第30話 マフィア襲撃(前)
アルトリアはカジノでボロ勝ちし、ホテルに通された。
彼らは思う様遊び、そして食べた。では夜になったら寝るのが当然だ。そして、寝室は男女で別れるべきだろう。
「むにゃむにゃ。……もう食べられないよ」
ファーファはすやすや眠っている。よほど楽しかったらしい。可愛らしい寝顔にアルトリアの目が釘付けだ。
「で、お姉ちゃんはどうする気かな?」
ルナはくすくす笑っている。さっきまで遊んでいた幼女とは思えないほどに溌剌としている。そもそも彼女たちに疲労なんていうバッドステータスはないのだから元気なのは当たり前だ。
「――彼らの処遇か?」
大上段の物言いだ。これから襲撃を受ける人間の科白とは思えない。
そう、マフィアの顔を潰したのだ。これから起こるとしたらただ一つ、抗争に他ならない。金で済むか、それとも拷問でもしなければ気が済まないかは向こう次第だが、平穏無事にとは行かないだろう。プライドを捨てたら、そこでマフィアとしては終わりなのだから。
換金中だとか言うコインも、無かったことにされているだろう。手に入れたものはルナがぶんどった宝石だけだ。
負けることが嫌ならば、戦うしかない。
「奴らは殺意を持ってここに来るよ。まあ、所詮はマフィアだ。商売と、そして脅すことが彼らの本領……こと戦いとなれば兵士よりも弱いに違いない。僕たちならば、命を奪う必要なんてない」
「ルナ、あまり人を舐めるなよ。そして、もう一つだ。……お前の言う”僕たち”に、あいつらは入っているか?」
ちら、と別の寝室の方向を見る。男どものことだ。寝込みを襲撃されたらさすがに厳しいだろう。まあ、本気で寝ているほどの間抜けではないと信じているが。
だが、数で来られれば殺してしまうこともあるだろう。でなければ、失うのは己の命だ。
「――どっちだと思う?」
ルナは笑みを崩さない。
「入っていないな。さて、こうなるとガニメデスがどうなるかが問題だな。……特にイヴァンなどは、一歩間違えれば命を落としかねん」
アルトリアは苦い顔だ。ファーファを構う時のニヤケ顔はどこへ行ったのだと突っ込みたくなるが、まあそれはそれだろう。
”アルトリアが10人居れば世界は救える”とはいえ、そう簡単に行きはしない。黄金持ちとは言えどイヴァンはアレで、そしてもう一機を手に入れようと噂を頼りにここに来ればデタラメだった。
「……だが、勝つのは私だ。必ずや」
アルトリアが宣した。ルナに無用な犠牲を出すことを禁じても、人と戦うことを禁じたわけではない。
彼女とて、人を殺さなければ人類を救えないのは理解している。矛盾だが、それが現実だ。万人に救いをもたらすため、障害物を踏み潰し、どこまでも征く。
ゆえに犠牲者の全てを背負い、勝利のためにどこかの誰かを轢殺するのだ。
そして、男たちは。
「おい、何を寝てる馬鹿者」
ベディヴィアはいびきを立てて寝ていたイヴァンを蹴り起こす。
「ガニメデスは起きているようだが、少々不用心だな」
「……何だと?」
椅子に座って目を閉じていたガニメデスが抗議する。寝てないし、座っているのは無駄に体力を消耗しないためだ。ルナが放置した宝石を持って飛び出す用意は出来ているのに、文句を言われる筋合いはないと睨んだ。
「どこに向かって逃げるつもりだ、お前は?」
「貴様、見取り図を見ていないのか? 非常口はあちらで、非常用の逃げ口はそっちだ。俺はその真ん中に陣取っている。万全だろう」
「お前は何も学んでいないな。……いつまで自分が人間だと思っている 俺たちは操者だろう。ならば、逃げるなら空だ」
つい、と窓を差した。ぶち破って逃げろと言うことだろう。ここは向こうに地の利がある。用意されたルートなど使えば罠にはまるのは当たり前だ。
もっとも、笑い話としては窓から逃げるのはまだ常識に縛られていることだろうが。当然、それも考えてスナイパーが見張っているのだった。
「いやいや。さすがにそんな非常識な……」
「姫様は人類を救うなどと頭のおかしいことを言っている。あの化け物どもを信じ、ただの妄言を現実に変えようとしている。ならば、常識で非常識に着いて行けるものか」
「は……」
ガニメデスは絶句した。確かにその通りかもしれないが、ベディヴィアは不敬と取られるような行動は決して取らなかったはずだ。
しかも、今だってアルトリアの護衛を放棄している。コトが起きれば逆に足手纏いになるほどにアルトリアは強いが、そういう儀礼的なことは欠かさない男だった。
――彼も、ルナと関わってから考え方が変わった一人だ。
「魔導人形を装着しておけよ。お前たちはそのくらいでないと役に立たん」
ベディヴィアが虚空を睨みつける。リラックスしているように見えながら、微塵も緊張を解いていない。例え夜が明けるまでもこうしてられるだろう。
「――客だ」
ベディヴィアが立ち上がる、と同時にノックの音がする。無遠慮に開け放たれる。少なくとも、従業員が宿泊者にやるような行為ではない。
「ベディヴィア・ルージア?」
ニヤニヤ笑いを浮かべているのは知らない男だった。だが、カジノを仕切るマフィアの一団なのは間違いがない。眼鏡をかけた優男、だが目には剣呑な光がある。そう、見るからに”人を使うタイプ”の。証明するように、4人の『銅』を纏う兵隊が付き従っている。
生身では魔導人形を相手にしたところで死ぬだけだ。この顔の見える距離で魔導人形が前に居る時点で勝ち目などない。
「俺たちの客か? あいにくと疲れているんだ。用事なら明日にしてくれ」
だが、ベディヴィアは不敵な笑みを浮かべている。そう、このくらいで諦めるようならば、アルトリアに並ぶ騎士たる資格などない。
「いや。今日じゃなきゃダメなんだ。なにせ、明日にはお前たちは居なくなっているんだからな」
手を振り下ろす。同時、兵隊が斬りかかる。
「――舐めるなよ。正せ、『スカーレット・ブレイズ』」
普通なら間に合わないタイミング、纏う間に切り捨てられて終わりだ。基本的に生身で囲まれたら終わりなのだから。
だが、アルトリアなら関係がない。ならばこそ、己もその不条理を実現させよう。
「おおおおお!」
纏いつつも前に出る。閃く剣を掴み、へし折った。
「な……にィ!」
「馬鹿な!」
二人の動きは止めた。そして、他の二人も攻撃するにはあと一歩を詰める必要がある。ならば、そのまま剣を折った二人の腕を掴みこん棒代わりに叩き付ける。それで終わりだとまで考えて。
「――甘い」
虚空から声がした。不意の風切り音が聞こえる。何もないはずなのに、”何か”がベディヴィアに迫っている。
「……っぐ!」
わずかに身体の軸を逸らすことに成功した。それが彼を致命傷から救った。胸に一筋、大きな傷を付けられて出血する。
放置すれば失血して死ぬだろうが、仮にも『宝玉』を纏う操者はその程度で死にはしない。
「馬鹿な。……ステルスだと?」
ありえない――そいつは『鋼』だ。『宝玉』の特殊能力ならば可能だろうが、量産型に特殊能力などない。
追加武装? だが、電波遮断なら聞いたことがあっても、目の前に居ても気付かないほどの光学迷彩など聞いたことがない。最近は情報に触れられなかったとはいえ、武器についての知識は人語に落ちない自負があると言うのに。
「だが、この程度の傷で戦えなくなると思うなよ! 中身など、あとでいくらでも繕えばいいだけの話!」
飛び出かけた内臓を、鎧を再生して圧迫する。要するに傷を締め付けているだけだ。乱暴極まりないが、宝玉を操る者ならば死ななければ問題はない。
「おいおい、私を忘れてくれるなよ? 地に平和を、『スティール・ソルダート』」
そして、最初に出てきた男が魔導人形を纏う。起動キーこそ民主国のそれだが、装備が少々特殊だ。さらに言えば、そいつらも『鋼』。とにかく、金だけはかけている。
「は。横流し品か? ステルスはともかく、本体はさすがに開発できなかったようだな!」
ベディヴィアが吠える。ステルスは確かに脅威だが、起動させるには『鋼』の出力が要る。そして、向こうはともかく、こちらに建物を気遣う義理はない。
有り余る力に任せて周囲を粉砕しつつ戦えば、当たった破片が場所を教えてくれる。
「――ええ、あなたは片付けるには少々てこづりますね。この『サティファクションタウン』を仕切る大幹部『幻糸』と『夢刀』の力をもってしても。ゆえに、少々下でお待ちくださいませ? お客様」
こずるいことを考えたのがしっぺ返しか。ベディヴィアの立つ地面が切り刻まれる。『幻糸』、糸を操る――しかも、操る先の糸はステルス化されている。
こと足止めに限れば対抗する手段がない。
「……っぐ! おのれェ。ガニメデス、イヴァン。私が行くまで耐えていろ!」
落ちる。
「奮え、『エメラルド・ガーディアン』」
「立ち上がれ、『デッドエンド・ダインスレイフ』」
残った二人が魔導人形を纏う。『宝玉』、そして『黄金』を纏う二人が舐めるなと言わんばかりに駆け出した。
「は。あっちはともかくこっちは素人か」
「ならば散れ。我らに盾突いた愚かさを悔いるがいい」
見えない太刀筋がイヴァンの腕を切り飛ばす。そして見えない糸がうなりを上げて敵を切り刻む。鎧に突けるような隙間はないが、しかし鋼すら断ち切る糸が二人を吹き飛ばした。
「やれやれ、手ごたえがありませんね。まあ、安心なさい。……その宝の持ち腐れは私たちが有効活用して差し上げましょう。ふふ、この私がとうとうビッグボスと同じオリジナル持ちにとは、滾りますねえ」
「どうするかをお決めになるのはビッグボスだ。私はただ一本の刀に過ぎない……疑念を差し挟む口は持っていない。そして、報酬を強請るような恥知らずさの持ち合わせもない」
「おやおや。大幹部ならばもう少し向上心というものを持たなくてはいけませんよ。さて、あちらはどうしていることでしょうか。大幹部が5人、いくら最強と名高い『戦姫』とて5人が相手ではどうしようもないでしょう」
「終わった気になるな。下に落としたベディヴィアを忘れるなよ。アレは、油断していい相手ではない」
「ふふん。二人を人質に取っては?」
「いざとなればあの男は見捨てるぞ。……あの三人には絆と言うものが見当たらん」
「そうですか。では、油断せず行きましょう」
「応。行くぞ」
すでにガニメデスとイヴァンには興味もない。まだ止めを刺していないが、いつでも刺せる。油断ではなく、適正な判断だった。
「――やってくれたな! マフィアども!」
轟音とともに階下から出現する。わざわざ穴から飛び出て狙い撃ちにされる趣味はない。天井を粉砕しつつ上がった。
ベディヴィアは室内で飛べるほど頭がおかしくない。だから、特殊能力である腕力を活用した。
筋骨隆々はノロマ? そんなものはゲームの話だ。身体を撃ち出すのが筋力であるとすれば、今のベディヴィアは蹴り砕く床と殴り加速するための障害物さえあればレーサーより速い。
「だが、ステルス糸の結界は抜けられまい!」
「そして、貴様はまだ私の太刀筋を見破れてはいない」
「知ったことかァ!」
今のベディヴィアは全てを打ち砕く破壊神。糸も、家屋も全てを殴り砕いて突き進む。
「貴様らなどに負けていては、俺はあの方には追い付けん! 決めたのだ、あの方の隣に並ぶのだと!」
如何に最高級ホテルの一室と言えど、暴風が吹き荒れるには余りにも狭い。ただの一息で全てが破壊される。ゆえに決着は一瞬だ。
「なればこそ、殺し合い高め合うことができるというもの。一手、馳走」
ステルスを発動した『夢刀』は知覚できない。ステルスは音までは隠せないから、あくまで音と気配を消しているのは彼の技量だ。
こと殺しに限れば、ベディヴィアの技量などお呼びも付かない達人だった。
「……そんなものは見切ったと言った!」
だが、相手の土俵に付き合うことはない。どこに居るか大まかにでも分かればでかい槍をぶん回せばいい。その槍は持っているし、刀で勝負する意味もない。
床を砕き、散弾銃のごとく室内を掃射する。ダメージがなくとも場所さえ分かれば、性能差で圧倒できる。
「それを試した者がいなかったと思うか?」
喉元に、刀が突き刺さった。全てを避け、ベディヴィアに近づき突きを放ったのだ。多少使える相手でも、こんな風に油断して死んでいった。
「ごぶっ! ごぼぼっ。ぐぶっ……がぼぼ」
「最期の言葉か? 済まぬが、何を言っているか聞き取れんよ」
「ごぼ……つか……まえた。だ」
喉首から血を流すベディヴィアが、『夢刀』の腕を掴んだ。
「なんだと!? 確かに手ごたえがあったぞ、なぜ生きている!? 化け物め!」
焦り、しかし何もできない。掴んだ腕は余りの膂力にぐしゃりと潰れ、激痛で声も出ない。反撃を考えることもできず、ただもう片方の腕に殴り飛ばされた。鋼と血と肉のまざった塊がホテルの外まで叩き出される。
「ちィ! だが、如何に化け物であろうと五体をバラバラにすれば!」
「バラバラ? なら、貴様をそうしてやろう!」
巻きついた糸を握りしめる。引いた。
「っひ! うわあああああ!」
当然、彼はベディヴィアの方へと飛んだ。殴る……彼も、同じ末路を辿った。
「……まだだ。あのような奴ら、姫様ならば魔導人形すら必要ない」
悔いるように、呟いた。
ちなみに、量産機はその名のごとく大量にあります。ただし、オリジナルは数が少ないと言う設定があります。まともに値段をつけたら国家予算20年分とか言う実現不可能な数字になります。
『鋼』? 石油王ならポンと出せるお手頃価格です。この世界に石油は残っていませんが。