第32話 傭兵ギルド
そして、7人はトラックで国境を越えて教国入りを果たした。
実のところ、そこに分かりやすい境界などない。ルナの住んでいた世界には大河だの島国だのと、そういった区切りがあったのだがあいにくと、”ここ”は死に瀕した世界だ。そんな目立つ境い目など、奇械に削り取られてどこにもない。
魔物が強力であると言うことは、それだけ世界に病毒が回っていると言うことだ。そんな場所にあるのは鉱毒に塗れたような毒々しい河川と、他はひび割れた荒野ばかりだ。世界が死にかけているというのは、そういうことだった。
……壁に囲まれた街の中では実感の湧かないことかもしれない。だから、アルトリアは外の世界を見て生まれ育った国への反逆を決意したものだ。
そう。それこそ、濾過すれば飲めるような水などどこにもないのだ。もちろん仕留めれば食べられる動物もどこにもいないし、木々の恵みを得ることもない。街の外に出れば広がるのは”死”そればかりだ。
人類に帰する恵みの全ての元を辿れは『白金』へと行きつく。人類が生きていけるのは、その恩恵にすがっているからに他ならない。裏を返せば、点在する街以外には命も文明も存在しなかった。
一行は関所すら見ることなく、街へと着いた。
アルトリアは揃って甘味処へ行こうとするルナとファーファを引きずって、傭兵ギルドの中に入っていく。分かりやすく絵柄の書かれた看板が下げられているからすぐに分かった。
「――ようこそ、傭兵ギルドへ。登録ですか?」
ニコリとほほ笑む少女、しかし瞳の奥に光がない。その声をよく聞くと、完全にマニュアルに従っているだけだ。抑揚さえもマニュアル化している。
まるで機械のように、定められた動作を実行する。心を殺して、義務を果たしている。
「こちらへどうぞ、説明をします」
ルナやファーファを見て、こんな子が……と一瞬悲しそうな顔をしたもののすぐに消した。
そう、”よくあること”でしかないのだろう。食い詰めた者が一家そろって傭兵に身を落とすことなど。
「なるほどねえ。ま、ここに来るようなのは追い詰められたはみ出し者だけ。余裕がなければ、あの演技も気付かないというわけだ」
「あまり大きな声で言うことではないな、ルナ。だが、確かに彼女も限界のようだな。……奇械との戦いを斡旋する冒険者ギルド。サポートがどうの、という話は聞いたが素人が帰ってこれる確率などは言うまでもないだろう」
けっこう大きな声で話をしているのだが、受付の少女は何も気にしていない。心がマヒしきっているのだろう。
会議室のような場所に通された。それぞれが思い思いの場所に座る。アリスとアルカナはルナと同じ席に無理やり座るものだから、ほとんど転びかかっている。奇跡的なバランスで平衡を保っていた。
「では、説明させていただきます。……その前に、そちらのお子さんたちにどうぞ」
ケーキを差し出した。
「それと、ジュースもどうぞ」
最期なのだから、と言わんばかりの態度である。ちなみに、彼女の自腹であった。
「まず、傭兵ギルドは奇械と戦う者たちを斡旋する場所です。国から戦場の指定を受けて、傭兵を派遣します。そして、傭兵は戦場のランクによって賃金を得ます。また、上位奇械を撃破することで特別報奨金が出ます」
「うむ。聞いていた通りだな」
「傭兵には魔導人形が支給されます。また、火器が支給されますがこちらにはIFFが組み込まれています。味方に向けるとロックされるので、とにかく撃ちまれば良いことだけ憶えておいてください」
「いや、我々は全員が魔導人形を持っているから不要なのだが」
「………………え?」
ルーチンワークが止まったのか、彼女が停止する。感受性を殺して仕事をしているから、こういうイレギュラーに弱い。
「あ、はい。申し訳ありません。では、こちらで書類にその旨を記載しておきます。相手がどなたであろうと、一度新人用の任務をこなして頂く決まりになっております」
「了解した。まあ、特別扱いをしろとごねるつもりはないさ。着実にやるとしよう」
「ありがとうございます。では、こちらに署名を」
「ああ」
全員が署名する。ルナ、ファーファ、アリスまでサインするのを見て胸が痛むような表情を見せたがすぐに消した。
実のところ、彼女たちだけではない。それこそ孤児院などであれば悲惨なものだ。ファーファのいた”孤児院ですらない場所”ほど人倫に反していなくとも。
であれば、心許した者達と死ぬ方がよほど救われるというものだろう。
「――では、出撃は明日となります。傭兵ギルドに登録された方には報奨金が出ます。受付でお受け取りください」
そして、全員がそこを出た。ギルドの中身は情報化され、中々にシステマチックにやっていた。現代で言えば大企業並みの管理システムだ。
とりあえず、第1関門はクリア、後は異常な結果を残して行くだけで上に行ける。目立つ成果を残せば目に留まる、栄誉を記録する箱は完備されている。
「まあまあの額が入っているね。最期の晩餐のつもりかな?」
「さいごのばんさん? ファーファ、大好きだよ」
「……ファーファ?」
「豪華なお夕食でしょ? ステーキと、ハンバーグと、ケーキとプリンも出たんだよ!」
ここに経験者が居た。しかも、本人に自覚がない。
「ファーファ。最期の晩餐は死に行く者に与えられる慈悲だよ。……『フェンリル』を取り外した今は相応しくないね」
「……ファーファ、ハンバーグ食べられない?」
ちょっと悲しそうな顔をした。
「いや、ハンバーグくらいならいつでも食べればいいさ。だが、二つ目のケーキは勝ってからとしよう。ルナも、いいか?」
「――やれやれ。ならデザートはプリンで我慢しておこう」
「ハンバーグ♪ ハンバーグ♪」
ファーファはご機嫌そうだ。最後の晩餐など忘れてしまったに違いない。そして、ホテルを取っていつもと同じ夜を過ごす。
早くも遅くもなくギルドに行くと、4人ほどの男女が先に着いていた。そして、遅れてきた8人が加わる。ルナたちは7人。総勢19人が集められた。
戦場の基本単位は2人組が2組の4名である。19は割ることすらできない数字だが、初心者ならばそもそもバディを組む意味すらない。
「……こちらへどうぞ」
今度は男だった。会議室に通されたら、今度は更に別の男がやってくる。重要なのは分業なのだと言うことだろう。現に、日本の死刑執行人も3人体制でやっている。
どいつもこいつも精気の抜けた顔に笑顔を張り付けていた。
「では、作戦を説明します」
す、と地図を指さす。現場には高速輸送機で運ぶらしい。
「ここはラスアンゼルス海峡。人類の領域にほど近い場所にありますが、あまり重要な場所ではありません。万が一【奇械】に抜けられたところで、後方で止められますのでご安心ください」
「現在、ここに多数の下級奇械と10体ほどの上級奇械が向かっています。上級はギルドが派遣した別の傭兵が相手をするので、下級の相手をお願いすることとなります」
「えー。そんなのつまらないじゃないか。上級を狩ってボーナスを狙っても構わないだろう?」
ルナが茶々を入れた。
「おやめください。別の場所で仕入れた武器を使う気かもしれませんが、裏マーケットで仕入れた品はIFFが解除されている上に整備が粗雑なせいで爆発炎上することも珍しくないと聞きます」
「ん? その言い分ってことは……勝手に使っても罰則は別にないってわけか」
「戦場ごとに規制が設けられる場合がございますが、そちらは上級の傭兵しか受けられない依頼となります」
「僕らは新入りだからF級。なら、その戦場は?」
「B級以降です」
「なら、最後の質問。戦場に投入されるのは、別口の傭兵さんとこっちのド素人で全員?」
そのド素人にガニメデスとイヴァンすら入っているのに、その男は気付かない。
「その通りです」
へえ、とルナは品定めするように見渡した。この中でもルナは最年少だ、アリスの方が幼いが。そしてファーファの次は多少年齢が高くて16あたりに見える少年だ。
生意気盛りの様で、ここは託児所じゃねえぞとルナたちを睨みつけていた。ド素人と言われても手を出さないだけの分別はある。
「ふふん。少しはこの世界の現実を見れるかな?」
ルナはけらけら笑う。まるで挑発するように。沈鬱な空気に、笑い声が木霊した。
「――時間です。皆さん、移動してください」
ぞろぞろとついていく。他の人間たちは、十字がかたどられたアクセサリを後生大事に握りしめている。
それが支給された魔導人形だった。もちろん最底辺の『銅』であるが。
そして高速輸送機の中、ベルトを外している者が4人いる。ルナ、アルカナ、アリス、ファーファの四人だ。今にも胃の中のものを吐き戻しそうな素人たちを後目に、楽しそうに指遊びをしている。
「姫様?」
「なんだ、ベディヴィア。私も入れてもらおうかなど考えていないぞ?」
「語るに落ちていますが……注意しなくていいので?」
「軍隊の行軍ではあるまい。余裕があるのはいいことだ」
ベディヴィアは諦めたようにため息をついた。まあ、文句を言おうにも揺れる中で平然と指遊びをしている方が異常なのだ。時には絶壁に近い60°まで傾きながらも普通に座っている。
ルナたちは言うまでもないが、ファーファだって弱者ではない。特攻隊と言えども、それなりの力量がなければ無駄に死ぬだけだ。
「――頃合いか」
出し抜けにアルトリアが立ち上がる。他の者たちは吐き気をこらえるのに精いっぱいで、戦場が近づいていることすら気付かない。
「お供します」
ベディヴィアも。
「では、お遊びは終わりかな?」
アルカナの膝の上に居たルナも立ち上がる。
「うん。おしごとだね」
ファーファも表情をきりりと引き締めた。まあ、気が抜けそうな可愛らしい顔だが。
「お、おい。砦は?」
誰かが声をかけた。最初に受けた説明では、まず砦に着陸した後で奇械どもを迎撃する地点に配置される予定だった。
「一手遅かったな。まあ、魔導人形なら問題はない。これ以上近づいたら撃ち落とされるぞ、パイロット」
「……は」
機体を止める。実はすでに減速していた。今はどこまで近づけるかと思案していた。パイロットはベテランとは言えずとも経験者だ。基地との交信が取れないことには気付いていた。
「まあ、ここまで運んでもらえれば十分だろう。心配なら一人ずつ降りろ、中で纏っても一機分の重量なら持つさ。ガニメデス、お前が手本を見せてやれ」
扉を開ける。そのまま飛び降りた。
ベディヴィアは無言でついていく。ルナたち3人は手を繋いで。ファーファは慣れた様子で。イヴァンはでやあ、と気合いを入れて。それぞれ機体を纏わず飛び出てしまった。
空中で機体を展開、砦へ向かう。曲芸じみた行為である。
「……奮え、『エメラルド・ガーディアン』。お前ら、空中で展開するなんて無意味な無茶はするなよ」
言い残してガニメデスがヘリの中から飛び去った。
実のところ、イヴァンなどは空中で肺がやられてキーワードの詠唱ができずに地面に叩きつけられてもおかしくはなかった。多少時間はかかるが、こちらの方が確実だ。
「さて、お姉ちゃん。砦はもう侵入されてる。どうする?」
「あれでは作り直した方が早い。諸共に破壊して更地にするぞ。……そのための武器は支給されている」
目の前の砦には無数の『スパイダー型』が群がっている。奴らの銃弾は魔導人形には効かないが、あれだけの数が居れば生理的な嫌悪を感じる。
「あはは! 了解、実はお姉ちゃんも過激なの好きだよね」
「派手だの地味だのではなく、最善を選んでいるだけだ」
しかし、それでビビるような彼らではない。そも、『スパイダー』型は雑魚だ。怯えるような相手ではない。
「「ロード……アサルトライフル。榴弾モード」」
同時に与えられた武器を顕現、迷わず最高威力のモードを選択する。IFF付きだ、こいつなら仲間を撃つ心配はない。
そして、ギルドが期待していたのはそれを撃ち続ける砲台になること。ただそれだけでも無理な者は無理だからこうして篩にかけるのだが……
「行くぞ、ルナ」
「うん、お姉ちゃん」
「ファーファもやる!」
爆撃が瞬く間に砦を打ち砕く。崩壊し、瓦礫と化す。アルトリア達は既に戦場を経験している。今更、実戦に臆しはしない。
「さて、後は鴨撃ちかな?」
「油断するなよ、ルナ。この程度は尖兵に過ぎん」
無数の子蜘蛛を、ライフルを連射モードに切り替えて破壊していく。魔導人形であれば格納領域にある弾数だけ撃てる。そう、弾薬はそれこそ万程度で尽きるほど少なくないのだ。
さらに、遅れて来た者たちも合流する。多少パニクるが、味方に銃を向けても撃てなくなるだけだ、問題ない。
新兵も、優位な戦況であれば良い経験だった。問題なく、撃破していく。
ただの砲台として使用するのは『銅』の有効な使用法の一つだ。だが、しかしそれで終わるほど奇械との戦争は生温くない。
たとえここが、墜とされてもそこまで意味のない砦であっても……下級奇械だけで終わりはしない。
「……え? なんだ、この反応」
「待ってよ。来てくれるっていう傭兵は? 居るんだろ? 上級奇械と戦ってくれるっていう上級傭兵が!」
「なんでまだ来てないんだよ! 遅刻するなよ!」
それの反応を見て、にわかに騒ぎ始める。何も遮るもののない空中でああだこうだとわめいている。
それを後目に、敵の本体が姿を見せる。『クリムゾンスパイダー』型が、総勢16機も。魔導人形をも破壊できる脅威が来た。
「ふむふむ。これが素人の反応ね」
「教国だからと言って変わりはせんか。まあ、傭兵ギルドの仕組み自体がそういうものと見ていいだろう」
この程度で死ぬようなら、今死なせてやる方が幸せだ。などと思っているわけではないだろうが……適性を見るにはこれが一番早いと言うことだ。
命も、魔導人形も、薪と積み上げて犠牲にしなければ生きていけないほどに世界は過酷だから。
「育てる気が一切感じられないシステムだ。そっちは軍でやるということなのだろうけど」
「しかし、初手で騙してギルドに不信感を植え付けるのはどうなんだと疑問に思わざるを得ない」
「おいおい、お姉ちゃん。これは単純に連絡の行き違いって線も考えられるぜ」
「……輪をかけて最悪だな。試練であることを願っておこう」
「なら?」
「いいや、助けるさ」
瞬間、アルトリアは消える。騒いでいる中の一機の前に出て、そいつに当たるはずだったレールガンの一撃を殴って逸らした。
「――へ?」
助けられたそいつは理解ができない。凄まじい音に思考を奪われただけだ。素人たちは状況を掴めない。反射的に引き金を絞ろうと、IFFによってロックされる。
アルトリアとしては救った味方に後ろから撃たれかけたわけだが、特に気にすることもない。気付いたうえで、素人だから仕方ないと流した。
「総員傾注! 回避プログラムDパターンを起動!」
凛とした声に導かれ、全員が動き始めた。いくら素人でも、言われればそれくらいできる。その扱いやすさが魔導人形の利点だ。
「照準は魔導人形が補正する! 撃ちまくれ!」
なんとか軍隊の姿まで持っていった。しかし――形だけどうにかしたところで上級奇械には敵わない。一体がレールガンを受け、腕を喪失する。
「……ひィィィ!」
「うわあ! やってられるかよ、こんなん!」
そして、もう一人が逃げ出した。
「ファーファ!」
「うん、任せて! 【シールド・オブ・アルテミス】」
天使の輪を展開。蒼のフィールドが全ての攻撃を逸らす。アルトリアがカジノの街で手に入れた『宝玉』のコア……それをルナが改造したオプションパーツだ。
そして、ようやくイヴァンが敵の元へ到着する。
「よくも好き勝手やってくれたなァ!」
敵のカウンター、脚部から棘が射出されるが機体の強度には通らない。ただの機体性能差によるごり押しだった。
そのまま一機を殴り破壊した。
「――」
だが、残り15機。一斉にレールガンを向ける。これだけ受ければ次の攻撃は防げない。イヴァンはそんなこと知るかと言わんばかりに拳を振り上げて。
「お前だけに手柄を取らせるかよ」
高速で接近したベディヴィアが一機を殴れば、後ろに居た二機目ごとバラバラになって飛んでいく。
地上であれば超脳筋にしてスピードスターだ。能力を知ってから、色々と試しているのだ。活用する方法なら心得ている。
「そして、貴様の活躍はもう終わりだ!」
ベディヴィアはさらに目にも止まらない速さで駆け、クリムゾンスパイダーを撃破していく。それは蹂躙だ、レールガンの照準を定める前に接近、ひきちぎって投げれば散弾と化す。あのとき、8機を相手に死にかけたのは何だったのかと言うほどの獅子粉塵振りだ。
そう、ベディヴィアとて姫に付いて行きたいと思う者の一人だ。この程度ができなくては、騎士になどなれはしないと断じるから。このレベルの敵に足踏みしてはいられない。
「もはや貴様たちを恐れることなど、なにもない!」
レールガンそのものはさすがにベディヴィアでも避けられない。ならば、照準させなければいいだけのこと。照準を付けるには身体ごとこちらに向く必要があるのだ。
その前に動くせいで照準が付けられない。そして、何かしようと動いてもその前に殴り壊されては。
「ベディヴィアの奴、強くなったな」
「僕としては、『宝玉』の最低ラインはあそこに置きたいんだけどね。新兵でもあれだけはやってもらわないと、育てる価値がないというものだ」
アルトリアとルナが上空から批評を下す。
「ふ。あいつ、お前に認められたか。大したものだ」
「認めたと言うほどのことでもないよ」
そして、初戦は誰一人犠牲を出さずに終わった。ここ数年聞いたことのない快挙らしかった。
ギルドは大量に人を集めて『銅』に乗せて肉盾させるだけの場所。本文の通り、浮かんでトリガーを引く以外のことは期待されていません。
上位10%あたりが上位の量産機で作戦を展開しています。