第28話 カジノ
そして、話はトントン拍子に進む。そう、よくあることなのだ……アルトリアほどでなくとも、”最強”というワードはかなり安売りされている。
オリジナルの魔導人形持ちがカジノに来るのは初めてではないのだから。それに、金なら持っている。
「ま、あんたほどのお人じゃ一般人用のそれじゃ、役不足ってもんだろうさ。VIPルームに案内するさ」
「はは。お手柔らかに頼むぞ」
黒塗りの高級車が着いた。そこへ乗って、一路カジノへ。そこで出てきた茶と菓子に喜ぶルナとファーファに、思わずアルトリアも笑みをこぼす。
過剰なライトに照らされてギラギラと輝く門を潜る。
そこにあるのは天国か地獄か。
スロット、ポーカー、ルーレット。欲望に顔を歪める者、敗北の絶望に顔を歪める者。まさに、これぞカジノと言った光景を通り抜けて。
そういうわけで、一行は豪奢なVIPルームに通された。金銀財宝で飾り立てられたその部屋は、まさに成金そのものだ。金こそが全て、それがあけすけなまでに象徴されている。
そう、ここでは金が全てだ。奥ゆかしさ? 伝統? ”ここ”ではチリ紙にも劣る。
鏡張りの部屋で、ルナたちは柔かいソファに腰を下ろして執事にポップコーンを要求する。
そしてアルトリアがテーブルに着く。案内してきた男、幹部である彼がテーブルの前へと回る。人好きのする笑みを浮かべて見せる。
「君が相手してくれるのかな?」
「ああ、ブラックジャックは好みさ?」
会話は一見和やかに。しかし、人を殺したこともない者では気絶するほどの殺気が応酬されている。
それは……壁の向こう側からならば面白い見世物だろう。どんな殺気でも、自分に向けられていなければそよ風だ。
「知っている。1対1か?」
「その通りさ。グルで潰すなんてセコい真似はしないさ」
クク、とアルトリアは唇を釣り上げる。前知識などないに等しいが、それでも最強と謳われルナに勝利した英雄だ。
その感覚を出し抜くには、最新鋭の技術だけでは不可能と言うものだ。
「後ろと横の彼らは観客か? まあ、何かを仕込むのならポーカーを選んだと思うがな」
「はは、バレてたかい? 一応、お相手さんの集中を乱さないように最高の技術を使ってるさ。ま、勘弁してほしいさ? 一番の大勝負の観客がお子様だけじゃつまらないさ」
ザックスは冷や汗を流す。このVIPルームは青天井の、調子づいた者を潰すための部屋。貧乏人がまぐれで勝利して調子に乗ったところを叩き潰すのは何よりも面白い見世物だろう。
それをあからさまにするのもどうかと、マジックミラーを使っている。この部屋の外で多くの人間が観ているのだ。あの【戦姫】がギャンブルに堕ち、負けまくる姿などこれ以上ない娯楽に違いない。
今回、アルトリアは勝つどころかそもそもまだ参加すらしていないが。まあ一般人がやっている場所に彼女を連れて行っても不要な混乱を招くだけだ。
「邪魔しないのなら、それでいい。見られることは慣れている。……始めよう」
「応さ」
最初は小額から。いかにVIPルームとはいえ、アルトリアは持ち金を全て預けるような性格をしていない。
まず両者に2枚が配られる。アルトリア:2、9⇒11。ザックス:3、12⇒13。
なお、ブラックジャックでは、11,12,13は10として扱われる。最も来る確率が高いのが10であり、ゆえにアルトリアは幸先が良いし、ザックスは幸先が悪い。
「ヒット」
「……俺もヒットさ」
アルトリア:11、13⇒21。ザックス:13、2⇒15。ブラックジャックは21になれば問答無用で勝利する。
最初からそれとは、ツイていると言うべきか。それとも必然と呼ぶべきか。
「私の勝ちか」
「そうさな。ダブルダウンは良かったのさ?」
「そう言えば、そんなものもあるのだな」
「一度、うちのルールを見ておくさ?」
紙を受取り、ざっと目を通す。そして、蹂躙が始まった。アルトリア・ルーナ・シャインは妹たちに良い格好を見せるために大人げなく本気で挑む。
凛とした声で、絵になるほどピシリとした動作で。コインを瞬く間に積み上げていくのだった。
「ヒット」
「……降りるさ」
「ヒット。……もう一度ヒットだ」
「分が悪いさ。降りる」
「ふむ。……降りよう」
「こっちはヒット。……降りられてなけりゃブラックジャックさ」
「ヒット。またブラックジャックだな」
「さすがに降りられんさ。……こりゃバストさ」
ザックスは上手かった。度外れた幸運もなく、そしてテクニックもある。幹部に相応しいだけの度胸もある。腕自慢など一方的に叩きのめせるだけのテクニックがあるのだ。
けれど、それ以上にアルトリアはアルトリアだった。いとも簡単にブラックジャックを出し、そして10戦の中で一度もバストしていない。素人じみた打ち筋なのに、度外れた幸運と直感が彼女を勝たせる。
……そして。
「ヒット」
「……こっちもヒ」
どす、とストローがトランプを貫いた。
酒はあったが、ルナとファーファがオレンジジュースを頼んでいたから、アルトリアも同じものを頼んでいた。そこに刺さっていたストローだ。
彼らが用意したサービスだ、それが暗器であるはずがないのだがアルトリアの力量なら簡単に突き刺せる。
「イカサマだな?」
「ハハ。バレちまったかい」
トランプは束の8枚目がずれている。トランプは一番上のカードから引くのがルールだが、これは上から引いたように見せかけて真ん中から取ってくるイカサマだ。
この状況では言い訳はできない。……いや、ストローがトランプを貫通するって何なのだと言う問題もあるが。
「さあ、続きを」
「いや。サマ師は腕を斬り落とすってのが、カジノのルールさ」
自らが裁かれると言うのに、ザックスはまだ笑みを浮かべている。強がりでも、大したものだ。
「……私としては、残酷なショーを見せるのは好きではないな」
「そりゃ嬉しい言葉さ。でもな――」
渇いた銃声が響いた。
「ザックス君は体調不良の様です。これからは私が相手を務めましょう」
白スーツの男。今ザックスの背中に銃弾を叩き込んだとは思えないほど、さわやかで慇懃な笑みを浮かべている。
次の相手は彼だと言うことだ。
「ああ、早く治療してやってくれ」
一方、ルナたちはアルトリアの勝利に興奮してハシャいでいる。勝ち分よりもその様子にアルトリアは嬉しがっている。
イキイキと、普段であれば勝ちすぎるのも都合が悪いとセーブしていたものを、際限なしに勝利していた。
「次はポーカーで勝負と行きましょう。申し遅れましたね。私はマスターの地位を頂いているメフィス・オーダーと申す者」
「アルトリアだ。そろそろ【戦姫】は返上したいと思っている」
一見和やかな雰囲気で始まったその勝負。だが、アルトリアは完全勝利を収めた。
そも、条理を外れた幸運が味方し、そしてイカサマに逃げようと理不尽な察知力と単純な強さでそれを暴く。
というか、ストローでカードを貫く相手だ。例え見えない場所でイカサマをしようと、意識を逸らすあらゆる手段を使っても意味がない。苦し紛れにスナイパーで狙ってみても、微笑みかけるものだからスナイパーの精神が先に参る有様だ。
「……スリーカード」
「フルハウス。私の勝ちだな?」
「ぐぐぐぐぐ……!」
「まあ、妹達に格好良いところも見せたことだし、この辺でお暇することにしようか」
立ち上がる。このままではカジノ側としては面目丸つぶれだ。無惨に負け、そして大金を持っていかれてしまう。
青天井とは言え、アルトリアは持ち金全てを賭け続けるような無茶をしていない。……確かに経営は傾くが、払おうと思えば払えてしまうほどに勝ち分を留めていた。
「……ま、待て! いや、待ってください」
最初の慇懃さはどこへやら。悔しさに顔を歪め、殺意に浮かべる様はまさに悪鬼だ。もっとも、ただの鬼では英雄に首を斬られるだけだが。
今や懇願する有様だ。まあ、こうなってしまっては彼どころか彼の一派さえも危ういほどの失態だった。
「換金所はこちらかな?」
アルトリアはバケツ一杯に最高金額のチップを満載して歩き出す。ルナとファーファにすごいすごいとまとわりつかれて得意げにしている。
トンでもないことをやっている。
突っ込みどころには困らない。そもそもコインなど給仕に持たせればいいのだし、しかも持っていたバケツに無造作に突っ込むのもありえない。
「あ……あああああ――」
メフィスの手は空を切った。アルトリアは気にせず進む。
「……さて、これを換金してほしい」
「へ?」
ドン、と置かれたバケツに受付嬢が困惑する。VIPルームから出てきたのは見えていたから、全ての意味が分からない。
そもそもVIPルームで換金するのが普通で、換金所まで歩いて来ることはない。そして、1枚2枚ならともかくこれは受付で対応できる額ではない。
「――お待ちください。さすがに一朝一夕で用意できる額ではございません。最高級ホテルを用意致しますので、そちらでお待ちしてはもらえないでしょうか?」
「……ふむ」
チラ、とルナを様子を見ると最高級ホテルと聞いて眼を輝かせていた。是非もなし、とアルトリアは頷いた。
もっとも、その様子を見たベディヴィアは頭を抱える。どう考えても、ルナが楽しみにしているものは〈高級ホテル〉とは思えない。
「さて、あなたが見たかったのはあれでしょうか? 『黄金』位階の魔導人形『ゴールデン・ボート』……残念ですが、如何にあなたであろうと触れていただくことはできませんが」
換金所の上に雄々しく立っている魔導人形。中に誰も入っていないが、当然そういうふうに立たせておくこともできる。
……アルトリアがカジノに強行した理由はこれだった。そして、それをルナに言わなかった理由は。
「ああ、一目見ておきたかった。『黄金』であれば、私と仲間だったからな」
「……ふむ?」
執事はそれ以上問わない。アルトリアもそれ以上は言わない。
それはただのハリボテだった。それっぽく見せかけているだけの、失敗作だ。オリジナルであれば、作っても目覚めないことがある。
そうした数ある失敗作の一つがそれだった。中に誰が入っても起動することのないガラクタだ。こういうこともあると思ったから言わなかった。
恥ずかしいではないか。自信満々に黄金を探しに行くと言って外れだったら。そして、実際に外れだった。
「さて、ホテルを用意してくれたのだろう? そこで待たせてもらうとしよう。……ベッドで眠るのは久々だな。ああ……いや、ルナが色々ほしそうにしているな。それだけでもここで交換してくれないか?」
「当然ですとも。さあ、お嬢様方。お好きなものをお選びください」
ルナは宝石類を大量に、ファーファはお菓子を大量に抱えることになった。
そして、ホテルへ案内された。ちゃんと豪華なホテルだった。広々としていて――ゆえに、襲撃があっても誰も巻き込まない。