の国だぞ。戦う力を無為になどしない」
「ふふん。そう願おうか。では、君。用意を」
「――いやいや。さすがに、それは……」
まあ、ここで頷けはしない。この男は操者ですらない。アルトリアの力を見抜けと言うのが無理だ。ましてや、書類にはオリジナル持ちということと先の戦闘データしかない。
所有するのが『黄金』であることさえ知らぬのであれば仕方ない。
「マルベス・レシューテン」
ベディヴィアが声をかける。話を始める前に自己紹介があったのだが、こいつは律儀に憶えていたようだ。当然、ルナは憶えていない。
「傭兵には戦場を選ぶ権利があるのだろう? 尻に卵の殻はついていないと証明した。ならば、あなたの勤めを果たしてくれ」
「……あそこには『クリムゾンスパイダー』型だけではない。『スフィンクス』に『サテライト』だって無数に居るのに」
「問題ないな」
「『ディアブロ』型の出現すら確認されている! 生半可な覚悟で行ける場所ではありませんよ!」
「それは倒したことがある。心配は嬉しいが、無用だ。私は世界を救う女だ」
「……」
そいつは口をぽっかりと開けて黙ってしまった。会議室のプロジェクタにディアブロのデータを転送してやると、彼は驚きすぎて固まってしまった。
まあ、人形を展開せずにそれをやるのも十分異常だが。そのデータは、値千金だ。
「動かなくなってしまったな。また何か、やってしまっただろうか」
「ま、奴らの大襲撃はおそらく今日の話じゃない。もう遅いし、今晩は宿に泊まっても問題ないと思うよ。それに、初の給料だ。ご馳走を食べてもいいんじゃないかな」
「では、そういうことにしよう。宜しく頼む」
「あ……え? ええと、はい」
その男は呆気に取られたままだった。そして、実のところこいつが何をしたとしても無意味であるのだ。……アルトリアは決して止まらない。人類を救うため、駆け続ける。
心配して止めたとしても、変わるのは給料が出るか出ないかだ。なにせ、場所が分かってしまったから一人でも飛んでいくのだから。
――ゆえに、残る問題はただ一つだった。
「おい、ベディヴィア。どうしたよ、二人で抜け出して。あっちのお誘いとかなら、俺はテメエをぶん殴らなきゃならねえが」
「背筋の凍るような冗談は止めろ」
ファーファに約束通りケーキを食べさせて、そしてホテルで就寝する。明日やらなくてはいけないことは無数にあるからアルトリアも就寝していた。
夜、ホテルの近くの公園まで呼び出されたイヴァン。人気がない中、男二人は顔を突き合せる。
「そうか。アンタ女に興味なさそうだし、そっちの趣味がなくてホッとしてる」
「どうやら拳を固める必要があるのは俺の方らしい」
ぐふっ、と小さくうなる声。鋭い裏拳がイヴァンのレバーを抉った。散々喰った肉と酒が逆流しそうになるが、そこは根性で耐えた。
コミカルな空気が流れたが、ベディヴィアは重苦しい咳払いで空気を変える。
「お前は、ここで抜けろ」
にべもない宣告が下された。ベディヴィアは死線を乗り越え成長した。アルトリアとてそうだ、ルナとの死闘を経て異次元の強さまで昇華した。
しかるに、イヴァンは?
――ああ、確かに強くなったのだろう。だが、それはレベル1が5になったようなものだ。成長限界を100とするなら、せめて80か90はなくては困る。
ベディヴィアなら120程度で、アルトリアは測定不能としか言いようがないだろうけど。
一流と呼ばれる層は当然90など超えているのだから。何もアルトリアと比べているわけじゃない。世の中のプロと比べて、明らかにイヴァンは劣っている。
ちなみに、ファーファはどうなのかと言えば、彼女だって80程度はある。特攻部隊とはいえ、軍の作戦行動に組み込まれる程度には鍛えられているのだから。
まあ、弱いと言えばガニメデスも思い浮かぶだろう。だが、彼はアルトリアと別れたとしても民主国の貴族たちが所有する裏部隊に捉えられ、拷問であることないことしゃべらされるだけだ。
それに比べれば、奇械と戦って死なせてやるのは慈悲だろう。
けれど、何もないイヴァンはまだ引き返せる。『黄金』さえアルトリアに渡せば、後腐れもない。故郷の復興でもすればいい。
「イヤだね」
だが、イヴァンは切り捨てる。頭が悪くても現実を理解していないわけではない。足手纏いなのは分かっているし、自分よりも使うのが上手い人間ならいくらでもいるだろう。
「――コレは、アイツが俺に託したモノなんだよ。誰にも渡さねえ。……そして」
そう、弱いのは分かっている。だが。
「俺を舐めるな。レッドワイバーン総長のイヴァン様は誰よりも強いんだよ。――男はな、本番で根性見せるもんだ。それに、練習なんてダセエこと漢はやんねェもんだ」
メンチを切る。何を言われようと降りる気はなかった。
「訓練をサボる言い訳としては上々だな」
吐き捨てた。ベディヴィアも情がないわけではない。民主国の欲に塗れた貴族どもは死んでしまえと常々思っているが、普通の人々までそうなれと願ったことはない。
滅んでしまったイヴァンの故郷を見たが、その時だって悲しくなった。好きではないが、旅をした仲だ。自分が悪者になったとしても、生きて欲しいと願うくらいには。
「はん。訓練だ? 馬鹿言ってんじゃねえ。俺様を誰だと思ってやがる!? 生まれながらの強者が、武を使うなんて卑怯だろうがよ。なんなら、今ここで勝負してやってもいいんだぜ?」
「ならば、来い」
ギルドへ行く。訓練室の申請はしておいた。魔導人形を纏い、向かい合う。最初から言葉で説得できるとは思っていない。
猿には暴力でないと言い聞かせられないのは知っている。
「用意周到って奴だな」
ここまでしたのかと呆れてしまう。殴り合うくらいなら、その辺でやればいいと不良根性で思っていたものだが。
「イヴァン、意地を張るな。男の美学と言うのは理解できるさ、お前が地獄を知っていることも知っている。だが、それだけでは姫様にはついてこれん」
「さっきも言ったはずだけどよ。あんま、俺を舐めんじゃねえぞ。火傷するぜ?」
「あの街で、俺はハラワタの一つもぶちまけた。だがな、これから先は死すらも生温い地獄だ。……ただの意地で姫様に付いて行こうとは――少し、不愉快だ」
「上等! さあ、来……」
一瞬だった。ただ顔をぶん殴った。ただそれだけなのに何も分からなかった。景色がひっくり返って、顔が熱くなって、息ができなくなり直後に衝撃が全身を貫く。
「お前は何も分かっていない。その力の使い方を」
ゆっくりとベディヴィアが歩き出す。恐怖を与えるように、ゆっくりと。
「へ! やる気ってことかよ。面白ェ!」
顔面の血はぬぐえない。フルフェイスの隙間から血が流れるが、そのまま足を踏み出す。腕を振りかぶって、殴ろうと……
「そうか。実はな、オリジナルとの契約の解除方法なら私も知っているんだ。やらせてください、お願いしますと言うまで――お前を殴る」
魔導人形の基本機能、最適な動きを人間に強制する。達人のごとき技を、ただの1秒で習得できる。”それ”をイヴァンは使わない。
獣じみた動きは、本当の最適には敵わない。ただ、ベディヴィアは登録された動きを出すだけだ。それだけでイヴァンは吹き飛んでいく。
「へ! まだ――」 「こんなもんが!」 「痛くなんざねえぜ」 「根性見せたらあ!」 「まだ……やれるぜ」 「……」 「……」 「……」
同じことを何度も繰り返した結果、イヴァンはもうしゃべれない。度重なるダメージ、このまま契約を解除すれば助からない。
どちらにせよ、次の戦いにこの『黄金』は使えない。
「まだ立つのか? いい加減、死ぬぞ。『黄金』の守りとて万能じゃない。お前に姫様と同じことができると思っているなら、それは間違いだ」
「へ。姫様と同じねえ? げぼっ。ごぼっ! 女に任せるなんざ漢じゃねえ。先に行ってやる!」
無理やりしゃべれるだけ喉を再生した。変なところだけ、妙に上手い。まあ、同じ『黄金』持ちのアルトリアであれば一瞬で全身を再生できるのだが。
「大した狂人ぶりだ。イカれ具合だけは、姫様を超えたかもな。……だが、無意味だ」
「へ! 力比べかよ」
手のひらと手のひらを合わせ、組み合った。純粋な腕力勝負、といったところ。ベディヴィアの力は腕力強化、だが『黄金』の出力なら辛うじて対抗できる。
「その腕から引きちぎってやる。貴様が諦めるまで、一本ずつもいでやろう」
「……なら、首だけになっても噛みついてやるよ。それに、負けるつもりもねえ!」
「その様で、よく口が利ける。試してやるさ。何本で音を上げるかを!」
「がああああ!」
まずは右腕をもぐ。血がしぶき、引きちぎられた腕は放り捨てられる。
しかし、イヴァンは残った左腕に満身の力を込めて殴りかかる。仕返しに同じことをしてやるつもりだったのだが。
「二本」
「ぎィ……ッ! このォ!」
現実は甘くない。もう一つの腕も引きちぎられて地面に転がる。それでも、イヴァンは痛みに耐えて前蹴りを繰り出した。
「学ばんな。その蹴り方で、最適を上回れると?」
掌で受け止め、膝をへし折った。放り投げる、イヴァンは壊れた人形のように転がった。
「うぐ! があ――」
満身創痍。そうそうないような標本だ。両腕はなく、左足はあらぬ方向を向いている。そんな有様で残して転がっているイヴァン。
苦痛に呻くが、慈悲を乞いはしない。
「もうやめろ。格が下にも関わらず、私に手も足も出せないのは純粋に貴様が弱いからだ。その有様で意地を張ったとて、我々に迷惑がかかる」
懇々と語り聞かせる。これがルナであればともかく、ベディヴィアは良いと思ってやっている。恨まれるだろうが、しかし命を失うよりずっと良いと。
「っざけんな! 俺は。俺を舐めた奴には必ずぶん殴って来たんだよ!」
足一本で立つ。突撃する。
「だがな、不良の親玉ごときに現実を超えられるものかよ。私には、覚悟がある。どうしても、というならば――その意地を生きている間だけでも抱えながら死んでいけ」
手加減なしのカウンター。頭を潰す気だ、『黄金』だろうと脳みそまで治せはしない。
だが、『黄金』を持ち帰れば仲間たちも罪を問いはしない。そして、ギルドは雑魚のためには動かない。死んだとて、チーム内のごたごたとして片付けられる。
「っだらああああ!」
かわす。今までの動きではない。いかなる奇跡か、カウンターを潜り抜ける。ここまで来て手加減するベディヴィアではない。
ゆえに。
「……ふん。意地で奇跡を起こすか。なら、そのまま進んでみるがいい。なにせ、姫様は貴様でも見捨てていないのだから」
頭突きが通る。ベディヴィアは吹き飛び、壁に叩きつけられた。結末は両者ノックダウンという形で終わった。
「――ふふ。若いねえ」
そして、ホテルの屋上でグラスを傾ける幼女が居る。フェンスに寄りかかる……ことはできないから鉄棒みたいにぶら下がって夜風に身を任せている。
「あまりヤンチャもどうかと思うがな。訓練場も汚してしまったようだし」
アルトリアは苦笑しているが、隠しきれない笑みが覗く。強くなるのは素晴らしいことだ。イヴァンは一歩前に進んだし、ベディヴィアとて学んだことがあっただろう。血なまぐさいが、得たものはあった。
明日の戦いについては……イヴァンは荷物持ちでいい。初めから戦力として期待していない。
「お姉ちゃんも、どうかな?」
どこから取り出したのか、もうひとつのグラスを渡す。オレンジジュースを注ぎ、更に――
「それは駄目だ。お姉ちゃんは許さんぞ」
さらりとウォッカを加えようとした幼女の腕を掴む。
「ちえ。別に僕はこんなもので酔ったりしないんだけど」
「どんな理由があろうが、子供が酒を飲むものじゃない」
「やれやれ。お姉ちゃんの前じゃ飲めそうにない」
「これは没収だ。まったく、アルカナめ……」
なぜか流れ弾がアルカナに飛んだ。アルトリアとアルカナはルナを巡って敵視しているフシがある。
もっとも、その方向性は姉と恋人、別に両立は可能なはずだった。ので亀裂には至ってない。
「久しぶりに三人で寝ることだし、あまり抜け出していると寂しがらせちゃうからね。僕はこれで失礼するよ」
「……ルナ。子供は寝る時間だぞ」
「なら、ちゃんとお守りをしてあげることだね。保護者がいないから起きてきてしまったよ」
ファーファが眠たげな目をこすりながら屋上のドアを開ける。
「おやすみ、ファーファ」
ルナが背伸びして頭を撫でて、一人で下に降りる。アリスとアルカナと三人切りで飲む気だった。とてもお子様には見せられない絵面となるだろう。
「うん? おやしゅみ……ルナちゃん……」
「おやすみ、ルナ。私たちも寝ようか、ファーファ」
ちらりと下を見ると、ため息を吐きながら走っていくガニメデスが見える。彼もよくよく義理堅くて貧乏くじを引く男だ。